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第14話 『人』ではない人

「痛いですぅ。クリスティーネ様、突き飛ばさなくてもいいじゃないですかぁ」

アメリアちゃんの演技が今日もまた冴え渡る。


「そ、そんな。突き飛ばすだなんて。ただ驚いて振り返っただけで」

オロオロと言う、一回目の可憐な私。


「えーでも、振り向きざまに、私をドーンって押したじゃないですか。もうびっくりしましたぁ」

くうーっ。さすがアメリアちゃん。

可愛さ全開で殿下達の哀れみを誘う作戦は、アメリアちゃんがもっとも得意としているものなのだ。口に当てた震える指先も、可愛く竦めた肩も、まだ着続けている前の学校の可憐な白い制服も、劇的に見えるよう広げた白い制服のスカートも、何もかもが殿下達の心をくすぐる工夫がされてて芸が細かい!そして確実にアメリアちゃんのお尻は巧みな転び方のおかげで、ちっとも痛くないはずなのだ。


もちろんこんなアメリアちゃんに感心するのは、十回目以降の巻き戻しの私で、一回目しか巻き戻っていない私は、泣きそうになりながら「違うんです。私、そんな事していません」と必死に弁明していたのだった。


アメリアちゃんの手のひらでコロコロ転がされているディートヘルム王太子殿下は、私の弁明を忌々しげに遮った。

「言い訳はやめろ。私は見ていたのだ。振り向きざま、アメリアを押したではないか!」


やってない事が見えるわけないでしょバーカ、バーカ、と十回目以降の私は思うけれど、一回目の私はもちろん「そ、そんな、ディートヘルム様・・・」としか言えなかった。


殿下の側近の無表情ベルンハルト様も「まさかクリスティーネ嬢がこんな事をするとはね」とか冷たく言い放つし、もう一人の側近、脳筋エクムント様も「ふん。がっかりだぜ」とか言ってるし、もうバカばっかりだ。

一回目の私は「そ、そんな」としか言えなかったけど。


気がつけば、枝を広げたキラの木の下にいる私達を、学園の生徒達が遠巻きに眺めていた。

皆、顔をしかめて私を見ている。

心臓がドクンと音を立てた。

逃れようとしていた処刑への道に、また引き戻されている?


唖然としながら、アメリアちゃんを見下ろすと、アメリアちゃんは私にしか見えない角度で確かに、ニヤッと笑ったのだ。


十回目以降の私なら思わずニヤッと笑い返してしまうところだけれど、一回目の私は動揺のあまり息が出来なくなり、胸を押さえて後退り、キラの木に背中をぶつけた衝撃でようやく悲鳴のような息が出来るようになったのだ。


なんとか息をする私を無視して、ディートヘルム王太子殿下はアメリアちゃんに「大丈夫かい?」と手を差し出した。


絵本と同じ、白みがかった、けぶるような灰色の髪がふわりと揺れた。有名な虹色の煌めきが散らばる澄んだ紫の瞳が、心配げに細められていた。


「ありがとーございますぅ」

アメリアちゃんは、ディートヘルム王太子殿下の稀有な美しさを気にする様子もなく、差し出された手につかまり可愛らしく立ち上がった。


「怪我はしてない?」

ディートヘルム王太子殿下が優しく尋ねる。


「大丈夫みたいですぅ」

こともなげにアメリアちゃんは答える。


「そう。良かった。でも、ふふふ。またスカートが泥だらけだ」

ディートヘルム王太子殿下が微笑む。


「えっ?きゃっ!いやだ!ほんと!もう、そんなに笑わないでください。いじわるなんだから」

アメリアちゃんがふくれる。


「ふふふ。ごめんよ。お詫びに、ほら、また私の上着を貸してあげよう。これでその汚れを隠すといいよ」

ディートヘルム王太子殿下が、さらりと上着を脱いで差し出す。


「ありがとう。いじわるなんて言ってごめんなさい。殿下は本当は優しい人です」

アメリアちゃんが上着を受け取り笑顔を見せる。


「ふふふ。優しいか。それでは、保健室までまたアメリアを案内しようか。また『洗浄』で汚れを落としてもらうといい。」

ディートヘルム王太子殿下が嬉しそうに笑う。


「案内されなくったって、一人で行けますわ」

アメリアちゃんが拗ねる。


「そんな事言わないで。私に案内させておくれ。さあ、一緒に行こう」

ディートヘルム王太子殿下は楽しそうに微笑む。


「んー。じゃあ、殿下の親切に免じて、一緒に行ってあげますわ」

アメリアちゃんが、いたずらっぽく微笑む。


「ふふふ。それではアメリアの気が変わらないうちに行こうか」

二人は歩き出す。

側近の二人も私を睨みつけながら歩き去る。

私は一人取り残された。


悲しかった。

あの絵本と同じ紫色の瞳は、もう二度と私に向かって微笑まないのだ。

ただ悲しかった。

アメリアちゃんの悪意も怖かった。


でも悲しみや恐怖に沈んでいる場合ではないのだ。

このままではアメリアちゃんに、処刑へ続く道へ、押し込まれてしまう。

どうすればいい?どうすれば。


楽しげに校舎へと向かう四人の後ろを見つめながら考えても、やっぱり答えなんて出てこない。それでも何かしなきゃ!


それで苦し紛れに発動させたのだ。

役立たずの『鑑定』を・・・・


えいっ!


『人』『人』『人』『人』


ねー。そうよねー。そんなものよねー。都合の良い奇跡なんて起きないわよねー。分かってたけどねー。

でもこのまま処刑なんてされたくないのだ!


焦った私は、えいっ!と『鑑定』を重ねがけした。


その時だ。アメリアちゃんの上に表示された『人』という字が、揺らいだような気がしたのだ。


気のせいかしら?


もう一度、重ねがけしてみる。えいっ!


『人』『人』『人』『人』


・・・揺らが、ない?気のせいだった?でも、さっきは確かに揺らいだような気がしたのだ。


アメリアちゃんを見ると、アメリアちゃんは何気ない様子で校舎の端に目を向けていた。

そこに誰かいる。

制服を着た男子生徒?

遠くて顔までは分からない。


私はその男子生徒に向かって、えいっ!と『鑑定』を発動させた。


不思議な事に、その男子生徒の上には何の文字も浮かび上がらなかった。

距離があるから?

でも、男子生徒の後ろにある校舎には『壁』の文字が浮かび上がっているのだ。


私は目を凝らしてその男子生徒を見つめ続けた。

何十回も巻き戻しを繰り返した私なら、こんな不用心な行動はしなかった。決して。

でも、その時の私はたった一回目の巻き戻し中だったのだ。


その男子生徒は、多分アメリアちゃんを見ていた。

顔が何処を向いているのかは分かるのだ。

でもどんな顔かまでは分からない。

私は見つめ続ける。

すると不意に、その男子生徒の顔が、こちらに向いた気がした。


途端に、ぞくり、と寒気がして体の力が抜け、しゃがみ込んだ。


何?


驚いて力が入らない自分の足を見つめ、もう一度男子生徒の方を見ると、そこには誰もいなかった。

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