7 初依頼
翌早朝、ベッドの上のシーツがもそもそと動く。
「眠い……」
頑張って起き上がったあともベッドに腰かけたまま、慧吾はしばらくぼーっとしていた。
「そうだ……依頼を受けに行くんだった……。あっ! 朝ごはん!」
昨日の夕食が美味しかったのを思いだして急に元気になる。急いで着替えて浄化をかけてから食堂に降りた。
「おはようございます!」
「おはよう!」
「おはようございます!」
女将さんとアンナの元気な挨拶が返ってきた。朝食は決まっているようで、ドロっとした豆のスープとパン、メインのボリュームたっぷりの卵料理だ。通りかかったアンナに慧吾はご機嫌で話しかけた。
「アンナさん、美味しいです」
「良かったわ。父が作っているの。街一番のコックよ!」
慧吾はこの街では食堂に入ったのが初めてなことを忘れ、もぐもぐしながら勢い良く頭を縦に振った。
一生懸命食べていて、アナや食事中の客から注目されているのに気づいていない。
「なんだか犬っぽくてかわいいわ……」
朝食後、もちろん一週間分の料金を追加で支払った。
慧吾は宿を出てまず王宮に向かった。
まだ朝が早いが、出勤する人、開店準備に追われる人、犬を連れて散歩をしている人などでわりと人通りが多い。犬は引き綱というものがなくて主人の横を楽しそうに歩いている。羨ましい。
歩いて三十分でやっと到着する。昨夜と違い門は開かれており、数名の門番が立っている。その間をひっきりなしに馬車が出入りしていた。もしかしたらシスイを知っている人がいるかもしれない。少し手前で人化を解いた。
シスイは門の手前で止まり、ちょこんと座った。門番がちらりとシスイを見る。門番の口の端が少しゆるんだが、今は仕事中である。
「おい、そこは邪魔だ」
「鎖をつけているな。お前どこの犬だ」
「馬車に轢かれるぞ。家に帰れ」
と、口々に追いはらわれてしまった。言葉の内容とは裏腹に、とても残念そうである。
時間もないので出直すことにして、慧吾は地下道清掃依頼を受けに行った。今度は十分ほどで到着する。そこには簡単な事務所があり、中で担当者の細身の男性が待っていた。
「清掃の依頼を受けにきました。ケイです」
ギルドカードと依頼カードを見せる。担当者は心なしか申し訳なさそうにしている。
「ケイさんですか。よろしくお願いします。こちらです」
すぐそばの地下道入り口に案内してくれた。
「この地下道にはこの街の下水が通っています。下水にはスライ厶を投入していて、スライムが水質を良くしてくれるんです。そのまま地上の川に流れていっています」
「へぇ、そうなんですか」
「スライムが食べないものが詰まったりするんです。そのゴミを片づけるのが主な仕事です。それで……」
チラリと上目で慧吾の反応を伺いながら説明を続ける。
「灯りがなく魔石で照らしながらの清掃でして。ネズミなどの害獣もいますし、臭いもするんですよ。報酬もそんなに出せませんし」
慧吾は若干顔色が悪くなった。ネズミくらいは当然出るものだと思い直す。臭いや灯りはもともと覚悟の上だ。ただ、頼りの浄化は使えないのではないだろうか。
「害獣を見つけたらどうするんですか?」
「それは定期的に専門の業者が駆除に入っています」
慧吾はホッとした。しかし担当者は諦め気味だ。
「あのそれで……受けられますか?」
「はい、やります! 頑張りますね」
担当者は見るからに安堵した様子で持っていた支給品セットをくれた。開けてみると、マスク、手袋、袋、トング、小さな魔石数個、魔力ポーション一瓶、今日掃除する部分の地図だった。
「いやあ助かります。なかなか引き受けてもらえなくて……地図の場所が今日の分ですので、そこが終われば完了です。四時間後に一度見に来ますね」
「はい」
地下道への小さな扉の鍵を担当者が開けた。真っ暗な中、狭くて急な階段が続いている。だいぶ怖い。慧吾はちょっぴり後悔した。
「ひとつの魔石でほぼ一時間の間灯りがつきます。最初の魔石は私がつけますね」
魔石をひとつ取りだすと、担当者が魔力を込めてくれた。暗くなってきたら新しい魔石にまた込めればいいそうだ。地下道やダンジョンでは火は使えないことになっているので魔石を使う。
「魔力は少ししか必要ありませんが、予備に魔力ポーションが一瓶入っています。魔力は多いほうですか?」
「はい、どちらかというと多いほうですね」
「それなら大丈夫だと思いますが、魔力切れには注意してくださいね」
担当者に見送られて慧吾は階段を降りていった。後ろでガチャンと鍵がかかった音がしてビクッとなった。誰も見てなくて良かった。
