1.ノンストップ、青春
肌寒い風が、頬を伝う。
もう三月も終わりだと言うのに、まだ冬の寒さが残っている気候はどうにかならないのだろうか。
変わりゆく環境の変化に、ついため息が漏れてしまうー
「………で、そんときの……がすごくて」
あ、今桜の花びらが一枚落ちた。
せっかく満開になったっていうのに、花が散るのはどうしてこんなに早いんだろうー
「……明音。おい明音。聞いてんのか」
僕を呼ぶ声がする。
呼ばれた理由がわからない僕は、隣にいた彼に
「どうしたの、こう?」
と何気なく聞いた。
「どうしたのじゃねぇだろ。俺の話、ちゃんと聞いてたか?」
「え?? なんか話してたっけ??」
その言葉に、彼ははぁっとため息をつく。
次の瞬間、額にデコピンが飛んできた。
「あいたっ!! な、何するのぉ、こう~」
「それはこっちのセリフだ。やっと休みがあって、遊べたのに上の空とはいい度胸じゃねぇか」
「ご、ごめん……考え事してて……」
僕が謝っても、言い訳は聞きたくないとばかりにふうん、とつぶやく。
彼――天宮黄河は、大学時代からの友人である。
メッシュ混じりの髪色に、ピアス。
さらに荒々しい喋り方という、見た目だけで言えば不良みたいな人だ。
「今日ずーっと上の空だったが、そんなに考え事するなんて珍しいな。なんかあったのか?」
しかし彼、こう見えて根は優しい。
本人曰く、この見た目は漫画の影響らしく、生まれてこの方、タバコどころか喧嘩をしたことすらない。
みんなからは「こう」の愛称で親しまれ、僕にとって、かけがえのない友人だ。
そんな彼とはいえ、言えないことの一つや二つはある。
本当は話すつもりなんてなかったんだけど……心配かけちゃってる以上は、話さないとだよね……
「……実は、昨日すごいことがあって……でも確定じゃないというか、まだよくわからないというか……」
「煮え切らねぇなぁ。気にせず話せばいいだろ。そうやってうだうだ悩むの、お前の悪い癖だぞ」
「……わかった。じゃあ、言うね。実は……僕、好きな人、できたかもしれない!!」
そう、これは僕にとっては大事件。
ウキウキやワクワクする気持ちが止まらない、新しいことの始まりー!
「あっそ、よかったな」
だったんだけど……僕の人生を変えるほどの告白は、 彼のたった四文字かつ真顔の返事で、あっけなく終わった。
「その言い方……絶対信じてないでしょ」
「信じてねぇし、興味もねぇな」
「言うと思った。もぉ~だから話したくなかったのにぃ~」
せっかく打ち明けた僕に対し、彼は携帯を弄りだす。
見た目も性格もいいこうは、僕とは違ってとにかくモテやすい。
それなのに彼女を作ろうとしない。むしろ、興味がない。
対して僕は、恋愛に憧れを抱いたまま、彼女すらいた経験なしの26年……。 その差は一体……。
「で? その好きな人って? 確かお前、人を好きになったことないとか言ってなかったか?」
それでもこうやって話を聞こうとしてくれるあたり、本当優しいんだよなぁ……。
「昨日、送別会だったんだけど。その帰りに、たまたま出会って……」
それは、つい昨日のこと。
僕ー聖明音は、なんの変哲のないただのサラリーマンだ。
前の会社を退社し、先輩たちが送別会を開いてくれたんだけど、その中で話が出たのはいうまでもなく寿退社だった。
恋愛に無縁だった僕は、ただ新しいことを始めたくてやめただけ。否定するほかない。
とはいえ僕自身、恋愛に興味がないわけではない。むしろ、ある方に近い。
恋人や好きな人の話をする人たちの顔はみな、楽しそうで眩しくて。
羨ましい、と思った。
僕にはそんな風に思える人、今までいなかったから。
好きってどんな感じなのだろう。
そう思いながら、帰ろうとしたその時ー
「〜♪」
音が、聞こえてきた。
その音に吸い込まれるように、僕の足は向かっていく。
波津乞駅には、広場のような場所がある。そこに、一人の人物がサックスを奏でていた。
リング状のイヤリング、銀色の短い髪の横顔。
そして、金色のサックスを繊細な指でなぞるように奏でてゆく。
演奏されていた曲は、なんの曲かはわからなかったけど、その人が奏でる音は、今まで聴いたどんな音とも違った。
冷たい夜の空気を震わせるみたいに、一つひとつの音がまっすぐ心に響いてきて。
胸がドキドキした。
全身が熱くなった。
たった一度見ただけで、こんなにも心が揺さぶられるなんてー
「その時、初めてわかったんだ。好きだって!!」
「……まてお前。まさか、その辺でみかけただけの奴に惚れたのか? 女か男かとか、どこの誰とも知らねー奴に?」
「性別なんて関係ないよ。そりゃあ、好きになったことはないけどさ。これでも僕なりにいっぱい調べたんだよ? 好きとは何かって検索かけたり、恋愛漫画を読みあさったり、姉さんに聞いたり!」
「……その調べ方間違ってるだろ絶対」
「こうにも見せたかったなぁ。銀髪のショートカットでね、とにかく音が綺麗だったんだよ〜」
今でも瞼を閉じれば甦る。あの人の横顔、楽器、その他全部。
たった一度見ただけだと言うのにもかかわらず、一つ一つはっきりと思い出せる。
その度に胸がドキドキして、体の熱がぐおんって上がっているような気がして。
きっとこれが、「好き」ってことなんじゃないかって。
「……好き、ねぇ。ついこの前まで恋愛に無縁だったお前が、んなことあるんだな」
「えへへ、それほどでもぉ」
「褒めてねーよ。銀髪、ショートカット………いや、まさかな」
「でも、残念だなぁ。こんなに好きになったのに、名前も、連絡先も知らないなんて……また会えたら、いいのに」
そんな時だった。 遠くから声が聞こえたのは。
「真冬〜看板、お願~い」
「はいはい。まったく、人使い荒いんだから……」
ドアについたベルが、涼やかな音を鳴らして揺れる。その瞬間、リング状のイヤリングが、僕の視界に飛び込んできた。
建物の中から看板らしきものを持っていたのは、なんと!
「い、いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
なんの因果か。
そこにいたのは、昨日サックスを吹いていた、銀髪の人物だったのだ!!!
(つづく!!)
どうも、Mimiru☆です。
ついに始まってしまいました。
この作品は、注意書きにもあるように、
BL・NL・GLといった様々な形の恋が交錯する
群像劇になっております。
最初の主軸はNLなので、内容的にネタバレになるので
あまり大声では言えないのですが、
苦手な方もいると思い、先にお話ししておきます。
ですが、特定の恋愛要素が苦手な方でも、
彼らが喫茶店で成長していく姿や、
個性豊かな仲間たちとの温かい交流を楽しめるよう、
暖かい青春物語になっています。
不器用な彼らが、自分だけの終着点を見つけるまで、
どうぞ見守っていただけると嬉しいです!