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交錯逸話  作者: 永旅 真
8/13

episode7:心の囲いはガラスで作られる

「そーちゃんの嘘って、分かりやすいよね」

 

 ――学校へ向かう朝。

 一緒に歩くそよぎに、ライブは言った。

「え?な、何、突然…」

「あ、うん。なんか急にそう思って。私とそーちゃんの付き合いって長いじゃない?だからかな、そーちゃんってそういう所あると思うんだ、私」

「つ、付き合い…えっと、そうよね…あ、でも端鞘さんが仲間になる前に、端鞘さんについた私の嘘は…」

「あのハッタリ…というかジョークは凝人さんにはわからなかったけど、私には一瞬でわかったから。そーちゃんは本気で人をひどい目にはあわせない人だって知ってたし」

 ライブはそよぎに屈託のない笑顔で嬉しそうに話す。

「…ま、わ、私も…その…ライブにだけ分かりやすいのなら…いいかな…」

「えへへ、ありがと、そーちゃん。…あ、だから私には嘘ついちゃ駄目だぞっ♪…なんてね♪」

 ライブはそよぎのおでこに人差し指でちょん、と触る。

「…」

 するとそよぎは突然、鼻を押さえて俯く。

「…そーちゃん?!どうしたの、大丈夫?!」

「…大丈夫…ちょっと…は、鼻血が出ただけだから…」

 それを聞いたライブはそよぎのうなじをとんとん、と優しく右手で叩く。

(…うなじを優しく叩くのは間違った対処法だって聞いたような……でも、これはこれで……)

 ライブに優しくされ、恍惚とするそよぎだった。

 

 

 

 綺寺高校の昼休み。

 そよぎは書類を生徒会室の机の上に置くと、ひときわ立派な椅子に腰掛けながら本に夢中になっている女性に話しかける。

 その女性は小柄で、リボンをつけたポニーテールの少女だ。

「…会長。書類持ってきましたよ。早くに目を通しておいて下さいね」

「あー」

 会長と呼ばれたその少女は本から目を逸らさずにそよぎに返事をする。

「…会長。会長ー」

「いー」

「……」

 適当な返事をする会長にそよぎは少し苛立ちを覚える。

 次は五十音順でいくと『うー』とでも言うつもりなのだろうか。

そこでそよぎは氷(会長のコップに入れる予定のもの)を一つ手に取り、会長の首の後ろから服の中に入れる。

「…つめったああああ!!!!」

 会長は冷たさで飛び上がった。

 しばらく経って、背中あたりの服の内側から氷を出すとようやく落ち着きを取り戻す会長。

「うぅ…そよそよ…いきなりひどいのだ…」

 会長と呼ばれた人物――綺寺高校生徒会長は涙ぐむ。

 本名は『綺寺 はすのは』。綺寺高校の創立に関わるぐらいに古くからの家系に連なる人物であり、綺寺高校のトップの権力者である富豪を祖父に持つ、世間知らずの箱入りお嬢様だ。

「ひどいも何も。貴方が会長に就いている以上、それ相応の仕事はしてもらわないと。今のはそれを理解させる為の喝入れです」

「そんな書類、そよそよが管理しておけば良いのだ。どうせ部費の割り当て提案書とかだから、計算が得意なそよそよが適任なのだ。ウチは計算苦手だし」

「私は副会長です。決定権は私にはありません」

「じゃあ、今だけ決定権を副会長に預ける!…ってのはどうなのだ?」

「無茶言わないで下さい…」

 そよぎはため息をつく。

「とりあえず…会長にわかりやすいように書類を私がまとめておきますから。とりあえず、生徒会役員を連れて行事に関する書類をコピーして学校中に掲示しに行って来て下さい」

「わかったのだ!流石そよそよなのだ!じゃ、行って来ますなのだ~」

 生徒会室に居た役員を何人か連れて、会長は行ってしまった。

(ふぅ…なんか放っておけないのよね…会長は。ま、私が世話になってるから仕方ないけど)

 

――そよぎが会長に世話になった事。

 実を言うとそよぎがライブと同じクラスに在籍しているのは、会長のおかげなのである。

 元々そよぎは、綺寺高校に在籍していなかった。が、ライブと知り合ってからライブと同じ学校に通うようにしたかった為、綺寺高校に転校という形で在籍する事にしたのだ。

 だが転校したからといって、ライブと共に居る時間は同じクラスにいなければあまり増えない。

 そんなそよぎが学校見学している時に声をかけてくれたのが生徒会会長に就任する前の現生徒会会長。

 

『…転校する予定の鼓芽 そよぎだよね?容姿は抜群、噂通りなのだ。学力もあるっていうし…どう、ウチが生徒会会長になったら生徒会副会長になってくれない?もし引き受けてくれたらうちの高校に入る時に何か特典付けてあげるのだ。使える人材が欲しくてさあ』

 

