運命の占いで婚約破棄!?——でも出てきた未来のキーワードが、“スイカ”とか“会議室”とかペンギンなんですけど!?
貴族たちがずらりと並び立ち、魔法の燭台が壁を照らしている。
ここは王城の奥、
運命を占うための特別な儀式の場――
「星導の間」。
その中央で、私は膝の上に手を揃え、やけに固い椅子に腰掛けていた。
「アリシア=フォン=シュトラウス嬢。占い師殿が“未来を象徴する言葉”を授けてくれたそうだ。あなたに相応しいものかどうか、この場で確かめさせてもらう」
真面目な顔でそう言ったのは、婚約者である第三王子・レオナルト様だ。
周囲には親族、家臣、そして……占い師を名乗る、いかにも胡散臭いローブ姿の老人。
そして、ペンギン。
……ペンギン!? いや、なんで!?
「さあ、こちらに並べた紙に目を通してくだされ。これが貴女の未来を示すキーワードだ」
こちらの内心などお構いなしに、老人は話をどんどん進めていく。
老人がパッと机に並べたのは、色とりどりの紙片。
そしてそこには――
【スイカ】【会議室】【寝ぐせ】【ペンギン】【謎のメモ】
――この世界では到底ありえない文字ばかりが並んでいた。
(……やっぱりこの占い師、絶対まともじゃない!!)
「では、アリシア=フォン=シュトラウス嬢の未来を示す五つの言葉を、私が順に解説しましょう!」
ペンギンの着ぐるみ姿で得意げに前に出るのは、宮廷魔導士ルーファス。
星導の間の高い天井には、星座を象った魔法の光が静かにまたたいている。
会場の空気は張りつめていて、
でも私の心の中にはツッコミの嵐が吹き荒れていた。
「まず――“スイカ”!」
ルーファスは、なぜか魔法陣が浮かぶ水晶玉を手に高らかに宣言する。
「これは、緑と黒のしま模様をした巨大な魔獣です。
主に夏に出現し、口から黒い弾丸を無数に吐き出して周囲を攻撃します。
粗末な身なりの村人たちが、棒でかち割って討伐する姿が多く観測されておりますので、危険度は中程度かと存じます」
(いや、それ、ただの果物ですから!! なんで“魔獣”になってるの!?)
「次、“会議室”。
……これは、多人数が集まり、長時間無言で椅子に座り続ける謎の空間です。
みな紙束を眺め、たまにうなずいたり、誰かが窓の外を見つめて絶望したりしています。
私の観測によれば、“沈黙の儀式”あるいは“精神消耗の場”とも言えるでしょう」
(こっちにも会議室あるけど!? なんでそんな呪いの空間みたいな認識なの!? 普通に会議する部屋でしょ!?)
「三つめ、“寝ぐせ”。
これは、朝になると髪が自由意思を持って暴れ出す呪いの一種です。
多くの者が鏡の前で涙し、あるいは帽子でごまかそうとしています。
極めて厄介ですが、命に別状はありません」
(呪いって……! 普通に寝てると髪が跳ねるだけですから!)
「そして四つめ、“ペンギン”。
これは――私です!!」
――は?
「私です!!」
なぜかルーファスが自信満々に胸を張る。
星導の間に、妙な間が生まれた。
「……いや、意味がわかりませんが……」
「ご覧ください、このフォルム!このもふもふ感!私は己の魔法によって“ペンギン”の真理に到達し、この姿となったのです!」
(何その理論!? “ペンギン”の説明になってないから!)
「ペンギン、それはこの国にはいないが、私が体現している!故に、ペンギン=私である!!」
(……この国、絶望的に人材不足なんじゃ……)
「そして最後、“謎のメモ”――
こればかりは、いくら魔法で覗き見ようとしても、全容が掴めませんでした。
ただ一つ、紙片から強い“運命の力”を感じました。
断片的に、『絶対に開いてはならぬ』『すべてを狂わせる』といった印象だけが……。
詳しいことは、私の魔法でも理解不能です」
(怖すぎる!! 私の将来、ろくなことにならなそうなんだけど!?)
ようやく全てのワードの説明が終わり、星導の間には重苦しい沈黙が漂う。
「……では、まとめましょう」と、ルーファスが偉そうに一礼する。
「アリシア=フォン=シュトラウス嬢の未来には――
緑と黒の魔獣“スイカ”との死闘、
沈黙の儀式“会議室”による精神消耗、
髪の呪い“寝ぐせ”との果てしなき戦い、
そして私、“ペンギン”への献身。
最後に、絶対に開いてはならぬ“謎のメモ”が運命を狂わせることでしょう……
つまりあなたの将来は――」
ルーファスは両手を広げて宣言した。
「王子と婚約していたら絶望ということです!!」
ルーファスの宣言が星導の間に高らかに響き渡る。
場は凍りついたように静まり返り――
私は椅子の上でガタリと音を立ててずっこけそうになった。
その荘厳さをぶち壊すかのように、王子が苦悩の面持ちで口を開く。
「……残念だ……王子である私は、この国の未来に責任がある。
許してくれ、アリシア。もう……婚約を破棄するしかないんだ……」
静寂。
誰もが固唾を呑んでアリシアを見つめている。
(いや、わけがわからないんだが)
「ちょっと待ってください!
