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第11話 転校生アメリアちゃん

 学園の校舎の横に、枝を大きく広げた木がある。


 毎年、同じ時期に小さな白い花を咲かせるのだけれど、咲き始めには、くらくらするほど甘い香りを学園中に漂わせ、皆を、うっとりさせるのだ。


 この木の正式な名前は、少し複雑で長ったらしい。

 だから、学園の生徒達は『キラの木』『キラの花』と愛称で親しんでいる。



  一回目の巻き戻しの、その日の朝、私は馬車から学園に降り立つと、キラの花の濃い香りの中で、何故か無性に不安な気持ちになっていた。


 毎年キラの花の匂いがすると、ウキウキした気持ちになっていたのに、どうして今日はこんなに胸騒ぎがするのかしら。


 不安に胸を押さえながら、校舎に向かう石畳の道を進んでいくと、校舎脇のキラの木の前で、多くの生徒達がキラの花を見上げているのが目に入った。ディートヘルム王太子殿下も立っていた。殿下もまたキラの花を見上げていた。


 殿下の後ろに立っていた、側近で宰相閣下のご令息でもあるベルンハルト様が先に私を見つけ、いつも無表情な顔に微かな笑顔を見せると、ディートヘルム王太子殿下に何事か囁いた。

 途端にディートヘルム王太子殿下がこちらに目をやり、紫色の瞳を細め微笑んだ。

 私は一気に幸せになった。

「おはようございます。殿下」


「おはよう。クリスティーネ。ほら見てごらん。一晩で満開になったようだよ。ああ、この香り!君もこちらにおいで。一緒に見よう」


  ディートヘルム王太子殿下が、私に向かって、形の良い手を差し出した。


 でも、嬉しくなった私が「はい」と頷くより先に、ピンク色のふわふわが飛び出してきたのだ!


「きゃっ」

  小さく悲鳴を上げたピンク色は、つんのめり、ディートヘルム王太子殿下の腕の中に倒れ込んでいった。


  一回目の私ときたら、その時、やっと思い出したのだ。巻き戻しの前、男爵令嬢アメリアちゃんが初めて私たちの前に現れた時も、目の前の光景と全く同じだったことを。キラの花咲くこの時だった事を。私がさっきから感じていた不安の原因は、これだったと言うことを。


「きゃっ。ごめんなさい!わたし、このいい匂いのする花に見惚れてて、そしたら突然手が出てきて、わたし、わたし、ごめんなさあい!」


 この学園のものとは違う白い可憐な制服を着て、髪と同じピンクの瞳を驚いたようにぱっちり開いた可愛いアメリアちゃんは、最初から技巧派だった。


 可愛らしく謝りながら、混乱したようにディートヘルム王太子殿下の制服の襟をしっかり掴むと、ぐいっと引き寄せ、可愛らしい自分の顔をディートヘルム王太子殿下の顔に、キスしそうなほど近付けてみせた。


 紫色の瞳を驚きのあまり大きく見開いたディートヘルム王太子殿下が固まっていると、また「きゃっ。いやだ、わたしったら」と小さな悲鳴をあげ、とん、とディートヘルム王太子殿下を突き飛ばすように見せかけて自分が後ろに倒れ込み、可愛らしく尻餅をつくと、「痛ぁい」と涙目でディートヘルム王太子殿下を見上げたのだ。


 素晴らしい!流れるようなこの連続技!

 私は何度目かの巻き戻しから、この技を楽しみにしているのだ。


 だって、巻き戻しの回数を増していくと、アメリアちゃんの技の真の凄さが分かってくるのだ。

たとえばディートヘルム王太子の腕に飛び込む角度。とっさに振り払われないよう、まさにこの位置、この角度!を、きちんと見極めて飛び込んでいる。

 そして飛び込みながら、護衛の為に動こうとしていた騎士団長閣下のご令息エクムント様に、悪意のない無垢なドジっ子風の視線をちらりと投げかけ、ん?排除する必要はないのか?と甘っちょろいあの男に思わせ牽制している。

 それに、尻餅をつく時だって不自然に見えない仕草で巧みに手をつき、お尻の衝撃を和らげているのだ。そしてこれだけじゃないのだ。もっと、数えきれないほどの技を駆使しているのだ。


 素晴らしい!この判断力!この身体能力!アメリアちゃん最高!


