二つの果実の行方
あたしと、AZ団のメンバーとグラウス、そしてロッカがメアリーに集合した。団のアジトじゃなくメアリーに集まってもらったのは、ゼンとオグもいて一緒に話を聞いてもらえるからってのと、グラウスがアジトの場所がわからなかったからだ。
店は、あたしの一存で無理やり臨時休業させた。ロッカが飲食スペースの中心の方の席に、他のみんなが空いたカウンター席と、複数人の客用のテーブル席に座り、その周りにゼンとオグが立った。困惑しているロッカの前に腰かけ、あたしはさっそく話を始めた。
「さっきも言った通り、今からするのはお前が探してる人についての話だ」
まず、ロッカが探してる人と、あたしたちが探してる人が同一人物なのかを確かめる。
「ロッカ。お前が探してる人ってのは、実は二人いるんじゃねぇか?」
レモンとクランベリー。
「そして、三年前に姿を消した彼女たちは姉妹だ。姉は仲間とネットゲームをやっていて、妹はよく友達とつるんでいた。……違うか?」
ロッカが驚愕の表情を浮かべる。
「なんで二人のことを」
どうやら合ってるらしい。
「あたしたちもその姉妹を探してんだよ。この黒い服のヤツらは妹の方と友達だし、コイツ……グラウスは姉の仲間だ。あたしは……姉妹と関わってるかもしれないってだけだけど」
あたしは過去を知るために、みんなと一緒に姉妹を探している。姉妹と会えば、昔を思い出せるかもしれないから。
「ロッカさんよ。その姉妹の写真って持ってるか? 話を聞く限りでは同じ人を探してるみたいだが……一応確認だ。俺たちに顔写真を見せてみてくれ」
「ぼ、僕も! その写真見たい……です」
エイミーとグラウスが立ち上がって話に割って入る。未だ困惑してるだろうけど、それでもロッカはスマートフォンを起動して写真のアプリを開いた。そして、二人が並んでいる一枚の写真を表示させる。金髪のポニーテールの女性と、長い黒髪の女性が写っていた。エイミーとグラウスがそれを覗き込む。
「ああ……」
エイミーもグラウスも、そう言葉にならない言葉を漏らした。
「レモン……」
グラウスは、顔を手で覆い鼻を啜った。
「間違いない。クランベリーだ」
他のメンバーも集まって画面を覗く。
「……同一人物で合ってるみたいだな」
そうか。エイミーたちもグラウスも、三年ぶりにその顔を見たのか。会いたいんだよな。そりゃあ……言葉も出ないか。
「教えてくれロッカ。まず、二人の本当の名前だ。そして、お前は姉妹にとってのなんなんだ? 三年前になにがあった?」
しばらく黙って俯いていたロッカだったが、やがて口を開き語り出した。
「……長女の名前は『エナ』で、次女の名前は『ジェシカ』。ラストネームは『リバーウッド』」
今ここにいる全員が傾聴した。レモンとクランベリーの名前が明らかになった瞬間だった。
「そして俺は、二人の兄だ」
「兄? 三兄妹なのか?」
ロッカはゆっくりと頷く。
「エナとジェシカは、俺が家にいない間にいなくなったんだ」
「それより前に、二人の身になにかあったりしたか?」
「あの時のことは……思い出すと、今でも腸が煮えくり返る」
俯いていたが、しっかり読み取れた。ロッカの目には前と同じ寂しさの色が浮かび上がり、それと同時にそこには激しい憎悪のような感情の色も存在していた。
「三年前……いや、四年前。エナは、母さんと父さんに言われて結婚することになった」
結婚か。そういえば、グラウスがそんなこと話してたな。
「エナは嫌がっていたけど、母さんが『それなら将来ジェシカに結婚してもらう』って言い出して。エナは、ジェシカのために結婚を申し出て……。それで大好きだったゲームをあまりやらなくなって、ジェシカはエナの結婚のことで悩んで夜に家を出ていったりした」
それが、二人の過去……。
「……どうしてそんなことに? その結婚ってのは、両親にとって大事なことだったりしたのか?」
「政略結婚だ」
政略結婚……? それって、利益を得るための?
