最高傑作
「誰にも言わず自分の部屋だけで吸ったり飲んだりするんだぞ。他にバレたらお前にも売ってやれなくなっちまうからな」
そう言って山田に大麻と小瓶に入った合成麻薬の錠剤を手渡す。
「いつも私のためにありがとう。こんなになってしまっても君はずっと私に優しくしてくれる、本当に君がいなかったら私は自ら命を絶っているよ」
そう言って山田は麻薬を受け取る。全く、こんなにも見事にハマってくれるとはな。麻薬にも、洗脳にも。本当にマヌケな男だ。なんでこんな風になっちまったんだか。
最初に出会ったのは山田が直木賞候補に残ったが受賞できなかった頃だ。その頃は山田もこんなフヌケた感じじゃなくて、もっとこう、しっかりとしていたんだ。
「初めまして、お話書いてます山田です」
そう言って挨拶してきたっけな。
俺が三年先に小説家になっていたが山田とは同い年だった。アイツとは違って新人賞こそ取れたがそっからはロクな作品なんて書けていなかった。直木賞候補に上がった作品を見た時はなんでこいつが選ばれねぇんだって審査委員に直談判にしに行ったもんだ。それがアイツの担当の耳に入ったもんでお礼にとかなんとか言って飯誘われてそれからよくツルむようになった。
そん時は軽い気持ちだったし、そんな簡単に掛かるわきゃねぇって思っていたんだがな。
アイツが次に出す作品を読んで欲しいなんて言い出してきて、家に来た。今度こそ直木賞を取れるはずなんだとか言いながら。そん時に作品をめちゃくちゃにけなしてやった。実際はたまらなく面白くてこりゃすんげぇ売れると思ったが、嘘を並べた。あいつは自信があった作品をめちゃくちゃ言われてもう精神的に完全に参ってた。めちゃくちゃ言った後「大丈夫だ、俺がしっかりイロハをおしえてやるよ」そう優しく声をかけ、大麻を吸わせた。
初めての大麻で、思考を停止させてそこから刷り込みを行った。
「お前はどうしようもない出来損ないだ。お前は原稿が書きあがったら俺の渡す原稿と入れ替えろ、入れ替えた原稿がお前の作品だ」
そう言い終わると山田は静かに頷いてそのまま眠った。失敗か、と思って少しくらい反応しろよと思いながら山田にタオルケットを掛けて俺も眠りについた。
次の日、目覚めると山田は俺に昨日見せてきた原稿を手渡してきた。何かの冗談かと思ったが山田の目は昨日までのように輝いていなかった。そんな山田に俺の原稿を渡すと、少し生気が戻り「次は頑張るよ。君は本当に優しいね」そう言いながら帰って行った。
それからはアイツが正気に戻らないようにと麻薬を与え続け、アイツは俺の書いた作品を自分の作品と思い込みながら、俺はアイツの作品を俺の作品としながら、出版し続けた。
アイツの書いた作品を発表して出版されるたび、俺はどんどんと有名になり天才ともてはやされ、売れっ子となっていった。反面、山田はどんどんと落ちていった。なんとか生活はできるようにコネで仕事を回したりはしていた。
あれから十数年がたった今、山田はフヌケたまま俺は変わらず入れ替えを行っていた。今日渡したのは麻薬だけだった。だが山田は原稿を渡してきた。こんなことは今までなかった。俺は今まで押し殺してきた恐怖が、罪悪感が徐々に大きくなっていくのを感じていた。感じた恐怖心やらをなんとか抑えながら自宅に帰り着き、渡された原稿を読んだ。
それは本当に最高傑作だった。誰もが認め得るほどの最高傑作だ。思わず抑えていた恐怖やら罪悪感やら申し訳なさが溢れて涙が溢れ出してきた。
数日経ってから俺は山田に本当のことを全て書いた手紙を出した。
山田すまない。お前は出来損ないなんかじゃなかったんだ。
俺の作品はお前と出会ってからの物は全てお前が書いたものなんだ。
俺は出来損ないのくせにくだらない嫉妬でお前の人生をめちゃくちゃにしてしまったんだ。
お前はお前を失い、俺は悪魔のような心を患ってしまっていた。
本当にすまない、渡された作品は担当に知られてもっていかれてしまった。
俺は直木賞の結果を待ってから死ぬ。
結果がどうであろうと俺は死ぬことにするよ。
今まで本当にありがとう。本当にすまなかった。
どうかこれからは山田章介として幸せに生きてくれ。
届いた手紙を読み終えると、男はおもむろに机に置かれた小瓶の錠剤を噛み砕きながら全て飲み込んだ。そしてそのまま手紙を握り締めたまま、動かなくなった。
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