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Bear The Future アナザー・ハーツ  作者: スタジオヒガシ
3/15

すれ違い

「さて、今から客のかきいれ時だというのにも関わらず店を臨時休業したわけだが」


 あたしとグレーのジャケットの若者をテーブルの前に座らせて、ゼンが場を仕切り出した。困惑した表情で若者が尋ねる。


「えーっと……。俺、なんかしました?」


 この人の声を聞く度に、不思議と自分の知らない自分に近づいていく気がする。やっぱり、さっき脳内再生されたあの言葉は、この人が発言したものに違いない。


 でも、なにから話せばいいか……。


「……なあ、あんた」


 若者があたしの目を見てくる。


「あんた、あたしに怒鳴ったことあるか?」


「は?」


 若者は、まるで意味がわからないというように声を出した。そりゃそうか。ここにいるあたし以外は、あたしの身になにが起きたのか知らないだろうし。


 ゼンがテーブルに手をついて顔を覗いてくる。


「待て待て待て。お前は一体なにを言っているんだ。わけを説明しろ、わけを」


「さっき、道であんたを見かけた時に声が聞こえたんだ。俺は反対だとか、人生がどうのこうのだとか。あんたの声で」


 それを聞いたオグが疑問を述べる。


「え、あの場所でこの人が怒鳴ってたってことですか?」


「いや、あの場所ってどこだよ」


 若者が聞き返す。


「小さな家電販売店の前だ。あんた、あのテレビに映ってた電波がどうのとか言ってた機械の番組見てただろ」


 それで若者は思い出したらしい。表情が少し変わった。


「あれは……身内が開発に携わってるからちょっと見てただけだ。というか、そもそも俺は今日怒鳴ってなんかないぞ」


「そうですよ先輩。確かにこの人は見かけましたけど、怒鳴るどころか声すら聞いてないですよ」


「うーん、なんて言えばいいか……。あんたの顔を見た瞬間に、あんたの怒鳴り声が頭ん中で聞こえたというか」


 ゼンは若者の顔とあたしの顔をしきりに見比べて、テーブルから手を離した。


「……君の頭に不可解な現象が起こったということだけはわかった」


 若者が立って席を離れようとする。


「そろそろ行ってもいいか? ここで道草食ってる場合じゃないんだ」


 まずいな。あたし自身もなにが起きたのかわからないが故に、彼を引き止めるための言葉が出てこない。


「……若者。この女はジェナっつー名前なんだが、ちょっくらコイツの話を聞いていかねぇか」


 何故かゼンが唐突に話を切り出す。


「……え?」


 ……なんだ? この若者、あたしの名前を聞いた途端に顔色変えやがった。


「いや……でも」


 そう呟いて、若者はゆっくりと座り直した。ゼンが語り始める。


「実はコイツは記憶喪失でな。三年前、俺が店に迎え入れたんだが、それ以前のこと……自分がなにをしていた人間なのか、どこからやってきたのか。両親が誰なのか、兄弟姉妹はいるのかいないのか。そういう大事な記憶の一切が抜け落ちちまってんだ」


「なっ……! なんで言うんだよ!」


 あたしは思わず声を荒らげた。ゼンがいきなりあたしの記憶喪失のことを話すとは思わなかったからだ。


「お前、頭ん中でこの若者の声聞いたんだろ? それってつまり、過去にどっかで出逢ってるってことじゃねぇか。それが単に昔のことなのか知らねぇけどよ」


「記憶喪失……?」


 若者があたしを見つめた。


「要するにコイツは自分の過去がわからねぇ。だが、コイツは突然出てきた意識外の記憶一つを頼りにお前さんを捕まえたんだ。自分の過去を知りたいがために、それこそ藁にもすがる思いでな。そうだろ?」


「え? あ、ああ……」


 まあ、それは合ってるが……。


「お前さんが協力してくれれば、もしかしたらコイツは思い出せるかもしれねぇ。今はここの従業員として働いてるからいいけどよ、いつかは親や兄弟と会いたいだろうし。だから些細でいい、コイツのために力を貸してくれねぇか?」


 ……あたしは驚いてしまっていた。今まで口喧嘩することはあっても、真面目な話なんてすることなかったから。まさかそんなゼンの口から、こんな言葉を聞くとは。


 若者は黙り込んだ。


 あたしは……ゼンの言う通り、過去を知りたい。両親や兄弟と会いたい。そうだよな。そのためには……自分の記憶がないってことも、素直に伝えるべきだよな。


「そういえば、あんたの名前は?」


「……俺はロッカ」


 ロッカ。聞いたことがあるような、ないような……。うーん、名前だけじゃ思い出せない。でも……。


「ロッカ。頼む。出逢ったことがあるかもしれないあたしのために協力してくれ! あたしは、自分が何者なのか知りたいんだ!」


「……ごめん」


 ロッカの口から放たれたのは謝罪だった。


「俺には、君に協力している暇なんてないんだ」


 ……当然の返事だ。初対面の怪しいヤツに協力してくれなんて言われたら、断るのが正解だ。


「ところでロッカ。お前はもしや、人を探しているんじゃねぇか?」


 またもやゼンが話し始める。


「なんでそれを」


「店が開いてからお前さんがうちの客に声かけて回ってんの見てたからよ。初めてうちに来るお前さんがあんなことしてたんだ。誰かを探し回っているというのは容易に想像できた。うちみてぇな喫茶店は人が集まるからな。情報を集めるには最高の場所よ」


