決断の代償
本日からまたよろしくお願いします。
キュクロプスとの邂逅を終えた後、気持ちの昂りそのままに街道まで走ったカロは、背中に抱えていた当初の目的を忘れてしまっていた。
それほどまでに極限の集中力を要していたという言い訳を思い浮かべてながら、気を失い失禁する少女をどうしようか頭を悩ませる。森のなかで頼まれた内容は、無事に街道まで届ける事。今の状態を無事だと判断できるかどうかが問題だが、生き死にの観点で言えば彼女は無事だ。
請け負った内容通りであれば、これで依頼は終了。この後彼女がどうなってもカロの知った話ではない。が、このまま彼女をここに置き去りにするのは違うという事だけはカロであっても当然理解できる。
しかし、どうしたもんか。と頭を悩ませながら街道に誰か来ないか意識を巡らせる。ちょうど誰かの気配に気づいた瞬間、あちらからも声が飛んできた。
「おぉ、カロじゃねぇか。ここにいるって事は陣形崩して来たって事か。」
全身に血を浴びたジャスがそこには立っていた。
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ジャスと合流したカロはジャスの様相に言及する事はなく、気を失う少女についての話だけを伝えた。
「そうか、貴族か商家の娘って感じだな。身につけてる物も作りが細かい。とにかく無事に街まで届けるしかないな。」
あまりにも情報の足らない現在、やれる事といったらただ一つしかなかった。
「ジャス、他のメンバーか、この子の知り合いを見つける方が大事なんじゃないか?」
「探すってこの森の中を2人でってことか?馬鹿言わないでくれ。お前みたいに木の上をぴょんぴょん跳ねながら探せるなら良いが、俺は地道に進むしかないんだ。どうしたって効率が悪い。」
「それなら、」
「お前1人でやるってか?それこそ効率が悪いだろ。お前と俺は連絡を取り合う手段がない。正直言って俺は寝不足で腹も減ったし、見ての通り戦った後だ。数人の野盗に絡まれるだけで俺とこの女は死ぬ。」
カロはどこか冷静さを欠いた自分がいる事に気がつく。興奮に当てられた影響なのだろうか、深く息を吸い込んで呼吸を落ち着かせる。
「そうだな。忘れてくれ。ジャスの言う通りにしよう。」
ジャスは軽く口角を上げて反応を返す。
「それで、」とカロが言葉を繋げた時、カロが何を言うのか理解したジャスは言葉を被せる。
「この変な空気についてか?」
今朝から感じている不穏な空気についてジャスも気がついていたようで、街の方向を睨みつける。
「何か知ってるのか?」
「どっちかが囮なんだろうな。それか両方とも狙ってたのか。」
ジャスは街と少女を見比べながら深く息を吐いた。
「まぁ、考えても仕方ない。とりあえず街に向かうぞ。」
「なぁ、ちょっと、」
カロはジャスを引き止めようとするが、少女を担ぎ上げると街に向かって歩き始めてしまった。色々と疑問が募る結果となったが、ジャスのいつもの独りよがりの何かだろうと深く追求する事はしなかった。
「違和感の正体はこれだったか、」
ゼルタニアの正門。いくつかの街道が一つにまとまり、見通しの良い平原を越えた先に構えるゼルタニアの玄関。一つ目の門を潜り、橋を渡り、二つ目の門を潜るとゼルタニアの土に足を置く事ができる。
初めの頃は二重構造となっている門の造りは不便でならないと感じていたが、慣れてくればそこまで面倒ではなくなる。それに今回のような出来事が起こるのであれば二重構造にしておいて正解だったと強く頷ける。
【小鬼の巣窟】で覚えた違和感。野良やはぐれと言われる単独や徘徊をする魔物の数が少なかった事が理由だった。
しかし、少ないと言っても見るからに分かるものではなく、これまでの危険地帯経験と照らし合わせた時になんとなく浮かぶ程度のものであり、定期的に【小鬼の巣窟】へ足を踏み入れていないとわからない異常事態だったと言える。
街道を進み、小高くなっている丘の上まで移動してきたカロたちはそこから門の前に広がる光景について頭を悩ませる。そこには多くもの魔物が発生しており、様子を見るに人為的に集められた魔物たちである事は一目瞭然だった。
森で見た光景と似ているなと、少し前の記憶が蘇り目の前の状況と照らし合わせる。ざっと見回して、森で起こったあの状況とは一つだけ違う部分がある事に気がついた。
