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第2話 初めての巻き戻し

 死の直前で気を失った私は、毎回、同じ場所で目が覚める。


 鬱蒼とした木々に覆われた森の奥。

 濃厚な緑と土の匂いの籠った、薄暗い湿った場所だった。


「ここは何処ですの?お兄様!お母様!お父様!ど、どなたか!おいでませんの?返事をしてくださいまし!」


 一回目の私は叫んだよね。二回目も三回目も叫んだけど、当然、一回目の時が一番叫んだよね。


 でも「ど、どなたか!」なんて叫んだって、親切に返事をしてくれる「どなたか」なんていないって事を、一回目の可憐な私は知らなかった。


 今となっては「はいはい、ここね」と言う程度の場所なのだけれど、最初の一回目の時は、もう怖くて怖くて、膝を抱えて震えたまま、起き上がる事もできなかった。

 もちろん、二回目も三回目も四回目も五回目も同じようなもので、こんな恐ろしい森を彷徨うくらいなら、このままここで死んでしまおうと決心するほどだった。


 けれど、いつだって、のんびり死なせてなんてもらえないのだ。


「いつまでそうしているつもりだ」


 すぐさま森の中に人のものとも思えない恐ろしい男の声が響き渡る。


「どなたですの?助けてくださいまし!」


 一回目の可愛い私が可愛いことを叫んだって、その声の人は助けてくれない。


「立ち上がれ。そしてその道を進むのだ」


「道?どこに道がありますの!?」


 そうそう。私が目覚めた場所は、森の中にある小道だったのだ。

 でも、私はそれが道だと気づかなかった。

 公爵令嬢の私が知っている道は、石畳かレンガが敷かれた整った道だった。

 まさかこんな申し訳程度に踏み固められただけのものが、道だなんて気が付かなかったのだ。

 道というより、木々のちょっとした隙間に見えた。


  九回目あたりでやっと「あれ?もしかしてこれが道?これが?」と気づき、十回目からは「はいはい、この道を行けばいいのね」と目が覚めた途端立ち上がって歩き出し、二十回目を過ぎた頃には「その道を進むのだ!」と何処かで怒鳴っている男に「五月蝿いわね!命令するなら一回ぐらい顔を見せなさいよ!」と怒鳴り返しすようになっていた。

  人は成長するのだ。

  男の顔を見てやろうと森の中に分け入りはじめたのは、三十回を過ぎてからだったかな?

 一発殴ってやろうと思ったのは、それよりももっと後の事だし、実際に殴ったのはもっともっと後の事。


 でも、もちろん、一回目の私にとって響き渡る男の声は、ただ恐ろしかった。


「立ち上がって進むのだ!」

「そ、そんな。こんな森の中の何処へ進むと言うのですか?進むところなどないではありませんか」

「進むのだ。それとも獣をけしかけてやろうか!?」


 男がそう言った途端、遠くから獣達の咆哮が聞こえ始めた。

「ひいっっっ!」

 自分でも聞いた事のない悲鳴で怯える私。


 獣達の声は、だんだんと近くなり、一回目の弱虫な私は泣きながら必死に立ち上がり、獣達の声とは逆の方へと草をかき分け走り出し、突然途切れた地面から底も見えない崖の下へとあっけなく落ちていった。

 二回目も三回目も四回目も同じ。


 そして果てし無く落ちていくうちに、また気を失い、また別の場所で目覚めるのだ。





  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




「こ、ここは!?」


 一回目の私は、目覚めた途端、飛び起きた。

 そして辺りを見回すのだけど、薄暗くてよく見えない。まだ恐怖で混乱した頭で、私は必死に考える。


 森の中じゃないのは分かる。あのゾッとする湿気がない。私の体の下には湿った土も、濡れた草もなかった。乾いていたし、柔らかかった。触ると清潔なシーツのさらりとした感触がした。いつもと同じ洗濯粉の香りがした。


「ここは何処?」と呟くと、カーテンを開ける聞き慣れた音がして、世界は一気に明るくなった。


「おはようございます。クリスティーネお嬢様。怖い夢でも見ましたか?」


 懐かしい声がして、テラスへと続く窓を見ると、幼い頃からずっと私の側にいる侍女のメアリが、カーテンをひきながら微笑んでいた。

 メアリはふっくらとした体に焦茶色の髪と同じ色の瞳、そばかすだらけの優しげな顔立ちをした私よりも五歳年上の善良な女性だ。

 メアリは私が何度巻き戻されても、変わらず善良だった。

 私はこの後続く過酷な巻き戻し生活の中で、いつまでも変わらず善良で信頼できる人間が側にいる事がどれほど幸運な事なのか、身に沁みて理解する事になる。


 一回目の時から私はメアリを見てホッとした。


「ああ、メアリ!無事だったのね!良かった!私の処刑はどうなったの?お兄様の処刑はどうなったの?お母様とお父様は?ああ、もうみんな処刑されてしまったのかしら。どうして私だけが生き残ったの?」


 一回目の私がポロポロ泣くと、メアリは慌てて私の側にやってきて、私をギュッと抱きしめた。


「怖い夢を見たのですね。昨日の嵐のせいかしら。大丈夫ですよ、クリスティーネお嬢様。もう嵐は行ってしまいましたし、お嬢様は夢を見ただけですよ。誰も処刑などされておりません。それにほら、メアリが側におります。メアリがクリスティーネお嬢様をお守りしますからね」


「メアリ!でも確かに私達は牢屋に入れられたのよ!卒業パーティでディートヘルム殿下から婚約破棄を言い渡されて、それから」


「卒業パーティ?お待ちくださいクリスティーネお嬢様。お嬢様が卒業するのは一年後ですよ。やはり夢を見たのですね」


「一年後ですって!そんな、昨日卒業パーティに出席したわ。お兄様と一緒に」


「ふふふ。クリスお坊ちゃまもお嬢様も昨日はずっとこちらにいらっしゃいましたよ。何しろ嵐が酷かったですからね。雷が鳴り続けて、世界が終わるのかと思いました。そんな日にはどんなパーティも中止になりますよ。それにもし卒業パーティがあったとしたら、お嬢様は婚約者であるディートヘルム殿下と行かれたはずではありませんか」


「嵐?雷?昨日のパーティでは、嵐も雷もなかったわ。それにディートヘルム殿下は最近ずっと私のエスコートをしてくれなかったじゃない」


「何をおっしゃっているのですか?いつもご一緒されていたではないですか。あんなに仲がよろしくていらっしゃって」


「で、でも最近、殿下達はアメリア様と」


「アメリア様?とは、どなたですか?」


「何を言っているの?メアリにも何度も相談したわよね。転校してきた男爵家の御令嬢で」


「・・・初めて聞きました」


「そんな!」


 一回目の私は、自分が一年前に巻き戻ってしまった事を理解するのに、時間がかかった。正確に言えば二ヶ月かかった。受け入れるのにはもっとかかった。


 いやいや、でもさー、無知で可愛い十七歳の公爵令嬢としては早い方よ。多分ね。世慣れた人間だったとしても、そんなにすぐには受け入れられないって。一回目から、え?何これ、ああ一年巻き戻されたのね、はいはい、了解でーす、なんて無理、無理。

 よくやったよ、私。時間はかかったけれど、よく現実を受け入れた!偉いよ、私!


 ただ、混乱し、学園も休んでベッド泣くばかりの私は、自分の新しいスキルに気がつくのが遅れてしまったけれど。


 まあ、早く気づいたからと言って、どうなるものでもないんだけどさ。


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