 そこでそよぎが駄目元でライブと同じクラスに編入させて欲しいと言ってみると、すんなり了承してくれた。

 なんでも理事長や校長に現生徒会会長が掛け合えば、簡単にやってのけられる事だったとか。

 ――そんなわけで、そよぎと会長は『持ちつ持たれつ』な関係になったのだ。

 

 ふと、会長がさっきまで読んでいた本がそよぎの目に止まった。




学校の校門前で待ち合わせたライブとそよぎは、行きつけのケーキショップ『甘流氷』へと向かう。

ライブとそよぎが店に入ると席に案内された。

「そーちゃん、今日は何にする?」

「…そうね、コーヒーはいつもので…あら、新作ケーキがメニューに追加されたみたいね」

「あ、本当だ。う~ん、チョコレートケーキとどっちにしようか迷うなあ…」

「じゃあライブ、私が新作のケーキ頼むからチョコレートケーキとはんぶんこにしない?」

「賛成♪じゃあ私はチョコレートケーキと…ミルク入り紅茶にしよっと。…すみませーん」

ライブがオーダーをしようと店員を呼ぶ。

 さっき席に案内してくれた店員は他の所で忙しいらしく、カウンターの奥から店員が注文を受けに来た。

「…注文、お伺いします」

「チョコレートケー…!?」

「どうしたのライブ…っ?!」

 二人はその店員を見て驚く。

 ――見覚えのある容姿。その店員は…シルフだったのだ。

 美しい赤茶色の髪を二束の三つ編みにまとめ、頭にはヘッドドレスをつけたロングスカートのウェイトレス姿。

 何日か前に洞窟で初めて会った時の張り詰めた糸のような鋭い印象はなく、全体的に柔らかな雰囲気をかもし出している。

 表情はまだにこやかさに欠けるが、それはそれで需要があるのかもしれない。

「…シルフさん…だよね?」

 ライブが他の客に聞こえないように小声で問いかけると、シルフは表情が硬いままコクリと頷いた。

 

――あの洞窟での出会いの後。

仕事抹殺屋を休業して暫く日本に居る事を決めたシルフは、ライブ達から怪盗の血筋やライブ達について詳しい話を聞いた。

 能力痕の情報漏洩の恐れがある為、原則として血筋同士の争いは禁止だという事。

 情報漏洩を表社会にさせないように作られたのが探偵局だという事。

血筋の者は能力痕の詳細を血筋でない者には絶対明かさない事。

これは血筋の者ならば共通の考えで、血筋でない者に利用されたり実験体として売り渡されるのが明白な為に生み出された考えである。

シルフもその事は身をもって知っており、リグラッドに拾われる以前は化け物扱いされたりと苦労した経験もあった。

詳細を知っているという点では凝人とオリーヴという例外もいるが、それはライブ達と信頼関係を築いた為に特別に許された事なのだ。

もちろん、ライブ達がしている『探偵と怪盗の勝負』についてもシルフは聞いた。

そしてそれを聞いたシルフはライブ達とある提案を持ちかける。


『貴方達の勝負を邪魔するつもりはない。けど、オリーヴは貴方達の勝負に参加するにはまだ経験不足な所がある。だから…貴方達の勝負を邪魔しない範囲でオリーブが危なくなった時、私がオリーヴを守る』

 

 洞窟での勝負の最中、オリーヴについて分析したシルフならではの考えだ。

 ライブとそよぎはこの提案をしばらく話し合ったが、オリーブ自身も交えて話し合いをして、この提案を受け入れる事にした。

 

『オリーヴも今回の勝負で自分の未熟さを思い知りました…いつかシルフさんに心配されないくらいになれるように頑張ります!』

 

 と、オリーヴが言ったのが決め手になったのだ。

 シルフはオリーヴを守るのは好きでやってるから給金なんて必要ないと言ったのだが、ライブとそよぎに無理矢理納得させられて(無料でシルフ程の腕前を雇うとなると裏社会では良くない噂が立ちかねないからだ)オリーヴのもしもの時のボディガードとして給金で雇われる形で落ち着いた。

 

 

「でもシルフさん、なんでまたウェイトレスを?」

 シルフが運んできたチョコレートケーキを半分に分けながら、ライブはシルフに問いかけた。

「日本にただいるだけじゃつまらなかったから…気まぐれで始めてみた。…私は多分、本音ではこういう仕事したかったんだと思う。楽しいし。元はと言えば貴方達と出会ってから、色々考えるようになって初めて、こういう仕事もしてみようかと思えるようになった。…感謝してる、ライブ、そよぎ」

「お礼なら…私の妹に言ってあげるべきじゃないかしら?少しの間連絡しなかっただけで、ものすごく寂しがってるのよ?あの子」

「うん、『シルフさん何してるんだろうなー』とか言いながら料理して、危うく火事になる所だったよね」

「ふふ、あの時アルマさんが気付いてなかったらあれは危なかったわね。まあ、気が向いたら私の家に来るといいわ。オリーヴ、喜ぶと思うから」

 赤面してるのを見られたくないからか、二人の言葉に俯くシルフ。

「…それじゃ何かあったら、呼んで…下さい」

 数秒後、赤面が納まったシルフは一礼すると店の奥へと入っていった。

 

