能ある鷹
森に入ったカロはすぐに2人を見つけた。別々にいて、獲物狩りに夢中になっているか、ランクに見合わない魔物や獣と遭遇して隠れているかのどちらかだと踏んでいたが、ジャスがピュアラビット1羽と橙色の果実2つ。ディットは何も持っていないのを見て色々と理解した。
あれだけ息巻いて出向いた結果がこれでは面目立たないと考え、どうにか食べるものがないか探していたのだろう。カロは2人の様子を隠れて観察しようかとも考えたが、1人で待っているザリアンの事を考えてすぐに声をかけた。
2人はカロの顔を見るや否や、聞いてもいない言い訳と虚言に近い盛った話をそれぞれ口にし出したため、適当な相槌を返しながら休息地までの道を案内した。
途中獲物の気配があったが、どうせこの2人では狩れないだろうし、かえって邪魔になるためその事は言わずに粛々と道を進む事だけに注力させた。
「それで、ディットは何してたんだよ。」
手ぶらで帰ってきたディットにザリアンはそんな事を言い放つ。メリとカノアも言葉にしてはいないが、ザリアンと同じ様な視線をディットに送っている。
ザリアンはさておき、ナメて下に見ているカロが当たり前の様に5羽を狩ってきたのだから、カロよりも実力のあるジャスと長く冒険者をやっているディットならもっと多く狩ってくると思っていたのだろう。メリとカノアの表情はあっという間に落胆へと変わっている。
少し前にカロとザリアンの飯は不要だと啖呵を切ったばかりだ。今更無かったことにしてくれと言えるほど厚顔無恥ではないようだった。
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ザリアンに無能の烙印を叩きつけられたディットは、これまで以上に口数が減りザリアンとカロを恨めしそうに睨んでいた。カロとザリアンはそんなディットを気にすること無く、まだ言い訳を続けるジャスの方に目をやった。
メリとカノアにカッコつけたいジャスは、彼女達の冷ややかな視線をどうにか払拭しようと、ピュアラビットは小さすぎてあえて逃しただの、1羽で足りると思って我慢しただの、挙げ句の果てにはカロの示した場所には1羽しかいなかったと言い始めた。
二転三転する言い訳だったが、その言葉にカノアがわざとらしく乗っかり始める。
「それならカロとってきたピュアラビットは、みんなで分けなきゃおかしくない?獲物をカロが独り占めしたってことなんでしょ?」
「そうだ、そうだ!!俺の場所にもピュアラビットはいなかったぞ!!」
今まで黙っていたディットも続いて口調を強める。彼らの意見を簡単に破綻させる事は出来るのだが、感情を優先し他責に心血を注ぎ始めた者に、正論は及ばない。
人数差的にも、この後の調査のためにも少数派の自分達が折れなければいけないだろう。
チラッとザリアンの方を見ると、ザリアンも似た考えに至ったらしく眉間に皺を寄せて困った表情を浮かべていた。
「その言い訳は流石に苦しくない?」
静観を貫いていたメリが発したのはカロ達への最後のダメ押しではなく、カノア達への苦言だった。
まさかの意見に全員が戸惑う。
「ご飯なしは嫌だけど、もうしょうがないじゃん。ジャスの取ってきたピュアラビットと果物食べて良いならそれ貰ってさ、これ以上恥ずかしい事したくないんだけど。」
冷静な意見にカノア達は言葉を失うしか無かった。
結果、4人はピュアラビット1羽と果実2つを分け合って食べた。ザリアンと顔を見合わせて分けようかと話したが、彼らのメンツを潰すことに繋がるだろうし温情をかける必要ないと考え、カロとザリアンは2人で4羽を分けて食べた。
ザリアンの鍋は故郷で作っている伝統的な調味料を入れていたようで、独特の風味が口に広がりとても美味しかった。カロの作った香草焼きも思った通りできており、ザリアンからは肉料理で一番美味しかったと太鼓判を押された。
そんな2人の会話を残る4人は生唾を飲み込みながら聞いており、中でもほんの少ししか食事を与えられなかったディットは腹を鳴らしながら2人を睨みつけていた。
食事を終え、全員で一つの焚き火を囲う。ギルドからの依頼である【小鬼の巣窟】の調査と、確認されているゴブリン集落の状況確認について話し合う必要があった。
