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Bear The Future アナザー・ハーツ  作者: スタジオヒガシ
8/15

捜索

「先輩、お疲れ様です」


「ん、お疲れ様」


 今日の業務を終えて、あたしとオグはカウンター席に座った。オグが横から顔を覗き込んでくる。


「……昨日のことですか?」


「ああ……」


「そのレモンっていう人は、もしかしてグラウス君のことを好いていたのでしょうか。だとしたら、親に決められた相手と結婚しなくちゃいけなかったっていうのは、なかなかにかわいそうですよね……」


 昨日グラウスが言ったレモンの情報は、すぐにゼンとオグに話したし、スマホのメッセージアプリを通じてエイミーたちにも共有したけど……。


「それよりも、レモンとクランベリーがどこにいるかを知りたいんだが……」


 そこまで言って、あたしはため息をつく。


「正直な話、結婚が決まっていたっていう情報だけじゃ探せねぇよな」


 グラウス……なんかごめん。


「他にはなにか言ってなかったんですか?」


「重要じゃなさそうなことばっかりだよ」


「それでも、思い返してみましょうよ。なにがヒントになるかわかりませんよ」


 コイツ、エイミーと同じこと言ってる。でも……確かにそうか。ええと、グラウスが言ってたこと……。


「最後に会いたかったって言ってたことと、一緒にいろんなところに行きたかったって言ってたことと……。後は、レモンは喫茶店が好きで、よく巡ったりしてたってこと……だな」


「え?」


 言われたことを復唱すると、オグは顔色を変えて考え出した。横目でその顔を見る。


「どうした?」


「いえ……。喫茶店が好き……っていう言葉になんか引っかかっちゃって」


「それがどうしたんだよ?」


「前、いませんでした? 似たような人を探してる人」


 似たような人を探してる人? いたっけ?


 喫茶店が好き……な人を探してるヤツ……。


 しばらくの間、二人して記憶を辿った。そして……あたしは思い出した。彼のことを。


「……あっ」


 そのタイミングで、オグもぽんと手の平を叩いた。思い出したようだ。


「あの人ですよ! 名前は……なんでしたっけ。ほら、グレーのジャケットの」


 その人は、あたしが初めて自分の過去を知る鍵だと思って追いかけた人。あたしは、記憶に残るその若者の名を呟いた。


「……ロッカ」




 __それもあるけど、それだけじゃない。俺が探してる人は、ちょうどこんな店が好きだったんだ。一緒にいた時は、たまに雰囲気のある喫茶店なんかに行って何気ない会話を楽しんだりしていた。




 __もしかしたらこういう場所にいるかもしれないって。ありえないってわかってるのに、期待してしまって……。




 ロッカだ。アイツは、確かに「喫茶店が好きな人」を探していた。


「そうそう、ロッカさん。もしかして、ロッカさんが探してる人とレモンは同一人物なんじゃないでしょうか?」


 そんな偶然あるか? と思ったが、それくらいしか手がかりがない。


「そして、レモンはクランベリーと姉妹関係にある。ロッカさんは、三年以上前にいなくなったこの姉妹を探していたのでは?」


「アイツが探してる人の顔写真とかもらえば良かったな」


「今からでも遅くないですよ。レモンとクランベリーを探すために、まずはロッカさんを探しましょう」


「でも、もし違っていたら……」


「その時はまた考えましょう」


「……そうだな。なにが手がかりかわからないもんな」


 会話していると、飲食スペースの奥の扉が開き、ゼンが入ってきた。両手に缶ビール抱えて。


「お前ら今日もお疲れさんだ。さて、晩酌を始めるぞ」


「ちょうどいいとこに。なあゼン、二ヶ月前の防犯カメラの映像って残ってるか?」


「あ? あると思うが……。なんでそんなもんを?」


 ゼンは、缶ビールをどんとカウンターテーブルに置いて尋ねてくる。


「二ヶ月くらい前に店に来たロッカっていたじゃん。カメラの映像からアイツの顔の画像抽出してくれ。その画像を共有して、AZ団のみんなと探してくっから」


「だから、なんで探してくんだよ?」


「あたしたちの探してるレモンってヤツと、ロッカが探してる人が同じ人かもしれねぇからだよ。アイツから詳しいことを聞き出して、もっと手がかりがないか探るんだ」


 そう聞くと、ゼンは考える素振りを見せた。


「なるほどな……。わかった、明日の朝までにやっておく。したら、その画像はお前のスマホに送るからな」


「ああ、頼んだ。今晩は酒飲むなよ」


 酒を制限されても、意外にもゼンは不機嫌そうな表情を見せることはなかった。






 翌日の朝。うるさい電話の着信音で目を覚ます。寝ぼけながらスマホを手に取り上体を起こして、あたしは相手が誰か確認しないままそれに応じる。


「あい、もしもし……」


「ジェナ、俺だ」


 電話をかけてきた相手は、エイミーだった。


「おぉ。あたし、お前たちに頼みたいことがあって……」


「……話すべきことがある」


 数少ない言葉とその口調で伝わってきた。今はシリアスな雰囲気だと。


「なんだよ?」


 エイミーは、少し間を空けて告げた。


「……ケビンが事故に遭った」


「え……?」


 それで一気に目が覚めた。ケビンは、AZ団のメンバーの一人で、前に新型健康管理機器のテラなんとかが応募して当たって……とか言ってたヤツだ。アイツが事故にあった……?