 

 店の厨房の壁に寄りかかったシルフは思う。

 

(…リグラッド…私、ようやくリグラッドの言葉のありがたみが分かった気がする。だから…これから見守っていて欲しい。なるべくオリーヴ達と長く一緒にいられるように…)

 

「アスカゼさーん、オーダー。アメリカン二つ、チーズケーキ二つ」

 シルフは他の店員の声を聞き、はっと我に返る。

 そして頬に伝っていた涙を拭う。

「オーダー入りました。アメリカン二つ、チーズケーキ二つ」

 復唱すると、シルフは早速注文されたものを用意し始めた。

 

 

 

 ――そよぎの家の地下室で木のぶつかり合う音が響く。

 そこではライブとそよぎがビリヤードをしていた。今、地下室にいるのはライブとそよぎの二人だけである。

「じゃ、次はライブの番ね」

「…うぅ…うん…」

 そよぎの余裕そうな声と、ライブの消え入りそうな声。

 それもそのはず。

 そよぎは私服で普通にビリヤードをしているのだが、ライブの着ている服は…バニー服。

 黒いレオタードに網タイツ、黒いハイヒール。

 お尻には白いうさぎの尻尾がついており、頭にはうさみみカチューシャ。

 レオタードは体型をはっきりと出し、ぴっちりと体全体に張り付いているように見える衣装である。

この衣装を着るのはある意味お風呂で裸になる以上の恥ずかしさがあると感じたライブは顔を赤らめさせ、悩ましそうに体をくねらす。

 いつものキューさばきもどこへやら、恥ずかしさで上手く狙いが定まらない。

 ――何故こんな事になっているかというと…言わずもがな、勝負後の罰ゲームである。

 洞窟内での勝負は最後、ライブがそよぎに助けられるという結末で終わった。

 だから実質そよぎの勝ちという事で、そよぎがライブの罰ゲームを決める事が出来るのである。

 本当はそよぎはライブのバニー姿を撮影したかったのだが、ライブが失神しそうになるくらい恥ずかしがるので、罰ゲームの内容は『バニー服でビリヤードをする』事になったのだ。

 ライブにバニー服を徐々に慣れさせ、いずれライブのバニー姿の撮影をしようとそよぎが企んでいるのは…余談かもしれない。

「…ぅ…えいっ…」

 ライブはぶるぶると手元を震わせながらキューで玉を突く。

 しかし突かれた玉はへなへなと蛇行し、他の玉に届く前に止まる。

(…ああ…羞恥に震えるライブ……なんて可愛い…)

 ライブの一挙手一投足を余すところ無く堪能するそよぎ。

 地下室の照明に照らされるライブの白い肩と鎖骨。ライブが震えるたびにピョコン、と揺れるウサ耳。レオタードの端から覗く、私服では絶対拝めないライブの大事な部分が見えそうで見えないきわどい服のライン。

「私の番ね…えいっ」

 そよぎはわざと他の玉に自分が突いた玉を当てないようにしてキューをさばく。

 こうすればビリヤード勝負を長引かせる事が出来るからだ。今のライブにまともなキューさばきなど出来るはず無いのだから。

「…そーちゃん、わざとはずしてない…?」

 ライブは羞恥に顔を赤らめさせながら問いかける。

「あら…ばれちゃったかしら?でも…それはライブが可愛過ぎるからよ♪」

「うぅ…意味わかんないよ、そーちゃん…ちょっと休ませて…か、体に力入んない…」

 ライブはその場にぺたん、と座り込む。

(…なんかお尻が冷たい…)

 カーペットを敷いているとはいえ体育座り(ハイヒールだと正座がしにくいのだ)なので、地下室の床の冷たさがライブのお尻に伝わってくる。

「…あら、ライブ。お尻を冷やすと良くないわよ…ほら」

 そう言ってライブをお姫様抱っこで抱き上げるそよぎ。

「わ…そーちゃん…」

「じゃあ、ビリヤード台の上に座ってて。傾かないように私が台を支えてるから」

「…ありがと、そーちゃん」

 そよぎはライブをビリヤード台の上に座らせる。

 

(なんか、これはこれでなんというか、その…扇情的ね)

 

 ビリヤード台の上にバニー姿で乗る可愛らしい少女。

 …一部の人からは熱狂的に支持されそうな構図である。

 

(なんか…そーちゃんって格好良い…洞窟で抱っこされた時も思ったけど…なんかこう、王子様って感じで…だから学校の女子に人気があるのかも)

 

 そよぎは学校では女子からの黄色い声で人気を集めている。下級生の憧れの的になっているとかいう噂も立つくらいに。

「…ふう。なんか落ち着いた。じゃ、再開しよ、そーちゃんっ」

 ライブはそよぎを見ていると気分が落ち着いてきた為、ビリヤード台の上から飛び降りる。

 それからライブの罰ゲームはその後数分間に渡って続けられたのだった。

 

 

 

