第13話 役立たずの『鑑定』
その夜、私は一晩中考えてみたのだ。
アメリアちゃんとディートヘルム王太子殿下には近づかない。
関わらない。
何もしない。
ディートヘルム王太子殿下の事は諦める。
絶対に諦める。
関わらず、何もせず、諦める。
でも、それで、本当に処刑から逃れられるのかしら。
巻き戻し前、私はアメリアちゃんを虐めたりはしなかった。何もしなかった。そして何もしなかった私が行き着いたのが処刑の未来だったのだ。
何かしなければいけないのかしら。でも、何をすればいいのかしら。
答えがでず、一睡もできないまま夜が明け、侍女のメアリがいつものように「おはようございます、お嬢様」とカーテンを開ける頃には、どう足掻いても処刑から逃れられない気がして、絶望のあまり、ベッドから起き上がる事さえ出来なくなっていた。
「お嬢様」
何かを察したらしい優秀な侍女メアリが、そっとベッドに近づいてきた。
几帳面にギュッと纏められた茶色い髪。そばかすの浮いたふっくらとした顔。人の良さそうな茶色い瞳が、心配そうに私を見下ろしている。両手は祈るように顔の下で組まれていた。
「お嬢様」とメアリがまた言った。
「何?」と私が掠れた声で聞く。
「メアリはいつでも、お嬢様の味方ですよ」
突然そんな事を言い出したメアリに、私は思わず瞬きをした。
「そう・・・ありがとう。メアリ」
何とか返すと、「本当ですよ!」と身を乗り出して告げられた。
「・・・ありがとう」
お礼を言う私を、メアリは険しい目で見つめ、
「メアリは、お嬢様がお小さい頃から、ずっとお世話させていただきました!」と言った。
「そうね。ずっと一緒にいたわね」
「私が初めてお嬢様に会った時の事を今でも覚えています。あの時の私はまだ幼くて、こんなに立派なお屋敷でやっていけるのか不安だったんです。でも、夢みたいに可愛らしいお嬢様が、小さな手を差し出して、一緒にお庭に行きましょうって、私を連れて行ってくれたんです。夢みたいに綺麗なお庭でお嬢様は、メアリが来てくれて嬉しいって、ギュッと抱きついてくれたんです」
「ふふ。そう」
「あの日からずっとメアリは幸せです」
「そう」
「お嬢様はメアリに幸せをくれました。そんなお嬢様を、メアリは幸せにして差し上げたい」
「・・・・」
「本当ですよ!」
「ええ、ありがとう・・・」
「メアリに出来る事なら、何でもします!」
きっぱりと断言するメアリの真剣な目を見て、私こそ、何でもしてみなければ、と思ったのだ。
私達が処刑されたら、使用人達も放り出される事になるだろう。
私が頑張らなくては。
やれる事は何でもやらなくては。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そして改めて考えたのだ。
ディートヘルム王太子殿下やアメリアちゃん達を避けるのは当然として、他にも私がやれる事は何か。
私の運命を変える以前と違うスキル・・・『鑑定』
アレクシス・アロには否定された役に立たないスキルだけれど、巻き戻しの中で生まれたスキルなのだから、何か意味があるのではないかしら。
心配するメアリに「もう大丈夫よ」と言った私は、いつもより早く馬車に乗り学園に向かったのだ。
ともかく何でもやってみましょう。運命を変えるために。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
馬車から降りると、学園はまだほとんど学生の姿はなかった。
もちろん、ディートヘルム王太子殿下も、アメリアちゃん達も、まだいない。
私は、ほっと息をついて、歩き出す。
そして歩きながら、えいっと『鑑定』を発動させたのだ。
お願い私の運命を変えて!
『人』『人』『人』『人』『人』『人』『木』
相変わらずの鑑定結果に、ガックリと立ち止まる。
分かっていた。分かっていた。分かっていたけど、もうちょっと何かを期待していたのだ。
でもここで諦めていては駄目ですわ。
メアリの思いを聞いた私は、こんな事で諦めはしないのだ。
もしかすると、使い方で有用なスキルになるかもしれないのだ。
もう一度、試してみましょう。えいっ!
『人』『人』『カバン』『石』『草』『花』『木』
駄目。諦めちゃ駄目よ。メアリの為にも、諦めちゃ駄目。えいっ。
『人』『人』『窓枠』『壁』
まだまだ!えい!
『花』『花』『花』『花』
諦めそうになった時、校舎の前に立つ女生徒が目に入った。
私の友人だ。私と同じクラスで、私の隣の席の侯爵令嬢。名前はリオーネ・アルテーノ。姉が一人と弟が二人いる。領地は田舎の方にあり、馬に乗るのが好きで、誰もいないところまで馬を走らせ、こっそり口笛を吹くのが好き。でもそれは秘密。仲の良いお友達にしか教えない秘密。
私がよく知る彼女の事なら、もう少し詳しく鑑定できるかもしれない。えいっ。
『人』
・・・もしかして、本当に私のスキルはアレクシス・アロ様が仰った通り、意味がないスキルなのかしら。私が分かっている事さえも鑑定できないスキル『鑑定』に期待なんかしては駄目なのかしら。
ふらふらと歩き、キラの木の下に行き、その幹に手を当てる。えいっ。
『木』
私はこの木がキラの木だと知っている。私が知っている事すら分からないスキル『鑑定』って、本当に持っている意味なんてないのかしら。
いえ、そういえば、キラというのはこの木の愛称で、本当の名前はもっと長かったはず。集中すれば、もしかすると分かるのかもしれない。正しいスキルの使い方というものがあるのかもしれない。
私はありったけの力を込めた。えいっ!
『木』
呆然とキラの木を見上げていると、後ろから誰かが走ってくる足音が聞こえた。軽快な足音は、グングンと近づいてきて止まる様子が全くない。慌てて振り返ると、
「きゃっ」
アメリアちゃんが、ピンク色のふわふわした髪の毛を揺らしながら、可愛らしく尻餅をついていた。
「痛ぁい。クリスティーネ様、ひどぉい」
「クリスティーネ!まさか突き飛ばしたのか!?」
アメリアちゃんの向こう側には、駆けつけてきたディートヘルム王太子殿下と二人の側近の姿が。
やられた。