3. 甘い白昼夢(コリンヌ・サイド)
◇ ◇ ◇
ジャンが部屋を出ていった後、あたしは自分が腰かけてる青緑のソファーのシミに気が付いた。
───そうだ、このソファーであたしとジャンは何度も愛し合ったわ。
コリンヌはソファーの染みに触れながら、新婚時代を回想していく。
◇ ◇
結婚して半年くらいの頃だったかしら。
喧嘩の理由は忘れたけど、珍しくジャンがあたしに大声で怒ったのはよく覚えている。
ジャンの怒号に怯えてしまったあたしは、ショックで子供のように泣きじゃくった。
でもそれは嘘泣き。
最初泣いたのは本当だけど、途中からジャンを困らせたくって「ええっ、ええっ」と幼児のように可愛げに泣き真似をしたのだ。
だけどジャンは、直ぐにあたしの泣きまねを見抜いてしまう。
つかつかと歩いて来てあたしの顔を見おろして
「はぁ、涙はどこへいった?」と呆けた溜息をついた。
「君はまったくいい年して子供すぎる!」
とあたしの痩せた体を逞しい腕で簡単に抱きあげた。
「きゃっ!」
「ちょっとジャン、降ろしてよ!」
「嫌だね。おチビちゃん。泣き真似したって俺には無駄だ」
と、キツイ言葉とは裏腹にあたしの鼻先を犬にするみたいにペロっと舐めた。
「ひゃ、冷たいじゃないの、やめてよ」
「ふん、君は子犬だよ。キャンキャン泣きまねしてるじゃないか、わははは!」
ジャンは少し意地悪く笑った。
「だってジャン……子供ったって、まだあたしは十六歳なん……」
といいかけた途端、ジャンは軽いキスをした。
「!!」
「俺の妻は喋りすぎだ!」
と二度目は大人のキスをされた。
ジャンに熱いキスをされながら、ジャンの口から漂うミントの香りがとても気になった。
「ねえ、ジャンの口から⋯⋯いつもミントの香りがする……」
あたしは、つい気になって訊ねてしまった。
「ミント?ああ、煙草だ──俺の息はそんなに臭いのか?」
「ううん、そんなことない。ミントは嫌いじゃない」
「ならいい──!」
更にジャンはキスを続ける。
まるで『キスしてる最中に余計なことは聞くな!』といわんばかりだ。
あたしはジャンが自分を黙らすために、口で蓋をされたような気分になった。
ジャンはムードをとっても大切にするジェントルマンだ。
「コリンヌ、可愛い俺のおチビちゃん」とお決まりの言葉を囁く。
若干、この言葉で囁かれると幼児みたいな気分になるんだけど──。
でも「おチビちゃん」か「妖精さん」とジャンがあたしをからかう時は、彼の機嫌がいい証拠だ。
キスをする時も、耳元に熱い吐息の後も同じ言葉をジャンは囁く。
◇ ◇
この日の真昼のキスは、それはとても体中がじんじん蕩けるような甘いキスだった。
しまいには眩暈すらしてきて、時々あたしは冗談でなく失神した。
ジャンはキスだけで、あたしを骨抜きにするテクニシャンなのだ。
何秒何分すぎたのか、ふと気が付けば青緑のカウチソファに仰向けになっていた。
目の前には上半身裸のジャンが、これまた裸のあたしをしっかりと抱きしめていた。
まだ太陽の位置が真上にあって吹く風が涼しい。
やけに風が吹いてスースーすると思ったら、居間の窓が開けっ放しになっていた。
レースのカーテンが半分だけ開いていた。
窓から覗かれたらどうしよう?
だけど、とっても心地よい風だ──。
野鳥が大きな翼を拡げて、丘の向こうへ飛んでいくのが見えた。
陽光が煌々と眩しくて、ジャンの鳶色の髪が燃えるように赤かった。
碧眼の瞳は金色と青緑色で輝いて、まるでガラス玉──いや本物の宝石みたい。
あたしの目が可笑しいのかジャンが神に見える。
永遠の美丈夫“太陽神アポロン”だ──。
陽射しの中で裸でいるのはとても恥ずかしい──。
もしも突然、隣のスミス婆さんが「ごめんよ~!」とそろりと入ってきて、あたしとジャンをみたら
「おお、若いもんは待っ昼間からお盛んだねぇ」とニヤニヤするかもしれないわ。
やめて~冗談じゃない──!
あたしは目をかっと見開いて
「ジャン、寝室でしようよ、ここでは明るすぎて恥ずかしい!」
と、ジャンに訴えた。
「駄目だ、嘘泣きの罰だ、今日は陽光の中で君を見つめていたい!」
と逞しい腕で体をぐっと掴まれて仰向けにされた。
「もう、貧弱な胸をさらけだしたくないの、あなたに見られたくないの!」
「俺は気にしない──とても可愛いじゃないか」
「あたしが気にするの!!」
──ああ、もうどうして男は、女の気持ちを理解してくれないの。
「ククク……コリンヌは本当に可愛いな」
口とは裏腹に、ジャンの碧眼の目が厭らしくギラギラしてる。まるで獲物を狙う野獣だ。
そのまま逞しい肢体があたしに覆いかぶさってきた。
夫婦の“昼下がりの情事”は訪問客はこなかったので、夕暮れまで続いていった。