「…じゃあ、着替えてくるね、そーちゃん」

 罰ゲームが終了すると、ライブは着替え部屋に移動しようとする。

「あ。待って、ライブ」

 そよぎはライブを呼び止め、懐から一通の封筒を取り出す。

「あ…それ」

 ライブが反応した矢先。そよぎはバニー姿のライブの胸の谷間に封筒をはさんだ。

 

「…負けないよ、そーちゃん。最近チーム戦になってから怪盗側が勝つパターンが多くなってきたからね」

 

第一規則ルール・ワン。勝負をしかける時は事前に怪盗役が予告状を探偵役に渡す。』

 次の勝負の怪盗役はそよぎ。探偵役がライブ。

 今ライブに渡された封筒の中身は怪盗クロイエンスの予告状だ。

「ええ、そうね…。お互いにベストを尽くしましょう」

「うん!」

 ライブは元気良く返事をして、地下室から出て行った。

(…それにしても)

 地下室に一人取り残されたそよぎは顎に手を当てて考える。

(ライブ、胸が前より少し大きくなったわね…あんなに容易く谷間にはさめるようになったなんて。…ふふ、将来が楽しみね)

 その後、そよぎは一人で地下室で暫くライブの事について考え込んでいた。

 

 

 

 『明日の正午に開かれる、貴ノ守ビルでとり行われるオークションにて、最も価値の高い商品をもらい受ける』

 怪盗クロイエンスが出した予告状の内容はこれだけ。具体的に何を盗むのかも、犯行予定時刻も書かれていない。

 この予告状を受け、貴ノ守ビルの関係者は鑑定家を呼んで商品をくまなくチェックした。

 しかし、怪盗クロイエンスが目をつけそうなものは見つからない。

 ライブも今回のそよぎの予告状には違和感を覚えていたが、結局そよぎの真意を分析するまでには至らなかった。

 ――様々な思惑が飛び交いつつも、そよぎの犯行予告の日が訪れた。

 

 

 

 怪盗クロイエンスの犯行予告があったとしても、オークションを中止にするわけにはいかない。

 そう判断したオークションの主催者側は厳重な警備の元、オークションを予定通り開催した。

「では、この商品。まず、十万円からスタートです…」

 アナウンスの声が会場内に響き、オークションの参加者達がどよめき始める。

 そんな光景の端でライブは会場内を隅々までチェックしていった。

(…今の所そーちゃん達に動きはなし。やっぱりそーちゃんの言う『価値の高い物』って…)

 ライブはそよぎの言葉からそよぎの性格について考えてみる。

(そーちゃんはお宝の価値を単純に値段で決めるような人じゃない。だから落札金額や鑑定眼で高値だと判断した値打ち物を盗みに来るとは限らない。…かといってオークションの商品リストにそーちゃんが盗みたがりそうな、神秘的な物はないし…)

 そよぎはいわく付きな物や、人類が詳細を知りえないオーパーツなど、謎が多いお宝を好んで狙う癖があるのだ。

(…そーちゃんが動き始めれば全て謎が解ける。今は地道に待っておいた方がいいか…)

 ライブは会場内の別の場所をチェックしている凝人とアルムに通信機で指示をしつつ、そよぎ達の動きを待つ事にした。

 

 

 

 オークションも半分くらいの日程が過ぎた。

 ここ、貴ノ守オークションでは落札予想額が高くも無く安くも無い物からリが始まり、次に落札予想額が安くなりそうな物、最後に落札予想額が高くなりそうな物の競りが行われる。

 つまり今競りがされているのは落札予想額が比較的安い物なのだ。

 そんな中、ライブの通信機に凝人から連絡が入る。

『ライブちゃん、奇襲だ!しかも単独でクロイエンスの仲間の一人が!』

「了解!じゃ凝人さんは予定通りに対処を!私もすぐにそっちへ行きますから!」

『了解!』

 単独で奇襲、しかもそよぎでないという事はおそらく襲撃者はアルマだろう。

 オリーヴについては、『韋駄天』を予備のパーツで新しく作り直ししているものの、まだ完全に組みあがっていないようだったからおそらく今回は奇襲には参加できないだろう。

(そーちゃんと私の戦略の違い…その一つ、私の考える奇襲は囮を使った奇襲だけど、そーちゃんの考える奇襲は進入、または脱出経路確保の為の奇襲。ならそーちゃんはアルマさんの経路を『行き』にしろ『帰り』にしろ利用するはず。…つまり『アルマさんの動きに注目すればそーちゃんの動きもある程度割り出せる』という事)

 ライブは自分の憶測に基づき、凝人との合流をしようと会場を出た。

 

 

 

 会場の外の街路。探偵局の探偵や警察官が仮面を被ったレディススーツの襲撃者――アルマを捕まえようとする。

 しかしアルマは近づいてくる者達をこん棒で振り払い、気絶させていく。

「…ひゅーっ…」

 アルマは息継ぎを丁寧に行い、体力の消耗を抑える。こん棒を使っているのも相手の間合いに踏み込む為の体力を節約する意味が込められているのだ。

 もちろん、こん棒を振り回すときもアルマの能力痕『対象物の変形する振れ幅の限界を限界以上に引き出す』能力で筋肉の伸縮の幅を極端にし、伸縮させる事で超人的なパワーを使っているので一撃で相手を気絶させる程の威力を持つ。

