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第19話 キャロラインとリオーネ

私に向かって早歩きしてきたキャロラインは、美しい眉間にキュッと皺を寄せると、私の周りにいる取り巻きたちに向かって煩わしげに手を振った。


「邪魔よ。退きなさい」


キャロラインのディレイン侯爵家は良質な鉱山をいくつか持つ、我が国有数の資産家なのだ。

欲しいものは全て手に入れられる環境で育ったキャロラインは、何事においても好き嫌いがハッキリしており、物言いも遠慮ない。


「退きなさい」と言われた取り巻き達が、渋々ながらも後退するよりも早く、キャロラインは私の横にぴったりとつき、眉間の皺をするりと解いて言ったのだ。


「さあ、クリスティーネ様。良く見せてくださいませ。ふふふ。素敵。いいわ。お似合いよ。ああ、でもこの豪華な髪型なら、髪飾りも、もっと豪華にした方が宜しいですわ!この豪華な黒髪には銀細工がいいかしら。モチーフは蝶?花?ねえ、お揃いの髪飾りをつけましょうよ。ちょっと、あなた達、邪魔よ、お退きなさいと言ったでしょ!さあ、クリスティーネ様。教室まで歩きながら考えましょう」


私の腕をとり、グイグイと進むキャロライン。


何故かキャロラインは私の事を気に入っているのだ。

強引にグイグイくるのだ。


最初からそうだった。

学園の初めての授業の日、落ち着かない思いで自分の机の横に立っていた私のところへ、キャロラインは真っ直ぐ歩いてくるとこう言った。


「ご挨拶を宜しいですか?初めまして、クリスティーネ様。私、ディレイン侯爵が長子、キャロラインと申します。お願いがありますの。お友達になっていただけませんか」


貴族らしくない率直な言葉に、あっけにとられていた私を、キャロラインは金茶色の瞳で真っ直ぐ見つめながら、さらに言ったのだ。


「正直申し上げますと、両親に将来の王妃様と友人になるよう言われましたの。学園に来るまでは、面倒な事を頼まれたと思っておりましたが、こんな可愛らしい方なら話は別です。両親の思惑など、どうでもよい事ですわ。私、クリスティーネ様とお友達になりたいのです」


そして入学式の翌日には、

「私たちはもうお友達なのです」と言い切られた。


巻き戻し前の純粋な私は「キャロライン様好みの可愛らしさが私にはあるのかしら」とか可愛い事を考えて、照れたり戸惑ったりしていたのだけれど、何度も巻き戻しを体験して少しは人について詳しくなった私には、キャロラインの真意がなんとなくわかるのだ。


たぶん、最初は本人の言っている通り、両親に言われて私に近づいたのだと思う。

貴族らしいやり方では、警戒心の強い私には近づけないと思ったキャロラインは、商人風のやり方で私に切り込んできたのではないだろうか。


まず自分を曝け出して相手の警戒心を解き、強引に懐に入っていくやり方は、貴族というよりも、商人のやり方に近い気がするのだ。

資産家ディレイン侯爵は商売にも長けていると聞いた事があるから、もしかするとキャロラインは、父親のやり方を学んでいるのかもしれない。


でも、たぶん、その後キャロラインは本気で私の事を気に入ったのだ。

キャロラインと一緒にいると、日々増してくる愛情を感じる。

「ああ、可愛らしいわ」と私を見つめる目の、うっとりさ加減には、演技や損得を超えたものを感じる。私の可愛さは罪なのだ。えへ。


巻き戻し前には、自分の立場が悪くなる事にも構わず、アメリアちゃんに怒り、何かと私を庇ってくれた。

卒業パーティーの時は、私はすぐ断罪されたので、キャロラインには会えなかったけれど、きっと私の為に何かをしてくれていたのだと思う。


だってキャロラインだから。


 ☆ ☆ ☆


縦巻きロールの私の横で、

「お退きなさい」「お退きなさい」と、キャロラインが取り巻き達を退かせていると、もう一人の友人が現れた。


「おはようございます。クリスティーネ様。キャロライン様。

ふふふ。キャロライン様、あまり他の生徒達にお退きなさいなんて言ってはいけませんわ」


「だって邪魔なんですもの」

キャロラインが、つんと顔を上げると、金茶色の巻き毛が揺れた。


キャロラインの子供っぽい仕草に、私は、ふふふと笑ってから、もう一人の友人に向かって言った。


「おはようございます。リオーネ様」


目を惹く見事な赤毛と、大人びた顔立ち、すらりとした長身の美女が、にっこりと微笑んだ。


アルテーノ侯爵令嬢リオーネ様。

領地は田舎にあり、馬に乗るのと、遠乗りをして誰もいない所で、こっそり口笛を吹くのが好き。

騎士を多く出している一族で、姉も二人いる弟も騎士。リオーネ自身も子供の頃から剣を振っていたらしい。

そのせいか、リオーネの立ち振る舞いは、どこか騎士めいている。


リオーネとも学園で出会ったのだ。

キャロラインに出会った直後に同じ教室でリオーネと出会ったのだと思う。

確か、「初めまして」とにっこりと微笑んだリオーネは、そのまま私の隣に立ったのだ。

それ以来、ずっと隣にいる。


リオーネも私の何かを気に入ったのだと思うけれど、何を気に言ったのかは分からなかった。


キャロラインは最初からリオーネが気に食わなかったらしく、良く喧嘩を売っていた。

貴族らしい遠回しな嫌味を言う事もなく、今も真っ直ぐに喧嘩を売っている。


たぶん、学園で私を独り占めにしたいのに、いつの間にか、するりと私の隣に入り込んでいたリオーネの事が気に食わなかったのだと思う。

私はいつもそんな二人の真ん中でオロオロしていたのだ。


リオーネが隣の領地の侯爵家嫡男と婚約していると知った時も、キャロラインは眉間に皺を寄せリオーネに言い放った。


「では、リオーネ様は何の目的があって学園に来ましたの?

