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交錯逸話  作者: 永旅 真
7/13

episode6:歌色月光旅事情:the latter

「ほら、起きなさいなシルフ。せっかく朝食準備したっていうのに…」

 ――懐かしい声。何年か前までは聞き慣れていたはずなのに、久しぶりに聞くと少しだけ嬉しくなる。

「んー…。変な臭い…」

「目覚めてすぐそういう事言う?ほら、はやくテーブルにつきなさい」

 私は目をこすりながら起き上がり、テーブルにつく。

 テーブルの上には生ハムサラダと夕飯の残りのポトフと…どう見ても炭にしか見えない(多分目玉焼きの失敗作だとかそんな所であろう)黒い物体がそれぞれの皿に乗っている。

「…生ハムサラダは店で買った物だし、ポトフは昨日の夜に私が作ったものだから、リグラッド手製のはその焦げた何かしかない。料理の腕前、まだ上がらない?」

「…ぐっ」

 私の指摘にたじろぐリグラッドと呼ばれた女性。

 見た目は約二十代後半ぐらい(実年齢は私ですら知らない)の年齢で背が高く、髪型は赤髪、前髪をピン止めで止めたボブカット。

 孤児だった私を拾ってくれた義母とも呼べるような存在だが、まだ『母さん』と呼んだ事は一度もない。

 性格は大雑把で辛い事でも笑い飛ばすくらいに明るい人だ。

 ただ料理に関してはまだ十歳くらいの私にも劣るぐらいの腕前しか持っていない。

 …恐らく仕事の事ばかり気にし過ぎて料理を学ぶ事に意識を傾けづらいのだろうが。

「あー…まあ私が作った物はともかく、準備はした事は事実よ?」

 私は皿の上の、唯一のリグラッド手製の炭を見るが、呆れる気はしない。

 リグラッドの仕事の内容をはっきりと聞いた事はないが、大変な仕事だと言う事は予想がつくからだ。

「料理から準備まで私がする。…仕事、また忙しかったみたいだね?」

「…え…ま、まあね。そういえばなんで布団で寝なかったのよ?今住んでいるここでだって寝られるように用意したでしょ」

「リグラッドがいつ帰ってくるかわからないから。私がすぐに起きれるようにしとけば、リグラッドにご飯作ってあげられる」

 その私の言葉でリグラッドは少し戸惑うように腕を組み、照れ隠しのため息をつく。

「…アンタは毒舌さえなければ、文句なしに可愛い私の娘なんだけどねえ」

「誰が毒舌か」

「アンタに決まってるでしょ…それに、『娘』って所を否定しないんなら『母さん』って私を呼んでもいいのよ?」

「リグラッドの危ない仕事を考えれば、ダンナさんとか子供とかいると大変。だからそんな呼び方はしない」

「…ねぇ、シルフ。前から言おうと思ってたんだけど…アンタ、私の仕事についてなにか知ってるんじゃ」

 リグラッドは私に問うが、私はひとつも驚いた様子もなく答える。

「知ってるよ。リグラッドが持ってる武器を見ればわかる。…確か、カタナっていうんだよね?あの刃物」

「…あれは少し危険なオモチャだって何度も言ってるでしょ」

「仕事にあんな目立つオモチャ持っていく必要なんてない。リグラッドが仕事の時こっそり持っていくのを何度も見てる」

 私がそこまで言うと、リグラッドは黙る。

 数秒後、リグラッドはさっきまでの表情とは違う、真面目な話をする時の表情をして口を開いた。

「シルフ。私は確かに裏社会に手を染めてるけど、だからってアンタがそこに立ち入る必要は無いの。私の場合、裏社会に手を染めたのは私の意志でやった事だからさ。だから、私は、アンタの将来はアンタ自身で決めてもらいたいと思ってるのよ」

 このリグラッドの言葉は私に自分の進む道を選ぶ権利を与えてくれた、リグラッドなりの親心から出たものだったのかもしれない。

「うん。わかった」

「良い子ね。シルフ――」

 そう言って笑ったリグラッドの顔が、突然遠く感じる。

 というより、私がリグラッドから遠ざかっていく感じだ。

その直後、私は今まで見ていたリグラッドとの会話は夢だという事をはっきりと理解する事ができた。

 

 

 

「う…ん…」

 シルフは目を開ける。すると、自分の後頭部に枕のような柔らかいものがあるのを感じた。

「気が付きましたか?」

 シルフは寝たまま、声の主に視線を向ける。

 声の主はシルフよりも年下の、小学生ぐらいの少女だった。

 

 

 

