17.リスタート・メロディ
前回のあらすじ
演奏会兼夜カフェが開催され、
なんと蜜柑まで店にやってきた。
そして、その時を迎えるー
店内が、妙に静まり返っている気がする。
舞台の前には、面白がってやってきたこうの知り合いばかりだ。
それもそのはず、そこにいるのはこう、たった一人なのだから。
『あー、この店の店長の天宮です』
彼の言葉に、周囲がひゅーひゅーと囃し立てる。
うっせえと小さくあしらうと、緊張しているのか頭をかいた。
『この日のために、二週間練習しました。下手ですが、まあBGM程度に聞いてください』
話し合えるが否や、彼は少しずつギターを奏でてゆく。
この曲、知ってる。よく店内で流してる曲だ。
アコースティックギターの演奏も相待って、すごくノスタルジーにさえ感じさせられる。
けれど、奏でられる演奏は、お世辞にも上手いとはいえなくて……
「やだぁ、へたっぴ〜。まるで猫が弦の上を走り回ったみたいな演奏ですね」
財前さんが、くすくす笑う。
応援なのか、ヤジなのかわからない声が、バンドの人から飛び交う。
今まで演奏を聴いていた人たちも、心なしか顔つきがこわばってゆく。
ど、どうしよう! このままじゃ、お客さんが離れちゃう!
「まったく、見てられないね」
隣から、凛とした声が響く。
金色に輝いたものが、片手に握られてるのが見える。
舞台にあがったのは、青天目さんだった。
顔バレ防止なのか、目だけが隠れている仮面をつけている。
驚くこうに構わず、彼女はギターに合わせて、その曲を吹いた。
鮮明で、綺麗で、とてもクリアな音だった。
スポットライトに照らされた彼女は、とても綺麗で美しい。
ああ……なんて、なんて素敵な音楽なんだ……
『これにて、演奏会を終わります。閉店までごゆっくりお過ごしください』
ぺこりと、青天目さんが会釈する。
ハッとした頃には、演奏が終わっていた。
みんな余韻に浸っていたのか、遅れて拍手がくる。
それに構わず、彼女は控室の方にはけていってしまいー
「青天目さん!!」
気がついた時には、追いかけていた。
彼女の両手には、あの時のサックスがしっかりと握られている。
使いこなされていることを感じさせない、汚れひとつない綺麗なボディだ。
そんなサックスの部位を一つ一つ手にとっては、拭いたり直したりをくり返す。
「あ、あの、ありがとうございます! 演奏、してくれて」
「あの演奏だと、いつ客が帰ってもおかしくなかったからね。これで売り上げ落ちたとかなったら、黄河を励ますの面倒でしょ?」
「た、確かに……でも、嬉しかったです。また、弾いてくれて」
「……なんて、建前。柄にもなく響いたんだ、君の言ってたことが。あんなこと、考えたこともなかったから」
そういうと、彼女はかかっていた前髪をかきあげる。
滲み出た汗を拭き取る彼女の顔は、どこか晴れ晴れとしていてー
「悪くないね、自分のために吹くのも。ありがとう、明音」
……え? 明音? 今、あかねっていった??
あかねって、僕のことだよね?
その僕のことを?? 青天目さんが?? え?
それがわかったとたん、体の奥底から、かあっと熱いものが込み上がった。
「ななななな青天目さん!!? いいい今、なま、名前……」
「大袈裟じゃない? たかが名前くらいで」
「一大事ですよ! 青天目さんに、しかも好きな人に、名前で呼ばれるなんて……! 恐縮です!! 感無量です!!」
「ふーん」
「好きです、青天目さん!! もう、全部が大好きですっ!!」
あまりの興奮に、僕はつい告白してしまう。
彼女は驚いた反応しつつも、くすりと笑って見せてー
「気持ちは嬉しいけど。ごめん、今はあまり考えられないかな。店のこととか、考えること色々あるし」
そ、そう、かぁ。
だよなぁ、今大変だもんなぁ。
……ん? 待てよ、それってつまり……
「ってことは、解決したら考えてくれるってことですか!!?」
「え?」
「僕、頑張ります!! 店を救って、必ず青天目さんを振り向かせて見せます!!」
「……ほんと、君はすごいね。君みたいに素直な人だったら、今頃は……」
ふと、彼女の顔が曇った気がする。
咄嗟に「どうかしましたか?」と聞いても、彼女は何事もなかったかのように首を振ってみせてー
「それより、いつまで苗字呼び名なの? 僕だけ名前呼びなんて、不公平じゃない?」
彼女がどこか、意地悪そうに笑う。
その笑みをみて、心底思った。ああ、僕はこの笑顔が見たかったんだって。
「そ、それじゃあ、改めてよろしくお願いします。真冬さんっ」
葉っぱに落ちた雨粒が、滴り落ちる。
真っ暗な夜空に、二つの星がいつまでも輝いていた。
§
拍手が鳴り止まない。
すごかった、またやるのかな、聞こえてくる声はどれも好評なものばかり。
