時告げ鳥
タイトルは変わるかも
午前零時、振り子時計が時刻を告げる。
時告げ鳥が鳴くにはまだ早い。
夜の帳が辺りを一層支配する今、彼女は蚊の鳴くような声で呟いた。
「貴方だったのね」
小さな部屋だからだろうか、そんな声でも私の耳にはしっかりと届いた。
「私の考えていることと相違なければ、その通りだよ」
惚けてしまっても良かったが、恐らく意味の無いことだろうと思いそう答えた。 この問いによって彼女の意図するものは何か、少し思案する。
「今まで私を騙してたのね」
「君を騙した覚えはない、君は既に気が付いていると思っていたよ」
なるほど、彼女は私に騙されたと勘違いをし真実を知りたいのか、と思い至る。
「なんで私だけ、そうずっと考えてた。残された意味は?私のやるべき事は?なんで今更私に近づいたの?」
矢継ぎ早に彼女が私に問う。
「依頼は君の両親と妹だけだったからだ。君は含まれていなかった。例え見られていようと依頼外の事はしない主義でね。君と出会ったのは偶然さ。あるいは運命的な必然だったのかも知れないが」
彼女は静かに聞いていた。
ただ静かに目を伏せながら聞いていた。そして、思い出したかのように問うてきた。
「依頼者は…貴方に依頼した人は一体誰?」
その問いに疑念が確信へと変わる。
「やはり君は忘れてしまっているようだね。いや、奥底に閉じ込めてしまった、と言った方が適当か」
今は昔年端も行かぬ少女が一人、私に依頼をしてきた。 美しい朱色の瞳をした少女だった。 夏だと言うのに長袖を着て、痛みに耐えているのか時々苦悶の表情を浮かべていた。そして、その瞳は光が失われていた。
次の依頼で最後にしようと思ってはいたが、最後の依頼がこんな少女からだとは。
私は確かに依頼を受諾した。
「憎むなら私を憎みなさい。君の全てを奪うのだから」
依頼通りに男と女と少女の時間を止めた。
「一体…何を言っているの」
彼女は理解出来ていない様で困惑気味に問うてきた。
「理解出来ないのなら問題はない。例え依頼者が居ようとも、行ったのは私だ。『憎むなら私を憎みなさい。』君の全てを奪ったのだから」
そう言い切った刹那、彼女が突然立ち上がり頭を抱えて悲痛な叫びを上げる。
しまった。と思った時には遅かった。
「そっか…そうだよね…ハハ…そうダそウだっタ…ハッはははっHAハハはHAHAHAHAはははハハハハ!」
狂ったように笑い続ける彼女。私は彼女が固く閉じ込めたものを開いてしまった。このまま訳も分からず私に襲いかかるのだろうか。私の最後は彼女なのだろうか。それもまた一興だろうと思い私は座ったまま静かに彼女を見据える。
一頻り笑ったあと彼女は静かに椅子に腰掛けた。そのままゆっくりと顔を上げると、憑き物が落ちたような晴れやかな表情をしていた。
そして真っ直ぐに私を見つめている。
その美しい朱色の瞳は光が失われていた。
「また依頼をすれば私の時間も止めてくれる?」
もう聞き慣れたはずのその声が嫌に冷たく、この小さな部屋でやけに響いたのをよく覚えている。
午前零時、振り子時計は動かない。
時告げ鳥が鳴くにはもう遅い。
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