「昨夜、一人で街を歩いていたところを車にはねられたらしい。幸い命に別状はなく、意識もあるそうだが、足を骨折していて入院することになったそうだ」


「今病院にいるのか?」


「メンバー全員で、な。お前も見舞いに来てくれるか?」


「あ、ああ……。行くよ。持っていった方がいいものとかは?」


「うーんと……なにか菓子でも買ってきて欲しいな」


 お菓子か。近くにいい店あったかな。


「ケビンが食べたいそうだ。適当なものでいいから調達してきてくれ」






 店の手伝いをオグに丸投げして、あたしは街を歩いた。友達がいる病院へと向かって。


 朝の街で吹く風は冷たかった。今日は風が強い日らしいから、それでいつも以上に寒いと感じていたのかもしれない。こんな日は、暖かい食べ物が食べたくなるな。食べ物といえば……お菓子、どこで買っていこうか。道中にいい感じの店とかあると嬉しいんだけど。


 歩いていく途中で、ひとつのキッチンカーを見かけた。そのすぐ横に設置してある旗には、カスタードプリンって書いてある。売ってるのか。いいじゃん。ここで買っていこう。人並んでるけど。


 あたしは、財布を取り出しそのキッチンカーに近づいて、列に並んだ。少しして前の人たちが買い終わり、あたしの番がくる。


「いらっしゃいませ! ご注文は?」


 それまで前にいた人たちの影で隠れていた店員の顔が見えた。そして……その店員と目を合わせた瞬間。






 __お前の顔、覚えたからな。






 しばらくの間、棒立ちしていた。また頭の中で声が聞こえた。目の前の店員、コイツもあたしの過去に関わってる……そう思ったが、今聞こえた声には違和感があった。


 今まで聞いた声……ロッカの時とも、エイミーともグラウスの時とも違う。今のは……。


「自分の……発言……?」


 その言葉は、昔自分が言ったことのように思えた。同時に、胸の内に形容し難い感情が湧き上がってくるのを感じる。なんか……腹の中がぐつぐつと熱くなるような……。


「どうかしました?」


 あたしは、もう一度店員の顔を見た。見覚えがあるような、ないような。やっぱり顔だけじゃ思い出せない。でも、ひとつ言えることがあった。それは、早くこの場から逃げ出したいと思ったということ。なんでかはわからないが、ここにいてはまずいと直感が告げていた。


「い、いや……なんでもない。ええと……プリンって売ってるか?」


 聞くと、店員は笑顔で返す。


「カスタードプリンですね。少々お待ちください。スプーンは付けますか?」


「あ、ああ……」


 やり取りの後、少ししてプリンが入った箱を渡された。お金を払い、あたしは足早にその場を離れる。


「またのお越しを」


 店員の声が遠くなる。


 一体なんだったんだ。今のことを後でみんなにも話そうと思ったが、考えがそう至った時点でまたも直感が語りかける。あれに触れてはいけないと。


 それからは早足で病院へと向かって、ケビンにプリンを届けてお見舞いした。その病室のベッドの傍らには、彼が身につけていたであろう健康管理機器が置かれていた。視界に入ったそれが、やけにあたしの目を引いたのを覚えている。






 お見舞いを終えて、あたしは団のみんなとアジトに戻っていた。帰る途中も今も、特に会話はなかった。みんながみんな暗い気持ちになっていたからだと思う。あたしもそうだった。


 エイミーが土管の上に腰かける。この場にいる全員が俯きがちな姿勢をしていたのを見渡して、エイミーはリーダーらしくみんなに声をかけた。


「お前たち! ケビンが心配かもしれないが、俺たちが今やるべきことはクランベリーを探すことだ! 今日も気合い入れていこうぜ!」


 クランベリーを探す……。……そうだ。そういえば、コイツらに頼んでロッカを探してもらおうとしてたんだ。


「なあ、お前ら。頼みたいことがあるんだが……いいか?」


「なんだ?」


 メンバーがあたしの周りに集まる。あたしは、あたしたちの探してるクランベリーとレモンが、ロッカが探してる人と同一人物かもしれないということ……。彼なら二人についてなにか知っているかもしれないということ……。そして、ロッカと会って話を聞くために彼を探して欲しいという頼みをエイミーたちに話した。


