仲間
エイミーたちと友達になってからは、毎週二日あるメアリーの定休日に、団のアジトとやらに赴くようになった。
それは過去を思い出すため……だけど、正直な話みんなと会ってなにをすればいいか、どうすれば思い出せるかなんてわからない。だからアジトに行ったあたしは、とにかくメンバーたちと一緒に過ごすことにした。一緒にいれば、ふとした瞬間に思い出せるかもしれないと思ったから。
そういうわけで、あたしが実際やったのは……メンバーたちと雑談したりとか、カードゲームに付き合ったりだとか。
彼らといる時間は、とても気楽に過ごすことができた。まるで昔から一緒にいた仲であるかのように。ローズは相変わらず無愛想だったけど。気づけばこの場所は、あたしのもうひとつの居場所となっていたのかもしれない。
だけど、一向に思い出せる気配がなかった。そんな日々が続いたある日……。
「これ見てくれよ!」
「ケビン、それは?」
「最近話題の新型健康管理機器、その名もテラスマイル! 応募して当選したんだぜ!」
「へぇ、すげぇじゃん。今度にでも使った感想聞かせてくれよ」
「おう!」
今日も彼らと過ごし、そして店に帰ろうとした道中でのこと。日が沈んできて夕焼けに染まった街を歩いている時。
「ちょっといいか?」
背後から声をかけられた。あたしが振り返ると、そこにはパトロールキャップを被った女が立っていた。一瞬、あたしのことを知っているヤツが声をかけてきたのかと思ったが、それは違ったみたいだ。顔を見ても、前みたいに頭の中で声が聞こえることはなかったから。
「誰だあんた?」
「私はフリスクという者だ。少し時間をもらおう」
フリスクと名乗った女は、質問を開始した。
「お前の名前は?」
「……ジェナ」
「ジェナ。お前は、AZ団のメンバーか?」
「いや、メンバーではないけど……。アイツらとは友達だ」
「では、彼らが普段どういった活動をしているかわかるか?」
普段の活動……。
「いつもは……遊んでばっかりだな。ああでも、よく言われてる悪いことしてるってのは偏見だぞ」
そう、アイツらはみんな青春を取り戻そうとして活動してる、元々は居場所がなかったヤツらだ。みんな、社会で周りに馴染めなかった悲しい過去がある。世間からどう言われていようと、アイツらはいいヤツらだということをあたしは知っている。
「そうか。では、最後の質問だ」
フリスクは、メモを終えてあたしに聞く。
「彼らといて楽しいか?」
……なんだその質問。
「まあ、楽しい……けど」
「そうか」
メモを懐にしまい、フリスクは帽子を被り直した。
「感謝する。呼び止めて悪かったな」
そのまま行こうとするフリスクを、今度はあたしが呼び止める。
「待てよ。今度はあたしが質問する番だ」
フリスクは、足を止めて振り返った。
「あんたは……団のことを調べてるのか?」
「そうだが」
「それはどうしてだ?」
「依頼を受けたからだ。団を調べて欲しい、と。だが安心してくれ。団を解散させたりするような真似をするわけではない」
そう言ってフリスクは去っていった。
ああ、安心したよ。アイツらの居場所が消えてなくなるなんてことになったら、悲しいからな。
今の探偵のこと、エイミーに言った方がいいよな。……後で報告しておくか。
次の週の休みの日もここに訪れた。過去を思い出すために来たわけだが、今日もやることは変わらない。みんなと時間を過ごすだけ。そう思って薄暗いアジトのテントに入ると……。
「来たぞー。……ん?」
エイミーの向かいの席に、見慣れないヤツが座っていた。ソイツはあたしの顔を見ると、驚いて「うわっ!」と声をあげる。
「エイミー、ソイツは? 初めて見る顔だけど」
他のみんなと同じ黒い色の服に身を包んでいて、団のバッジを胸元につけていたことで、彼がメンバーであることは理解した。
「ちょうどいい。紹介するぜ。コイツはルドロス。団のメンバーで、頭脳担当だ」
ルドロスと紹介された彼は、緊張した様子であたしと目を合わせた。
「えっと……その、は、はじめまして。ルドロスです。エイミー君、もしかして……」
自己紹介を終え、ルドロスはエイミーに流し目を送る。
「ああ。この女がジェナだ」
ルドロスが視線をあたしへと戻す。
「コイツはしばらく前から独自にクランベリーを探していたんだが、今日はその状況報告に来たってわけだ」