それを、彼女はずっと聞いていた。
褒められているのは真冬なのに、自分のことのように嬉しい。
真冬がサックスを吹いてる時の楽しさを、彼女は知ってる。
落ち込んでいた時や、悲しいことがあると、近くの公園で励ますように聞かせてくれた。
急にやめる、と言われた時はどうしていいかわからず、ただそばにいることしかできなかったけどー
「真冬っ!!」
控え室から、見慣れた顔がでてくる。
気がつけば、声に出していた。
そして自分の体を、包み込むように真冬の体に抱きしめてー
「よかったね、真冬。ほんっっとによかった……!」
「ちょ、那月……苦しい……」
「やっぱり、真冬のサックスはすごいよ!! うち、感動した……また見れるなんて、思ってなかったから……」
「大袈裟」
呆れたように笑う頬は、ほんのり赤い。
みんなに見られるから、と剥がすその手は優しくて、温かい。
小さい頃からそうだ。真冬は、いつも自分を優しく見守ってくれる。
この温もりが、心地よかった。
「でも、どうして弾いてくれたの? あんなに弾くの嫌がってたのに」
「下手な演奏を客に聞かせるよりはマシでしょ」
「あはっ、相変わらず手厳しいねぇ」
「……強いて言えば、当てられたのかもね。明音に」
その言葉に、那月の顔がこわばる。
今、明音って呼んだ気がする。ついさっきまで、苗字呼びだったのに。
そうか、彼女からサックスを取り戻してくれたのは、うちじゃなくて彼なんだ。
「ちょっとちょっとー? いつのまに名前よびになったのー? 進展しやがって〜このこのぉ」
「そんなんじゃないから、ほら片付け行くよ」
彼女を追うように、那月は店の業務に戻る。
心なしか真冬の背中が遠いような、そんな気がした。
「なかなかやるじゃない、あの人達。まあ、そうでもないと面白くないですけど」
しとしとと雨が降る中、彼女ー蜜柑は満足そうに微笑む。
あの店に、こんなにも人が集まるなんて。
閉店を彼らが嫌がることは想定内。演奏会をすると聞いた時は、感心さえした。
まさか、こんなにも上手く行くなんて。
驚いている反面、どこか納得している自分もいてー
「とーこ、雨降ってきたよ。帰らないの?」
首元に、傘の頭が当たる。
目線の先には、金髪の青年がいた。大きな瞳で、こちらを見上げている。
小さな背が影響しているのか。傘を指しているにも関わらず、自分の方にはまったく届いていないようでー
「ちょっとぉ、傘刺すならちゃんと刺してくれます? 蜜柑ちゃんの可愛いお洋服が濡れちゃうんですけどぉ」
「だって届かないんだもん。あ、とーこに言われて調べてもらったよ。あの銀髪の人、てんさいそーしゃなんだって」
「ふうん、どうりでうまいと思ったら……随分お仲間に恵まれてるのね。これなら、もしかして……」
「とーこ、お腹すいた」
まんまるとした瞳が、自分を見上げる。
ぼーっとした声色が、彼女の張った気を緩めてゆく。
その声に、言葉に、彼女ははぁっとため息をついた。
「あーあ、あなたは気楽ね。人が真面目に考えてるのに……自分がなんのためにいるか、分かってます?」
「わかってる。でもお腹が減ったら、はくさいができないって言わない?」
「それをいうなら腹を減っては戦ができぬ、でしょ」
「ボク、ラーメン食べたい。つれてって、とーこのうち」
「まあっ、こんな時間にラーメンなんて、相変わらずデリカシーない子! 仕方ないから連れて行きますけど、いい加減とーこって呼ぶのはやめてくださいね? 蜜柑ちゃんは蜜柑ちゃんですから❤︎」
大きな車が、近づいてくる。
ハザードランプがつけられると、彼女は慣れたように乗り込んでゆく。
「……またね、アルカンシエル」
立ち止まったその呟きは、誰にも聞こえない。
彼の目線には、あの店が一点に見つめられていたー
(つづく!!)
おまけの小ネタ
黄河「やられた………あんの野郎、最後の最後にいいとこ取りしやがって……( ・᷄ὢ・᷅ )ムムム」
明音「こうー!! お疲れー!(*ˊ ˋ*)」
黄河「おう、明音。今のどう……」
明音「すごかったね、真冬さんの演奏!! もう僕興奮しちゃって!! しかもしかも、僕のこと名前で呼んでくれて!! もう今日寝れないよぉ〜。゜ .(*゜▽゜*)゜ .゜」
黄河「………ふーーーん。で?」
明音「あれ……なんか、機嫌悪い……?(˙꒳˙*?)」
黄河「オレノエンソウのカンソウは?( '-' )」
明音「えっ、Σ( ˙꒳˙ )あーごめん。真冬さんの演奏がすごすぎて、あんまり覚えてない……( ˊᵕˋ ;)」
黄河「………マフユコロス(º言º)」
明音「わぁぁ、待って待って! ちゃんと聞くから!! だから真冬さんを怒らないでぇ!\(; ºωº \ Ξ / ºωº ;)/」
陰の功労者、ここにあり( •̀ω•́ )✧