「なるほどな。ソイツの顔写真はあるのか?」


「これだ」


 スマートフォンを起動し、ゼンに頼んで送ってもらっていたロッカの写真をメッセージアプリを通じてメンバーたちに共有する。エイミーたちは、自分たちのスマホに送られた写真に写る若者の顔をまじまじと見つめた。


「この男がロッカか。コイツのいそうな場所に心当たりは?」


「アイツは前に会った時、喫茶店が好きな人を探してメアリーに来たと言っていた。今もその捜索を続けているのなら、どこかの喫茶店にいるかもしれない。だけど……本当にそうかもしれないってだけで、彼と出逢える可能性は低いと思うが」


 あたしがそう弱気な言葉を吐くと、エイミーははにかむように笑い、やがて指揮を執るかのようにメンバー全員に呼びかけた。


「お前たち! 話はわかったな!」


 エイミーは、右手拳を握り天高く掲げる。


「クランベリーに再会するための一歩だ。なにがなんでも探し出してやろうぜ!」


 メンバーたちは、あの時と同じようにリーダーに熱い眼差しを向け、各々が頷く。彼らの変わらない絆を感じられた。


「そういうことであれば、支援しよう」


 突然、この場にいるはずのない人物の声が聞こえた。


「誰だ!?」


 エイミーが辺りを見渡す。


「すまない。驚かせてしまったな。我の名はグラウス。ルドロス君を通じて君たちの話は聞かせてもらった」


 みんなの視線がルドロスのスマートフォンに引っ張られる。


「グラウス……。確かレモンの仲間ってヤツか」


「ああ。そのロッカという人物と、クランベリーさんとの出逢いがあって、そしてその先でレモンと出逢えるのなら、それは我にとって望むところ……。全力で支援させていただきたい」


 グラウスは、前と同じ優しそうな声と不釣り合いな喋り方で話を続けた。


「我が考えた作戦はこうだ。まず、君たちは街に広く散らばってくれ。その間、我はこの街に存在する防犯カメラや監視カメラなどにアクセスして今日という日の、それも今の直前の情報を集めよう。その中にロッカがいれば、その映像情報を君たちのスマートフォンに共有する。そして君たちは、得られた情報を元にロッカを探し出すんだ」


 ……ん? 今なんか、さらっとすごいこと言わなかったか?


「街のカメラにアクセスして……って、片っ端から? どうやって?」


 あたしの質問に、グラウスは短い言葉で返した。


「ハッキングだ」


「え? お、おぉ……」


 ……それって大丈夫なのか? と思ったけど、それは口には出さなかった。エイミーたちがノリノリだったから。


「よっしゃ! 協力してくれるヤツが現れたところで、さっそく作戦開始だ!」


 エイミーが改めて士気を上げた。ルドロスもローズも、AZ団のメンバーは全員団結して、共に拳を掲げる。


「ジェナ。お前には、ここで情報を整理しててもらいたい。ロッカはこの喫茶店にはいなかったとか、この辺は調べたぞとか、そういう情報。スマホのグループ通話はずっとオンにしとくから、そこにも居座っていてくれ。みんながすぐに通話に入って情報を言い合えるように」


「ああ、わかった」


「じゃあ……お前たち! 行くぞぉッ!」


 エイミーのかけ声を合図に、みんな一斉に街へと駆け出した。






 それから三十分程が経過した頃、グラウスから連絡が入った。「フランシスタシティ南西地区、喫茶店ザ・キッド付近のカメラにロッカと思わしき人影あり」と。その店の付近の地図も送ってくれた。あたしは、すぐに一言一句同じ文章をメッセージアプリでみんなに送信し、地図の写真を貼りつける。グループ通話で団のメンバー全員がオンラインになった。


「南西地区か。俺のいる場所ではないな。近くにいるヤツは?」


「私が近いわ。私がその店に行くから、他にも近くにいるメンバーは付近を当たって」


 エイミーに応答したのはローズだった。


「了解」


 みんなのアイコンがオフライン表示になる。息合ってんなお前ら。


 以降の展開は早かった。五分くらいしてから、グループ通話でローズの声が聞こえてきた。


「はぁ、はぁ……。みんな! ロッカさんいたわよ!」


「ええと、俺になにか?」


 続いて男性の声も聞こえた。間違いない。ロッカの声だ。でかしたぞローズ。


「ロッカさん! 私たちはあなたに用があるの。着いてきてもらえるかしら」


「急になんだよ? 俺にはやることがあって……」


 しばらく二人のやり取りがあった。ロッカは、着いてきたがらない様子だったが……。


「ああもう! ジェナから説明してよ!」


「……ジェナ?」


 あたしは、あたしの過去を知る鍵であるその若者と久方ぶりに会話を交わした。


「よう、ロッカ。あたしのこと覚えてるか?」


「その声は……」


 覚えてるって反応だな。


「今日も喫茶店にいるってことは、まだ人を探してるんだな。あたしのところに来てくれるか? お前の探してる人について話があるんだ」

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