スイカに会議室にペンギンに寝ぐせに謎のメモって、どこがどう絶望なんですか!?
ていうか、ペンギンはあなたでしょ!?
なんでそんな“運命”みたいな顔で婚約破棄されなきゃいけないんですか!?」
星導の間にツッコミが響き渡る。
荘厳な空気は、私の叫びひとつで跡形もなく吹き飛んだ。
周囲の貴族たちがぽかんと口を開け、王子とルーファスはおろおろし始める。
重苦しかった空気が、まるで割れた風船のようにぺしゃんこになる。
(……絶対に、この国の常識はどこかおかしい)
だが、私のツッコミもどこ吹く風。
星導の間にはまだ、妙な緊張が残っていた。
……さて、落ち着いて振り返ろう。
私、アリシア=フォン=シュトラウスは、この国でも有数の大貴族――シュトラウス公爵家の令嬢だ。
そう、誰もが羨む身分――の、はずなのだけれど。
私が第三王子・レオナルト様と婚約していたのは、あくまで家と家の“政治的な繋がり”のためだった。
王子は穏やかで立派な方だけれど、正直、私に特別な好意があったわけでもない。私も同じだ。
幼い頃から貴族らしく「良い子」でいることが求められ、恋愛感情なんて芽生える余地もなかった。
むしろ今は――この意味不明な婚約破棄騒動を前に、どこかほっとしている自分がいる。
――なぜなら、私は本当は、この世界の生まれじゃないからだ。
前世は、現代日本で暮らすごく普通の女子大生。
事故で命を落とし、気付けばこの異世界で赤ん坊からやり直していた。
だが、幸か不幸か前世の記憶――それも、妙に細かい日常の知識や習慣――はすべて鮮明に残っている。
この国の貴族社会で浮かずに生きるため、ずっと「公爵令嬢」としての役割を演じてきた。
けれど、どんなに着飾っても、どんなに“淑女”を装っても、ふとした拍子に頭の中では「前世の自分」がツッコミを入れてくる。
――さっきだって、“スイカ”とか“会議室”とか、“ペンギン”とか、“謎のメモ”とか……。
どう考えてもこの国の住人じゃ分かるはずもないワード。
だけど私には分かる。だって、それは日本で生きていた私の――普通の日常にあったものばかりだから。
……本当に、この世界って、時々おかしなことが起きる。
王子は苦しげな顔をして私を見つめる。
「アリシア……君の未来を思うからこそ、私は身を引かねばならない。
だが、君が絶望の運命に飲み込まれぬためには――この国でもっとも魔力ある存在と結ばれるのが一番だ」
なんで急にそんな話になるの!?
私の内心のツッコミなどお構いなしに、王子は意味ありげにルーファスへ視線を向けた。
「この国で最も魔力を持つ存在……それは宮廷魔導士ルーファスだ。彼になら、君の運命を託すことができるかもしれない」
そこでルーファス――いや、ペンギンの着ぐるみが、どや顔で私にぐっと親指を立てる。
「ペンギンへの献身! それこそが、アリシア嬢の未来を救う唯一の道なのです!!」
(いや、なんでそうなるの!? そもそも“ペンギン”ってあんたでしょ!?)
二人して私を見つめてくるので、仕方なく口を開いた。
「……あの、実は私、
ペンギンって嫌いなんですよね」
一瞬、場の空気が固まる。
ルーファス(ペンギン)は絶句し、王子は「あ、あれ……?」という顔で目を泳がせている。
「なんということだ……」
「ペンギン……嫌い……だと……」
(ごめんなさいね、どう考えても“ペンギンへの献身”とか無理だから!!)
この瞬間、星導の間全体に妙な沈黙が流れた。
そして、ルーファスの“ペンギン着ぐるみ”だけが、不自然に場違いな存在感を放っていた。
ルーファスはショックで小刻みに震えている。
だがすぐに気を取り直して、ぐっと前のめりになった。
「じゃ、じゃあ君の好きなのはどんなのなんだ!?」
会場の注目が再び私に集まる。
「そうですね……スイカとか、好きですよ」
私がさらりと言うと、今度は会場中が「えっ?」という顔になった。
王子もルーファスも、一瞬絶句する。
「ス、スイカ……!? あの、緑と黒のしま模様の魔獣を……?」
「ええ、あれ、美味しいですし。夏といえばスイカ、ですよね?」
場がざわ……ざわ……と騒がしくなる。
「まさか……アリシア嬢、魔獣食いの嗜好が……?」
「いや、ちょっと待って!本当にそういう意味じゃなくて……!」
私の釈明も空しく、妙な誤解がさらに広がっていくのだった。
「……それよりも、そもそもこの“ペンギン”――いえ、ルーファスさんの魔法、本当に正しいことを観測できているんですか?」
ビシッと言い切ると、場の空気がピンと張りつめる。
ルーファスは「え……」と固まり、王子も「た、確かに……」と小声でつぶやいた。
「だって、“スイカ”が魔獣だとか、“会議室”が沈黙の儀式とか、明らかにおかしいじゃないですか。
この魔法、どこまで信用できるんです?」
ペンギン着ぐるみのルーファスが、もじもじと視線を泳がせる。
「わ、私の魔法は……その、断片的な映像しか見えないので……たまに、ちょっと、ズレたり……」
(やっぱり!)