 怪盗仕事を経験していく内に武器を扱う事を覚えたくなったアルマは練習に練習を重ね、ここ最近でようやくライブ達に認められる程のこん棒の扱いを会得したのだ。

 探偵達が捕縛ネットを発射するバズーカを構える。

 すかさずアルマは持っていたこん棒を中心で分割し、二本のこん棒にする。二本のこん棒の間は鎖が繋いでいる。

 そして二本のこん棒の内の一本を持つと、鎖鎌やヌンチャクのようにもう片方のこん棒と鎖を遠くでバズーカを構えている者の手元を狙い振り回す。

 バズーカを次々と叩き落し、探偵や警察をさらに気絶させていくアルマ。

 それを物陰から見ていた凝人は少し怖気づく。

(…うっわー…武器を使わないで格闘してた頃とは比較にならないくらい凶悪だな…。あれ、一発でも当たったら即退場レベルじゃ…でも)

 凝人はごくりとつばを飲み込むと覚悟を決める。

(でも今は…俺だって怪盗であるライブちゃん達の仲間の一人なんだ。やってみせるさ!)

 凝人は物陰から出るとほぼ同時に麻酔銃をアルマに向かって構え、狙いを定めて引き金を引こうとする。

 

――が、引き金が『グニャリ』と曲がるだけで麻酔銃から弾が放たれる事はなかった。まるで、引き金だけが金属ではなくゴムにでもなってしまったかのように。

 

 (…まさか)

 凝人は引き金がこうなってしまった原因に気付いた矢先。凝人が首の後ろに鈍い痛みが一瞬走ったかと思うと、凝人は気絶してその場に倒れてしまった。

 (…ごめんね、凝人たん)

 心中で謝るアルマ。

アルマは、凝人が麻酔銃を不発に終わらせた隙を狙って凝人の首の後ろにこん棒の一撃を加え、凝人を気絶させたのだ。

 ――凝人の麻酔銃の引き金がゴムのように柔らかくなってしまった理由。

 それはアルマの能力痕が原因だ。アルマの能力痕は対象物を柔らかくする能力であり、対象物の構造の把握と動きの脳内シュミレートさえできれば対象物が距離的に離れていても使える。

 凝人が物陰から出てきた瞬間、凝人が麻酔銃を持っている事にとっさに気付いたアルマが引き金を能力痕で極端に柔らかくして麻酔銃を撃てなくした、というわけだ。

 引き金自体が曲がってしまえば、麻酔銃の引き金を引いた事にはならない。

能力痕の使い方の上達もアルマが特訓した成果であり、アルマにとって大幅な戦力アップになったのである。

 アルマはオークション会場へと急いだ。

 

 

 

 ――ブオオオオオ…

 『韋駄天』の推進システムを利用した高速移動用バイクに乗り、街中を疾走する怪盗クロイエンス――そよぎ。

 このバイクはホバークラフトのように風圧を下側にだけでなく、機体の様々な所から風圧を放出できるので、操作によっては壁走りもする事が出来る。

 人だかりも壁伝いに走る事で簡単に避けられ、風圧を強めれば高く飛ぶ事も出来るので信号などに進路を阻まれる事もない。

 そのまま走っていると、ターゲットのあるオークション会場である建物が見えてきた。

 バイクの計器の横についている時計を横目で確認するそよぎ。

(時間は…丁度良い具合みたいね。さて…)

 そしてそよぎはバイクのハンドルの脇についているスイッチを押す。

 するとバイクの前面から煙幕弾が放たれ、辺りを煙で覆う。

 そしてそよぎは会場の扉をバイクの前面についている槍のような刃物で破壊し、アルマとは別ルートから会場へと侵入を果たす。

 お宝は倉庫からオークション会場へと運ばれ、競りが始まる。

 そよぎの狙いは倉庫からターゲットがオークション参加者の前まで運ばれる間の時間だ。

 会場の奥まで進んでいくと先がバイクで走るには少し狭い通路になっている。

(ここがバイク移動の限界みたいね…なら!)

