CASE 1:Mahuyu Nabatame
ずっと、一人だと思っていた。
クールな仮面の下で、冷え切った心を抱えたまま。
そう、思っていた。
あの二人に、出会うまでは。
これは、そんな彼女の話。
そして、彼女が歩む「これから」の物語ー
*真冬 side*
小さい頃から、手のかからない子だったと言う。
おままごとや外で遊んでる中、一人本を読むような大人しい子。
口数も少ない僕を、母は心の底から心配していたらしい。
「真冬、音楽好きだろ。よかったら、自分で奏でてみないか?」
そんな母に相談を受けたのか、父が趣味で持っていたサックスを譲ってくれた。
正直、こんなに好きなものに出会えることはもう二度とないだろうと思うくらい衝撃だった。
音楽は好き、見るのも聴くのも。
その音楽を、自分の思うがままに表現できる。惹かれないわけがない。
僕は、ずっと触っていた。
サックスを吹くことが、楽しかった。
自分の気持ちを口で伝えるより、音楽で伝えられる方がとても楽だったから……
「えー! すごいね真冬ちゃん! 楽器なんて弾けるの!? うちにも聞かせて!!」
そんなサックスより、とても大切な存在になったのが彼女ー紫藤那月だ。
家が隣で、親が仲良し。知り合うのに時間なんか必要ないと言うほどに、条件は揃っていたけれど、それでも頭に、記憶というものにはっきり残っている。
それだけ彼女は、僕と真逆。
いつも太陽のように、みんなを照らす。
両親ともに静かな僕の家と違って、賑やかな彼女の家は見ているだけで心地がいい。
どんな時でも彼女は、笑っていた。
「ねえ那月、なんでそんなに僕に構うの? 君なら、友達なんていくらでもいるのに」
「えー? だって真冬といるの楽しいんだもん! それじゃあ、ダメ?」
そんな彼女への感情を表すとしたら、好きと言う好意。
いや、むしろそれよりも深かったかもしれない。
気がつけば目で追っていた。君を、ずっと。
叶うなら、この手を離したくなかった。一生、そばにいてほしかった。
「青天目さんと紫藤さんって、めちゃくちゃ仲良いよねぇ」
「わかる! 距離近すぎっていうかぁ」
「もしかして、付き合ってたりして! やだぁ! 気持ちわるぅい!!」
でもそれは、叶わないとすぐに理解した。
女性が好意を向けるのは、異性。……同性ではないということ。それが『普通』とされる世界から外れてしまうこと。だから僕は、この気持ちに鍵をかけた。」
彼女に悟られないように。誰にも、気づかれないように。
「一目惚れしました!! 付き合ってください!!」
彼ー聖明音にあった時、どこかでチャンスだと思った。
この想いを忘れられるかもしれない。彼が好きになることで、那月を困らせることがなくなるかもしれない。
好きにならないように距離を置くほど、彼女は僕の心を蝕んでゆく。
好きと言う気持ちが溢れて、溢れ出しそうで、とまらなかった。
彼という真っ直ぐな気持ちに、当てられながらも。
「世間なんて関係ない。大事なのは、好きだって気持ちです。サックスの時だってそうだったじゃないですか。那月さんがどう思ってるかなんて、聞かなきゃわからない。一度、那月さんの思いを聞いてみませんか? そこから考えてませんか?」
彼は、すごい。あんなに嫌で仕方なかったこの思いも、今では少し違うふうに思える。
伝えることなんて、ないと思っていたのに。どうして今、彼女と二人にいるのだろう……
「……どうしたの、真冬。改まって」
「いや……那月、最近僕のこと避けてるよね?」
ぎくりと肩が揺れる。
気まずそうに目を逸らすのは、彼女が言いづらいときにする癖。
やっぱりだ、彼女は僕に何か隠している。
「そ、そうかなぁ? うちは普通だよぉ〜真冬の勘違いじゃ……」
「何度も見てきたんだ、それくらいわかる」
「うぐっ……だ、だって真冬、明音君といい感じだし、お邪魔しちゃ悪いなぁって……」
「勘違いしてるのは那月だよ。僕と明音はそんなんじゃない。むしろ振ったから、僕の方からね」
「え、振った!? なんで!!? あんなにいい感じだったのに!?」
「僕が好きなのは、明音じゃない。那月、君だよ」
手が、震える。
正直、まだ怖い。この後、何を言われるか。周囲から、何を言われるか。
彼女との関係が壊れてしまう。それだけは、避けたかったことなのに。
……ダメだ、弱腰になっちゃ。
向き合わなきゃ、彼女に。
僕は今まで、好きと言う気持ちに逃げてきた。
あれだけ好きで吹いていたサックスを、一度手放した時だってそうだ。
周囲に、大人に、すごいすごいと言われ続け。
気がついたときには、その音を箱の中にしまっていた。那月への感情をしまうように。
彼には、悪いことをしてしまった。だからその分、感謝してる。
明音がいたから、僕はこうしてここにいられる。サックスのことも、また向き合おうって思えた。
だから、僕は伝えるんだ。君に、この気持ちを。
「……ほへ?」
彼女の顔を見て、思わず拍子抜けする。
なぜか那月は、顔が真っ赤になっていた。
しかもかなり混乱しているのが、目に見えて分かる。
「え、まって? え? すき?? 真冬がうちを? そんなことって……え? マジ??」
「……那月、顔真っ赤……」
「いやだって想定外すぎて……え、いつから?」
「割と昔かな」
「じゃあ明音君は!? 明音君はどうなってるの!?」
「応援してるって後押しされたけど」
「あー、それであの相談……うちめちゃくちゃバカじゃん。もぉ〜〜〜!!」
なんで、怒ってるんだろう。
首を傾げる僕に、彼女は僕に抱きついてくる。
びっくりして、思うように反応できなくてー
「ごめんね、真冬……全然気づかなくて……ずっと苦しかったよね、ほんとごめん……」
「そんなこと……」
「うちね、明音君と真冬を見て、寂しくなってたんだ。真冬がいなくなっちゃうのかなって。店長さんに言われて、気づいたんだ。これって、そうなのかなって」
「まさか……那月……」
「うちと、真冬のこと、好き。ずっと、隣にいても、いいかな?」
きっと、これからも大変なことがある。
女性同士だ、普通じゃないことにもぶつかる。
それでもいい。彼女がいてくれたら、別に。
そう思えたのは紛れもなく彼の……明音のおかげだから。
「もちろん、喜んで」
ずっと閉まっていた思いが、リボンのように結ばれる。
ここから始めるんだ。僕と彼女の、「本当の好き」の物語をー
(À suivre : La suite……)
*ケース話は、おまけはありません*