「…駄目だ。どうやら電波の届きにくい所まで行ってしまったらしい」

 怪盗クロイエンス――そよぎが、そよぎとアルマしかいない洞窟の場所からオリーヴへの通信を試みたものの、失敗に終わった。

「クロイエンス…ごめんなさい、アタシがしっかりとしていれば」

 アルマもしゅんとなってうなだれる。

 どうやらオリーブは単純に下に落ちたのではなく、崩れた岩壁と共に通信が届かないくらい複雑な所まで落ちてしまったらしい。

「いい、スラスト。『韋駄天』に乗っている限り、岩の直撃を受けたってあの子は怪我すら負わないはず。むしろ、あの子の位置がつかめない事の方が問題だ」

「でも…無事だという保証は」

「…ないな」

そよぎは努めて冷静だが、やはり自分の妹がどうなっているのかわからないのは心配らしく、少し握り拳を作る。

 その様子を見たアルマはたまらず口を開く。

「ならアタシが捜索を!クロイエンスはお宝の所に行ってもらわないと…」

「しかし…」

「大丈夫、なんならそこら中の岩を叩き壊してでも探し出して見せる!」

 仮面のせいでスラスト――アルマの表情はわからないが、声に強い意思が感じられる。

「…わかった。私はお宝を狙いに行く。ただし無理は禁物だ、手に負えないと思ったらすぐにその場から離脱するんだ」

「はい!わっかりました!」

 アルマは洞窟中に響くくらいはっきりと返事をした。

 

 

 

 怪盗オーニソガラム――ライブを捕まえようとする者が次々とあしらわれる。

 そしてライブはお宝のある場所である洞窟の奥へと進んでいく。

 ――そうしていると突然、ドン、という大きな音と共に洞窟中がビリビリと震えた。

 ライブがいる所より遠めだが、どうやら洞窟内で大きな爆発があったらしい。

(…そーちゃん達、大丈夫かな)

 そよぎ達を信じていないわけではない。

 けれどライブはどうしても心配する気持ちが湧いてきてしまうのだ。

(…駄目よ、私!今は…勝負なんだから、自分のやる事に集中しないと)

 ライブは雑念を振り払うように、少し強めに拳を握った。

 

 

 

 凝人とオリーヴ特製の採掘機で、岩壁を破壊して裏の方から洞窟内へと侵入する凝人とアルムの二人。

「…じゃあ、俺はこっち側から行くから。スキームはそっちから頼むよ」

「はい、コントラリー」

 アルムの怪盗仕事手伝い時のコードネームは『スキーム』。

 ライブのチーム内でアルムは主に策を練る役割を負っているのだ。

そして二人は発掘調査員の格好に変装すると、それぞれの仕掛けに必要なものを持つ。

「わたくしもオーニソガラムにクビにされない程度にお叱りを…」

「…おいおい、わざとヘマをするのは駄目だろ。オーニソガラムも結構心配するし、迷惑かけちゃうぞ?」

「それもそうですわね…あ、なら今度から褒める時は代わりに叱って下さるようにオーニソガラムにお願いして…」

「…とにかく、俺は行くよ。じゃ、後でね」

「はい、コントラリー。うふふ、この仕事が終わったらお楽しみですわあ…」

 恍惚とするアルムを尻目に、凝人は自分の仕事をするべく行動を開始した。

 

 

 