魔物の種類がかなり多い。希少種と呼ばれるような魔物はいないが、ゼルタニア周辺の危険地帯各地から集められて来たような種類の豊富さだ。
つまり、カロたちの見て来た【小鬼の巣窟】だけでなく【嘆きの渓谷】、【狐狼の寝床】、【真紅の滝壺】の全てが同じような状況であった事が予想できる。
「どうするジャス?」
「どうするも何も答えは一択だろ。迂回する。」
「北方門まで回るとすれば一晩か、二晩の距離があるぞ。その状態で、」
「連絡用の出入り口がいくつかあるんだ。そこから入れば良い。こっからだと東南連絡用門が一番近い。そこに向かうぞ。」
「来た道を戻るのか?」
カロの脳裏にはキュクロプスの姿が浮かび上がる。
「それ以外にない。」
ジャスはカロに有無を言わせず、先ほどと同じように歩き始めていた。ジャスの冷静で端的な物言いに少しムッとしたが、ジャスの判断が正解であることを理解しているため、カロも同じように後に続いた。
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執事長デアルマは、アリシアから直接の命令によって帯同を禁じられた。いつものわがままにデアルマを中心とした御付きの者は頭を悩ませる。
そんなデアルマ達にアリシアと付き合いの長いシルエが助け舟を出した。
「あまり時間をかけてもお嬢様のお気持ちは変わらないでしょう。何があっても私がお嬢様をお守りいたしますので、今回は早さを優先いたしましょう。」
シルエの提案にデアルマは再び頭を悩ませたが、周りの説得も受けシルエの提案に乗ることに決めた。
【小鬼の巣窟】を進むのは計11名警護対象のアリシアを抜いた10名の割り振りは6名が護衛隊、4名がアリシアの世話係兼ゼルタニアで待つシレアプロとの交渉役になっている。
デアルマはこの時の決断を後に後悔することになるとはゆめゆめ思ってもいなかった。
過去に冒険者をしており護衛としてスカウトされた、護衛隊隊長のシズキを筆頭に森を切り開いて進み始めた。彼らの背中を残された者達は無事を祈りながら見送る。
デアルマ達はこれから安全と判断されるまで、正門前の平原を見下ろせる位置に仮拠点を用意し、正門の様子を窺う。アリシアには先にゼルタニアに入ってもらい、同行した執事達にデアルマ達を受け入れる準備を整えてもらうという作戦になっている。
護衛隊の副隊長ピョウの指示で野営の準備を始める。食料に限りがあるため、量や食事の時間なども計算しながらその時を待つ。護衛隊の中で、前衛職が出来る者達は積極的に森や谷の方に向かい狩りをするようになっている。
デアルマは、ゼルタニアにいるシレアプロや、娘の様子を気にしているであろう王都に残るダスプ・ヴェープなどに手紙をしたためる。特に、これからしばらくの間生活するゼルタニアの中で力を持つ者達には念入りに手を回しておく必要があるため、書く内容だけでなくその影響について考えながらインクにペンを着けていた。
アリシア達と分かれてから3日後、魔物の掃討と原因の廃絶を確認したため野営の生活が終わりを告げた。
経験のない者達が当初思っていたような厳しいものではなく、むしろいつも振り回してくる彼女がいなかった事で休養のような疲労回復効果すらあった。
アリシア当人がいないが、ヴェープ家であることを示すために予備の馬車と荷馬車に旗をを括って正門に続く街道を進む。
ここらの街道であれば野党が出る事もないため、ゼルタニアの門兵やシレアプロ商会の者達にはヴェープ家が来たぞと早めに教えることができる。
門で時間をかけないように早めに身分を名乗っておいた方が効率的な事をデアルマは知っていた。
そんなデアルマ一向に早馬が飛んでくる。数日前の嫌な記憶が蘇るが、この場合受け入れに関する軽い問答を受ける事が多い。
ゼルタニアの門兵達も、ヴェープ家という賓客を待たせるわけにはいけないと考えての事だろう。ヴェープ家という証明さえ確認できればすぐに街に入れるはずだと、これまで張っていた心の糸を少し緩めたデアルマの耳に思いがけない言葉が飛び込んできた。
「先行されたアリシア様ですが、負傷者多数の壊滅状態で現在半数以上が意識のない状態にあります。デアルマ様とピョウ様はいらっしゃるでしょうか?」
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