腹の虫
息を潜めてピュアラビットの群れを目で追う。
軽装の3人でそれぞれピュアラビットを狩る事に決まったため、気配のする方向を2人に伝えた。ピュアラビットは5〜10羽の群れを作る獣で、1匹の強いオスとそれに追従するハーレムとその子どもをひとつの共同体として行動している。
ジャスのご希望でジャスには1番羽数の多い群れを教え、乗っかるようにしてお願い、正しくは命令ような形ではあったが、ディットにも次点で羽数の多い群れの方向を教えた。
結果、カロは6羽程度の小規模の群れを相手にすることとなった。ピュアラビットのメスは警戒心が強く、群れから逸れると途端に恐怖に襲われて別の獣や魔物に狩られるか、精神的に参ってしまい2晩もすれば死んでしまう。
その分、オスは血気盛んでオスにしかない特徴的な角と後ろ足で敵に襲いかかる。メスや子どもは完全草食だが、強いオスになってくると肉も好んで食べるようになり、凶暴性だけでなく戦闘力も大きく跳ね上がる。
とはいえ、常識の範囲内である10羽程度の群れであれば、Fランク冒険者単騎で対応可能であり、敵というよりも食料として捉えられる事の方が多かった。
カロは群れの索敵役であるメスの聴覚に捉えられないように、音を殺して様子を窺う。その間、ウワッ!とかドリャァ!とかいう別方向で行っている狩り(仮)の音が聞こえてきたが、距離があったため目の前のピュアラビット達も警戒心を強めるくらいで、逃げる気配はなかった。
そして、警戒心の高まったメス達の注意がある一点に集中するようにカロは石を投げる。
カシャン、と木に当たり跳ね返る事で音を立てた瞬間、ピュアラビットのメスはその音とは反対方向に後退りをしながら、音の方向に耳を集中させている。
オスは、メスの判断に合わせて飛び掛かろうが逃げようか、メスの様子に目を向けていた。
その瞬間にカロはメスの脚を掴みとる。一気に掴める最大は4羽が限度だったので、掴み取った4羽の脚を一瞬にして縄で括ってひとまとめにした。
音を出した反対側の茂みに隠れていたカロにとって、自ら近づいてきて、警戒の薄れた後方から捕まえられる相手など赤子の手をひねるよりも簡単だった。
一瞬の出来事に驚いた残りのメスはすぐ様身体を翻して逃げ出す。その1羽のメスとは対照的に、ハーレムの大多数を奪われたオスは一心不乱に突撃してきた。捕まったメス達がキュゥキュゥ鳴いているのは、早く逃げろと告げているのかもしれない。
ピュアラビットを括った縄を左手に、カロは右手で短刀を取り出し飛び掛かるピュアラビットの腹部目掛けて刀を突き刺した。大きさからして目測を立てていた心臓の位置にちょうど刺さったのだろう、短刀から伝わる余力と肉を割いた感触が抜けていく。
ピュアラビットのオスはダランと力なくカロの右腕に全身を預けた。
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川の方向に煙を上がり、3回連続して笛が鳴る。
ザリアン、メリ、カノアの3人は、先に川で火を起こし、休息が取れるように準備する事になっていた。準備を終え、ザリアンがいい頃だと思ったタイミングで狼煙と、笛による集合の合図をする約束をしていた。
カロは合図を確認して川に向かう。4羽は生け捕りだが、オスのピュアラビットは血抜きと処理を行わないと肉が臭くなってしまう。そのため処理をしながら川に向かった。
他2人の様子を確認したいところだったが、合計でピュアラビットを5羽持った状態で森の中を歩くのは危険だと判断し、一先ずザリアン達の元へ向かう事にした。
「おぉ、カロ。大漁だな。」
「運良く飛び込んで来てくれたからな。とりあえず今晩の分まで狩っといた。余るようなら肉は干して、皮を剥いでおく。高くはないがそれぞれのお小遣いは増える。」
「えぇ、ほとんど生きたままじゃん。私ナイフとか使った事無いんだけど。あんたがちゃんと処理してよ。」
「なんか、かわいそー。みんな怯えてるし。なんか野蛮だね。」
メリとカノアは相変わらずだった。