「あ……あの! それについてなんだけど!」
ルドロスは、いきなり大声を出した。初対面のあたしでも感じられたそのただならぬ様子をエイミーも感じ取ったのだろう。
「今日は、話がある……あります。エイミー君、聞いてくれる……?」
「話ってなんだ? ただの報告じゃないのか?」
「うん……。あと、できればこの話はみんなには秘密にして欲しい」
みんなには秘密の話か。どうしよう、あたしここにいていいのかな。
「どうする? ジェナには出ていってもらうか?」
エイミーも気を遣ってそう言った。しかし、ルドロスは首を横に振る。
「もしかしたら、ジェナさんもいた方がいいかも……」
「え、あたしも? その秘密の話ってのは、どういうものなんだ?」
ルドロスは、両手の平で自身の頬を軽く叩き、真っ直ぐに見つめ直した。
「今まで秘密にしてたクランベリーのこと」
「クランベリーのこと?」
「うん」
クランベリーのこと、か。これ、あたしもちゃんと聞かなきゃな。
「僕、実は……三年とちょっと前、クランベリーがいなくなるより前に、彼女に言われたんだ。『しばらくの間、来れなくなるかもしれない』って」
エイミーは驚いた顔をしていたが、やがて深く息を吸い、いつもとは違った真顔になり、手を組んでルドロスに問う。
「……なんでそれを俺たちに言わなかった?」
「ごめん……。でも、このことは誰にも言わないで欲しいとも言われて」
一瞬だけ目を逸らしたルドロスも深呼吸して、エイミーの目を見据えた。
「どうして来れなくなるのか、その理由までは教えてはくれなかったけど……」
少しの沈黙が訪れる。気づけばエイミーは、問い詰めるかのような表情で次の言葉を待っていた。多分……あたしも。
「……でね、いつかの日、クランベリーは家族のことについても話したんだ」
「クランベリーの……家族?」
「お姉ちゃんがいて、ネットゲームばっかりやってんだーって。あんなんじゃ結婚とかできねーよなーって言って……。そのお姉ちゃんがやってるゲームと、ゲームの中で使ってる名前も教えてくれた」
クランベリーの姉が、ゲームで使っている名前……。
「『レモン』っていう名前だって。二人で果物の名前を使うなんて洒落てるよなーって言ってた」
「……それで?」
エイミーが話の続行を促す。
「団のみんなとクランベリーを探しても、手がかりすら見つけられなかった。だから僕は、クランベリーの家族を探そうとして、そのネットゲームの中でレモンという名前を探していたんだ。……みんなもやり出すと大変かなって思って言わなかったけれど……」
なるほど。クランベリーの居場所がわからないから、その家族から探したのか。
「今日話しに来たということは、その捜索で進展があったってことなのか?」
「うん。ようやく、レモンの名前に辿り着いた。辿り着いた……けど……」
「けど?」
「えっと……僕が会ったのはレモン本人じゃなくて、その仲間なんだ」
仲間? ゲームの中での?
あたしとエイミーは顔を見合わせて、再び視線をルドロスに向ける。
「レモンには会えなかったのか?」
「会えなかった。仲間によれば、レモンも昔いなくなってしまったらしくて……。それが、三年とちょっと前のことだって」
三年とちょっと前……。クランベリーがいなくなったのと同じ時期か。
エイミーは、顎に手を当てて思考した。
「クランベリーとレモン、姉妹揃って三年前に姿を消した、か」
またも場が静まる。エイミーもルドロスも俯いて、その伏し目からは、クランベリーへの心配の感情が読み取れた。
「……レモンの仲間の一人は、彼女について知っていることがあるらしくて。その情報があれば、二人のことが探しやすくなるんじゃないかなって。で、それを教えてもらうことになったんだけど……」
「じゃあ、俺たちAZ団でソイツに会いに行こうぜ!」
「でも、大人数では会いに来ないで欲しいって言われた」
「え、どうしてだ?」
「緊張してなにも話せなくなるからって」
大勢の前で緊張して話せなくなる……。そのレモンの仲間ってのは、控えめな性格なのかな。
「僕も緊張しちゃうから、誰かもうひとりに着いてきて欲しいけど……エイミー君はリーダーだからみんなといた方がいいでしょ?」
「それは……そうだな」
「そこで、ジェナさんに一緒に着いてきて欲しいんだ」
あたしに?
