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6 ユークリッドはどこに

 慧吾はひとり冒険者ギルドの二階の資料室にいた。新しい本や古い本が混在している。それを手前からパラパラめくっていく。国の概要が載っている本、植物図鑑、魔獣図鑑、魔法図鑑などがあった。

 地図が見たかったので国の概要が載っている本を手に取った。新しめで大判の、雑誌型の本だ。それを開くと――――。



『大陸歴三六五六年建国。初代国王ユークリッド・アングレア』



「はあ!?」


 思わず慧吾は声を上げた。バッと本を閉じて表紙を見直す。



『アングレア王国の概要 三六五九年版』



「アングレア王国!? ユークリッドてば王様になっちゃったのー!? なんで……。あ……じゃあ簡単に会えないんじゃ」


 震える手で続きを読む。



『初代国王ユークリッド・アングレアは三六五一年、イーダン王国第五騎士団を率い、聖獣を従えてドラゴン討伐任務を完遂。褒賞によりアングレア領を拝領。のちに領土を開拓しイーダン王国から独立した。現在は五つの領を統治。産業は――――』



 そして気づいた。



『三六五九年版』『三六五一年ドラゴン討伐』



 この二つの記述に。


「今はあれから八年たってるんだ。あぁ、どんなに心配しただろうな。もう俺のことは諦めたかな。でも同じ時代だ。同じ場所にいるんだ」


 慧吾は顔に手を当て、大きくため息をついた。しかしユークリッドが元気であることはわかった。近くにいると思うと胸がきゅっと締めつけられるような思いがする。


 それから地図のページをめくってみた。この大陸にはドランス帝国、ヤハナ公国、イーダン王国、アングレア王国があり、ドランス帝国が大陸の三分の一の領土を占めている。次に大きいのがヤハナ公国。イーダン王国は更に小さく、アングレア王国はもっと小さい。


 アングレア王国は大森林に囲まれており、まだ領土のかなりの部分が未開の森だ。魔獣を減らすためにここを開拓したら、結果的に領土が広がったようである。

 しかしこの森はいくら開拓しても、環境にはなんの影響もないほど広大だ。そのおかげで、アングレア王国と大森林を挟んで君臨するドランス帝国の侵略からは逃れられている。


 次は王都の地図だった。東西南北に門があり、真ん中に王宮がある。

 慧吾が入ってきたのは東門で、一番栄えているので正門なのかもしれない。東門に冒険者ギルド、南門に学校がある。西門は職人街になっていて、北門には住宅が多いようだ。


 一旦片づけ、次に植物図鑑、動物図鑑、魔獣図鑑……と順番にめくってゆく。

 図鑑はお金ができたら本屋で買い求めたほうが良さそうだ。収納に入れておけばいい。


 最後に魔法図鑑を手にした。持っているスキルのページを探す。



『【浄化】 使用者は極めて稀に現れる。主に聖人、聖女、聖獣など。魔獣の瘴気を浄化して滅する。対象物を清浄化する。浄化MAXで怪我や病気を治癒』



 やはり治癒能力もあるらしいが、今はⅢだ。MAXとはいくつなんだろうか。



『【氷魔法】 対象物を凍らせる。それ以上は使用者がおらず不明』



「氷魔法は人気がない? まあ火のほうが威力ありそうだしな」



『【結界魔法】 熟練の魔術師になると大多数が所持。魔法の壁を出現させ、物理攻撃や魔法攻撃を弾く』



 レッドドラゴン退治のさいに魔術師たちが使っていた魔法である。



『【収納】 魔術師の五十人にひとり程度が所持。時間停止したまま無機物が入れられる。容量は魔力による』



 それでスヴェンが驚いたのだ。それでも目立って困るほどでもなさそうだ。

 慧吾は時空魔法を探したが、それは載っていなかった。載っていないということは固有魔法の可能性が高い。






 気がつくと二時間近く経過していた。慧吾は立ちあがり、肩を回して身体をほぐしてから階段を降りた。

 依頼ボードにはランク別に依頼が貼られており上から順番に見ていく。上のほうはAランクからCランク用の依頼で、討伐系や護衛の依頼が多い。


『ブラウンベアーの駆除 尾を提出すること 一つにつき銀貨三枚』

『マナス領までの護衛 往復 五名まで 完遂後ひとり銀貨五枚 食事つき』

『盗賊の捕縛 生死を問わず ひとりにつき大銅貨五枚 首領クラスは別途報酬あり』


 下のほうはDランク、Eランク用の依頼で、薬草採取系やお手伝い系が多い。薬草採取はDランクにならないとソロでは行けないことになっていた。


『キズナオリ草 一袋大銅貨一枚』

『一番亭 食堂配膳係 一週間銀貨一枚』

『地下道清掃 三日間大銅貨三枚』


「ふむ」


 慧吾はせっかくなら地下道清掃をやろうかと考えた。ユークリッドのいる街をキレイにしたい。キレイにするのは得意だ。依頼用紙をボードから剥がして教わったカウンターに持っていく。


「お願いします」


 そのカウンターの受付嬢は胸に「エル」と書かれている名札をつけている。


「こちらですね。かしこまりました。この場所に行って依頼を受けてください」


 とあっさり受付がすみ、依頼カードと街の地図を貰った。依頼カードには詳細な内容と依頼場所が書かれており、依頼完了のサイン欄もあった。街の地図は持っておきたかったので助かる。



