言い訳
カロが異変を感じたのはザリアンよりずっと前からだった。2日目の朝、最後のゴブリン集落を確認し帰路に着くことが決まった。予定よりもかなり早く依頼を完了することが出来た。
厳密にいえば、帰り道の間も確認作業はあるが自ら魔物の棲家に近づくような危険はない。最初はどうなるか不安だったが初日の昼過ぎからはかなりやりやすく出来た。
帰りは、ジャスのゴリ押しで広域索敵陣形を組む事になった。ザリアンや後衛職の面々は反対していたが、朝から感じる違和感にジャスも気がついていたのだろう。どこまでも冷静さを保ち、そして冷徹な男だとジャスへの認識を改める必要があるなと感じた。
パーティーメンバーの様子にも気をつけながら、カロは朝から感じる不穏な空気を探りに森の中を飛び回る。街道付近まで進んで違和感の正体に気がついた。魔物の反応が極端に少なかった事、そして同業者の香り。
魔物避けと呼ばれるキヤの実とDランク魔物のブロウルフの糞を混ぜたDランク以下の魔物を相手にした魔物避けの香。独特の香りは鼻が覚えていた。
同じ冒険者が森にいる可能性も考えたが、それにしては反応が少なすぎる。足音や声といったわかりやすいものから、踏みつけられた草木、森に住む獣達の反応などを総合的に見てカロの同業者。斥候職の技術を持った1人以上が何らかの意図を持って森を移動している。
魔物の少なさも香以外に何か理由がありそうだった。魔物を避けているというよりも、どこか一点に集めているような――
その答えはすぐに見つかった。恐る恐るといった様子で森を切り開いて進む一団。わざわざ馬車が通れる道を作っているのを見る限り地位の高い者がいるのだろう。
カロは馬鹿な奴らがいるなと苦笑を漏らす。危険度がFとはいえ危険地帯だ。自ら機動力を捨てて、その結果得るのが権威といっときの過ごし良さ。
彼らは自分たちが狙われている事に気がついていない。ぱっと見、腕が立つ者が数人いるのを確認できたがその実力を見せる前に殺されるなんて事は茶飯事のように起こる。
むざむざと殺される姿を見たくないため、助けになろうかと思っていたが彼らのような馬鹿は一度死なないと理解しないだろう。
過程がどうあれ、生き延びたという成功体験を覚えてしまえば同じやらかしを繰り返す。一度傷を負う事でしか学ぶことのできない人種はそう少ないことをカロは身に染みて知っていた。
彼ら一団の様子を眺めていると動きがあった。何者かが集めていた魔物達が今度は魔物集めの香によって、一団に向かって進み始めていた。その多くはゴブリンやコボルトといった二足歩行の人形魔物達。ちらほらとアンデットの類や獣型の魔物も見える。
死角もなく対一戦闘の繰り返しであれば、魔物達は相当数いるが護衛の彼らに軍配が上がるだろう。しかし、彼らは自分たちが出す音のせいで魔物の接近に気がついていない。連携練度が明らかに不足しているし、違和感を探ろうとする意思すら見えない。
カロの想像通り魔物達の進行に気がついたのは、魔物に先手を取られてからだった。
「魔物多数!!迎撃容易!!」
武器を構えたのは6人。しかし、1人は先手取られ右腕を負傷している。剣の構え方的に右腕が利き腕だったのだろう。彼は本来の十分の一以下の力しか出せないだろう。
刀身の長さも森に適していない。他2人の武器も森の中では十全と力を発揮できない形状をしている。
普段通りの力を出せる可能性があるのは6人中3人。たった3人で50近い魔物の軍勢を相手にするしかない。
「ヴィヨン、ジバの援護に向かってくれ!馬車は俺とガイラスが受け持つ!!」
互いに背合わせの格好を取り、対応し合えばこの窮地を逃れることが出来たかもしれない。しかし、彼らはそれをしない。
そこからはカロの想像通りに進んでいった。斬りつけるたびに血や脂で汚れ、切れ味が鈍くなっていく剣。周囲の木々が邪魔して振り切れないロングソード。
ジャスやザリアンのように短刀や手斧のような小回りのきく第二武器を携帯していないため、ジリジリとにじり寄る魔物達に決定打を与えられる事なく、後退を続ける。
緩やかな虐殺が刻々と行われているのを見て、カロは弓をとる。
「魔物達だけじゃなく、獣が血の味を覚えたら厄介だからな、」と、自分に言い聞かせるように呟いたカロは痺れ効果のある毒を矢に塗り、魔物達に向かって弓を射る。
頭蓋骨の硬いゴブリンやコボルトといった人形魔物は足を狙って機動力を削ぎ、その他の魔物には頭、鳩尾、頚椎など確実に死へと陥れる箇所へ的確に矢を射っていく。