「なんで?」
「さっきエイミー君から聞いたこと……。エイミー君の顔を見た時にエイミー君の名前を呟いたってことは、ジェナさんはクランベリーと関わってるのかもしれない。クランベリーと関わってるかもしれないなら、レモンと関わってる可能性もある。だから、ジェナさんも来てレモンの話を聞いておいた方がいいと思うんだ」
なるほどな。確かにそうか。
「わかった。あたしも行くよ」
「ありがとう。じゃあ、一緒に会いに……あっ、ジェナさんってパソコン持ってる? その、レモンの仲間は一度ゲームの中のボイスチャットで話がしたいって言ってて。そのゲームはパソコンでできるヤツだから」
「あたしのはないけど、そういうことだったらうちの店長のパソコンを借りるよ」
ゼンに頼んでパソコン貸してもらおう。
「なら大丈夫そうだね。ダウンロードのやり方とかわかる?」
「そういうのは……わかんねぇ。全然やったことないし」
「だったら、やり方教えるよ。今度電話しながらでも……」
「……うちに来てやった方が手っ取り早くねぇか?」
「え?」
電話越しにゲームのダウンロードのやり方とか教えてもらっても、なんかできる気がしない。
「ルドロス、この後にでもうちに来てくれよ。そこで色々と教えてくれ」
「ええっと……それは大丈夫? 店長さんになにか言われたりしない?」
「大丈夫だ。アイツはそういうのは気にしねぇ」
友達連れてきたって言えば問題はない、と思う。
「ちなみに、そのゲームの名前は?」
「ライヴ・オブ・ファジアっていうんだ。今、大流行してるヤツなんだよ」
「そ、そういえばジェナさん……」
二人で喫茶店メアリーへ向かう途中、ルドロスが相変わらずオドオドした様子で話しかけてくる。
「なんだよ?」
「エイミー君から、ジェナさんは記憶喪失だって聞いたけど……。その、最初に目覚めた時はどこにいたの?」
あたしが目覚めた場所。三年経った今も鮮明に覚えている。
「変な施設だ。いかにも怪しい実験が行われてそうな」
冷たい白の部屋と、その中心にそびえ立つ培養ポット。あたしにあたしの名前を教えた、あの仮面の男。
仮面……。あの時の台詞からしてあの仮面野郎はあたしのことを知っているんだろうけど、あれ以降アイツが姿を現すことはなかった。アイツさえとっ捕まえれば、過去に近づけるんだろうけどな……。
「その施設には戻ってみたの?」
「ああ、戻ったぞ」
「じゃあ、そこでなにか自分の過去に繋がるような情報は?」
「……得られなかったよ。あたしが戻った時には、あの施設があった場所は更地になってた」
あたしがメアリーで衣食住を確保してもらって、その生活に慣れてきた頃に実験施設に戻ってみたが、既に消えてなくなっていた。その後も、施設の所有者とか……土地の権利関係とか調べたけど、情報はなんにも出てこなかったんだ。まるで、あの施設そのものが闇に葬られてしまったかのように。
「そっか……。警察には?」
「行った。けど……記憶喪失だとか、実験施設で目を覚ましたとか言っても相手にされなかったよ」
歩きながら会話をしていると、やがてメアリーに着いた。裏口から店に入り、ルドロスを案内する。店内の飲食スペースのカウンター席にゼンとオグが座っていた。さっきスマホから店に電話かけて用事を言っておいたから、二人とも待ってくれてたんだ。
「帰ったか、ジェナ」
「ん、ただいま」
オグが席から立ち上がり、ずかずかとルドロスの前に行き腕を組んで立つ。ルドロスは、先程以上にオドオドしてオグを見つめた。
「あなたがエイミーさんですか?」
「ふえっ?」
高身長ってのも相まって、なんか圧力かけてるように見えてる。
「えと……僕、ルドロスって名前で……」
若干怯えた様子のルドロスを見て、ニヤけながらゼンが呼ぶ。
「やめとけよオグ。ソイツはジェナの、ただの友達だ。だろ?」
「そうだけど……」
オグはしばらく険しい表情でルドロスを睨みつけた後、言い放った。
「相手が誰だろうと、渡さないですからね」
なに言ってんだコイツ。
「それよりも、さっき言った通り店のパソコン使わせてもらうからな」
手を叩いて大爆笑してるゼンに伝えて、あたしとルドロスはパソコンがある従業員専用の部屋へと足を踏み入れた。