 さっきのカウンターにいたスヴェンに挨拶がしたかったが忙しそうだ。通り過ぎてもう一度魔獣を提出しに行った。案外早く所持金がなくなってきたからだ。

 トマに声をかけて、今度は慧吾が自分で狩れてもおかしくないフォレストラビットなどを全て出すと、銀貨二枚になった。

 ギルドに戻りスヴェンの手が空いたのを見計らってから、慧吾は換金に行った。


「スヴェンさん、さっきはありがとうございました。資料室に寄ってきました。明日はこの清掃依頼を受けようと思います」


 スヴェンは片眉を少しだけ引きあげて慧吾の腕をポンポンと叩いた。


「ほう、重労働だぞ。大丈夫なのか? 頑張れよ」

「はい、頑張ります」

「今日はもう帰るのか?」

「はい。あの、どこかいい宿を教えていただけませんか?」


 人化を解いて野宿をしてもいいが、ゆっくりしたくて地図を広げて聞いた。スヴェンは爽やかに笑って指さした。


「宿か。ならここの『やすらぎ亭』がいいぞ。俺の知り合いの宿で一泊朝食つき大銅貨三枚、七日間だと銀貨ニ枚だ」

「わかりました。ありがとうございます」






 スヴェンと別れ、地図を見ながら進む。広場を突き抜けて数分歩いたところに『やすらぎ亭』はあった。馬車の通る大通りから一本道を外れていて静かだ。

 宿は一階が食堂になっていて、二階に続く階段が奥にある。食堂では四十歳くらいで栗色の髪の、エプロン姿の女性と、二十歳くらいの女性が働いていた。


「いらっしゃい。……おや初めてだね? 食事かい?」

「はい。夕食も頂きたいのですが、宿も一泊お願いします。ギルドでスヴェンさんに紹介されてきました、ケイと言います」

「ああ、スヴェンからの紹介かい。ようこそやすらぎ亭へ。一泊朝食つきで大銅貨三枚だよ。夕食は帰ってこない人も多いから別料金だ」


 と、ふっくらした顔でにこにこしながら歓迎してくれた。


「アナ! 二階に案内して! 一休みしたら食事に降りてくるといいよ」

「はい。よろしくお願いします」


 若いほうの女性がやってきたのに大銅貨三枚を払い、二階に案内してもらう。

 部屋の中は四畳半くらいの大きさだ。しかしちゃんとトイレと洗面所がついている。一階には共用のシャワーがあるそうだ。


 慧吾は浄化を使い、身体をキレイにした。それから洗面所の鏡で身だしなみを整えようとして目を瞠った。


「あれっ……。目が紫だったわ。服のせいだけじゃなかったんだ。めちゃ目立ってたわ」


 今まで紫の瞳の人間をまだ見かけたことがない。みんな普通の対応をしてくれたので全くいない訳ではなさそうだが。一度会った人には覚えられてしまいそうだ。



 休憩を入れたあと、慧吾は食事に行った。十二人も入ればいっぱいになるような食堂で、半分ほど席が埋まっていた。

 ここは家族だけで経営しているようだ。女将さんが奥に向かって何か話している。それに対して男性の返事が聞こえた。


「部屋はどう、気に入ったかね?」


 空いている席につくと女将さんがやってきた。慧吾は反射的に笑顔で答える。


「はい。快適です」

「そう、良かった。日替わり定食でいいかい?」

「美味しそうですね。お願いします」


 出てきた料理は煮込みがメインで、スープとパンがついていた。煮込みにはよく煮込まれた柔らかい何かの肉と野菜が入っている。慧吾は一口食べて本物の笑顔になった。それから夢中で食べてしまった。

 どうなるかわからなくて一泊を頼んだが、一週間でも良かったかもしれない。朝食も楽しみだ。


「ごちそうさまでした! すごく美味しかったです」


 満面の笑顔で席を立ち、銅貨五枚をアナに渡して二階に上がった。






 部屋のベッドにごろりと横になる。消化に悪いと思いつつも、精神的にも疲れていてついうとうとしてしまった。真っ暗な中目を覚まし、雑貨屋で買った時計を取りだすと真夜中になっていた。

 慧吾は身を起こしベッドから降りて窓を半分開けた。窓から見おろせば、馬車が数台行き来するだけでもう誰も歩いていない。治安がいい街でも、電気のないこの世界では夜が暗く、夜中に外を歩くのはできるだけ避けたいのだ。


 一旦中に引っ込み、人化を解いた。聖獣シスイの姿になると窓に前足をかけて飛びおりる。

 人通りのない道をまっすぐに走る。やがて王宮の前に出た。王宮の周りを一周ぐるりとしてみたが、高い壁が外からの侵入を拒んでいる。東西の門はしっかりと閉まり、小さな覗き窓から中の門番と話ができるようだ。


 誰か来ないかなあとおすわりして覗き窓をジーッと見つめている姿は、ユークリッドが見たらきっと悶えていたに違いないかわいらしさだ。

 深夜のため誰も通らず、シスイは仕方なく宿に帰った。とにかくユークリッドが住んでいるところを見ることはできたのだ。また来よう。

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