森を読む
湿った土の上には沢山の情報が詰まっている。足跡一つとっても、足跡の大きさ、踏みつけた土の深さ、同じ形状のものが続いているのかなど、五感を研ぎ澄ませて見る事でそこに何がいたのか手に取るようにわかってくる。
「これはベロアボアの親子だ。子どもの方は産まれて間もない。親は気が立っているかもしれないから、物音と草陰にはより注意。」
カロは後方に続くパーティーメンバーへ伝達する。5人いたが、カロの言葉に頷き反応を示したのはフルアーマーを着ている前衛職のザリアンだけだった。
近距離体形での索敵のため、斥候のカロは危険かもしれない事態をいつもより過剰に読み取る必要があった。本来ならば、ある程度距離を取った位置での索敵を得意としているカロは、近くに音を出し、匂いを立て、痕跡を残す存在、パーティーメンバーがいる事で普段の能力を十全に出せていなかった。
とは言ってもここは危険度Fの森【小鬼の巣窟】だ。突然の事態にもどうにか対応できるだろうという確証があった。
だからこそ、このいけ好かない存在達の依頼を受けたのだが精神的負荷は思っていた以上のものだった。
斥候職に必要な事は技術と経験。それも生半可なものではなく、呼吸するように身に染みたものではないと意味がなかった。実技に基づいた経験則が直感として働くようになってからが斥候として一人前であり、学んだ知識を一度咀嚼し脳内で答え合わせしてから結論を導くようでは斥候としては三流以下。そもそも斥候として認められない実力にあるといえた。
そのため、現在活躍している多くの斥候職は元々違った職として経験を積んだ者達が占めており、経験や知識が多い分年齢や冒険者ランクが高くなっていた。
街中で完結する依頼以外は、基本的に危険地帯に足を運ぶ冒険者にとって斥候職の重要性は何よりも高かった。
基本的に5〜6人で組まれる冒険者パーティーの編成は様々で、地元から飛び出してきた仲間達と組んだため、前衛職が過半数を占めてしまったり、万が一を恐れるが故に中衛の回復職を2人抱えてしまっていたりなど、リーダーやパーティーの方針によって組み合わせは異なっている。
しかし、そんな統一性のないパーティー編成の中でも、ほとんどの冒険者達が第一に考えるのは斥候職の有無だった。
斥候の役割は耳であり、目であり、鼻であり、触覚だった。依頼先が死角のない野原ではない限り、斥候がいなければ冒険者達は本来の力を1割も出しきれない。
冒険者が日夜相手にする魔物や獣の類は、顔と顔を突き合わせよーいドンの掛け声で殺し合いをしてくれるほど優しくはない。
酒に浸って気分がいい時でも、愛する者の耳元で甘い台詞を呟く時でも、3日寝食抜いて耐えていた時でも、隙を見せれば奴らは首元に牙や爪を立ててくる。
斥候職の重要性が周知された現在、多くの冒険者達は自分達と組んでくれる斥候職を探して血眼になっている。
斥候職の前提に経験を十分に積んだ者とある以上、Cランク以上の冒険者である事が相当だと考えられる。Cランク以下にもいないわけではないが、依頼をして組んでもらうのならランクという保証つきを求めるのは当然だろう。
しかし、Cランクともなると基本的に固定のパーティーに参加している可能性が高い。その方が効率的で、面倒が少ないからだ。報酬の割合、実力の精査、人間性の問題など、見知った関係であればわざわざ書面を通して契約する必要がない。
そのため、斥候職を自前のパーティーで作らなかった冒険者達は、数少ないソロの斥候職を取り合うという状況が起こっていた。
需要が加速すれば、供給する側が取る一手は単純だった。報酬額の吊り上げ。それも待遇などの条件付きで、ある程度のわがままも許容しなければならない。
この時点で多くの新人冒険者達は脱落。冒険するたびに損するのが確定していたら冒険にもならない。そのため、ここゼルタニアでは新人冒険者の死亡数が安定して高いという最悪の状況になっていた。
それをうけ、ゼルタニアの冒険者ギルドでは斥候職の報酬を5割ギルドが受け持つ施策や、新人冒険者に対して斥候職の簡易講習を今年から行う事に決めた。
それと同時にギルドで斥候職を直接雇用したり、斥候職を希望している新人冒険者にある程度の待遇を用意するなど、様々な働きを見せていた。
この施策もあってか、冒険者登録して半年も満たない斥候カロにも新人冒険者達から協力依頼が舞い込むようになっていた。
今日はそんな新人冒険者からの3度目依頼だった。1度目と2度目は思ったより上手く行ったため、3度目も大丈夫だろうとたかを括っていたがこれがまさかの大外れ。
まともに話を聞いて指示に頷いてくれるのが1人だけで、あとの4人は同じ新人冒険者という事で、カロを舐めている。正直、その気持ちはわかる。斥候職へ協力依頼を出して来たのが登録して半年未満の年下斥候だった時のがっかり度は、想像容易い。しかし、冒険者登録の日が浅いという理由で舐められるのは納得いかない。
契約時には、カロの判断を1番に重視して動くと言っていたが、その様子は街を出た瞬間から見る影もなくなっている。
新人同士、酒場で意気投合して結成した寄せ集めパーティーらしく、リーダーのジャスはこの中で1番歴も長く、腕もたつ。昔、Bランクパーティーの荷物持ちをしていた過去があるようで、治癒士のメリと、魔法使いのカノアに誇張した自慢話を宣っている。
メリとカノアの2人は魔法学校の生徒らしく、年下で歴の短いカロに対して不遜な態度をとっている。魔法学校の生徒は貴族家や商家の生まれが多いため、それが理由だろう。カロのことを小間使いか何かだと勘違いしているのかもしれない。
ディットはオドオドした様子で、ジャスの様子を常に窺っている。この中では1番年上だが、冒険者ランクはカロと同じGランク。弓士らしく、これまでソロ活動が多かった事が冒険者ランクの伸び悩みに繋がっているのだろう。
最後にザリアン。彼がなぜこのパーティーにいるのか不思議なくらい、礼儀もよく能力が高い。対面先頭ではジャスに分があるだろうが、総合的な戦闘力ではザリアンに軍配が上がるだろう。フルアーマーを着ているのに、カロに続いて足取りが軽やかだ。正確ではないが索敵に関する覚えもある様子のため、意識の伝達がスムーズに済む。
ザリアンがいなければ途中で帰っていただろう。それほどまでにこのパーティーは終わっていた。
「もう少し静かにしてくれ。」
何度目かわからない雑談への注意をしたあと、少し先に進んで耳を澄ませる。
「左方にピュアラビット、それと川がある。ここらで休息をとろう。」
カロの判断に返事をするのは今度もザリアン。
「ピュアラビットはどうする?囲んで叩くか?それとも体力温存を優先して、戦闘は無しか?」
ザリアンの質問にカロが考えていると、
「携帯食じゃ味気ないし、ウサギ殺して食おうぜ。なぁその方がいいよな?」
今日はじめて舌打ちや文句以外でカロに対してジャスが言葉を返した。そのジャスの意見にすぐさま反応する形でディットが
「俺もその方がいいと思った。ジャスの判断完璧!」と返し、女性2人も「ウサギ狩りって始めてかも」と、はしゃいだ様子だった。
こうなってしまえばカロの意見など、いうだけ無駄だ。おおよその位置を伝え、簡易罠を設置するか、囲んで叩くか、軽装のカロ、ジャス、ディットで狩に行くか選択肢を提示した。
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