第18話 私の一本の剣
巻き戻し一回目の可憐な私は、巻き戻し一回目の可憐な私なりに、対アメリアちゃん作戦を考えたのだ。
「メアリ。やってちょうだい」
その朝、私は鏡台の前でビロードの椅子に背を伸ばして座ると、優秀侍女メアリにお願いしたのだ。
メアリの喉が、ゴクリと鳴る。
「本当によろしいのですね、クリスティーネお嬢様」
「もちろんよ」
私はギュッと目を閉じる。
怖い時、つい目を閉じてしまうのは、小さい頃からの癖なのだ。
メアリの手がしばらく確かめるように私の髪を触った後、暖かいものが近づけられる。
ああ、成功しますように。
目を閉じたまま待ち続ける。随分時間がかかった気がした。学園に行く時間に間に合うかしら。
やがて優秀侍女メアリの「終わりました」と言う固い声が聞こえ、ドキドキしながら目を開けると、黒髪を派手な縦巻きロールにした私がいた。
すごいわ。
私は縦巻きロールにそっと触ってみた。
元々ゆるく巻いてはいたけれど、こんなにキツい巻きにしたのは初めてだった。
それも縦巻き。完璧な形。艶やかで、なんて豪華なのかしら。
この存在感なら、遠くからだって私だと分かるはずだわ。
そう。私の対アメリアちゃん作戦一は、派手で目立つ存在になる事だった。
巻き戻し前の私は、時々、取り巻きの方達と一緒にいるのに疲れてしまって、こっそり皆を置いて一人きりになる時間も少なくなかった。
そこをアメリアちゃんに利用されて、一人の時間にアメリアちゃんの私物を隠したと難癖をつけられたり、アメリアちゃんを突き落としたと難癖をつけられたり、他にも色々難癖をつけられて断罪へと進んだのだ。
この難癖を潰したい!
その為には学園では決して一人にならない。
そして常に人目をひき、私が何処で何をしていたかを証言できる証人を大勢つくる。
この派手な縦巻きロールは私を守ってくれるはず。
満足している私の後ろで、メアリが縦巻きロール作りに使ったコテを慎重に片付け終わり、鏡の中の私へ、キリリと向き直った。
「お綺麗ですわ。お嬢様。では、この豪華さに似合うお化粧もいたしましょうね」
今のメアリにいつものおっとりとした優しげな雰囲気はない。
フワフワのブラシを手に取ったメアリは、凄腕仕事人メアリの顔をしていた。
「やってちょうだい」
私はまた、ギュッと目を閉じた。
ふわふわ。ぬりぬり。ペタペタ。ふわふわ。
いろいろな物が、私の顔の上を行き来する。
「いかがでしょう。お嬢様」
全てが終わり、目を開けると、華やかな美人になった私が鏡の中にいた。
縦巻きロールの強い主張にも負けていない。
あら、意外といいわ。
化粧を濃くすると、もっとキツくて下品な感じになるかもしれないと心配したけれど、上品にまとまっている。
「さすがね。メアリ」
「お褒めくださり、ありがとうございます。お嬢様に、目立つように派手にしてちょうだいと言われた時には驚きましたが、やり遂げる事が出来ました。華やかなお嬢様も素敵ですわ」
メアリは、ほっとした顔で、手にしたブラシを傍の台に置いた後、
「お嬢様。何が起こっているのかメアリには分かりませんが、メアリはいつでもお嬢様の味方ですからね」
と、また真剣な顔で言ったのだ。
「ありがとう」
少し泣きそうになりながら私は言った。
頑張らなくては。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
私は公爵家の金色の紋章がついた派手な馬車で王立学園へと向かう。
獅子の描かれた盾と、その後ろで交差する二本の剣。
これまで我がエデン公爵家の紋章を、私はただの豪華な紋章としてしか見てこなかったけれど、こんな状況に置かれてみると、この紋章は今の私にピッタリに思えてきた。
巻き戻し前の記憶を盾に、知恵と縦巻きロールを剣にして進むのだ!
ああ、一代目のエデン公爵様。私のご先祖様。今、この絵柄を公爵家の紋章とした、あなたの気持ちが分かりますわ。
混沌とした時代を切り抜いていった象徴なのですわね。
一回目の巻き戻しの私はその時、一代目公爵閣下に共感を感じて感動に震えていた。
変に感情が昂っていたのだ。
これまで公爵令嬢として、王太子殿下の婚約者として、皆に助言される通りの正しい道を進んできた。
そんな私が初めて自分の意思で、誰にも助言されていない道を進んだのだ。
そりゃ高ぶるって!
馬車が学園に近づくと、通学する学生達の馬車の行列ができていた。
朝はいつもこうなのだ。
けれど私には関係がない。
獅子の盾と二本の剣の紋章を見た他家の御者たちは、公爵家の馬車を先に通してくれる。
そして行列の一番前に進んだ派手な公爵家の馬車から、私は学園に降り立ったのだ。
大勢の生徒達がいる。
みんな見ている。
逃げたい。でも逃げないわ。
さあ、みんな!私の縦巻きロールを目に焼き付けるのよ!
私はクイっと顎をあげ、悠然と皆を見回した。
「おはようございます、クリスティーネ様!髪型を変えましたのね」
「素敵ですわ。とても豪華でクリスティーネ様にお似合いです」
「どのようなコテをお使いになりましたの?」
「良い侍女を雇っておりますのね。羨ましい!」
私を取り囲む学生達に、
「おはよう」「ありがとう」「侍女が先日取り寄せたと聞きましたわ」「ふふふ。ありがとう」
と、軽く答えながら校舎に向かって歩いていく。
この学生達は、みんな私の取り巻きなのだ。
取り巻きとは、親や一族に私に取り入るよう言われ、いつもこうして持て囃してくれるけれど、弱みを見せれば直ちに親に報告し、私に隠れて敵にもなる。そんな方達の事だ。
巻き戻し前、取り巻き達は確実に私の心を削っていった。
私に人を苦手にさせた。
私は取り巻きが好きではなかったし、これまでは避けていた。
でも今は違うのだ。
みんな、私を見て!
縦巻きロールで豪華に飾り立てた私から目を離して欲しくはなかった。
「んまっ!」
校舎に近づくと、聞き覚えのある声がした。
「クリスティーネ様。なんて素敵なの!私、クリスティーネ様がこのように豪華になられるのを待ち望んでおりましたのよ」
豪華な金茶色の巻毛。金茶色の瞳。ハッキリとした顔立ちの美人。
私の数少ない友人の一人、ディレイン侯爵令嬢キャロラインが騒々しく登場した。