CASE3:Touko Zaizen
ずっと、縛られて生きてきた。
財前という、お金持ちのお嬢様というブランドに。
差し出される笑顔はすべて偽物。
だから自分も、偽ることにした。
いつか、見てくれる人がいると信じて。
これは、そんな彼女の話。
そして、彼女が歩む「これから」の物語。
*橙子 side*
「橙子、お前は財前家の娘だ。財前の名に恥じない生き方をしなさい」
親は子を選べない、というけれど。子も親を選べない。
この世に生まれた瞬間から、私は財前家の娘だった。
「聞いた? あの子、財前家のお嬢様らしいよ」
「機嫌損ねたら、パパの会社、クビになっちゃうかもしんないんだって。仲良くしなさいって、ママが言ってた!」
財前家の娘の大きさを思い知るのに、時間はいらなかった。
仲が良いと思っていた友達が、みんな「財前」で繋がれていただけのものだとしってから、名前も、苗字も、全部嫌いになった。
私だって、なりたくてなったわけじゃないのに。
そんな私にとって、憩いの場となったのがあの店ーアルカンシエルだった。
「へぇ〜、あなたあのおじさんの娘ですかー。ふーーん……で、コーヒーと紅茶とありますけど、どっち飲みます?」
彼ー御領原藍と初めて会った時、不思議な人だと思った。
第一私を財前家の娘だとして知っても、彼は眉一つ動かさなかった。
むしろ、興味すらないと捉えられた。
だから、なんでも口にできた。彼なら、聞いてくれるんじゃないかって。
「なんなのよ、みんな財前財前って。お父様も仕事仕事ばっかりだし……私って、なんなのよ……」
「まあ、あの財前家ですからねー。だったら、自分じゃない虚像でも作ったらどうですかー? 見られたい自分、みたいな? まあそんなことしなくても。いつか現れると思いますけどねー、あなた自身を見てくれる人が」
その言葉を聞いた瞬間に、直感した。それしかないと。
亡きお母様からもらった、お気に入りの蜜柑の花のヘアピン。これを名前にしよう。
性格も少し変えなければ。誰もが夢中になる、可愛いアイドルのように。
そうすれば、みんな寄ってくれる。
疲れたっていい。
笑顔を無理に作ってでも、わざとらしくぶりっこしていれば、きっと誰か見てくれる。
財前蜜柑は、彼が言った虚像の賜物だった。
「アルカンシエルの経営はやはり赤字か……藍君がいない今、こうなることはわかっていたが……心苦しいが、大型ショッピングモールの話を進めるしか……」
それなのに、無責任にも彼は姿を消していた。
気がついた頃には、大型ショッピングモールの建設まで大きくなっていて。アルカンシエルは潰れ、別のチェーン店が入るかもという話になっていた。
させない。あの店を、潰すわけにはいかない。
あの店は、私が私でいられた唯一の場所なのだから。
「待ってください、お父様。大型ショッピングモールの件は、別の店にしていただけませんか? アルカンシエルは私に任せてください。財前の娘として、必ず経営を戻してみせます」
幸いにも店を引き継いだ男――天宮黄河は、店長を崇拝していた。
彼をうまく煽れば、店を存続させる駒として動かせる。
利用しよう、できるものは全て。
「財前」の名も、SNSの偽りの自分も。
全ては居場所と、店長さんを連れ戻すために。
そして、やっとみつけた。
彼の手がかりとなりそうな、重要人物を。
「ほえー、パパを探してるんだ……ボクも、パパどこにいるかわかんないんだよね〜」
彼の息子、純。
正直店へ通っていた時代に、彼を認識した記憶はない。
それなのに、彼は私を知っていたのだ。
しかも蜜柑ではない、橙子としての私を。
「ボク、パパに言いたいことたくさんあるんだよね……ボクも探すよ。だから、一緒にいよ、とーこ」
彼が本名を呼ぶたびに、胸がざわついた。
まるであなたは財前家のものですと、言われているみたいで嫌で、嫌で。
それなのに彼は、聞きもしない。
父である店長を探しているはずなのに、一緒にいたいとでもいうように、ずっと、ずっと呼び続けて。
自分勝手な理屈で私を振り回す彼が、ずっと嫌いだった。
店長を連れ戻すためだと自分に言い聞かせて、話を聞いたり、一緒に行動したり。
それでも話を聞けば聞くほど、彼らの話は手に入れたどんな情報よりも重いものばかりで。
……ほっておけない、なんて思ってしまった。
ただの「利用する対象」でしか、なかったはずなのに。
けれど今考えれば、すでに一人の少年として見ていたのだと思う。
現に今もこうして、隣にいるのだからー
「………あなたって本当不思議。どうしてそこまで、私が好きなの?」
蜜柑の花が添えられた私の肖像画を見つめながら、私は彼に問いかける。
初めてだった。こんなにまっすぐ好きと言われたのも。
財前の娘ではなく、私としてみてくれたのも。
相手はただの中学生だというのに、私なんかよりもっと大人だったのかも、なんて思ってしまう。
「ボクね、一回だけとーこと話したことあるんだ。パパのお店で」
「覚えてないわ……まさか、そこからずっと好きってこと?」
「ボクにとっては、特別だったから。あの時から思ってたんだ、ボクが必ず君を幸せにするって」
まっすぐな瞳が、好意がくすぐったくて仕方ない。
ここまで言われて嫌だと言う人なんて、いるのだろうか。
今まで、可愛く振る舞っていれば誰かが救ってくれると思っていた。
蜜柑という仮面を被り続けていれば、いつか本物の私を見つけてくれる人が現れるかもって。
でも、違った。見つけるどころか、最初から隣にいたのだ。
「橙子」と呼びながら、ただひたすら待っていてくれたのだから。
「ねえとーこ、どうしたらとーこと結婚できる? お医者さんとか、先生になれば、おじさんは認めてくれる?」
「どうでしょうね。お父様は厳しい人だから、それなりにいい職につかないとダメな気がしますけど」
「ボク、頑張るよ。とーこをお嫁さんにするために。そのためならなんでもする」
「まあ、威勢のいいこと。でも、私が言えば……なんとかなるとは思いますけど」
「ボク、とーこを幸せにする。絶対、ぜーーったい。これは、約束の証」
唇が、重なる。小さな手が、私の手を包む。
暖かくて、心地よい温もり。
けれどどこか恥ずかしくて、その目をまっすぐは見れないけれど。
「……いちいち恥ずかしいことしないで。ムカつく」
もう、蜜柑じゃなくても私は大丈夫。
愛してくれる、小さな王子がいるから。
その手を手繰り寄せるように、私はそっと握り返してみせたーー
(À suivre : La suite……)
*ケース話は、おまけはありません*




