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9. ジャンのプロポーズ、コリンヌの戸惑い

※ 4/29 加筆修正済

※ ※ ※


 ある晴れた日に、ジャンはコリンヌにプロポーズした。


 まるでコリンヌの、十六歳の誕生日を待ちわびたかのように。


 場所は二人が何度か逢びきした、村外れの小川の麓。

 

 穏やかな秋晴れの午後だった。



 ジャンは彼女に仰々しく(ひざまず)き、摘んできた秋桜(コスモス)の花束をコリンヌに渡す。

 薄紅色の秋桜。爽やかな花の香りが漂う。



「コリンヌ、お誕生日おめでとう、俺からのプレゼントは君への求婚だ」


「はい?」


「初めてひまわりの丘で、君と出会った時に一目惚れをした。どうか俺の伴侶になって欲しい」

 と真面目な表情で語った。


「あの……アンダーソンさん、伴侶(はんりょ)って妻のことですか?」


「そうだ、俺の妻になって欲しいと言ったんだ」


「………」


 コリンヌは体が固まった。

 

 

 余りにも唐突過ぎて言葉が何も出てこない。




──ええっ、あたし今日で十六歳になったばかりだよ。


 確かに成人すれば結婚できる年だけど。


 でも──。


 この人と出逢ってから、まだほんの三か月も経っていない。

 

※ ※


 ジャンの突然のプロポーズにコリンヌは戸惑った。

 

 彼女がそう思うのも無理はない──。

 

 もちろんコリンヌもジャンを好きだ。

 彼に恋しているし、一緒にいてとても楽しい!


 それは間違いない──。



 だが今、愛しい人から求婚されて本来なら大喜びでジャンの胸に飛び込めばいいはずなのだが⋯⋯。


 コリンヌの体は氷みたいに、カチンコチンに固まったままだ。



──無理よ、だって結婚は()()だから。


 

『結婚』はまだ若いコリンヌには、重たい鎖のような誓約に思えた。


 ジャンと逢びきしてから、コリンヌの心はふわふわと浮遊していたのに、突然、彼から結婚と聞かされただけで、一気に妖精(コリンヌ)の羽根がもぎとられて、地上にズドーンと落とされた気分だった。


 

 アンダーソンさんとあたし。


 二人は旅人と村娘の関係。

 

 夏から秋までの若い旅人と、村娘の一時(ひととき)のランデブー。

 

 いつかこの関係は『(はかな)く醒める夢』だと、コリンヌはどこかで割り切っていたのだ。


 

 現実の結婚となれば先々の不安もある。

 叔母は絶対にジャンとの結婚は反対するだろう。

 

 もし結婚して叔父さんの家を出たとして、叔母はあたしに給金を払うお針子として、店で雇ってくれるだろうか?


 否、これまで居候だからと無償で働いてきたあたしに、あの女が給金などくれるはずがない。


 ジャンの年を聞くと二十三歳だという。

 

 既に立派な成人男性だ。

 

 だが彼は飄々(ひょうひょう)として『吟遊詩人』のように、旅から旅へと大陸を渡り歩いている。


 まるで根無し草みたいな生き方だ。


 

 それにジャンは、自分の過去を一切話したことはないし、コリンヌもあえて尋ねなかった。

 


 アンダーソンさんは、()()()()()な人過ぎるわ。

 

 育ちがいいのか、いつも小ざっぱりした格好して働きもせずお金に困った感じにもみえない。

 

 とはいえ──素性も分からない旅人と、このまま()()というだけで結婚はできない。


 

 

 コリンヌは決心した!


──プロポーズは受けられない!



※ ※

 

 ジャンは一瞬コリンヌの気持ちに感づいたのか、悲しげな表情になった。


 彼の吸い込まれそうな紺碧の瞳が、秋の風に吹かれながら、陽光の木漏れ日で淋しげに煌めいた。



──改めて美丈夫な人だなと、コリンヌはジャンを見て感嘆した。


 残念だな──もう少しだけアンダーソンさんと、楽しい思い出に浸っていたかった。

 

 

 コリンヌは夢から醒めた気分で悲しくなった。

 

 だがプロポーズをされてしまったのだ。

 

 いい加減な答えはできない。


『気持ちは嬉しい』と彼を傷つけないように、やんわりと断らなければ……ああ、だけど──。

 

 コリンヌは振り子のように心が揺れ動く。



「あ、あたしまだ結婚なんて……考えたこともないです。だから⋯⋯突然そんなこといわれても、直ぐには返事できないです」


 咄嗟に出た言葉は──。

 

 コリンヌは断るつもりだっのに、何故かあやふやに返答してしまう。


「無論だ、あと一つ俺は言い忘れていた。結婚するにあたり君に約束して欲しいことがある」


「⋯⋯約束?」


「ああ、俺の過去を一切聞かないで欲しいんだ」


「え?」


 コリンヌはジャンに、自分の心を見透かされた気がしてドキッとした。


「うん、無理もないよな⋯⋯妻になるのに夫の過去を聞くなとは至極おかしな話だ。だがそれは厳守してもらいたい。返事は今でなくていい、一度考えてみてくれ」


「はい……」

 

 コリンヌはとりあえずホッと安堵した。


「あ、それから!」

「え、まだ何か──?」

「いや、その……なんだ、今、君を抱きしめてもいいだろうか?」


 ジャンは恥ずかしそうに視線を逸らしていった。


「え?──あ、どうぞ」


「ありがとう」

 

 そういうと、あっという間にジャンの逞しい腕がコリンヌをぎゅっと抱きしめる。


「……!?」


 ジャンの胸に身体をすっぽりと包まれた途端に、コリンヌの心臓はドックンドックン!と高鳴りだした。

 

 頭がカーッと熱くなって、頬もみるみる内に赤くなるのが自分でもわかった。


 

──ああ、あたしの心臓が勝手に……ドキドキが止まらない! 

 

 

 コリンヌは焦った!


 だけどアンダーソンさんの胸って、なんて大きくて温かいんだろう。

 

 ああ、こうして抱きしめられていると温かくて親鳥の巣にいる雛鳥(ひなどり)の気分だわ。


 再び妖精さん復活──!


 先ほどまで、冷静な()()()()()だったコリンヌが、ジャンに抱きしめられた途端に、一気にいつもの“夢の世界”に押し戻された。


 

 同時にコリンヌは気づいた!


 抱きしめてくれるジャンの心臓音も!!!

 

 ドクンドクンと響く、彼の胸の鼓動がものすごい速さで──コリンヌにストレートに伝わってくる。

 

 ドクンドクン!と鼓動は更に一段と速くなった!



──嘘でしょう! 


 

 アンダーソンさんとあたしの心臓が同じ速さで鳴っている。

 

 そうか、この人もあたしへのプロポーズは必死で真剣なんだ。だからこんなにも⋯⋯。


 コリンヌはジャンの心臓の音を聞きながら、彼と共鳴したように心が打ち震えていった。




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