「俺の母さんと父さんがトップを務める会社、リバーウッド家の企業は小さな企業だった。でも昔、『うちの御曹司と結婚すれば企業として大躍進できる』って言ってきた人たちがいて、それにそそのかされて母さんたちはエナを利用したんだ」
政略結婚の話を持ちかけてきた人……。
「俺は反対したけど、母さんも父さんも聞く耳を持たなかった。それで俺は嫌になって大学の近くのアパートに引っ越した。それから少しして、エナは相手の企業の御曹司と結婚したんだ。そのタイミングで二人と連絡が取れなくなった」
結婚のタイミングで消えた二人……。
「いろいろ考えた。二人は両親のことが嫌になっていなくなったんじゃないかとか。でも、なにも言わないままどこかへ行くような二人じゃないし……」
「……なあ、その相手の企業がエナとジェシカの失踪に関わってるんじゃねぇのか?」
あたしは、ふと思ったことを尋ねてみた。俯いたまま、ロッカは言葉を紡ぐ。
「それは俺も考えたよ。でもそんな証拠はどこにもなかったし、大体俺は、エナが結婚することでどんな利益が出るのか、相手の企業にとってリバーウッド家と繋がることにどんなメリットがあるのかも知らなかった。……そんな俺が調べられることには限界があったんだ」
ロッカは、なにもないテーブルの中心を見ていた。
「母さんと父さんと会って話せばなにかわかるかもしれないけど、三年前から連絡つかない。俺の家族はみんな、どこかへ消えてしまったんだ」
「じゃあ、今度はお前の両親を探し出せばいいんだな」
くそっ、また人探しかよ。こんなんいつまで続ければいいんだ。話を聞いていたエイミーたちとグラウスも憂鬱な表情で視線を下に落とす。
「……だとよ。そろそろ出てきた方がいいんじゃねぇのか」
ずっと黙っていたゼンが唐突に口を開く。
「は? いきなりなに言って……」
「なあ。スティーブよ」
全員、ゼンの視線を追って店の入口を見た。
「スティーブ……?」
ロッカが呟いた。次の瞬間、入口の扉が開かれ、そこにいた男が店に入った。ソイツを見た途端、三年前に目覚めた場所の情景が鮮明に浮かんだ。その男があの日と同じ暗いブラウンのロングコートと、同色のハット、そして仮面を身につけていたからだ。あたしの体に緊張が走る。
「あんたは……あの時の」
「久しいな、ジェナ」
そう言うと男は仮面に手をかけ、ゆっくりと外した。その顔があらわになる。
__本当に……すまなかった。どうか許してくれ……。
一瞬だけ、また意識が飛んだ。また、頭の中で声が聞こえた。紛れもないこの男の声が。
さっきゼンは、コイツのことスティーブって言ったか? スティーブは……間違いない、あたしの過去を、家族を、出生を知っている。そう思えた。だって、コイツはあたしが目覚めた後に初めて出逢ったヤツで、あたしに名前を教えた張本人なのだから。
「父さん……?」
またロッカが呟く。見ると、彼は驚いていた。
「ロッカ。元気にしていたか?」
今の少ない言葉のやり取りからわかった。コイツは、さっき言ってたロッカの父親らしい。エナを自分の企業のために結婚させようとした……。
「父さん。なにやってたんだよ」
「ずっと、お前たちを見守っていた」
お前たちを……って、あたしも? スティーブは、あたしへと視線を移す。
「ジェナ。お前がロッカと出逢いエナとジェシカを探すのは宿命だったのかもしれない」
「宿命?」
「今こそ話そう。エナの結婚の理由と、三年前に起きたことを」
「政略結婚の話を持ちかけてきた大企業__『デイブレイク』は、リバーウッド家の企業が持つ『電波の技術』を欲した」
「電波の技術? なんだそれ?」
「脳神経を通じて人体に影響を与える電波を機械から発し、心を癒したり気分を高揚させたりする技術だ。デイブレイクのトップは、その技術を得るために自身の息子とエナを結婚させてリバーウッド家と繋がろうとした。『私たちと繋がりを持てば企業の成長を約束する』という言葉をもって」
スティーブは、立ったまま過去を話した。表情を一切変えることなく。
「俺と母さんは……愚かにもその談に乗った。リバーウッド家と企業の成長を想い、嫌がるエナを無理に結婚させて……。そして、デイブレイクの御曹司と籍を入れてすぐに、エナとジェシカは……」
そこでスティーブは口ごもった。
「話せよ」
ロッカが言う。しかし、スティーブは話そうとしない。そのうちロッカは握った右手拳をテーブルに叩きつけて怒声を響かせた。
「言えよ!」
「二人は……いない」
あやふやな答えに対し、ロッカは怒りを現す。
「だから、どこに行ったんだ!」
スティーブは目を瞑り、少し間を空けて、やがて告げた。
「もう……この世に、いないんだ」
……その言葉は、ゆるりと耳に入った。それがどれだけ残酷なことかも知らずに。
あたしもロッカも、エイミーもローズもルドロスも、グラウスも……みんな、しばらく口を開きっぱなしにしていた。まるで時が止まってしまったかのように感じた。エナとジェシカは……もう死んでいる?