 そよぎはバイクのオート操縦モードのボタンを押すとバイクから離れ、通路へと降り立つ。

 バイクは槍のような刃物で壁を破壊し、外へと出て行ってしまった。

 そして、バイクから降りたそよぎに警備の者達が向かってくる。

「参上致しました。――勝負といきましょう」

 そよぎは一言言い放つと袖の下から透明なワイヤーを出して、能力痕の力でワイヤーを意のままに操り警備員達を縛り上げていった。

 

 

 

『えー、怪盗クロイエンス。警告しますの』

 そよぎが倉庫へと近づいて行くと、突然スピーカーから聞き慣れた声がした。アルムの声だ。

『現在貴方がいらっしゃるそちらの場所は危険地帯ですの。せいぜい気をつけてくださいまし』

 それだけ言うと、通信は途切れた。

(…あからさまな脅しね、アルムさん…でも)

 そよぎは前回の洞窟でのアルムの策を思い出してみた。

(正直アルムさんの考える策は読み切れない。前回はそれで痛い目をみたわけだし…)

 前回はそよぎが予想した対応策が裏目に出るという結果で終わってしまった。

 今回も下手な憶測は自分の首を絞める恐れがあるのだ。

(ここはアルマさんを見習って、憶測無しの出たとこ勝負をしてみようかしらね。なんだか私らしくないけど…)

 そよぎは警備員をかわしながらどんどん進んでいき、倉庫へとたどり着く。

 扉を小型爆弾で壊すと、そよぎの後ろから隔壁が下げられる音が聞こえてきた。

 ターゲットは今恐らく、倉庫とオークション会場の間の通路を使って運ばれている。

 隔壁を使って倉庫ごと隔離されたという事はターゲットに向かうには隔壁を壊す必要が要るようになってしまったのだ。

 そしてそよぎの近くの通気溝から勢いよく何かが流れ込んでくる。

(これは…酸素!?)

 そよぎが感じた通り、通気溝から流れ込んできたのは酸素だ。

『えー、怪盗クロイエンス』

 スピーカーからアルムの声。そよぎはその声を注意深く聞く事にした。

『そこには所々、爆弾が仕掛けられていますの。無理矢理はずそうとしたら爆発するぐらい敏感な物ですの。これだけ言えば多分自分の置かれた状況がお分かりになられたのでは?』

 ――火器は酸素は多ければ多い程引火しやすく、火の回りも早い。

酸素濃度が上がった場所で爆弾。もし爆発すれば隔離された場所がまるごと爆発する事になる。

 しかし、ちゃんと気絶している人を運んでフィールドから遠ざけた前回の洞窟での勝負はともかく、今回は隔離された場所に気絶した警備員達が居る。

そよぎだけでなく、アルムは警備員達もろとも爆弾の脅しの影響を及ぼそうとしているのだ。

 ――まさか、アルムは警備員…建前上たてまえじょうの味方を人質に使おうというのか。

 そよぎは人殺しをしない主義なのだから、例え敵だとしてもそよぎが人を見殺しにするわけはないのだ。

 それはアルムどころか怪盗クロイエンスを知っている者ならば誰でも知っている事なのである。

『――クロイエンス!!』

 そよぎに突然の通信。その声はオリーヴの声だ。

『確認しました!そのフロアに点在する爆弾は全て、信管が抜かれています!爆発する事はありません!』

 ――オリーヴは今、会場とは少し離れた場所から小型の虫型ロボットを操っている。

 その虫型ロボットが会場中に侵入し、点在する爆弾をレントゲンでの透視でチェックした所、爆弾の信管が抜かれている事を確認したのだ。

 レントゲンでの透視を使えば、無理に爆弾を動かす必要がなく爆弾を調べられる、というわけだ。

『了解!!ご苦労様!』

 そよぎはオリーヴに労いの言葉を送ると、通信を切る。

(…そういえば…)

 そよぎは思った。よく考えればアルムが爆弾の信管を抜くのは当然だ。

 無理矢理はずそうとしたら爆発する程の敏感な爆弾なら、誤動作によって爆発する可能性を孕んでいるのだ。

 フィールドが洞窟などのような隔離されにくい場所ならともかく、今隔壁で隔離され、酸素濃度が上がった場所で間違って爆発が起きようものなら大惨事になってしまう。

 だからアルムは爆弾の信管を抜いて、爆弾を脅しの為だけの物として使ったのだ。

(…どうしても私は頭で考えちゃうのよね…こんな当たり前の事にも気付けなかったなんて)

 そよぎは思った。頭で考えない出たとこ勝負をするのにも、個人の資質が大きく関係する、と。

(私も課題が増えたわね…頭で考えない事を覚えないとね)

 そよぎは、酸素濃度の上がった今居る場所で爆弾を使うわけにはいかないので、隔壁の電子ロックをハッキングして開けて行きながらターゲットに向かって急いだ。

 

 

 

 オークション会場の様子が映像付で中継される。

 待ち行く人々はそれぞれ街中のビルの大型スクリーン、家電量販店のテレビ、携帯電話の内蔵テレビなどでその様子を固唾を呑んで見る。

 そして、仮面にタキシード姿の怪盗の姿が大きくテレビに映った。

 

 ――その怪盗は…ドール・ベア、熊のぬいぐるみを持っている。

 

 その光景を見てテレビの中継を見ていた者はざわつき始めた。

 そしてクロイエンスはドール・ベアの背中から中の綿わたに手を入れると、ドール・ベアの中から何かを取り出す。

 取り出した物は…天然にのみ存在する見事な輝きを持った、大きめのダイヤモンド。

 クロイエンスの狙いはドール・ベアではなくその中に隠されたダイヤモンドだった、というわけだ。

『…では予告通り、『最も価値の高い商品』は貰い受ける』

 クロイエンスはドール・ベアとダイヤモンドを抱えたまま、会場から脱出していった。

 