死角からの攻撃がなくなるだけではなく、後方からの勢いがなくなった事で護衛の兵達は押されていた戦況を五分にまで押し返す。リーダー格の男は、突然足がもつれて倒れ込んだゴブリンの足元を見て何が起こっているのか理解した。そして、
「ご助力感謝する!!どうかもう少し、無力な俺たちに援護を!」と森全体に響くように叫んだ。
カロは木の上から再び苦笑を漏らす。突然ハシゴをおろすのもせっかく使った矢が無駄になると、今度も言い聞かせるように考え、残り少なくなった矢に手を伸ばした。
「私も戦いますわ!」
一つの流れに向けてまとまり始めた意識が思いがけない方向に集まる。血を差し出し、骨で受け止めていた護衛対象。少ない人数で傷を負いながらも守っていた馬車の扉が勢い開かれた。
カロと同じくらいの年齢だろう。1人の少女が勇ましく、飛び出したのだ。彼女を掴もうと何本もの腕が伸びるが彼女は器用に避け切り、地面の上に降り立った。
「お嬢様!いけません!」
彼女に続いて白髪の女性が馬車から飛び降りる。その瞬間、地に臥していた1匹のコボルトが意識を取り戻し闇雲に棍棒を振るった。
最弱級と呼ばれるFランク魔物のコボルト。鋭敏な嗅覚をと聴覚を使い、群をなして移動し続ける魔物。自らの牙や爪だけでなく、武器を扱う事からある程度知性があることが窺えられ、ゴブリンと同じように知性職の発生や、集落の存在などが考えられている種族。一般的に腕力は低いとされ、警戒すべきは連携の取れた動きと機敏さと言われている。
そんなコボルトの一振りが、飛び降りたばかりで周囲の警戒すら出来ていない白髪の彼女に降り注ぐ。ゴン!と鈍い音がした音、ピチャッと周囲の木々に何かが飛び散った。
1番初めに声を上げたのは勇ましく飛び出した彼女だった。
「シルエッッッ!!!!」
他の護衛隊もまさかの出来事に言葉を失うだけでなく、判断力も一瞬にして削がれてしまう。
事態を冷静に把握し、何をすべきか理解していたのは護衛のリーダーとカロだけだった。
好きだらけとなった護衛隊に再び魔物の勢いが襲いかかる。カロは木の上からできる援護に限界を感じ、このタイミングで地上に降りて短刀を構えて魔物の軍勢に飛びかかる。
あまりにも少人数だが、形としては挟撃となったカロの援護は、思わぬ方向に事態を変化させる。
対応すべき箇所が増えた魔物達は、それまでギリギリで保っていた統制を一瞬にして崩してしまう。時間の経過で香の効果が薄れたのも理由としてあるかもしれない。
どちらにせよ魔物達は本能に従い、強敵と認識したカロとリーダーを避けて、呆然と立ち尽くす少女に狙いを定めた。穴だらけの包囲網を超えた魔物達は少女の首元に迫るため、横からの攻撃などお構いなしに突撃をし始める。
コボルトに撲殺された現場をやっと飲み込めた護衛隊の面々が対処に出るが、魔物達の後手に回る。ゴブリンの爪が少女の服に触れるギリギリ前に腕を切り落としたのはカロだった。
カロは魔物達が意識を取り戻した瞬間に、魔物達の動きを咄嗟に察知して護衛に走った。あの一瞬の判断が無ければ、今頃彼女の腕はぐちゃぐちゃにされていただろう。
「彼女をこの森から遠ざけてくれ!」
リーダーが絞り出した声を聞いて、カロは少女を担ぎ上げる。
「お嬢様!」「貴様、何をする!!お嬢様を!」
「このクソども!今の状況を理解しろ!大事な大事なこのガキを守るためには離れた場所に連れていくしかねぇんだよ。それを誰ができる?あぁ?おい!ガキ1人を馬車の中に閉じ込めて置けないお前らがこの危険な森から逃げさせられるのか??」
カロの行動に声を上げた者たちへ罵声をギリギリ堪えたような声量で捲し立てる。
「貴様!護衛兵如きが!」
「ガイラス!やれ!」
リーダーの男の掛け声で、馬車付近に立っていた大柄の男が馬車の中で怒りを漏らす男を掴んで引っ張り出してきた。
「そこに落ちてる武器を持て、おい。早くしろ。持て!」
先ほどまでの勢いを無くした男に無理やり武器を持たせて、立ち上がらせる。
「護衛兵如きの仕事、お前もやってみろ。」
リーダーの気迫によって、意識を取り戻している魔物達は出方をを探っている。
「、、ぁぅぁ。あ、、」
我慢の限界になったアンデットが死線を越え、武器の射程内に踏み込んできた。
「行ってくれ!少年!そのクソガキを街道まで!」
カロは静かに頷き、地面を蹴った。
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