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Bear The Future アナザー・ハーツ  作者: スタジオヒガシ
7/15

レモン

 店のパソコンに流行りのゲームをダウンロードしてアカウントを作った次の日。昼休憩中、あたしはゲームの中でルドロスと一緒にレモンの仲間に会うことになった。


 その仲間ってヤツは、なんか……ギルド? のマスターだという話を聞いた。ゲームがリリースされた最初期からやってる最古参のトッププレイヤーだという話も。つまり、すごいヤツだそうだ。あたしには微塵もわかんないけど。


 待ち合わせ時間の少し前にログインして、ルドロスと出会う。そのままゲームの中の噴水広場に行き、レモンの仲間が来るのを待つ。


「なあ、ルドロス。レモンの仲間には、あたしのこと言ってあるのか?」


「うん。伝えてある」


 会話をしていると、ルドロスの背後からトコトコと歩み寄ってくるプレイヤーがいた。


「ルドロス君。待たせてしまったな」


 緑色のコスチュームに身を纏っているそのプレイヤーが発したのは、少年っぽい声だった。


「あ、グラウス君……」


「そちらの方がジェナさんで間違いはないかな?」


 緑色のプレイヤーは、あたしへと向き直る。


「ああ。あたしがジェナだ」


「はじめまして。我の名はグラウス。既に聞いていることと思うが、レモンの仲間だ」


 優しそうな声と不釣り合いな喋り方だなと思った。


「話は伺っている。記憶喪失で、過去にレモンと関わっているかもしれないと」


 余計な言葉は不要だというように、グラウスはさっそく語り出す。


「今が平日の昼間で良かった。おかげでプレイヤーが少なくて、盗み聞きされる心配がない……。まずは、レモンについて聞いてもらおう」






「我の仲間、レモン……。彼女は、優しくて聡明な人だった。五年前にここで出逢ってチームを組んでから、いつも我のことを引っ張ってくれて、時には支えてくれて……。外面がいいだけとかじゃない、彼女は本当にそういう人なのだとわからせるなにかがあった」


 あたしもルドロスも黙って話を聞いた。


「我もレモンも、お互いの真の名は知らない。だが、そんなことが気にならなくなるくらいに絆を感じていた。ほぼ毎晩ゲームにログインしては、ここで会い、互いの近況報告とか、他には……くだらない話をして盛り上がったりした」


 グラウスの話し方には、どこか哀愁が感じられた。ゲームの中のキャラクターは特に動いていなかったが、グラウスが今どんな表情で話をしているか……それは想像に難くない。


「交わした会話こそくだらない内容ばかりだったが、彼女は……我にとっての光だった。心が荒んでいた我に優しさを思い出させてくれたのも彼女だったんだ」


 光か……。そう言える程、グラウスにとってレモンは大事な仲間なんだろう。


「ずっと……この心地いい時間が、関係が、ずっと続いて欲しいと思っていた。だが……そのうち彼女は、別れを告げていなくなった」


「それが三年と少し前……」


 クランベリーがいなくなったのと同時期のことか。


「ああ……。会いたいと言ったレモンの言葉を受けて、街で顔を合わせ、そこで『もう来れなくなると思う』と言われたんだ」


 ……ん? 街で顔を合わせた?


「待て。街で……って、実際にレモンと会ったのか?」


「そうだ。それでも本名は教え合わなかったが……。彼女が美人な人だったのを覚えている」


 それまで黙っていたルドロスが声を荒らげる。


「じゃ、じゃあ! その人を探せば!」


「……彼女にもうひとつ言われたことがあるんだ」


 場が静まり返る。一呼吸置いて、グラウスは再び語った。


「『探さないで欲しい』と。……そう、レモンは言っていた」


 あたしは息を飲んだ。探さないで欲しい、か……。


「我は、レモンに言われたことを守り、いつかまた会えると信じて今もその帰りを待っている」


 グラウス、お前はそれでいいのかよ……?


「他には? なんか言われたこととかは?」


「ある……が、それは君たちと直接会って伝えたい」


「……直接会って?」


「ああ。その情報は、我の頼みと共に届けに行く。頼み事は直接言いたいのでね」


 頼みがあるって……どういうことだ?