 

 

 そよぎはハンググライダーを使って会場から飛翔し、脱出する。

 そして入り組んだ裏道に入り、人が周りに居ない事を確認したそよぎはそろそろ地上に降りようとハンググライダーを降下させる。

(さて…と。そういえば…まだライブと会ってないような…)

 そよぎがそう思った矢先。

 突然そよぎの使っていたハンググライダーが空中で分解したのだ。

(嘘…この戦略って…)

 そよぎが事前に仕掛けてあったハンググライダーに仕掛けがあった為、ハンググライダーは分解した。

 ――誰の仕業か?という疑問はわかない。当然、ライブが仕掛けたのである。

この戦略は以前そよぎがライブに仕掛けたものと同じ。

 韋駄天が壊れている今、そよぎが利用出来る脱出方法はハンググライダーしかないと判断したライブが、そよぎが事前に隠しておいたハンググライダーに細工を施し空中で分解するようにしたのだ。

 そして、そよぎとハンググライダーの命綱でつながれたパーツからパラシュートが開いた。

 この細工もライブの仕業である。

(まさか、以前私が使った戦略をライブが使うとはね。ライブの策も読みづらくなってきたわね…)

 そよぎはライブに関心すると、降りようと思っていた場所で探偵服姿のライブが待っているのが見えた。

(…私の降りる場所まで読まれてるなんて。どうやら今回の勝負は完全に私の負けみたいね…)

 そよぎは負けを確信すると、パラシュートでスタッと地上に降り、ライブに話しかける。

「今回はしてやられた…」

「ふふ、そうだね」

 ライブはそよぎに駆け寄り、パラシュートをはずすのを手伝った。

 

 

 

 綺寺高校の昼下がり。

 いつも通り生徒会室に行ったそよぎはいつも以上に騒がしくなっている会長に気付く。

「…会長。何だっていうんですか、もう…」

 そよぎが半ば呆れ気味で会長に話しかけると…

「そよそよ!!!見るのだ、これ!」

「なんですか…ん?ポスター?」

 ポスターに描かれているのは…怪盗クロイエンスの写真。

 今までに記録に残ったクロイエンスの映像の中で、一番いい映りだといわれている写真だ。

「格好良いだろうー?それにしても…あぁ~、素敵過ぎるのだ。クロイエンス様…」

「…『様』?」

 そよぎは少し顔を困ったようにひくつかせる。そして、口を開く。

「『様』って…怪盗ですよ?」

 怪盗は世間的には批判的な目にさらされる事が多い。

 だからそよぎはあえて皮肉っぽく会長に聞き返したのだ。


「そよそよは探偵だからなー。わからないかなあ、この方の素晴らしさ。詳しい事は言えないけど…この方は誰よりも優しく、格好良く、美しい心をお持ちで…ウチは惚れたのだ、この方に!この方の為だったら、ウチは身も心も捧げるのだ!ああ、クロイエンス様の次の予告状はいつなのだ~?早くまたお目にかかりたいのだ~」

 

「ほ…惚れ…た?」

 そよぎは驚愕のあまり、この昼休みは生徒会の仕事に身が入らずに過ぎたのだった。

 

 

 

 会長がクロイエンスに興味を持ったのは、オークション会場での『怪盗と探偵の勝負』の決着数分後に起きた出来事が原因である。

 

「はぁ…」

 子供も親に連れ帰られた時間の為、人気ひとけのない夕暮れ時の公園。

 ため息をつく一人の少女がベンチで頭を下げてうなだれているだけで、公園に他に人はいない。

 その少女は綺寺 はすのは。綺寺高校の生徒会長その人だ。

「――お嬢さん。何かお困りかな?」

 一人の男性が会長に話しかけた。

 会長が顔を上げると、視界いっぱいに飛び込んできたのは、熊のぬいぐるみ。

 男性が腹話術のように熊のぬいぐるみを使って会長に話しかけたのだ。

「…これ…!!!なんで、ここに…」

 熊のぬいぐるみを見た会長は驚きを隠せない。そして、熊のぬいぐるみを持っている男性の顔を見る。

 すると…その男性は仮面を被ったタキシード姿の男性――怪盗クロイエンスだとわかった。

 持っている熊のぬいぐるみは怪盗クロイエンスがダイヤモンドと共に盗んだ、オークションで競りをされる予定だったドール・ベアだ。

 ダイヤモンドを取り出す時に背中に開けた穴は丁寧に縫って直してある。

「…な、んで…?怪盗クロイエンスがここに…?」

「公園に一人でいる貴方を見かけて。寂しいならこのぬいぐるみを話し相手にしたらいかがかな?」

 そう言ってクロイエンスは熊のぬいぐるみを会長に渡した。

 そして驚く会長をよそにクロイエンスはワイヤーを木にひっかけ、公園から姿を消してしまった。

 数分後。

公園で一人、クロイエンスから渡されたドール・ベアを愛おしげに抱きしめる会長の姿があった。

 

