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5. 二人は一目惚れ

◇ ◇ ◇


 元々ジャンは、ライブレッド村の出身者ではない──。


 王都から来た旅人──いわゆる“余所者(よそもの)”だった。

 

 旅をしながら一定期間滞在する風来坊の男たちがいる。

 

 ジャンもそ中の一人だった。

 

 その間、宿泊しながら村や隣町の舗道整備や、建築工事など期間限定の力仕事をして日銭を稼いでいた。


 コリンヌがジャンと初めて出会ったのは、一昨年の夏の熱い午後だった。

 

 彼女は王都で生まれたが、幼少時に父と母が立て続けに流行病で亡くなってしまう。孤児となったコリンヌは、遠くライブレッド村に住む母方、叔父夫婦に引き取られた。

 

 叔母は傲慢を絵に描いたような不遜な性格で、コリンヌをみなし児の居候として毛嫌いした。商売はやり手なのか、女だてらに婦人服店の経営をしていた。

 

 叔父は店の生地の仕入れと経理を担当していた。

 叔母の店は、村で一軒だけ余所行きの婦人服や、洒落た小物を扱っている。おかげで店は大繁盛していた。


 叔母夫婦はコリンヌに平民学校だけは行かせたが、学校から帰宅すると女中同様に働かせた。

 卒業後は、叔母の厳しい裁縫指導の元で技術を習得していく。

 

 店のお針子たちがドレスの縫製をする。コリンヌはそのドレスや、ポシェットなどの刺繍やレースを担当していた。

 他にも店の掃除やお使いなど。母屋も含めた雑用係として無償で働かされた。

 

 叔父は内心、妹の忘れ形見のコリンヌと優しく接したかったが、気性の激しい叔母には頭があがらないため、妻がコリンヌに折檻しても申し訳なさそうに見て見ぬふりをした。


 コリンヌはそんな叔母と叔父が嫌いだったが『自分は居候なのだ、孤児なのだから食べさせてくれるだけでもマシだ』と、辛抱強く叔母に従っていた。


 今日も叔母の用足しでコリンヌは隣の街まで朝早くから出かけていく。

 

 通常、村から街までだと荷馬車か馬で行く距離だが、叔母はコリンヌを徒歩でいかせた。


 帰り道、コリンヌは足が棒のようになって疲弊したが、まっすぐ家に帰らず“ひまわりが見える丘”に寄りたくなった。

 この時期だけしか見れない、夕日に映える金色(こんじき)のひまわり畑がとても見たくなったのだ。


 太陽を目指すように、空に向かって咲くひまわりの群れたち。

満開のひまわりを眺めるだけで、コリンヌは希望を与えてくれる気がした。


 ※    ※


 丘に続く坂をコリンヌが汗を拭きながら登っていくと、大きな(けやき)の木に寄りかかって、口笛を吹いている若者がいた。

 

 若者は雄大なひまわりの一群を眺めながら、とても満足そうだった。


 あれは“旅人さん”だわ、とコリンヌはすぐに気が付いた。

 

 ふいにこっちを向く若者とコリンヌの目があってしまい、慌ててちょこんとお辞儀した。



コリンヌがいった “旅人さん”というのは村にくる“旅行者”を村人同士で揶揄(やゆ)した言葉だ。

 

 ライブレッド村は丘陵が多く牧歌的な景観の美しさで、王国の中でも観光地として賑わっていた。

 

 特に夏は観光客が多く宿場村も繁盛していた。


「おらの村に銀貨や銅貨を放ってくれる“旅人”さんが大勢いなさるんさ~」


と村の子供達が遊びながら歌うわらべ歌。

 

 よくよく聞くと『余所者』の旅人たちへの揶揄が秘められた歌詞だった。


※     ※


 ようやくコリンヌが丘を登り切ったその時だった──。

 いたずら好きの夏風が彼女の麦わら帽子をふいに(さら)う。


「あ!」


 コリンヌは、空に舞う麦わら帽子を追いかけて、ひまわり畑の中に入って行った。

 キラキラと夕日を浴びた黄金畑に黄色い帽子が落ちた。


 ──あれ、どこに落ちたの?

 

 コリンヌが帽子を見失って探してると、不意にコリンヌの前にひまわりの群れから、ずぼっと若者が勢いよく現れた。


「はい、お嬢さんの探し物はこれかな?」

 といって若者は笑顔でコリンヌに帽子を渡した。


「あ、ありがとう、()()()()

 

 コリンヌはびっくりして、うっかり“旅人さん”と綽名(あだな)を言ってしまう。


「どういたしまして、可愛い()()()()()()!」

 と、若者はくすっと笑いながらコリンヌに応えた。


 だがすぐに若者の視線に不思議な変化が生じた。

 コリンヌを凝視する彼の瞳の輝き──。

 

 何というのか、意外な場所で()()()()()()()()()()()()と出逢ったような表情をした。

 

 コリンヌも同じように若者を見つめて

「まあ、なんてスラリとした美丈夫なお方なんでしょう!」

 と呆気にとられていた。


 白いシャツと乗馬用の洒落た黒色のズボン、茶色のブーツをはいたすらりとした肢体。

 

 背丈はコリンヌよりはるかに高く逞しい体つき。

 

 燃えるような鳶色(とびいろ)の髪を夏風になびかせている。

 

 陽光の中で見つめる碧眼の瞳は、黄金色(こがねいろ)とも碧色(あおいろ)とも見える。光の反射でキラキラと変化して美しい。

 

 旅人の顔立ちは男らしさの中にも品の良さが漂う。

 

 だが彼が笑うと真っ白くぎざついた八重歯が、とても目立つので少年みたいに幼く見えた。


 この時コリンヌは、若者から帽子を手渡されたのも忘れるほど、ただただ見惚れていた。


 丘のひまわり畑は、今まさに陽光を一心に浴びて爛漫と咲いていた。




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