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1. ジャンとコリンヌ

※すれ違う夫婦の可笑しくも悲しい愛の物語です。

※異世界転生・転移シリーズシリーズに入ってるのは、ヒロインの未来の話です。

(この作品は番外編なのです)


※ 4/29 加筆修正済


 ◇ ◇ ◇


 王国から北の辺境地ライブレッド村にも、遅い春がやって来た。

 桜の花が満開となり、木立には春をつげる春鳴き鳥がさえずり始めた──。

 赤く染まった夕暮れの丘。カラマツの木立が濡羽色のシルエットが風に揺れている。


 村のとある家──。

静寂な丘とは対照的に、男と女が激しく口論する声が聞こえてきた。


「ジャン、どうして行ってしまうの!」


「許せコリンヌ、既に決めたことだ。約束する、俺は必ず帰ってくる」


「嫌よ、なぜ旅に出るなんて、それも明日なんて突然過ぎるわ。あたしたちまだ結婚して一年半しかたってないのよ。確かにお腹の赤ちゃんのことは言いすぎたわ、元はといえばあたしの落ち度で赤ちゃんを失ってしまったのに⋯⋯」

「いや、コリンヌそれは違うんだ……俺の……」


「何が違うっていうの! 赤ちゃんを失って辛くて、ついあなたに酷い言葉を吐いた。でもそれは本心じゃないのわかるでしょう、後生だから出て行かないで!」


 コリンヌは泣きながら、必死にジャンを家に留まらせようとした。


 ◇ ◇


 時を少し巻き戻す──。

 

 ライブレッド村に若い夫婦がいた。

 夫の名はジャン、妻の名はコリンヌ。

 二人はお互い一目惚れして結婚した。

 最初の一年はとても仲睦まじく暮らしていた。


 妻のお腹に待望の新しい命を授かったが、まもなく赤子は女神の降した『死の聖地』に召されてしまう。


 原因はコリンヌの過失だった──。

 

 雪がとけ始めた頃、陽光が輝く白樺小路をコリンヌが散歩した時、坂の傾斜の泥濘(ぬかるみ)に滑って転倒してしまった。


 幸いにも通りかかった村人たちが、コリンヌを助けたが医師が診察したが既に赤子は流れていた。

 

 夕方、夫のジャンが仕事から帰宅すると、家の門前に隣家のスミス婆さんが立っていた。


「あ、旦那、よう帰ってきた。大変だよ、奥さんが転倒しちまって赤子が天に召されたよ!」と凄い剣幕でいってきた。

 

 ジャンは真っ青な顔になった。

 

「あ、旦那気を確かにしんせい! 今、先生が診てくださってる。奥さんはきっと助かるよ!」


「スミス婆さんコリンヌは生きてる⋯⋯のか?」


「そうだよ旦那、早とちりしてねえで、早く奥さんの所へ行ってやんな」


 ジャンは、慌てて家に飛び込んでいった。


「コリンヌ!」

 

 寝室に入ると青白い顔の妻が眠っていた。

 

 ジャンは、息を止めて近付く。

 

 彼女の細い手を固く握りしめた。


「コリンヌ⋯⋯なんてことだ、せめて君だけは助かってくれ、善なる女神よ、どうか我が妻をお助けください!」


 ジャンはその夜、ずっと祈り続けた。

 

 医師やスミス婆さんたちが寝ても、ジャンは一睡もせずにコリンヌに付き添っていた。


 空が白み始めた頃、医師がコリンヌの状態を診ていった。


「大丈夫だ、奥さんは峠を越えたよ」

 

 部屋にいた看護婦やスミス婆さんは、大喜びで善なる女神に感謝した。


「あれ? ジャンは何処へいったんだえ?」

 

 スミス婆さんはキョロキョロと見回した。

 

 せっかく奥さんが助かったのに──。


 誰も気づかなかったが、いつの間にかジャンは家から消えていた。


 

