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戦々恐々

 ザリアンは今自分たちがどれほど重要な役割を果たしているのかという重圧に手を震わせる。

 六聖ダスプ・ヴェープの愛娘アリシア・ヴェープを背に抱えながら歩くという、テレア教徒が聞いたら卒倒してしまいそうな状況に身を置いている。現実という感覚が麻痺して、頭がポーッとしている。


 もしかすると自分の何倍もの重さの馬車を、文字通り馬のように引いたおかげで頭の血管を破いたのかもしれない。全身の疲労感は自分の働きを認めてくれている。


 目の前を歩く2人。カロとジャスはアリシア・ヴェープを荷物のように担いで、疲れたからと言ってザリアンに役目を渡したのだが、2人の考えなしの動きには頭が痛い。


 ザリアンは、無口で大柄な彼ガイラスとやっとの思いで馬車を森から出す事が出来た。街道までの道が下り坂になっていなければ、夜までかかっただろう。

 街道まで出られたザリアン達は、正門までの距離を目算し、ため息を吐く。どこかで馬を使う商人か旅人に出会わなければ、正門まで進むのに途方もない労力と時間がかかるだろう。


 森から街道とは違い、ここからの道は緩やか上り坂が続く。障害物は多くないし、道は整備されているため森の状況と比較するのは難しいが、街道から門までの道の方が確実に時間がかかるのは見るだけでわかった。


「この馬か?」


 意識外からの声は聞き覚えのあるものだった。それと同時にその声が発した内容が思考を奪う。

 声の方を向くとそこにはカロとジャス、そしてカロが少女を担ぎジャスが二頭の馬の手綱を握っていた。


 再開の喜びや、何をしていたのかと疑問よりもまず先に


「助かったー、」と声を漏らし、全身を包んでいた筋力の緊張感が溶けていくのがわかった。その後、治癒を終えたメリと手伝いをしていたカノア、ディットが負傷者と共に森から戻り、それぞれが体験したことのあらましを話し合った。


 その結果判明したのが、眠るように意識がない少女は六聖の娘であり、正門から入れないため連絡用門に向かっているという内容だった。

 正門の状況はカロとジャスも確認したようで、1番近い連絡用門に向かう途中で、興奮状態の馬を二頭見つけ人の気配のする方向は進んだらザリアン達と再開できたという事だった。


 ザリアンは状況をうまく整理できないまま、アリシアを背負いながら連絡門までの道を進んでいる。

 意識を取り戻した隊長のシズキと、治癒士メリの判断で馬車には負傷者を運ばせる。歩くまでに意識を保てるのは最初からいるガイラスと、隊長のシズキの2人だけだった。


 連絡門までの道は正門までのものと比べれば整地されていないが、それなり進みやすい。気をつけるは野党の存在だったが、カロさえいれば先手を取られる心配はなかった。


 その結果、【小鬼の巣窟】を抜けた後は何も問題は起こる事なく、あっという間にゼルタニアの門壁までつく事が出来た。


――――――――――――――――――――――――――――――


 ギルドはてんやわんやの大忙しだった。ゼルタニア正門付近で起こった魔物の異常発生。すぐに冒険者とゼルタニア直属の騎士隊が掃討作戦と調査に向かった。

 冒険者を多く抱えるゼルタニアは近隣の街と比べて、魔物の脅威にとてつもなく強かった。


 魔物戦闘のスペシャリストである冒険者と、戦闘のスペシャリストである騎士隊が手を組んで掃討作戦が失敗するはずはなかった。問題は調査について。


 ゼルタニアを囲むように位置する四つの危険地帯。【小鬼の巣窟】、【嘆きの渓谷】、【狐狼の寝床】、【真紅の滝壺】、それぞれが特徴的なフィールドを有し、特有の魔物や獣が棲息している。

 ギルドが定期的に異常がないか調査の依頼を直々に出しているが、冒険者数十人を雇ったところで高が知れている。


 そのため、異常察知が出来ずに問題が起こるというのは仕方のない話でもあった。しかし、今回はその問題の中でも特に異常である事はギルド職員だけでなく、戦闘に従事した冒険者や騎士隊も感じていた。


