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16. 最後の夜は甘いキスで貴方とさようなら

※ 最終話です

※ 少し暴力シーンがあります。

※4/29 加筆修正済

◇ ◇ ◇



「やめろ、コリンヌ!!」


 ジャンが叫ぶと同時、その刹那だった──。


 素早い動作で、コリンヌの身体をジャンは一気に引き寄せた!

 

 そのままコリンヌの口に躊躇(ちゅうちょ)なく己の片手を突っ込む!


 ガリっと鈍い音──。


「くっ!」

 

 

 コリンヌが噛んだのは、ジャンの左手だった。

 

 ぐさりと噛まれた激痛で、ジャンの顔はみるみる歪んでいく。


 一瞬、コリンヌは大きなモノの感触と、血なまぐさい味がして口を大きく開けて、ゴホッゴホッと咳き込んだ!


 ジャンはゆっくりと、コリンヌの口から手を引き抜く。

 

 彼の指は見るも無残に噛まれていた──。


 特に左手の人差し指と中指の傷は深く、血がだらだらと流れ落ちていた。


「ぎゃあああああっ──ジャン!」


 正気にかえるコリンヌ。


「ああ、あたし、あああああああっ!!」

「大事ない、大丈夫だ、落ち着けコリンヌ!──この程度、何でもない!」


「あわわわ⋯⋯!」


 ジャンが大事無いといっても、コリンヌは血だらけの左手を凝視して体が硬直してしまった。


 流石のジャンも痛そうに顔を歪めている。


「悪いが、何か縛るものを持ってきてくれないか?」


「あ、あ、はい、わかったわ。待っててジャン!」

 

 コリンヌはようやく正気になった。


「早く、早く血を止めなきゃ、あ、ジャンこれを──!」


 コリンヌは顔面蒼白だったが、首に巻いていたスカーフに気が付いて、急いでジャンの手をスカーフで縛った。


 

◇ ◇


 

 その後二人は居間に移り、コリンヌはジャンの人差し指と、中指に軟膏を塗って丁寧に包帯を巻いた。

 

 その間、二人はずっと沈黙を続けていた。


 

 気まずい雰囲気の中、ジャンは言った。


「コリンヌ、珈琲が飲みたいんだが、淹れてくれるかい?」

 と珈琲のリクエストをした。


 コリンヌはコクリと頷いて、台所へ行きお湯を沸かして珈琲の支度をした。

 

 暫くしてからコリンヌは、お盆の上に載せた二つの珈琲カップをテーブルに置いた。


「あれ? 君はブラックは苦手だったろう。砂糖とミルクはなくていいのか?」


「え、覚えていてくれたの?」


「勿論さ、ああいい、俺がとってこよう!」

 といって、ジャンは自分で台所のパントリーから砂糖とミルクを持ってきた。


 そしてコリンヌのティーカップに注いだ。


「砂糖は二杯だったな。ミルクはこのくらいでいいかい?」

 かいがいしく世話をするジャン。


「ありがとう……」

 

 コリンヌの顔は少し戸惑っていた。


 二人は居間のテーブルの前、青緑のソファーに座って珈琲を飲んだ。


 コリンヌはジャンが入れてくれた、ミルク珈琲の甘さを味わっていた。


「あ、苦くないわ。いつも飲めないのに⋯⋯今日はとても甘くて美味しい……」


「お砂糖たっぷり入れたからね。俺の愛情分だよ」

 と、ジャンは茶目っ気たっぷりにいった。


「………」

 

 コリンヌはほんの少しだけ微笑した。



 珈琲の芳醇な香りが居間の空間に漂う。

 

 さきほどまで興奮していたコリンヌだったが、気持ちはだいぶ落ち着いてきたようだ。


 コリンヌは、隣に座っているジャンの手に巻いた、左手の包帯を痛々しげに見つめた。



「ジャン、ごめんなさい。あたし……愚かなことをした」


「うん、舌を噛もうなんて大馬鹿だ。俺を愛してるなら二度としないでくれ」


「はい⋯⋯」


「約束だよ!」


「はい、ごめんなさ……うっ……」

 

 謝ろうとしたが言い終らない内に、コリンヌは机に突っ伏して泣きだした。


「ああ、コリンヌ、もう泣かないでくれよ」

 