 ああ、私はアメリアちゃんの技術の凄さについて、同じように気づいた誰かと事細かに語り合いたいのに、何故みんな気づかないの?!


 でも、そんな事を思うのは、何度も巻き戻したスレっスレの私だけで、一回目の純粋な私はもちろん、他のみんなと一緒にアメリアちゃんの手の平でコロコロと弄ばれて、何がなんだか分からず、呆然としていたのだ。


 涙ぐむアメリアちゃん。固まる私たち。


 一番最初に動き出したのは、

「ふっ。ふふふ」

 口元を手で覆い、笑いを堪えたディートヘルム殿下だった。


「ふふふ。いや、失礼。あんなに見事な尻餅を見たのは、子供の頃以来だ。だから、ついね」


 創始の精霊様と同じ、虹色の煌めきの散らばる澄んだ紫の瞳を、楽しげに細め、笑うディートヘルム殿下は、絵本の中から抜け出てきたようだ。

 私や他の生徒達がディートヘルム殿下に思わず見惚れていたのに、アメリアちゃんはまったく動じなかった。そんなところも、アメリアちゃんの凄いところだ。


「ひどいですぅ」と、上目遣いに殿下を見上げて、「ふふふ」とディートヘルム王太子殿下を笑わせたりもしている。


 ディートヘルム王太子殿下にとって、他の者と違うアメリアちゃんの態度は、面白く思えるらしい。


「さあ、そんなに怒らないで。手を貸してあげるから、立ち上がって」


 優しく微笑みながら、アメリアちゃんに手を差し出した。


 アメリアちゃんは、ディートヘルム殿下の手を取ると、ツンとした顔をして立ち上がった。


「ふふふ。今日、転校生が来ると、先生が言っていたけれど、君がその転校生なんだね」


「そうよ」


「名前は?」


「アメリア」


「ふふふ。では、アメリア。私が君を保健室まで案内しよう」


「保健室?怪我なんてしていませんわ。ちょっとお尻が痛いだけです!案内するなら、職員室に連れていってください!」


「もちろん職員室にも連れて行こう。しかし、その前に、その泥だらけの制服をどうにかしないとね」


「泥だらけ?え?きゃっ」アメリアちゃんはスカートの後ろを見て、また可愛い悲鳴をあげた。


「大丈夫だ。保健室のルイーダ先生は、『洗浄』スキルの持ち主だ。きっと君のスカートも綺麗にしてくれるよ。そうだ。保健室に行くまで、これを貸してあげよう」


 ディートヘルム王太子殿下は、自分の制服の上着を脱ぐと、アメリアの汚れたスカートを隠すように、アメリアの腰に巻きつけた。


「まあ、こんなにステキな上着を?いいの?」


「ああ。もちろんだ」


「ありがとう。あなた、親切なのね」


「ふふふ。あの見事な尻餅を笑ったお詫びだ」


「まあ!その事は早く忘れてちょうだい!」


「ふふふ。どうしようかな。保健室に行きながら考えようか。さあ、こちらへどうぞ」


どうよ。この流れるような巧みな会話!ディートヘルム王太子殿下好みの言葉の返し方!熟練の技の数々!アメリアちゃん素敵!


でも、そんな事を思うのは、やっぱり何回も巻き戻しをした私だけで、一回目の私は、まったく私の方を振り向かずにアメリアちゃんと一緒に歩き去っていくディートヘルム王太子殿下の後ろ姿を不安な気持ちで見つめていたのだ。



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