「レモンについての情報は、我の頼み事を引き受けてくれれば、気兼ねなく教えよう」


「ジェナさん、どうする……?」


 ルドロスもあたしに問う。ルドロスは、グラウスとは実際に会ったことはないと言っていた。もし、コイツが本当は危険な人物だったら……?


 数秒間、黙り込んでしまった。あたしが悩んでいることを察したのか、グラウスが言う。


「君たちもレモンを探しているのだろう? 悪い話ではないと思うが」


 ……そうだ。あたしは自分の過去を知るため、クランベリーとその姉のレモンと会う必要がある。会って、あたしの身になにが起きたのか聞き出してやる必要がある。エイミーも言っていたことだが、なにがヒントになるかはわからない。だから、どんな情報でも見過ごすわけにはいかない。


「……ああ。会ってやるよ」


 意を決してそう言ったあたしの言葉を、グラウスは好意的に受け取ったようだ。


「良かった」


「頼み事は直接言うって言ったよな。そこでレモンの情報も教えてくれるんだな」


「ああ。どこで会おうか?」


 会う場所……。グラウスは自分のいる場所を教えられないかもしれないけど、あたしのいる場所なら教えられる。


「あたし、メアリーっていう名前の喫茶店で働いてんだ。そこで会うぞ」


 もしコイツが危険人物だったら、その時はゼンになんとかしてもらおう。


「喫茶店メアリー……。待ってくれ、今調べる」


 三十秒程経った後。


「これか……。結構近い場所にあるな。よし、この後お邪魔しよう」


「この後? すぐ来んのか?」


「ああ。一時間もあれば着きそうだ。店長や他の従業員に我のことを伝えておいてくれ」






 一時間後。業務を抜け出して、あたしが一人で店の裏口で待機していると、扉がノックされる。来たかと思い扉を開けると、そこにいたのは童顔の男だった。


 そしてその顔を見た途端、あたしの頭にはまるで電流が流れるかのような衝撃が走る。






 __君が帰ってくるのを、いつまでも! 待ってるから!






 時が止まった後、意識が戻る。確信した。あたしは間違いなく、レモンと、その妹クランベリーと関わっていると。


「あ、あなたがジェナさん……ですか?」


 ハッとして、彼に言葉を返す。


「そ、そうだけど……。もしかしてグラウス?」


 あたしがその目を見ると、髪が長くて童顔のこの男は、ビクッと肩を震わせた。彼は、目をぎゅっと瞑ってうんうんと首を縦に振って頷く。


 今、脳内で聞こえた言葉はこの男、グラウスの言葉に違いない。しかし、グラウスは今初めてあたしと出逢ったような顔をしている。エイミーも、ロッカもそうだった。本当に……どういうことなんだ?