 ジャンはほとほと困った顔になる。


 背中をブルブル震わして泣いているコリンヌを見て、ジャンはとても可哀想で、たまらずに抱きしめた。


 

 コリンヌの華奢な背中を抱いていると、ジャンはまるで自分が大きな親鳥で、コリンヌが弱々しい雛鳥みたいで切なくなった。


 コリンヌはシクシクと泣き止まない⋯⋯。


 ジャンは黙ってコリンヌの背中を、優しくゆっくり(さす)ってあげた。


 同時にジャンは、コリンヌに噛まれた指がジンジンと痛みだしてきた。



──ヒリヒリ痛い、だが大したことはない。

 

 こんな傷などコリンヌの心の痛みに比べたら、蚊に刺されたようなもんだ。


 

 それよりもコリンヌが自死しないで、本当に良かったよ。


 あの時、万一コリンヌが舌を噛んでたら?

 

 考えるだけで寒気がする。


 

 そうだな──念のため俺が居なくなった後、配下の一人を付けておこう。コリンヌに何かあった時には、直ぐに俺が駆けつけられるようにしないとな。


 

 コリンヌ、ここ迄追い詰めさせてすまない⋯⋯。


 こんな俺と結婚したせいで最近、俺は君を泣かしてばかりだ。


 

 ジャンはコリンヌを抱きしめながら、ゆっくりと(まぶた)を閉じた。

 


今、彼は王族だった頃の過去が物凄い勢いで、走馬灯のように頭の中を渦巻いていった。



◇  ◇


 

 本当に何も説明せずに彼女には申し訳ないと思う。


 だけど俺は臆病だから、真実はどうしても言えない。君が俺の素性を知ったらどう思うか、考えただけでとても怖いんだ。



 俺は君を絶対に失いたくないんだ──。


 

 ジャンは抱きしめていたコリンヌの体を起こして、ハンカチで涙を拭いてあげた。



「俺の愛する妖精さん、お願いだからもう泣かないでくれよ。それよりも今宵は思いきり楽しく過ごそうじゃないか。旅立つ夫に君のとびっきりの笑顔を見せてくれよ!」



「ジャン……おお、無理よ、笑顔なんて……本当にごめんなさい。あたしは⋯⋯あなたがいないと生きていけない⋯⋯」


 コリンヌの眼から、涙がぽろぽろ溢れて止まらなかった。


 ジャンは指で彼女の頬をつたう涙を、優しく拭ってあげる。


「──どうか俺を信じてほしい。けっして君を捨てるわけではない。何度も言うが、俺は君のために為すべきことを為しにいく。俺の妻は生涯君だけだよ。──何があろうと必ず帰ってくる、絶対に約束する。だからどうか待っていてくれ!」


「こんなに頼んでも、あなたは行ってしまうのね……」


「許せ……」

 

 

 コリンヌは俯いた。



 

 だが、暫くすると──コリンヌは顔を上げてジャンの碧眼を真っ直ぐ見つめて言った。



「分かりました⋯⋯ジャン、あたし、あなたをずっと待っています」


「おおお、コリンヌ、ありがとう! ありがとう!」

 

 ジャンは、嬉しそうに白い八重歯を見せて、満面の笑みになった!


 そのまま大きく両手を広げてコリンヌを、ギュッと抱きしめる。

 

 抱きしめられてもコリンヌは哀しげに目を閉じた。



──そうだ、ジャンが楽しそうに笑う時は、白い八重歯がギラギラと光って、少年みたいな笑顔になる。


 

 ああ、あたしはジャンのこの笑顔にとても弱いのよ。


 コリンヌの表情はとても淋しげだった。


◇ ◇ 


 ジャンはコリンヌの顔を引き寄せて、自分の唇をコリンヌの唇にそっと触れた。



「え?」



 コリンヌは一瞬、何をされたのか分からなかった。


「!──どうした?」

 ジャンはキスをしたコリンヌの顔を覗き込む。



「え?⋯⋯ジャン、今あなた⋯⋯あたしにキスをしたの?」


「? そうだよ。蚊に食われたかと思ったか?」


「ああ、ジャン、あなた⋯⋯やっと⋯⋯やっとあたしにキスしてくれたのね!」

 