 多種多様の魔物が仲間割れする事なく、単純な殺意と食欲のみで正門前に発生した点。

 正門前を埋め尽くす量の魔物の群勢を各危険地帯周辺に置いてある監視塔で移動を確認出来なかった点。

 発生源が確認出来ない点。


 これらの異常事態は、ギルド上層部で日夜問わず議論された。その間も精鋭の調査隊がそれぞれの危険地帯を飛び回り調査していたが、これといった決定打を確認する事は出来なかった。


 結果、このまま経済を止めるわけにも、冒険者達を街に縛り付けておくのも厳しいと判断したギルド上層部と、ゼルタニア領主は3日後に問題は解決したと報告し、今回の異常発生は幕を閉じた。

 ギルドが大忙しになったのはこの報告がゼルタニアに広まった後。緊急依頼という事もあり、半ば強制的に駆り立てられた冒険者達はギルドに依頼料を求めに集まった。それだけでなく、魔物の素材を大量に抱えて買い付けをする列も長蛇を成した。


 そんな状態のギルドに信じられない一報が届く。六聖ダスプ・ヴェープの娘を保護したというパーティーが現れたのだ。

 現在はシレアプロ商会の屋敷で療養しているらしいが、ダスプ・ヴェープの娘の一団は九死のところを彼らのパーティーに救われた事で一命を取り留めたという。


 その実情確認と、恩賞をするためにシレアプロ商会と、ヴェープ家連盟でギルドに依頼書が送られてきた。


 ただでさえ忙しいこの状況にまさかの依頼。ギルド上層部は大きなため息を吐くしかなかった。シレアプロ商会だけであればギルド幹部が日を改めて伺い立てるだけで良いだろうが、ヴェープ家が関わってくるとなるとギルド長直々に謁見許可を通さなければならない。


 今回は事のあらましをまとめてから報告されたため、何度も訪ねて内容を確認する必要がないというのは幸いだった。商会らしい効率重視の行動なのだろう。基本的に貴族相手の依頼を受ける時はギルド側に負担が大きい。

 その分依頼料も過分に取るため、そこのバランスは取れているのだが、今回はその1番面倒な部分が省かれているため上層部達は少しの安堵を見せる。


 とはいってもこの異常事態に対しての最終判断権を持つギルド長が、数日ギルドを空けるという事態は言葉以上にとても重く大きな事だった。


 事前に頼まれていた面談でさえも緊急を要するもの以外は断りを入れているのに、面談をし事実確認をするという業務に数人割かなければならない。それに、そのヴェープ家の娘を助けたという話が事実であるならば、その助けたパーティーにはギルドとしても大きな借りが出来ているとも言える。


 ギルドだけでなく、ゼルタニア全体が件のパーティーに頭が上がらないほどヴェープ家の娘の命を救ったというのは大きな意味を持つ。六聖の愛娘。寵僧ダスプ・ヴェープが娘を溺愛しているというのは貴族界を越え、多くの市民達の耳にさえ届いている話だった。


 例え、ゼルタニアに非がなかったとしても理由ならばいくらでも作ることが出来る。ヴェープ家の受け入れの話はなんとなくギルド側も耳にしており、娘が危険地帯で行方不明となればゼルタニアをフル稼働して捜索にあたっただろう。

 それだけ六聖から敵意は向けられたくないものだった。下手すれば教会勢力と内戦、領土を縮小され傀儡政府にされてもおかしくなかった。


 つまり件のパーティーというのはゼルタニアにとって救世主のような者だった。そのため、忙しさを理由に彼らへの対応を軽くすることも出来ない。むしろ、上層部直々に茶や菓子でもてなしながら話をするべきであるとも考えられる。


 ゼルタニアギルドのギルド長ライニフは、重々しく部下のザンブルに指示を出す。

「シレアプロ商会と、ヴェープ家連盟の依頼の件で、それに該当するパーティー計6名を個別で面談してくれ。場所はこの際どこでも良い。先ほど6名それぞれに話は伝えに行かせた。3日後までに内容をまとめておくように頼む。」


「3日後って、そりゃ厳しいですぜ。旦那。」


 ザンブルは苦笑いを浮かべるがライニフは表情を変えず、ザンブルをただ見つめる。結果、ザンブルが折れてため息を漏らした。

「まったく、旦那は人使いが荒いよ。給金期待してますからね。」


 

読んでいただきありがとうございます。


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