「あの……どうしました?」


 気づけばあたしは、思考していた。放ったらかしにしてしまった申し訳なさを感じつつ、グラウスを見つめ直す。


「悪いな。考えてることがあったんだ」


「そ、そう……。なにか粗相をしちゃったのかと思った」


 この男がグラウス……。あれ、雰囲気違くねぇか。


「……本当にグラウスか? さっきよりも、なんか口調とか……」


 あたしがそう言って見つめると、グラウスはあわあわして手で顔を覆った。


「ごめんなさいぃ! こっちが素なんです! あの喋り方は、自分を奮い立たせるためにやってるヤツで……!」


「いや、別に謝んなくていいけど……」


 初対面の時のルドロスか、それ以上にオドオドしてる。なんというか……イメージと違ってかわいいな。


「あれ、ルドロス……さんはいないんですか?」


「アイツなら、他の友達のところにいるぞ」


 ルドロスは、レモンのことを話すためエイミーたちに会いに行っている。ここであたしが聞いた情報を後で共有する予定だ。


「そう……ですか」


 さっきの言葉について考えるのは、グラウスの頼み事を聞いてからにするか。


「なあ、頼み事をしに来たんだろ? そんなオドオドしてて大丈夫か?」


 聞くと、グラウスはまたも手で自分の視界を遮った。


「ひぃっ! ごめんなさい! ジェナさん、思ってたよりも目つきが鋭くて……じゃなくて、僕、やっぱり異性の前だと緊張しちゃって……!」


 今コイツ、自分のこと僕って言った? さっきのボイスチャットでは我とか言ってたけど……。


「……ふっ」


 つい笑いが込み上げてきてしまった。なんかおもしれぇヤツ。


 あたしが笑ったのに対して、グラウスは不思議そうな表情を浮かべた。


「いいよ。目つき鋭いってのはよく言われるし、気にしてねぇから」


「ごめんなさい……」


 グラウスは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「話戻すけど、頼み事があるんだろ?」


「……うん。そ、そのつもりだったけど……やっぱり、頼み事はやめておこうかなって」


「え、じゃあレモンの情報は?」


「それは教えます! もしかしたら、なんの意味もない情報かもしれないけど……」


 深呼吸して気合いを入れ直し、グラウスはあたしの目を見た。それだけで頑張ってるのが伝わってくる。


「三年と少し前に会った時、レモンは自身の置かれている境遇についてちょっとだけ教えてくれた。『親に言われて結婚することになった』って」


「結婚? だからもう来れなくなると思うって言われたのか?」


「うん……。そのお相手と暮らすから、ゲームできなくなるって」


 レモンは、親に結婚を決められていた。だから姿を消した?


「会う機会なんてなくなるだろうから、最後に会いたかったって言ってくれて……。ゲームの中だけじゃなくて、一緒にいろんなところに行きたかったねって……」


 グラウスは俯いた。自分と同じくらいの身長だった故に表情は読み取れなかったが、あたしは気づいていた。彼が拳を握りしめていたことに。


「昔、レモンは言った。喫茶店が好きでよく巡ったりしてたから、いつか連れてって欲しいって。その時は彼女、冗談だよって言って笑ってたけど……」


 そして、彼の声は震えていた。やがて顔を上げ、その純粋な瞳があたしへ向けられる。


「……ごめん。関係ないことまで話しちゃった」


 グラウスの目が潤んでいるのがわかった。あたしがなにも言えずにいると、彼は自分が今どういう顔なのか悟ったのか、鼻を啜って振り返る。


「僕……もう帰ります。今のが意味のない情報だったらごめんなさい」


 ああ、理解した。きっとグラウスは、レモンのことを探したいんだ。それなのに、彼女に探さないで欲しいと言われて、それをずっと守ってる。


 もしかして、グラウスの言ってた頼み事って……。


「待てよ」


 グラウスはそっちを向いたままだった。


「お前の頼み事ってのは、あたしたちにレモンを探し出して欲しいってことなんじゃねぇか?」


 グラウスは、自分ではレモンを探せない。だから、あたしたちに頼んでレモンを探してもらおうとした。でも、それを言うべきかどうか悩んで、自問自答して、葛藤して、結局言わない選択を選んだ。……違うかな。


「お前にとってレモンは、大切な人なんだろ?」


 それ以降黙ってその背を見ていると、グラウスはまた拳を握りしめた。


「……そうだよ。大切な人だよ。でも……そんなことが許されるの?」


 それでも、許されないことでも。


「その人を必要としてるなら、あたしは会いに行くべきだと思うけどな」


 グラウスの体が震えているのがわかる。


「……ごめん」


 小さくそう呟いたのが聞こえた。彼は勢いよく振り返り、あたしの手を掴んだ。


「僕がっ……僕にできることがあるならなんだってする! だからお願い! 力を貸して!」


 グラウスは、目に涙を浮かべて思いの丈を言い放つ。それは、底なしに悲痛な叫びに思えた。


「もう一度、彼女に会いたいんだ!」


 ……その後グラウスは、しばらく裏口で泣きじゃくっていた。泣き声を聞きつけたオグが心配してティッシュ持ってきてくれた。あたしたちがそれを渡すと、グラウスは時折鼻をかんで目を拭って、それでも彼が三年間我慢していた涙が止まることはなかったんだ。

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