 目的を言い当てられた若者は、俯いて語り出した。


「……それもあるけど、それだけじゃない。俺が探してる人は、ちょうどこんな店が好きだったんだ。一緒にいた時は、たまに雰囲気のある喫茶店なんかに行って何気ない会話を楽しんだりしていた」


 ロッカの目に寂しさの色が浮かび上がるのを感じた。


「もしかしたらこういう場所にいるかもしれないって。ありえないってわかってるのに、期待してしまって……」


 ふと、ロッカと視線が合った。交差したそれをすぐに逸らして彼は言う。


「俺……なに言ってんだろう。こんな見ず知らずの人たち相手に、自分の目的なんて話して……。なにかが変わるわけじゃないのに」


 そうか。あんたには大切な人がいて、その人を探していたんだな。


「……きっと」


「え?」


「あんたがその人を必死に探してるなら、きっとその人もあんたのことを探してる……と思う」


 今のは気遣いでも慰めでもない。ただ自分が思ったことを言ったんだ。


 しばらく皆が黙り込んだ後、ロッカは僅かに口角を上げた。


「……ありがとう」


「……悪かったな、あたしの自分勝手で引き止めて」


「いや、自分のこと話せて少しスッキリしたよ。君に会えて良かった」


 そう言ってロッカは右手を差し出す。あたしも右手を出し、彼と握手を交わした。


「ロッカ。探してる人、見つかるといいな」


「ジェナ。君も記憶を取り戻せたらいいね」


 ……その後は、三人でロッカを見送った。


 あたしは、どこかでロッカと会ったことがあるんだろう。でも、彼があたしを知らないというのなら、あの声は道端で叫んだのを聞いただけとかなのかもしれないな。それに、彼には探してる人がいる。そんな彼を、あたしの有耶無耶な記憶だけで拘束することなんてできない。


 じゃあな、ロッカ。いつかまた会おうぜ。






「あの、ゼンさん」


「どうした? オグ」


「この後はどうするんですか?」


 そういや、メアリーを臨時休業してもらったんだよな。まだ昼前だけど、店じまいしちまったんだ。


「悪いな。あたしのわがままで店を閉めちまって」


「今日は休みにすんぞ。気力がどっかいった」


「ってことは、自由時間か?」


「ああ。遊ぶなりなんなりして好きに過ごすといい」


 オグがソワソワしてるのがわかる。特になんも言ってないけど、お前色々と顔に出てんぞ。


「じゃ、じゃあ! 先輩……」


「だが」


 ゼンはオグの肩を掴んだ。


「お前に言ってなかったことがある」


 そして、ニヤけながら告げた。


「……うちは従業員の恋愛は禁止だ」


「えぇっ!?」


 ん? 恋愛禁止? どういうことだ? 初めて聞いたんだが。んで、なんでお前はガッカリしてんだ。言われて、オグは落ち込んでいるようだ。ゼンの方はというと、変わらずニヤニヤしている。


 ……ハッ! オグ、お前もしかして……恋人がいるのか!? 今の会話の流れ的に……!?


「……こほん、あーあー」


 あたしに悟られたとわかったのか、オグは赤面して顔を逸らした。


「……応援してっからな」


 それしか言えねぇ。


「うぅ……。もう感情がぐちゃぐちゃです」


「ちなみにジェナ。お前はなにすんだ? この後」


 ゼンが尋ねてきた。自由時間、なにして過ごすかな。


「特にすることはねぇって顔してんな。だったらよ、街を歩いてみたらどうだ?」


「あ? 街を歩く? なんで?」


「散歩してたらよ、また頭ん中で声を聞けるかもしれねぇじゃねぇか。もし聞こえたら、その声は多分、お前の過去を知る手助けになるよな」


 それはまあ、そうだと思うけど。


「つまり、いろんなヤツに出逢ってこいってことだ。お前が出逢うヤツの中に、昔のお前を知っている人間がいるかもしれねぇ」


 自分が何者なのかを探る冒険の旅か。


「……そうだな。言う通りに散歩してみるか」


「おっ、珍しく生意気じゃねぇな。自分のためだからか?」


「うるせぇ。一言余計なんだよ」


 冒険の旅。そう思うと僅かにワクワクしないでもないけど、これはあたしの過去を知る旅だ。聞こえよりもずっとシリアスだな。


「じゃあ着替えてくっから。オグ、コイツの酒飲みに付き合ってやってくれな」


「……わかりました」


 恋愛禁止と言われたせいか、オグは俯いていた。恋人か……。あたしもそういうの意識したら、少しは楽しみが増えんのかな。いや、過去を知ることの方が優先だけど。

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