 ――クロイエンス、つまりそよぎがが会長にドール・ベアを渡したのには理由がある。

 生徒会室にて、そよぎが会長に書類の掲示を頼んだ時に会長が何気なく置いていった本を手にとって中身をパラパラとめくると、それはオークションカタログだという事がわかった。

 骨董品や絵画など様々な物が書かれているが、どれもこれもそよぎの興味がわくようなものは見当たらない。

(…さすが表社会。闇オークションとかとは全然違って、差し障りないように商品まできっちり安全が保たれているわね)

 そういえば何年か前に裏社会で、闇オークション終了後に落札者を襲う事件があったとかなんとか。

 そよぎがそんな事を思っていると、少し気になる事が頭に浮かぶ。

(なんで会長がこんなカタログを?今のご時世、学生ならネットオークションが主流だと思うんだけど…ま、会長が生粋のお嬢様だからかしら)

 そよぎは不思議に思いつつも、会長が蛍光ペンでチェックを入れている商品を見つけた。

 それは年代物のドール・ベア。

 ただ、会長程の富豪のお嬢様ならばドール・ベアなら普通に手に入るはずだ。

 手間が掛かり学生には似付かわしくない、ネットオークション以外のオークションを面倒臭がりの会長が気にかけるのは不自然である。

(…という事は…何かこのぬいぐるみに思い入れがあるって事になるわね)

 別に会長の事情に深入りする必要はない。

 だが富豪の令嬢が不自然な行動をすると何か大きな事件になる可能性がある事をそよぎは知っていた。

 事件になる確率は稀なのだが、事件の中心になるのがそよぎの友達ともいうべき関係の会長ともなると見過ごすには一抹の不安が残る。

――そこでそよぎはこのドール・ベアの事を調べる事にしたのだ。

 そしてその結果、チェックしていたドール・ベアと更には会長の事について重大な事を知る事になる。

 実を言うと会長は元々綺寺家の人間ではなく、元は別の家系の人間である事。

 子宝こだからに恵まれなかった綺寺家が養子として迎え入れた孤児が会長なのだ。

 そして会長が興味を示していたドール・ベアは孤児時代の会長が親の形見として持って

いたが、金銭的な問題で仕方なく売ってしまった物である事がわかった。

 そして会長はその親の形見がオークションに出ていた事がわかると、オークションカタログなどで色んな事を調べてどうにかしてそのドール・ベアを取り戻そうとしたというわけなのだ。

 しかし綺寺家の人間は厳格で有名なので、会長の旧家の形見などには一切関知しようとせず、形見を落札する為の資金など出すわけがない。

 だから会長は少しづつ貯めた自分のお金でその形見を落札する事を決めた。

 もちろん、学生である会長が財力の違う他のオークション参加者に競りで勝てる保証はない。むしろ、可能性としては落札できる事は極めて低かった。

 今もドール・ベアのコレクターは数多く存在するのだから。

 裏社会では富豪の養子などのような目立つ情報は調べればわかる事なので、そよぎが調べたらすぐに前述した細かい事情がわかった。

 そこでそよぎは思いついたのだ。

 怪盗と探偵の勝負のターゲットという名目で、会長の大事な形見を盗んでから会長に渡す事を。

 テレビに映した映像の中で出てきたドール・ベアの中のダイヤモンドは、そよぎが用意した物だったのだ。

 ドール・ベアの中に隠されたダイヤモンドを盗みに来たと思わせ、実はそよぎの真の狙いは会長の為に盗もうとしたドール・ベアだったというわけである。

 

 

 

 昼休み。綺寺高校の屋上でライブは一人佇んでいる。

(やっぱり…)

 ライブは空を見上げた。

(そーちゃんは格好良いよ。すごく)

 空は晴天で、日の光が暖かくふりそそぎ心地良かった。

 ――実を言うと、ライブは気付いていた。

 

 テレビの映像でそよぎがぬいぐるみの中からダイヤモンドを取り出して、いかにもダイヤモンドを盗みに来たと思わせようとしたのが全てそよぎの演技だという事に。

 恐らくそよぎはドール・ベアを欲しがっている、複雑な事情を持つ人の為にドール・ベアを盗んだのだろう。

 ライブは詳しい事情は知らないから、後でそよぎに直接事情を聞くつもりなのだが。

 

(人がみんな自然に持っている『心の囲い』…『本音を隠すもの』がガラスで出来ているみたいに透明で本音が見やすくて…とっても真っ直ぐな人なんだよね)

 

 ライブはそう思うと、顔をほころばせる。

 だが数秒後、表情の一部を引きつらせるライブ。

(…なんか、そのドール・ベアをそーちゃんから貰った人…ちょっと、羨ましいかも)

 ライブは複雑な気持ちを抱きつつ、午後の授業を受けに教室へと向かった。


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