危機
カロの意見をもとにジャスのアドバイスと、ザリアンのアイデアを取り入れたことで6人の行動速度と、依頼達成度は増して早くなっていく。5人がカロの行う索敵と単独行動に絶対の信頼を置いたことで、彼らはカロが瀕死近くまで追い詰めた魔物や獣を囲んで処理するだけでよくなり、カロは誰にも邪魔されない環境で伸び伸びと自分らしい動きに専念できた。
本来ならば3日かかると考えられていた依頼も、2日目のお昼ごろにはほとんど完了していた。残る部分は帰りながら見て回れば十分足りる内容のため、実質的な以来の達成を意味している。結果で示したことでパーティーの雰囲気は前日とは打って変わって、ディッとはカロにゴマすり、メリとカノアは2人だけの会話を楽しみ、ジャスはめっきり口数が減ってしまった。変わらないのはザリアンの態度くらいで、カロは不思議な体験をしているという感覚に陥った。
大きな問題は起こらず、2日目の昼を回ったあたりで帰路につく。狩った素材は分け合わず各自の取り分にするという約束をしているため、帰り道はそれぞれ距離をとって行動をする事に。
広域索敵陣形と呼ばれる広がり方は、緊急時の対応を基本1人で行わないとならないというデメリット以外は、近距離陣形に比べて索敵は広く被害は少なく、効率もいいといった優秀な陣形だ。
ただ、デメリットが大き過ぎるため開けた土地で行う場合が殆どの陣形でもある。
ザリアンはこんなはずじゃ、とぼやきながらも草木を踏み分けて進む。リーダーであるジャスが決めたことだ。文句はあるが仕方ない。
ジャスの強引な判断により、それぞれが広がって森を出ることとなった。
後衛職であるメリ、カノア、ディットは不安を隠せない様子だったがザリアンとカロがすぐにカバーに入れるようにすれば良いと、ジャスの意見を通す結果となった。
ゴブリンの集落もなく、街道に近いため魔物や獣の危険度もグッと下がる。冒険者として認められた者であれば怪我する事はあっても死ぬまでには至らないだろう。
ジャスは何を考えているんだと、街に戻ったら問いただしてやりたいと考えながら、周囲の音に耳を配る。
鳥が囀り、風が木の葉を揺らし、踏みしめる地面は生い茂る草木によって正体を掴めないでいる。索敵が得意というのもカロの技術を見てしまった今、烏滸がましいとすら思うが領にいた頃、兄達と山狩りをする際いちばん初めに獲物を見つけるのはザリアンだった。
持ち前の耳の良さと、野生的な直感によって行っていた索敵を使い森の空気を読む。
しかしザリアンはこの行為があまり意味ないことを知っている。ザリアンの格好は現在フルアーマーに包まれている。足腰が強く、山道でも中々バテない体力と筋力はあるが機敏に動く事に関してはめっぽう弱い。
それに、どれだけ慎重を心がけてもフルアーマはガシャガシャと音を立てるのをやめてくれない。つまりザリアンにとってもそれぞれが離れて行動する事にメリットはなかった。
時々、生体反応を感じるがその方向へ意識を向けた途端、その反応は霧散する。ディットやカロのように弓矢を携帯していれば、呑気に歌う鳥を撃ち抜けたかもしれないがこれ以上荷物を増やす事は利口だと思わない。
パーティーメンバーの救援に駆けつけられるように、耳を凝らして街道に向かっていると聞き慣れない音が耳に触れる。
「――、む!――この―だ―」
自然音ではなく人の声だと言うことを理解し、その声に不思議な熱がこもっているのを感じとる。街道付近とはいえ、まだしばらくは鬱蒼とした雰囲気が続く、その中で聞き慣れない人の声。何が起こっているのかわからなくても緊急事態である可能性は大いにある。
ザリアンは抑えていた気配を元に戻し、歩調も広く早く進めていく。枝木から薄く見える光景で、何が起こっているのか察して、ダガーを抜いて音の中心に突撃した。