新人冒険者や低ランク冒険者に対して、ギルド側が定期的に依頼する低級危険地帯への調査。
魔物の氾濫や、別の場所からやってきた魔物や獣による生態系の変化、その地帯固有の生物の観察など、継続的に行うことで緊急事態にすぐ気づけるようにギルド側が考えた依頼だった。リーダーであるジャスが、カロを除いた4人とちょうど良い依頼がないか探しているところをギルドに声をかけられた事で受ける事となったらしい。
カロは新人斥候ながらもある程度の技量が認められたため、ギルドが仲介役となり彼らのパーティーに臨時として加わった。今考えると彼らの素行を知っているからこそ、知られないうちにトントン拍子で話が進んでいたのかもしれない。
新人だからという理由でギルドからの頼みを二つ返事で済ませてしまったのは、考えが足りなさすぎた。
これまで人付き合いをしてこなった弊害がここにきて現れているのかもしれない。
「カロの索敵と隠密の腕は確かだ。近距離体形はやめてカロ先導で進んで良くないか?」
食事の恨みが残っているのか、やや重苦しい空気の中ザリアンはみんなに提案する。これまでは、ジャスとカノアが多くの魔物や獣を狩って金にしたいという理由で、獲物を見つけてすぐに狩にいける距離の生物反応をを索敵する陣形を提案し、昼まではその案に乗っかり動いてきた。
しかし、本来の目的である森の探索調査と、ゴブリン集落の観察の仕事はほとんど進んでいない。体力や消耗品の兼ね合い的にこの森で過ごせるのは二晩くらいだろう。深層まで潜る必要は無いにしても、街道に近いエリアは満遍なく見る必要がある。
そのためにカロが広範囲を索敵し、距離感をそれなりに広げた状態でジャス達本隊が状況確認と調査をする陣形が最も適当だと考えられた。
ザリアンの意見に対して首を縦に振ったのはカロ、メリ、ディットの3人だった。過半数がザリアンの意見に賛成しているが、最終決定権はリーダーのジャスにある。
それに、ディットはジャスの顔色によって簡単に意見を変えかねない。この時点でザリアンの意見に賛成な事が奇跡だと言えるだろう。
「ジャス、お前はどう思うんだ?」
「確かに、これまでの陣形は効率が悪い。それは認める。かと言って、カロに先導させるのは反対だ。」
「それはどうして?」
「認めるの癪だがカロの索敵がそこらの斥候職と同程度以上なのは確かだ。けどな、ここは【小鬼の巣窟】だぞ。カロが離れた位置にいた時、ゴブリン共が俺たちを見つけたらどうする?ザリアンは笛の届く距離を想定してるだろうが、あいつらは思っているより耳がいい。」
もっともらしい意見を返された。腐ってもEランクという事だろう。戦闘に関してはジャスが一番知っている。この森に来ることを決めたのもジャスだ。ゴブリンについての知識も充分あるのだろう。
依頼重視派のザリアンと、安全重視派のジャスはお互いの考えと、その考えがもたらす結果を掛け合う。
「けど、それでは依頼完全達成にならない。報酬だって、」
「俺は最初に言っただろ?足りない報酬は道中稼ぐんだ。カロの索敵はそっちの方面で有効活用する。」
「なんだ今更!君たちは散々カロを無視していたじゃないか。」
「他の奴らは知らんが、さっきまでの働きぶりを見て俺は今カロを認めた。まぁ、索敵の腕だけだがな。」
「そんなやつに、」
「2人とも話が脱線してる。気温が上がってきた。後数時間すれば日が落ち始める。一番無駄なのはこうやって話してる時間。」
語気が荒くなっていく2人の間にメリが入り、本題へ話を戻す。場が落ち着いたところでカロも口を挟む。
「今日の探索時間は多く見積もってあと4時間。その中で野営の場所を探して食べ物を見つけて、野営の準備をしなきゃならない。観察対象して指定されたゴブリン集落は3つ。多ければ多いほど良いらしいが今回は最低限の3つだけに絞ったとしても、2日では回りきれない可能性が高いから、今日中に1つは見なきゃならない。
お前らが話している間に1人で集落を見て来ようか?その間に議論を楽しめば良いさ。」
メリとカロの言葉で2人は冷静さを取り戻す。結果、折衷案ということで中距離体形を保ち、カロは先行するが本隊が見える位置にいる事に決まった。
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