第16話 疑問への答え
「アレクシス様!どうしてここに?」
思わず尋ねた。
銀色の光を集めたような長い髪が、魔術師団の黒いマントの上で輝いている。
仕事中だったのだろうか。
忙しい方なのに、返事の手紙ではなく、本人が?
どうして?
「どうしてここに、だと?」
アレクシス・アロは暗い湖の底のような青い瞳で、忌々しげに私を睨みつけた。
「あのような脅迫めいた手紙を出しておきながら、どうしてここにだと?」
ものすごく怒っている。
「脅迫めいた手紙?そのような内容ではなかったはずですが」
お兄様が書いた手紙を私は読んでいないけれど、書いてもらったのは、ただの質問だったはず。
「あれが脅迫めいた手紙ではないと言うのか?」
アレクシス・アロは両手の拳をギリギリと握り締めた。
「公爵家の力を存分に誇示し、協力を拒むのであれば分かっているだろうなと匂わせるあの手紙が、脅迫めいてはいないと言うのか?私が一から築き上げた魔術師団を、公爵家の力で潰す事ができると示唆してきたのだぞ!あれが脅迫めいていないと言うのか!?」
・・・・・お兄様、どのような手紙を書いたのですか・・・。
お兄様は私の話を聞いた後、一人でさらさらと手紙を書き、そのまま風魔法でアレクシス・アロに送ったのだ。
涼しい顔をしていたのに、これほどまでにアレクシス・アロを怒らせる内容を書いていたなんて。
あの時、書き終わった手紙を読ませてもらえば、こんなにアレクシス様を怒らせる事を阻止できたのかしら。
・・・いいえ。
これはある意味、妹思いのお兄様が下さった好機。
せっかくアレクシス様本人が来てくださったのだから、どんなに怒らせても、答えを得なければ!
あんなに怒っていて、怖いけれど。
怖いけれど、やらなければ!
一回目の可憐な私は、必死に勇気を振り絞り、アレクシス・アロの怒りにぷるぷる震えながら、
「ご、誤解があったようです」
と、何とか言った。
「誤解だと!?」
怒りの形相で私を睨みつけるアレクシス・アロ。
私は恐怖のあまりギュッと目を瞑り、それでも何とか
「ご、誤解ですっ!」
と言い返せた。
沈黙がしばらく続く。
アレクシス様は、まだ私を睨んでいるのかしら。
怖くて目が開けられない。
目を瞑ったまま震えていると、忌々しげな溜め息が聞こえた。
「もういい。そんなに怯えるのはやめるのだ。目を開けなさい。これ以上、君を怖がらせれば、クリスは本気で魔術師団を潰そうとするだろうからな!」
まだ怒っている!
そのままぷるぷる震えていると、また溜め息が聞こえた。
「私は忙しい。時間がない中ここへ来たのだ。聞きたい事があるなら早くしなさい」
少しは怒りを抑えた声がして、微かに軋む音がした。
そっと目を開けると、ソファーに深くもたれ掛かるように座り、腕を組んだアレクシス・アロが、面倒臭そうに「それで?」と聞いてきた。
「あ、あの、手紙に書かれていたと思うのですが、スキル『鑑定』についてお聞きしたのです」
「ふん。鑑定結果の文字が揺らぐ事があるのか。鑑定結果の文字が現れない事があるのか。だったな」
「はい!」
どうしても、その答えが知りたかった。
このまま何もしないでいると処刑へと真っ直ぐ進む、私の運命を変える何かが欲しかった。
巻き戻し前にはなかったスキル『鑑定』
その『鑑定』で得られた疑問。
これは巻き戻し前にはなかった疑問なのだ。
その疑問の答えが分かったからといって、どうにもならないかもしれないけれど、どうにかして前回とは違う道を進むきっかけが欲しかった。
お願い!私に答えを!