下に着くとトンネルの真ん中に川が流れている。担当者の言っていたとおり、真っ暗で臭いがすごい。灯りの魔石を持って川を照らす。川の中にはぐにょぐにょした灰色のスライムがいた。思っていたよりべっちゃりとしていて、目もどこにあるんだかわからない。
「うへー。かわいくない」
慧吾は掃除道具を広げた。川の中のところどころにはしきりがあり、そこにゴミが溜まっているようだ。ゴミをトングで拾って袋に入れていく。途中何度か魔石を取りかえ、腰が痛くなったりしつつも、三時間かからずゴミ掃除は終わった。
「時間余ったなあ。浄化もかけたいけど……スライム消えちゃうよな。うーん」
スライムを眺めながら、慧吾は何かぶつぶつ言っている。
「スライムに結界を張る? 結界が負けちゃうかな? 対象指定? 自分にかけてるんだからできるよな? 出力も少なくできる……?」
慧吾は人化を解いて聖獣になった。これで上のランクの魔法が使える。
試しに魔力を小さく調整して氷を作ってみた。氷の粒がころんと転がる。自分を指定して浄化をかける。毛並みがふわふわになる。川から離れた壁の一部に浄化をかけてみた。壁の一部だけピカピカだ。隣の部分に結界を強めにかけ、浄化を弱くかけた。壁に変化はない。
(ということは、魔力の調整もできるし指定もできるし結界も有効か)
悩んだのに結局全部できたのだった。それならと、川に厚い厚い結界を張る。それから爽やかなそよ風をイメージして、結界の範囲に浄化をかけた。浄化の雪が舞うが結界にちゃんと弾かれている。
(よし、結界を解いて……。スライムは元気そうだな)
再びの人化。魔力はまだ大丈夫そうだが、慧吾は休んで担当者を待つことにした。
担当者は時間より早く地下道に降りてきた。
「ケイさんお疲れさまでした。体調はどうですか?」
先に慧吾の体調を気遣う。きっとここでリタイアする人が多いのだろう。貴族と違って平民はだいたい魔力が少ないものなのだ。体力と魔力と気力を使うこの依頼は人気がない。ほかにもっと楽で実入りのいい依頼だってある。
「大丈夫ですよ。……キレイになったと思うんですが……」
慧吾はにっこり答えた。担当者は川をチェックしている。
「あれ……なんか明るい? いや気のせいか。ケイさん、今日はこれで完了です。キレイになっていますよ。それで明日ですが」
「良かったー! じゃあ明日もこの時間に来ますね!」
「あ、はい。ありがとうございます。よろしくお願いします」
元気よく答えると、なぜか胸を押さえて担当者はサインをくれた。慧吾はさっさと外に出て担当者と別れた。
昼食時間をかなり過ぎて終わるため、お腹が空いていた慧吾は、近場の食堂に入った。そして鳥っぽい何かをもりもり食べた。
その後、依頼はまだ二日あるが冒険者ギルドに寄ることにした。資料室で調べものの続きをしてから依頼ボードを見る。
夕方の依頼ボードの前は閑散としていた。あれこれ見ていると赤い小さな頭が肩のところに並んだ。同じくらいのランクの依頼を見ている。突然、その赤いツインテールをした頭がくるりとこちらを向いた。
「ねえキミ、新人なの? ソロかしら?」
気の強そうな大きな鉄さび色の瞳、小さな赤い唇のかわいい少女だった。慧吾は一歩下がって答える。
「は、はい。そうです。昨日登録して」
「ふーん」と少女は慧吾をじろじろ見まわしてから言った。
「だったら私とこの依頼受けない?」
少女がさしたのはフォレストラビット肉調達の依頼だった。フォレストラビット自体の狩猟は容易だ。だが浅いとはいえ森での狩猟になるため、ソロでないほうが好ましいとされている。
「ごめんなさい。俺ちょうど三日間の依頼を受けていて、あと二日あるんですよ。その先も予定がわからなくて。お約束はできません」
「は? 断るっていうわけ? ……三日間って何受けたのよ」
「え、地下道清掃ですけど」
「あんなの受けたの? こっちにしなさいよ!」
確かに地下道清掃は一日大銅貨一枚ですごく安い。一日と言っても実質三時間ではあったが。対してフォレストラビットは一匹につき大銅貨一、二枚入ってくる。
しかし慧吾はユークリッドの街をキレイにしたかった。もっというと討伐系は気が進まなかったのだ。体術も剣術もろくにできない、必要な部位が残る魔法はアイスランスだけ。人間形態では不向きなのだ。
「…………」
慧吾はムッとして何か言い返そうとしたが、面倒になってふいっと目をそらし、何か言いつのっている少女を置いてギルドをあとにした。
少し早かったが宿に戻り、夕食を堪能して就寝した。おやすみなさい。