貴族の子女全てが学園に来るわけではありませんでしょ。

後継ならともかく、特に勉学の才能があるわけでもない次女が理由もなく学園に来るなど、資産の無駄遣いですわ。

私には学園に来る理由があります。婚約者探しと社交と人脈作りですわ。

クリスティーネ様も将来の王妃様なのですから、当然、知識も社交も人脈作りの為にも学園は有用でしょう。

では、リオーネ様は?結婚相手を探す必要もなく、社交に積極的なわけでもない。知識も教養も田舎の領地で必要なくらいは家庭教師がいれば足りるでしょう。

では何の目的があって学園に来たのかしら?

田舎から王都の煌びやかさを見てみたかったのかしら?」


「キ、キャロライン様!」

私はその時もキャロラインの失礼な物言いにオロオロしていた。


キャロラインの言葉は、いつも率直なのだが、その時は率直すぎた。


しかし、リオーネは面白そうにキャロラインを見つめ微笑むと、

「結婚する前に王都で人を見たいと思いまして」

と言ったのだ。


「人を見たい?」

キャロラインは不思議そうに聞いた。


「ええ。私の家族はみんな騎士か元騎士ばかり。婚約者も侯爵家の後継ですが、後を継ぐまではと、今は騎士をしておりますの。婚約者のお父様も、元々騎士をしておりました。

このまま結婚してしまっては、私は騎士しか知らないままだと思いましたの。

それで王都の学園に行って、騎士以外の人を見たいと両親や婚約者に言いましたのよ。

そして承諾されたのです」


「そんな理由で?」

キャロラインは首を傾げた。


「ええ。騎士以外を知る人間が必要だと、皆を説得しました。そして皆が納得したのです」


「ふうん。良く分からないけれど、そんなものなのかしら。それでリオーネ様は騎士以外を知れましたの?」


「ええ。おかげで毎日楽しいですわ」


「楽しい?騎士以外の貴族を見ているのが楽しいという事かしら?」


「そうですね」リオーネは、ゆったりとした笑みを浮かべ、「人は面白いのです」と言ったのだ。


「謎掛けみたいな事を言いますのね。さっぱり意味が分からないわ。ねえ、クリスティーネ様には分かりますの?」


キャロラインは呆れたように私を見たけれど、私にも全然意味が分からなかった。


話はそれで終わりになってしまったけれど、あの時のリオーネ様の微笑みが印象的だった。

教室の窓を背にして座っていたリオーネ様は、少し目を伏せ微笑んでいた。窓からの光で、リオーネ様の赤い髪が、赤い炎のように輝いていた。少し影になった顔は穏やかで美しかった。浮かべた微笑みは、おおらかだった。


私は見惚れてしまっていたのだ。


人は面白い。

人が苦手な私にとって、この言葉の奇妙さも耳に残った。


それであの時にリオーネの微笑みとこの奇妙な言葉は、妙にしっかりと合わさって、私の心に焼きついてしまった。

何度巻き戻しても、忘れないほどに。


そのおかげで、何回目かの巻き戻しの後、私はリオーネに助けを求める事になる。

そして、救われるのだ。



 ☆ ☆ ☆


「髪型を変えたのですね。お似合いですわ、クリスティーネ様」

私の縦巻きロールを見て、リオーネが微笑む。


「もう!どうして教室まで行くのに、こんなに邪魔が入りますの?お退きなさい!私はクリスティーネ様とお揃いの髪飾りについて話し合いたいのよ!」


「あら、では私も是非お揃いにさせてくださいませ、クリスティーネ様」


「リオーネ様には関係ないでしょ!あなたの髪に銀細工は似合わないわ!」


「銀細工にするのですか、クリスティーネ様」


「だから、あなたには関係ないと言っているでしょう!私のクリスティーネ様だけのお揃いなのよ!」


「今のクリスティーネ様の髪型なら、蝶のモチーフが良いと思いますわ」


「それは私とクリスティーネ様が決めるのよ!もう!お退きなさい!」


いつもは二人の会話にオロオロしてしまう所だけれど、この時は、ほっとしていた。


これだけ人目を集める事が出来れば、アメリアちゃんが私を嵌めようとしても、人目が私を守ってくれるかもしれない。


縦巻きロールと友人を二本の剣にして、私はアメリアちゃんに立ち向かうのだ。

あれ?前考えていた二本の剣は、知恵と縦巻きロールでしたかしら。

・・・まあいいわ。剣は多い方がいいのだから!


勢いづいた私が教室に入った途端、涙目のアメリアちゃんが飛び出してきた。


「クリスティーネ様!どうして私に意地悪するのですか?私の教科書を隠したのは、クリスティーネ様なんでしょ!お願いします!私の教科書を返してください!」


始まった。




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