コリンヌの顔が急にぱぁっと、晴れやかに輝きだした。



「やあ、ようやく笑ってくれたな妖精さん、君は笑った顔が一番似合うよ!」

 

 ジャンはコリンヌをもう一度、胸に抱きしめた後、今度は強烈なディープ・キスをした。

 

 ジャンは自分が軽くキスしただけで、こんなにも喜ぶコリンヌが堪らなく愛おしくて、有りったけの彼女が喜ぶキスをしてあげた。


 

 コリンヌはいつの間にか、夢見心地でうっとりと両腕をジャンの広い背中に回していた。


 

 ぴったりと抱きあう二人の身体──。



 コリンヌは嬉し涙で、濡れた睫毛を閉じながら無上の喜びを感じていた。



──ジャン、ジャン。嬉しい! 嬉しい!


 なんて蕩けるような甘いキス!

 

 まるで天国にいる気分──。

 


 ああ、解った!


 彼はあたしを捨てて行くんじゃないわ!


 まだ、あたしを愛してくれる⋯⋯



 良かった! 良かった!


 

 コリンヌにとって、久しぶりのジャンとのキスだった。


 ジャンが、自分にキスしてくれるという事は、コリンヌにとって、彼の愛情を感じられる一番の特効薬だった。



◇ ◇



長いディープ・キスの後、二人はおでことおでこをくっつけた。


「ふふ、ようやく僕の妖精さんの御機嫌は、治ったようだね」


「ジャン⋯⋯大好き⋯⋯」

 

 コリンヌは久しぶりのジャンのディープ・キスで酔ったせいか、頬がバラ色に火照っている。

 

 夫からキスされた事で、彼女は世界一愛されてると再び実感したのだ。


コリンヌは甘える声で言った。


「ねえ、ジャン。一つだけお願いがあるの」


「何だい?」


「このまま、あたしをベッドに運んで明日の朝まで抱いて欲しいの」


「それは……」

 

 ジャンは少し訝しがった。


「あら体は本当に大丈夫なのよ。お医者さんは大袈裟なのよ」

 コリンヌは更に甘える声で拗ねた。


「お願い、このまま何もしないなんて嫌よ⋯⋯あなたと過ごした今宵の思い出が欲しいの!──そうすれば一年くらい我慢できるわ。そうでないとあたしの方から、この家を出ていっちゃうから!」

 

 コリンヌは率直に自分の気持ちを伝えた。


「わかったよ。君がヘトヘトになるまで抱き潰してあげよう!」

 ジャンは笑顔で、コリンヌの鼻梁にちょこんとキスをした。


「──その代わり君が『もうこれ以上は無理!』と嘆いても遅い!──君の裸にひとたび触れたら、俺は暴走してしまうからな。ふん、本当は俺だって君をずっと抱きたいのに我慢してモヤついていたんだ。今夜は覚悟しておけよ!」


「ああ⋯⋯嬉しい⋯⋯」


「はは、明日は身体中キスマークだらけだぞ。家から出たら噂されるのがおちだ。きっと、隣のスミス婆さんが『近頃の若い者はたんとお盛んだねぇ〜!』と、ネチネチ嫌味をいうに決まっているさ!」


「ふふふ、スミスのお婆さんなら言いそうだわ!」

 

 コリンヌはスミス婆さんのニタニタした顔を、想像して楽しそうに笑った。



「愛してるわジャン、もう一度、あたしに甘いキスをしてちょうだい!」


 ジャンはコリンヌに熱烈なキスをしながら、そのままひょいと軽く彼女を抱きかかえた。

 


 コリンヌを抱きかかえながら、二階の寝室へと一段一段ゆっくりと階段を登っていくジャンの後ろ姿。


 

 二人の影はようやく一つになった──。




 ──完──




※ 最後までお読み下さり誠にありがとうございました。

拙い作品にブクマやリアクション、評価して下さった方ありがとうございます。

とても嬉しいです。また頑張れそうです。

短編の時は苦労しましたが、連載にしたらとても楽に書けました。


※ 4/18 短編「黒薔薇の毒婦」投稿しました。

よろしければ一読お願いいたします。

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