7. ジャンの噂
※ ※ ※
ジャンがコリンヌと会う時、紳士的に振る舞うようになったので、コリンヌの彼に対する態度も徐々に軟化していった。
コリンヌはジャンと何度か話してわかったが、彼は見た目とは違う“旅人さん”だった。
けっして叔母がいうような、軽薄な男ではないと認識を改めた。
もちろんジャンは、容姿も良く身なりもスッキリして人目を引いた。
なにより都会的で洗練された所作が素晴らしかった。
優雅な佇まいとその身のこなしは、素朴さが取り柄の村の若者とは一線を画していた。
当然、ジャンはコリンヌ以外にも多くの娘たちを牽きつけた。
「アンダーソンさんは、よく丘を馬で駆け抜けているのを見るけど素敵ね!」
「見たわ、あたしもこの前、偶然あって挨拶しなさってくれたのよ。『こんにちは』って!まるで舞台俳優のように見えたわ!」
「アンダーソンさん、あたしをこの村から攫って行ってくれないかなぁ?」
「あんたの顔じゃあねえ……」
「何よ、あんたこそ!ソバカスだらけのくせに!」
「なんですって!」
「ちょっと、やめなさいったら!」
と娘たちが突然、喧嘩をする始末だ。
コリンヌは彼女等が「アンダーソンさん……」とジャンの名を言うだけで、胸がドキン!と高鳴るのを感じた。
コリンヌは慌てて首をプルプルと強く振った。
──驚いたわ、アンダーソンさんて村の娘たちから、とても注目されてたのね。これは不味いわ!
彼があたしに声をかけてくる時は、周りの目を気にしないと駄目だわ。もしも見られたら、この娘たちにどんな目にあわされることか!──それこそ叔母の耳にでも入ったら飯抜きどころか、ただでは済まされないだろう。
だって叔母は本当に余所者が嫌いなんだもの。
コリンヌは彼女らのジャン噂を耳にして、今後も一層気を付けねばと気を引き締めた。
※ ※
一方ジャンは、村人達からコリンヌが孤児で引き取られて、叔母の店でただ働きされていることを知った。
それ以来、彼女の身の上を案じるようになった。
ジャンは率先してコリンヌの現在の状況を尋ねた。
叔母から何か嫌な仕打ちをされてないか、キチンと食べさせてもらってるかなど、細やかに訊いてくれるのだ。
コリンヌも今まで他人からそこまで、親身になってくれる人間は初めてで嬉しかった。
何故だかジャンには、孤児の苦労や叔母の酷い仕打ちなどを正直に話せた。
ジャンは彼女の話を聞いて同情したのか、前以上にコリンヌに気を配っていった。
一緒に歩いてて店までコリンヌを送る時は、叔母に見つからぬように、数十メートル手前の道で別れた。
コリンヌは改めてジャンの気遣いが、とても不思議でならなかった。
──何故、この人はこんなにあたしに親切なんだろう?
それとも他の娘にも親身になって、かいがいしく身の上話を聞くのだろうか?
だがアンダーソンさんが、他の娘と二人きりでいたのを見たことがない。
「ん?どうした、コリンヌさん。浮かない顔して──何か悩みかね。聞いてあげるよ」
ジャンはコリンヌが浮かない顔をしてるのが気になった。
コリンヌは心の中の疑問を思い切ってジャンに聞いた。
「アンダーソンさん、あなたはとっても皆から崇拝されてるんですよ。村の女の子はことある毎に、あなたのことを噂しています。村ではあたしより綺麗な娘は大勢います。その……なのに……どうしてあなたは、あたしなんかに優しくしてくれるんですか?」
ジャンの顔色がみるみる変わって眉間に皺を寄せた。
「それは──俺が君と話をしたいからだ。何だね、君は俺といるのがそんなにうっとうしいのか?」
「え、うっとうしいなんてそんな訳ない……ですけど……とても不思議で……」
「失敬だな、俺をなんだと思ってる。君が思っているような軽薄な男ではないぞ。確かに他の娘たちからは何度か話しかけられたが、俺は自分が気に入った娘としか話はしない!」
と少しムッとしたのか、ふくれっ面をしていた。
「あ……はい、そうなんですね。それは大変失礼しました」
コリンヌは平に謝りながらも、頬は真っ赤に染まりだす。
──驚いた、この人本当にあたしを気に入ってるんだわ! 怒った顔も初めてみたけど随分幼い表情になるのね。
コリンヌは内心、胸がドキドキして心の中で叫びたいくらい嬉しかった。
この時から二人は、村落から少し離れた人気のない小川の麓で、逢引を重ねるようになっていく。