第1話 全てを蹴散らす前の話
最初は私だって可愛らしかったのだ。
「クリスティーネ!おまえとの婚約は、今、ここで破棄する!」
なーんて事を、王立学園の卒業パーティで、婚約者であるディートヘルム王太子殿下に、言われた日には、
「な、何故ですの?何故そのような事をおしゃいますの?嘘だと言ってくださいまし、ディートヘルム様!嘘だと・・お願いでございます・・」
なーんて震えながら言ったものだ。
だって、巻き戻し前の、あの日の私は、何も分かっていなかったのだ。
純粋で、ただただ可愛らしかった。
私も、ディートヘルム王太子殿下も、その側近達も、皆同じ年でその年の卒業生だった。
私たちは皆たったの十七歳だった。
あの日の私は侍女達が綺麗に結い上げてくれた黒髪を可愛らしい花で飾って、ディートヘルム王太子殿下の瞳の色に合わせた紫色の首飾りをつけて、レースを幾重にも重ねた可憐なドレスを着て、お父様とお母様には「妖精姫のようだ」と褒められながら、婚約者のディートヘルム王太子殿下が迎えに来てくれるのをじっと待っていたのだ。
健気だよね、私。
それまで何度かエスコートをすっぽかすようになっていたディートヘルム殿下を待ち続け、待ち続け、ずっと待ち続け、パーティが始まる時間まで待ち続け、とうとう気の毒そうな目をした二つ年上のお兄様に「私にエスコートをさせておくれ」と、優しく言われ、泣きそうになりながらお兄様とパーティ会場まで行ったのだ。
いや、可哀想だよね!私!
そして、パーティ会場では訳の分からない事を言う騎士達にお兄様と引き離され、会場の真ん中に連れて行かれ、卒業生達の前で、ディートヘルム王太子殿下に婚約破棄を言い渡されたのだ。
「何故ですの?」と繰り返す可憐な私に、ディートヘルムバカ王太子殿下は、
「何故だと?身に覚えがあるであろう。おまえがこのアメリアにした事を!」と抜かしやがった。
いやいや、身に覚えなんてありませんわよ、何を寝ぼけていらっしゃるのかしら、このクソディートヘルム王太子様は!なんて思えるようになったのは巻き戻しも十回を越えた頃から。本人に向かって言えるようになったのは、巻き戻しも二十回を越えてからだった。
もちろん最初の巻き戻し前の可憐な私には、そんな事は考えもつかず、ただただ身に覚えのない糾弾に「何故そのような事を仰るのですか?」と泣いていたのだ。
仕方ない。私は公爵家の御令嬢で、世間の悪意から守られて、大切に育てられてきたのだ。おまけに可愛いくて、可憐で、性格も良くて、家族思いで、婚約者思いの、それはそれは素晴らしいお嬢様だったのだ。巻き戻し前の私は!
「アメリアの私物を隠し、教科書を切り裂き、制服に泥をつけ、学園の噴水に突き落とし、更には階段から突き落としただと!未来の王妃のやる事ではない!婚約は破棄だ!」
と、私がやった覚えが一つもない事柄でディートヘルム王太子殿下に糾弾されていると、殿下の後ろから、殿下の側近であり、同じ王立学園の卒業生でもある、宰相閣下の御令息ベルンハルト様が、滑るような足取りで進み出て、いつも通りの冷たい表情を更に凍らせ、こう言い放ってきやがった。
「恥知らずめ。そんな演技に我々が騙されるとでも思っているのか。アメリア嬢に謝れ」
いやいや、あなた今現在めちゃめちゃ騙されてますけど!アメリアちゃんに簡単に騙されてますけど!もうこんなにチョロすぎたらアメリアちゃんむしろ困っちゃってるんじゃないかな?なんて思えたのはやっぱり巻き戻し十回目から、面と向かって言ってやったのは二十回を超えてからなのだ。
最初の巻き戻し前の可憐な私には「ベルンハルト様まで・・・どうして・・・」ぐらいが精一杯。
すると次に、ディートヘルム王太子殿下の後ろからドカドカと歩み出てきた同じく側近であり、王立学園の卒業生でもある、騎士団長閣下の御令息エクムント様が、いつも通りの勇ましい顔で、
「ふん!おまえがその程度の女だったとはな!がっかりだぜ!」
とか言ったけど、その程度ってどの程度よ、ねえ、私なんにもしてないんだけど、やってない事はどの程度になるの?ねえ、教えてみなさいよ、ほら、早く、あ、はいはい、そんな難しい事は無理だったかな、はいはい、無理よね、あなた、あれだものね、脳筋ちゃんだものね、そうよねぇ、ごめんなさいねぇ、無理な事お願いしちゃって、おほほほ。と思ったのは十回目からで、言ったのはやっぱり二十回目だった。
三人の後ろから、おずおずと進み出た転校生であるピンクのふわふわ髪をした男爵令嬢アメリアちゃんが、
「クリスティーネ様。今まで私にやった事を認めて謝ってください!謝ってくれれば、私はあなたを許します!」
とか言ったけど、まあアメリアちゃんに思うことは複雑なのだ。とりあえず二十回目には「やるじゃん、アメリア」とニヤニヤしながら言っておいた。
最初の巻き戻し前の可愛い私には「アメリア様・・・何故・・・」ぐらいしか言えなかったけれど。
それからあれよあれよと言うまに、やった覚えのない事はやった事とされ、婚約破棄も正式に行われ、何故か騎士団に拘束され、お父様の不正が見つかったと告げられ、家族全員牢屋に入れられ、他にも多彩な罪状が述べられ、あっと言う間に家族全員処刑が決定してしまったのだ。
何?何なの?この怒涛の展開!
不幸すぎるよね、私!
私の家族も!
そして処刑台に向かう途中、気を失った私が目覚めたのは、その後何度も訪れる事になる、あの薄暗い小道だった。
巻き戻し前と、巻き戻し一回目が、紛らわしい書き方になっていたので、分かりやすいよう書き直しました。
R5.10.12