「それに――」
「そもそも占いなんかで、婚約破棄を決めるなんて! おかしいと思わないんですか!!」
星導の間が静まり返る。
王子も、ルーファスも、親族も家臣も、みんなが目をぱちくりさせて私を見ている。
「未来がどうとか、魔法がどうとか、それが理由で人生を勝手に決められるなんて、納得できません!
そんなの、普通はおかしいって思いませんか!?」
まるで、胸の奥に溜まっていた何かが一気にあふれ出すようだった。
「だいたい、“ペンギンへの献身”とか、“スイカとの死闘”とか、“謎のメモ”がどうとか……
そんな占いの結果で婚約を破棄されて、私、正直困るんですけど!」
私の叫びが星導の間に響き渡ったあと、しばし、針の落ちるような沈黙が流れた。
(やば……言いすぎた?)
だが次の瞬間、
ざわ……ざわ……と、周囲の貴族たちがざわめき始める。
「……え? 普通じゃないのか?」
「婚約破棄の理由って、だいたい占いで決まるものだと……」
「うちの娘のときも“運命のハリネズミ”が出たから破談になったわね」
「わしの姪は“呪われたパンケーキ”だったぞ」
――想像以上のカルチャーショック。
(この国、占い文化が根深すぎない!?)
王子も、ルーファスも、なぜかしょんぼりと肩を落としている。
「み、皆様……本当に、そうなんですか……?」
私だけが、絶望的な孤独感に包まれていた。
そのとき、それまで黙っていた占い師が、しわがれた声で口を開いた。
「……フフ……なるほど、やはり君は“外”の人間だな」
その瞬間、場が再び静まり返る。
王子もルーファスも、そして貴族たちも、一斉に占い師に注目した。
「“普通”……“常識”……。ふむ、その言葉の響き、久しぶりに聞いたわい」
「だが、この国では“運命の導き”こそが全て。
占いで婚約が決まり、占いで婚約が破棄される――それが“運命”というものじゃ」
ゆっくりと机の上の謎のメモに手を伸ばし、意味ありげにアリシアを見つめる占い師。
「さて、そろそろ“本当の運命”を示すときかもしれんな……
“謎のメモ”――この未来、そなたがどう切り開くのか、わしも興味がある」
(……いやいや、いまさらそんなこと言われても!
ていうか、そのメモの中身、もしかして私が開ける羽目になる流れ!?)
占い師は机の上の古びたメモをそっと手に取り、
こちらに差し出してきた。
「わしらには、このメモの内容は理解できん。だが――おぬしになら、あるいは……」
場の空気が張りつめる。
王子もルーファスも、貴族たちも、みんなが息を呑んで私を見つめていた。
(な、なんなの、この重々しい雰囲気……!)
私は占い師からそっとメモを受け取り、震える手で開いてみる。
そこには――
「どっきり大成功!!」
「…………」
私は、反射的にそのメモを床にたたきつけていた。
「ふざけんなーーーーー!!」
* * *
場面は変わり、静かな回廊の片隅。
私は、ペンギンの着ぐるみを脱いだ宮廷魔導士――ルーファスと向かい合っていた。
先ほどの騒動が夢だったんじゃないかと疑いたくなるほど、今は穏やかな空気だ。
「ごめん、アリシア……」
ルーファスが、少し俯きながら言った。
「本当は、ちゃんと自分の気持ちを伝えたかったんだ。だけど、君が王子と婚約してることも、家同士の事情も知ってて……何もできなくて」
「……それで、あんな茶番を?」
「うん。王子は、僕の唯一の親友なんだ。だから思い切って相談したら、『じゃあ全部占いにしよう!』ってノリノリで……。
占いの結果で自然に婚約破棄という形になれば、君の立場も守れるし、僕も正直な気持ちを伝えられるって」
ルーファスは少し照れくさそうに、でもまっすぐ私を見つめてくる。
「その……あらためて、僕と――結婚を前提にお付き合いしてくれませんか?」
私はぽかんと口を開けたまま、言葉が出てこない。
この空気……いや、待って。なにか引っかかる。
「……でも、そもそも、なんで“どっきり大成功”なんてことを?」
ルーファスは、どこか自信満々な顔で胸を張る。
「だって……日本では、結婚を申し込むときは“ドッキリを仕掛ける”のがマナーなんだろう?」
思わず私は全力でツッコミを入れた。
「たしかに……そういうのでサプライズをしかけるのはよくあるけど、ドッキリとは違うだろドッキリとは!!」
私とこの異世界の男たちの、おかしな婚約破棄は――まだまだ続く(かもしれない)。