「二人は、何者かによって殺された。デイブレイクを怪しんだ俺は警察と協力して捜査したが、ヤツらが殺ったという証拠は……」
「ふ」
ロッカが声を漏らす。
「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!」
瞬きをした次には、彼は左手でスティーブの胸ぐらを掴んでいた。
「ロッカ……」
「エナとジェシカが既に死んでるっていうのか!? 嘘つくなよクソ野郎!」
グラウスとAZ団のメンバーもスティーブに押し寄せる。
「そうだよ! いい加減なこと言わないでよ! レモンは……エナはどこかで生きてるんでしょ!?」
「クランベリーが、ジェシカがもういないって……あんまり舐めたこと抜かしてんじゃねぇぞジジイ!」
みんなから怒号を飛ばされていたスティーブは、しばらくしてそれが一旦静まってから言った。
「君たちは……二人の仲間であり友達なんだな。二人のために怒ってくれてありがとう。本当に……すまない」
「このッ……!」
ロッカは、右手でスティーブに殴りかかろうとする。しかし、それを直前で我慢して肩を落とした。
「これは嘘ではない。俺たちは受け入れるしかないんだ」
みんなが俯く。スティーブの発言に反抗する者はもういなかった。もしかしたらみんなは、認めたくなくても、諦めたくなくても心のどこかでわかってたのかもしれない。エナともジェシカともずっと会えないままだったのだから。
一人、体勢を崩してその場にぺたんと座り込んでしまった人がいた。
「今からでも……嘘って言ってよ……」
ローズだった。ローズは、ひっくと息を震わせて、両手で自身の目頭を拭う。
「……すまない」
お前らにとって……エナとジェシカは、本当に大切な存在だったんだな。
沈黙の時間が訪れる。ローズの嗚咽だけが響いた。誰もなにも言おうとしなかったが、ついにスティーブが語り出す。
「……話を戻すぞ。二人の死について俺はデイブレイクを怪しみ、警察と協力し捜査した。しかし、デイブレイク側から殺人の証拠は一切出てこなかった」
スティーブは、伏し目のままで話を続けた。
「ヤツらが何故、電波の技術を欲しがったのかもわからないままだ。母さんも死んで、今ではリバーウッド家の企業の実権も実質的にデイブレイクが握っている」
そこで俯いていたロッカが顔を上げた。
「……母さんも死んだ?」
「ああ。お前の母親は……エナとジェシカが死んだ後、二人のクローンを作ろうとした。だが、それに失敗し……母さんは気が狂って自殺した。今まで言えずにいて悪かった」
ロッカは、受け入れられないというように再び俯いて膝を抱える。
「誰だよ。俺の家族に、こんなこと……」
ロッカの母親が、エナとジェシカのクローンを……?
「ジェナ」
スティーブがあたしと目を合わせる。な……なんだよ。
「お前の正体についても話そう。お前は、二人の魂を受け継いだ人間だ」
「……は?」
「今言ったロッカの母親が作ろうとした二つのクローン。それは、細胞がその体を形作る途中で事故が起き、ひとつに融合した」
ま、待て。二人の魂……って……。あたしは、スティーブの言ったことがすぐには理解できなかった。
「ジェナ。お前は記憶喪失だろうが、稀に脳に異変が起きたりしなかったか?」
それは……初めてロッカの顔を見た時、エイミーと、グラウスと出逢った時、それとあんたが仮面を外した時に聞こえた……あの声のことか?
「声が……聞こえたんだ。昔、聞いたことがあるような言葉で」
「それは恐らく、過去に二人が聞いた言葉だろう。精神の造りがまだ不安定であるということの証拠だ。少し時が経てば精神が安定し、症状はなくなる」
点と点が繋がる感覚を味わった。グラウスと初対面した時に聞こえた言葉は、昔グラウスがエナに言ったこと……。エイミーの顔を見た時に聞こえた言葉は、昔エイミーがジェシカに言ったこと……。そして、ロッカの横顔を見た時に聞こえたあの声は、ロッカが政略結婚に反対した時の声……。
でも、それって……あたしが……あたしの過去が……。
思考があまり考えたくない方向へと走っていくのがわかる最中、スティーブはあたしに告げた。
「いいか。エナとジェシカのクローンが融合して生まれたもうひとつの心。それがお前だ。ジェナ」
言われて、確かな衝撃を受けた。あたしは、思い出せなかったんじゃない。
あたしには、過去がなかったんだ。家族がいないんだ。
言葉を受けて、そんな気しかしなくなった。頭を抱えながら、嫌で嫌で仕方ないそれをすんなりと受け入れようとしている自分がいる。受け入れたくないはずなのに。もしかして、無意識にわかってんのか? 自分は普通の人間じゃないってことが。
「ジェナには、なににも縛られずに自由に生きて欲しい。そう思っていたが……」
スティーブがなんか喋ってる。そうか。三年前にあたしに「自由に生きてくれ」って言ったのはそういうことだったのか。あんたは後悔してたんだな。
ああ。頭の中がぐるぐると高速回転してるくせに、思考回路がふわふわしてる感じがする。あたし……今どんな顔してんだろ。
いつしか、目に映ってるはずのものがなにも見えなくなった。いや、認識できなくなったと言った方が合ってる。その時かろうじてわかったのは、オグがなにか言っているということだけだった。