13. 突然の旅立ち宣言
※ 4/29 加筆修正済
◇ ◇ ◇
別れは唐突にやってきた──。
春真っ盛りとなり、丘陵に覆われた白い地表も茶色に輝きだした。
小川の水面も雪解けになると、氷が真っ二つに割れるようにその日はやってきた。
夕食あと、ジャンは言った。
「コリンヌ、突然ですまないが、俺は急用ができて明日、長期の旅に出ようと思う」
「えっ?」
「聞こえなかったのか? 旅に出るといったんだ。暫くは帰ってはこない。最低でも一年ほど留守にする。ああ、金は心配するな。十分すぎるくらい渡していくから。居場所が落ち着いたら手紙は書くよ」
コリンヌは体が硬直したのかブルブルと震えが止まらない。
──とうとう恐れていたことが現実になった!
コリンヌが今までなんとか保っていた平常心は、あとかたもなく消え失せた。
「! コリンヌ、俺の話を聞いてるのか?」
ジャンはコリンヌの顔が、みるみるうちに青褪めていくのに気が付いた。
だがコリンヌにはジャンの声は遠く、何も見えない霧の中で何度となく木霊するだけだ。
──ジャンが出ていく?
あたしから何故?
何故出ていくの?
『衝撃』『絶望』『疑惑』『憤怒』など──。
ありとあらゆる負の感情が、彼女の脳裏をどす黒く覆った。
「いやあああ! ジャン、いい加減にして!」
とうとうコリンヌは、堪忍袋の緒が切れたのか叫びだした!
「夫が突然旅に出るといってどこの妻が『はいそうですか、あなたどうか気を付けていってらっしゃい』ていうの?──冗談じゃないわ!」
「コ、コリンヌ……」
ジャンはコリンヌの怒る姿に呆気にとられる。
コリンヌは泣きながら、ジャンの胸に飛び込んだ。
「ジャンお願い、理由を言って! やっぱりあたしのせいなの? あたしが赤ちゃんを殺したから、それとも他に何か、行かなきゃ行けない理由でもあるの?」
「いや、けっして君のせいではない」
「嫌よ、理由を聞くまでは出ていかせない!」
「理由はすまん、一言でいえば俺のせいだ!」
「ジャンのせい?」
「ああ、全て俺の責任なんだ。俺がもっと早く気付いていたら赤子は……」
「はああ? 俺が、俺がって意味がわからない。赤ちゃんが流れたのが何故あなたのせいなの? あなたのいってる事メチャクチャすぎる!」
コリンヌはジャンの胸をドンドンと強く叩いた。
「落ち着け、コリンヌ!」
「嫌よ、嫌だ!」
「訳は言えないって言ってるだろう──いい加減にしろ、妻なら夫に従え!」
今度はジャンが癇癪を起した。
コリンヌの体を突き放してジャンは怒った!
「もう、これ以上訊くのは止めてくれ!──俺はこの度のことではっきりと目が醒めたんだ。ずっとこれまで自分の人生から逃げてばかりいた!──君と赤子が犠牲になる前に、俺はもっと早く戦わなくてはならなかったんだ!」
ジャンは激しい怒りがこみあげたのか、己の拳で机を叩いた。
「ジャン、どうしたの。あたしと赤ちゃんが犠牲って……誰と戦うっていうの?──あなたのいってる事、ちっとも理解できない!」
コリンヌはジャンの言葉に、とてつもない恐怖が感じられた。
「うるさい、うるさい、放っておいてくれ!」
ジャンは狂ったように何度も何度も机を叩く。
いつの間にか彼の手は血がにじんでいた。
「おお止めて、ジャン!」
コリンヌは悲鳴をあげた。
結婚してからこんな支離滅裂なジャンを見たのは初めてだった。
明らかにジャンは、狂人のように冷静さを失っている。
日頃の爽やかさなど微塵もない!
ジャンのいつもの美しい顔は消え去り、碧眼の瞳は血走しって激しく慟哭していた。