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アリシア・ヴェープは六聖ダスプ・ヴェープの愛娘として世界から祝福を受けて生きてきた。まるで一国の姫君のように扱われてきた彼女は、その待遇通り自身を選ばれた存在だと認識するようになる。
自らを絶対だと理解した彼女にとってこの世界はあまりにも簡単に映って見えた。たとえ貴族街であっても自分の進路を阻む者は牢に入れろと指示を出し、親の形見だと泣き縋る頬を叩き、首飾りを自分のものにする。
欲しいという思いは、願望ではなく確実となる事を知ったアリシアは手を出しては行けない領域にまで踏み込んでしまった。
その行いにこれまで静観を貫いていた他の六聖達も声を上げる。その結果、ダスプ・ヴェープでは庇いきれなくなり、当面の間王都から追放されることに決まった。
突然の決定にアリシアは当然混乱する。状況を飲み込んだ事で混乱は錯乱に変わり、一時狂乱状態にすら陥った。周囲の説得と初めての父からの説教を受け、納得はしていない様子だったが王都追放を渋々受け入れる事となった。
向かう先は王都と港町プラシを繋ぐ商業都市ゼルタニア。冒険者の街とも呼ばれ、街の規模だけでいえば王都に匹敵する大都市。ゼルタニアで一二を争う商会シレアプロとダスプ・ヴェープは旧知の仲という事もあり行き先をゼルタニアに決めた。
六聖の娘が王都追放となれば教会だけでなく市政も大きな影響を与える。そのため、表向きにはアリシアがゼルタニアに向かうのは商会で経済を学ぶためという事に理由にした。
アリシアが王都を出発してから3日後、過剰ともいえる護衛に守られる一団に伝令が届く。
「伝令!ゼルタニア正門付近にて魔物の異常発生の傾向が見られたため、北方門から入門頂きたいとシレアプロ様からご伝達。」
伝令の内容に執事長デアルマと、護衛隊長シズキは眉間に皺を寄せる。
「正門の対応は最長どれくらい掛かりそうかわかりますか?」
「詳細にはわかりませんが、前回同様の事態が起こった際は2日で解決いたしました。」
「2日ですか、」
デアルマとシズキが頭を悩ませるのは、北方門に向かうにしても解決を待つにしても、野営の日数が増えるという問題にあった。
過剰とも呼べるアリシア護衛隊の人数は30を超える。そこにアリシアの身の回りを世話する女中、執事達が10人ほど。用意してきた物資では二晩が限界といったところだろう。
本来は野営一晩で、ゼルタニア正門をくぐる想定だった。用意した物資の量は相当数あるのだが、その分人数も多いため予備を使ってどうにか2日。3日目までに入ると護衛隊の指揮に大きな影響が出かねない状況だと言えた。
「どうすんだデアルマさんよ。下のやつらだけじゃなくて、副隊長の中にも今回の護衛には不満を抱えてるやつがいる。表立って反抗してくる事はないだろが、野営の日数が増えたらどうなるわからんぞ。」
「お嬢様の横暴に振り回された方は多いですからね。シズキ殿のおっしゃる通り、旋回するにしても、待つにしても無理があるでしょう。それにこの人数ですから村を探して一晩というのも厳しいでしょう。」
「なんでこんな人数で移動しようと思ったのか、」
シズキは大きなため息をつく。
「一つだけ案があります。」
デアルマは眉間に皺を作りながら搾り出すように提案した。
「少数で東南にある連絡用門から入る事です。」
「その苦々しい表情の理由は?」
「まず、10人未満の人数まで絞らなければ行けません。5人態度が適当ですが、そこは大目に見てもらったとします。それ以上に問題なのは危険地帯を抜けなければならない事です。危険度としてはFですが、小鬼が出る森です。」
ゴブリンと聞いてシズキはデアルマがなぜ頭を悩ませているのか理解した。
「どの判断を下すにしても早くした方がいいかもな。」
シズキはアリシアが待っている馬車を指差す。
「シズキ殿、精鋭を5人ほど集めてください。危険地帯を渡ります。」
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