祈る気持ちで見つめた。
アレクシス・アロは必死な私に、訝しげな視線をよこしながら、
「鑑定結果の文字が揺れる、もしくは現れない、という現象は、おそらく、ある」と曖昧な答えをくれた。
「おそらく、ですか?」
少しがっかりして尋ねる。
それが気に入らなかったのだろうか。
アレクシス・アロは自らの整った指先で、苛立たしげに自分の腕をトントンと叩き私を睨んだ。
「おそらくだ。断定はできない。私は私の『鑑定』が出来る事を把握しているが、他人の『鑑定』が出来る事までは把握出来ない。全てのスキルに言える事だが、同じスキルであっても、持つ者によって個性があり、力の差がある。同じスキルであっても同じではないのだ」
そういえば、お兄様が以前、自分の持つスキル『風魔法』を例にして、説明してくれた事がある。
お兄様の持つ『風魔法』とアレクシス・アロが持つ『風魔法』は違うのだと。
アレクシス・アロの講義は続く。
「そもそもスキル『鑑定』については、全く研究がなされていない。このスキルを持つ者の数が少なすぎるせいで、『鑑定』とはこのようなスキルである、と断定出来るほどの研究が出来ないのだ。我が国で『鑑定』を持つ者は、私の知る限り私だけだ」
断言した後、もったいぶった視線を私に目を向け、
「ああ、失礼。そういえば、君も持っていたのだったかな。ふん。もし、君が本当に『鑑定』のスキルを持っているとすれば、この国で『鑑定』を持つのは私と君だけだ。本当に持っているとすればだがな」と言った。
なーんで、この男は、いちいち嫌味ったらしく言ってくるかなー。あ、性格が悪いからか。そっか。そっか。性格が悪いからかと、十回目以降の私なら思ったけれど、もちろん一回目の私は傷ついていた。
しょんぼりとしながらも、健気な私は、
「断定はできないけれど、おそらく、ある、とアレクシス様が考えるのは、何故ですか?アレクシス様に同じような経験はないのでしょう?」と聞いたのだ。
私と同じように鑑定結果の文字が揺れたり、現れなかったりしたのなら、アレクシス・アロは「ある」と断定しただろう。
断定しないのなら、そんな経験はないのだ。
「他のスキルの性質から考えた予測だ。ふん。そうだな。例えば『風魔法』。私は他人の『風魔法』に私の『風魔法』を打つけ、打ち消す事が出来る。『火魔法』でも同じだ。強いスキルは弱いスキルを打ち消す事ができる。であるならばスキル『鑑定』でも同じ事が起こるのかもしれない」
「つまり、あの男子生徒は、私より強い『鑑定』を持っていて、私が『鑑定』を発動した時に、彼も『鑑定』を発動し、その結果、私の鑑定結果が打ち消されたのかもしれない、という事ですか」
そっと尋ねると、アレクシス・アロは、つまらなそうに私を見て、
「まあそうだ。それから言っておくが、君より弱い『鑑定』を持つ者など、この世にいないと覚えておけ」と言った。
くうぅー!
確かに!
一回目の私がアレクシス・アロの言葉に傷ついている事など、全く気にしないアレクシス・アロが、
「その男子生徒の名前は?」と聞いてきた。
「・・・わかりません」
「ふん。その男子生徒について分かっている事は?」
「・・・何も。遠かったので、顔もはっきり分かりません。私の知っている生徒ではないと思いますが」
「役に立たないな」
なーんで、いちいち嫌味を言うのかなこの男は。あ、性格が悪いからか。そうか。そうか。
一回目の私は落ち込んだけれど。
「鑑定結果が揺らいだのも、その生徒か?」とアレクシス・アロが聞く。
「いいえ。それは転校生のアメリア様です。アメリア・ディーン男爵令嬢です。でも、鑑定結果が揺らいだのは一度だけで、もしかすると見間違いかもしれません」
「ふん。話にならんな」
アレクシス・アロは不機嫌に立ち上がった。
「では、鑑定結果が現れないという男子生徒をもう一度見かけたら、また私に連絡しろ。次は脅迫は、なしでだ」
「・・・わかりました。探してみます」
「いや。探すのはやめておけ。見かけたらでいい」
「?どうしてですか?」
アレクシス・アロは少し奇妙な表情をした。
何かを迷っているような、昔の記憶を辿っているような、そんな表情だ。
そして、ふいに私を見ると、ぎゅっと唇を引き結び、
「念の為だ」と吐き捨てるように言った後、顔を伏せ、そのまま消えてしまった。
『転移』のスキルなのか、魔術なのか。
呆然として、アレクシス・アロのいた場所を見つめていると、慌てたメアリが戻ってきた。
「遅くなってすいません!お嬢様を一人にしてしまって。手紙は来ましたか?お嬢様?お嬢様!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その後、学園内で、それとなくあの男子生徒を探してみたが、見つける事は出来なかった。
彼に再び出会うのは、また何度か巻き戻した後の事だ。