◇ ◇


「え、ジャンがいない?」


 目覚めたコリンヌは、ジャンが家にいないと聞かされた。


「おかしいね、旦那はあんたの身を案じて徹夜で祈ってたみたいだよ。ちらっと用足しで目が醒めた時も、旦那は祈ってた、そりゃあ必死にさ。だけど朝起きたら家のどこにもいなかったんだ」

 

 スミス婆さんは眠そうな目をこすりながら言った。


 コリンヌは目の前が真っ暗になった。

 

 先ほど医師から赤子が流産したと聞かされた。

 今度は夫が居なくなったと聞いて、目覚めた途端に最悪な現実が一気に押し寄せてきた。


 そうこうしてるうちに、村長夫人まで慌ててやってきた。


「コリンヌ、あんただけでも助かって良かったわ──赤ちゃんはとても残念だけど、母親さえ無事なら赤子はまた出来る。村の主婦たちは何人かあなたと同じ経験してるのよ。でもその後、また子供は授かった人が多い。だからどうか気落ちしないでね!」


 村長夫人はコリンヌの手をしかと取った。


「ありがとうございます、村長の奥様⋯⋯」


「それでねコリンヌ、落ち着いて聞いて──さっきうちの主人が、隣り街の酒場でジャンを見かけたっていうの」


「え、ジャンが!」

 コリンヌのはしばみ色の瞳が輝く。


「そう主人がいうには、ジャンは酷く酔っぱらってたんだって。よほど赤子を失くして落ち込んでたのかしらねえ⋯⋯」


 コリンヌの瞳は一瞬で輝きを失った。


 ──ジャンが昼から酒場なんて⋯⋯。


「それで主人があなたの容体を知ってたから、ジャンに『早く奥さんの元へ帰ってあげなさい』と伝えたらジャンは『うるさい、放っておいてくれ!』と主人を追い返したというの」


 村長夫人はトーンを潜めていった。


「ああ⋯⋯なんてこと⋯⋯」

 

 コリンヌは思わず両手で顔を覆ったが、溢れる涙を抑えきれなかった。


「ちょ、コリンヌ別にあなたのせいでは⋯⋯あ、私ったら余計なこといったのかしら」

 

 隣にいたスミス婆さんは、村長夫人に冷たく一瞥した。


「村長の奥さん、病人を興奮させたら駄目さね。とりあえず旦那が見つかって良かったじゃないか。コリンヌ、あんたもまだ体が悪いんだ、良く眠らんとあかんよ。奥さん、あたしらは隣の部屋に行こう」


「あ、そうねスミスさん、そうしましょう。コリンヌ、私もお昼までいるから何か困ったら鈴を鳴らして呼び出しておくれ」

 と、村長夫人とスミス婆さんは、おもむろに出ていった。


 

 コリンヌは一人、寝室でボロボロ泣いた。

 


──夫のジャンが独りぼっちで酒で紛らわせているなんて⋯⋯

 

 コリンヌは罪悪感で押しつぶされそうになる。


 二人の赤ちゃんを、自分の不注意で亡くしてしまった。

 

 コリンヌは赤児を亡くした後悔と、泥酔するほど嘆いてる夫に顔向けできないと思った。

 

 ジャンにいくら謝っても、許しを請えるものではない。


 コリンヌはこのまま死んじまいたいと思った──。


 ◇


 その夜、村長夫人のいう通り、ジャンは泥酔して帰宅する。


 だいぶ飲んだらしく、ぐでんぐでんに酔っぱらってとても話せる状態ではなかった。


 ジャンはそのまま寝室に上がらず、居間の青緑のカウチソファに仰向けになり、高イビキをかいて寝てしまった。


 コリンヌは自分の看病のために、寝泊まりしてくれたスミス婆さんがコリンヌの部屋に入ってきた。


「コリンヌ、ジャンが戻ってきたよ、安心押し、相当酔っ払っるが元気だがね」


「ああ、良かった、どうもありがとう、スミスさん⋯⋯」



 コリンヌはほっと胸を撫で下ろした。

とりあえず、ジャンが戻ってきてくれただけで女神に感謝した。











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