ジャスとディットを待つ間、ザリアンとカロはピュアラビットの処理を始めた。一撃で締めるために首の骨に刀身を合わせて、ザリアンが掌底から体重をかける。エゴではあるがどのピュアラビットも苦しまずに逝けただろう。
川の水で内臓を洗い流し、皮と肉の間にある脂の層に短刀を入れて捌いていく。ピュアラビットの皮も高くはないがそれなりに需要はあるため金にはなる。
ピュアラビットの部位の中で一番高価なのは、オスの睾丸。その次にオスの角。オスの後ろ脚、メスの肉、オスの肉という順に値段と価値が下がっていく。
今回はメスの肉が多く取れたため、睾丸、角、後ろ脚を処理した後、メスの肉で調理を始める。骨から肉を外そうか悩んだが、手間を掛けても食べやすくなるくらいなので今回はそのまま鍋に入れる。
ウサギ鍋と、香草焼きを作る予定だ。後の2人がどれだけ狩ってくるかわからないが、全部で4羽。オスの肉も追加すれば5羽分の肉がある。
ここまで消費した体力と、夜まで消費する体力を考えれば充分な量になるだろう。
ウサギ鍋はザリアンが担当してくれたため、カロは香草焼きの準備に取り掛かる。香草焼きに使う2羽の全体に皮から削いだ油分を塗る。ピュアラビットは基礎体温が高く、群れで身体を寄せ合うため脂肪はあまり多くない。
唯一といっていい脂肪部分が皮と筋肉の間にある。その油を丁寧に伸ばして塗っていく。全体に塗り込んだ後、油を安定させるために少し乾かしておく。その間、道中摘んでおいたモクラスの葉を短刀で刻み、持ち歩いているザザの実と岩塩を削って合わせる。
川の水を少しだけ含ませて混ぜるとまとまってくるので、置いておいた肉に香草のソースを満遍なく塗っていく。何層かになる様に乾かして塗るを繰り返し、準備完了。
火のもとへ持っていき、焚べている木の中にアヌワの樹皮を投げ入れ遠火でゆっくりと火を入れていく。
ザリアンも調理を終えた様で、鍋を抱えて焚き火までやってきた。ちなみにザリアンの案で、調理用の焚き火と休憩用の焚き火はそれぞれ用意し位置を離して設置してある。
「それめちゃくちゃ美味そうだ。匂いでわかる。」
「ザリアンの方もなかなか豪勢だったじゃないか。途中で色々採取してたんだな。」
「カロ達を待つ間、川辺を散策してたら運良く見つけたんだ。俺もなんか役に立たなきゃってね。」
「あの2人に聞かせてやりたいよ。」
ザリアンは苦笑しながら、焚き火の上に台を設置し鍋を置く。
「そういえば、ジャスとディットはまだか?」
カロは頷きながら、
「ちょっと遅すぎるかもな。用意が終わったら二手に分かれて様子を見に行ったほうがいいかもしれない。」
カロの提案にザリアンも同意する。
「問題は休んでるあの2人をどう動かすかだけど、」
「それなら案がある。僕に任せて。」ザリアンは鍋を置くと、2人に向かって叫んだ。
「おい、お前らいつまで遊び気分でいるんだ!何もしないなら夜まで食うものはないぞ!」
突然の大声にメリとカノアは身体を震わせる。もしかするとザリアンにはドワーフがバーバリアンの血が流れているのかもしれない。彼の大声には言葉と音量以上の何かが込められていた。
ザリアンの言葉に当の2人は一瞬焦った様子を見せるが、反骨心からか、
「急に大きい声出すんじゃねぇよ。別にそんな不味そうなもんいらないよ!こっちから願い下げだ!」
とカノアが言うと、それに呼応する様に
「こっちこそ治癒してあげないから、勝手にしなよ。」
とメリが続いた。
ザリアンは少しだけ困った表情をしたが、「2人で腹一杯食べれるならそのほうが好都合だ」と呟く様に言葉を返し、カロの方に向き直った。
「すまんな。カロ。ああいう奴らには強く言うのが効くと思ったんだが、仲間がいる分気が大きくなってしまったんだろう。上手くいかなかった。」
「まぁ、いいよ。森の中を探すなら俺1人の方が早い。それに、鍋の番は1人いなきゃだし、その仕事はザリアンじゃないと出来ない。」
「いや、1人でなんて、」とザリアンは食い下がったが、カロは大丈夫だと肩を叩き、ジャスとディットに教えた方向に進んだ。
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