「貴方は…」

 シルフは、話しかけてきた小学生ぐらいでスーツ姿(小さく作った特注品であろう)で金髪の少女――オリーヴに問いかける。

「気が付いて良かったです。あの、何処かお怪我とかは?」

「…ない」

シルフはそう言って起き上がろうとすると、シルフの赤茶色の長髪がサラッと舞った。

 オリーヴはその光景に一瞬見とれるが、すぐにシルフの元へと駆け寄る。

 シルフが立ち上がろうとする時にふらついたからだ。

 転倒するのは免れたシルフだったがオリーヴに肩を貸してもらう格好になり、そのままでいるのが恥ずかしいのでおとなしくその場に腰を下ろしオリーヴから体を離す。

 何気なくオリーヴから視線を逸らすと、さっきまでシルフが頭を乗せていた柔らかいものが見える。

 それは車のシートのようにも見える、枕というより椅子に近い造形。

 ただ、車のシートにしては少し小さめで小型の乗り物用といった感じだ。

 ――例えば、男の怪盗が乗っていた乗り物の座席のシートには丁度いいんじゃないだろうか。

 そこまでシルフが考えると、ある考えがシルフの脳裏に浮かぶ。

 ちらっと見えたオリーヴの後ろにある、アームのとれた状態の男怪盗が使っていた乗り物がシルフの考えを裏付ける。

「まさか…貴方、あの怪盗クロイエンスの仲間の乗り物の操縦者!?それで、乗り物のシートを私の枕代わりにする為にはずして私に使わせた?!」

 シルフは驚きのあまり、自分の仮説をオリーヴに向かって言ってしまっていた。

 まさか、怪盗の仲間がオリーヴのような子供だとは思ってもみなかったのだ。

「鋭い…あ!オリーヴったらつい…」

「…貴方、オリーヴっていう名前なのね」

「ああ!オリーヴ、いえ、私ったらうっかり…」

「もう言い繕わなくていい。貴方の名前、覚えちゃったから」

「うぅ…」

 オリーヴはがっくりとうなだれる。

 その様子はシルフが思う怪盗の仲間とかのイメージとは全然違う、年相応の少女そのものに見えた。

 それからシルフとオリーヴのいる空間に少しの静寂が訪れる。

 裏社会の住人同士、これからどうするか決めかねているのだ。

 だがシルフはともかく、オリーヴはそよぎ達がいないとこういう時の対処がわからない。

 気絶していたシルフを介抱したのはオリーヴの親切心から来た独断なのだが、オリーヴは自分の名前を知られるような失態を犯した為に少し不安になってしまっている。

 オリーヴがどうしようか迷っているのを見るのが少し嫌になったシルフは口を開いた。

「…私――シルフ・アスカゼも貴方の名前を秘密にする事を誓う。私の別称“仕事抹殺屋ジョブキャンセラ”の名にかけて。…もし私が原因で貴方に不都合が生じたら、“仕事抹殺屋”を悪く言いふらしても良い。裏社会は信頼が大事だからそういう噂をたてれば私の仕事を邪魔する事が出来る。…これでどう?」

 要するにシルフは自分の素性をオリーヴに明かす事で、オリーヴの名前を知ってしまった事と“おあいこ”にする事を提案しているのだ。

「貴方があの“仕事抹殺屋”…ええっと…ありがとうございます。オリーヴに気を使ってくれて」


「…貴方が哀れに思えた。お礼なんて言わなくていい。それに…介抱するだけでなく、私を助けてくれたのも貴方でしょう?」


「…えっと…」

 オリーヴは言葉を詰まらせる。

「私が超能力の力で貴方や貴方の仲間、警察や探偵達を吹っ飛ばした後突然私の背後の岩壁が崩れてきた。

…崩れは人為的な物だったと思う。だって私が確認した限り自然に崩れる場所なんてなかった。私が超能力をかけたのは崩れた岩壁とは逆方向だったしその崩れに関係ないのは明白」

 “超能力”などという言葉を使ったが、これは裏社会においては“超能力みたいに凄い技術をもっているけど、詳細は秘密”という意味で使うもので、裏社会の不文律として共通に認識されている言葉だ。

 もっともシルフの場合、本当に超能力を使ったのだが。

「…超能力…じゃあシルフさんは…あの、その超能力を使う時に顔に光る痣みたいなものが浮かびませんか!?」

 シルフは更に驚く。

“超能力”という言葉が直接“本当の超能力”を指すものだと勘違いしている事から伺える『裏社会の不文律をオリーヴが知らない事』に驚かされたが、なによりオリーヴが『シルフの使う超能力の詳細についてまで知っている事』に驚かされたのだ。

「ん…浮かぶ。その話を誰から聞いたかは聞かないし、聞きたくもない。とにかく、崩れた岩壁は明らかに私を狙った何者かの仕業。そのまま私が無抵抗の状態だったら岩壁の下敷きになってた。

でも、私の超能力を食らって気絶していなかったのは、乗り物に乗っている事で気絶を免れた貴方だけ。

そして気絶していない貴方は岩壁の下敷きになりそうな私を救おうと乗り物で駆け寄り、私の上に覆いかぶさるようにして乗り物のアームを上に上げて私を岩壁の衝突から守った。

…こんな所?」

「え…は、はい…あ、でも…無抵抗…」

 頷くオリーヴ。だが、シルフの言葉の意味が判り始めると俯いてしまった。

 オリーヴのした事は、あくまでシルフが岩壁に対して無抵抗である時にしか役には立たない。

 シルフならば、超能力で落ちてくる岩壁を弾き返す事が出来るからだ。

 ――要するにオリーヴはシルフに要らぬお節介をしてしまったのだ。

 岩壁を弾き返してさえいれば、足元は崩れずに今の状況のような落下をする事もなかったのだから。

 

「…超能力を使ったとしても体が全部無事とは限らない。私が超能力で弾き返したら岩壁の破片が飛び散って、私はもしかしたらそれがぶつかって怪我したかもしれない。…その事を考えると、貴方が私を助けたのもまんざら嘘ではない。介抱してくれたのも助けてくれた事になる」

 

 シルフからのフォローの言葉。それを聞いたオリーヴは顔を上げた。

「じゃ」

 シルフは立ち上がると、その場から離れようとする。

 だがシルフの足元はおぼつかずふらふらとしている。

 恐らくシルフのいう“超能力”――能力痕の力を使ったせいでまだ十分に体力が回復していないのだろう。

 岩壁が落ちてきたせいで洞窟の足元が砕け大穴が開き、シルフとシルフに韋駄天で駆け寄ってきたオリーヴが共に穴下に落下、その際シルフが能力痕の力を衝撃波として下に放出、落下の衝撃を和らげた為に使った事をオリーヴは見て知っていた。

 その後にシルフは、衝撃が和らいでいたため大事には至らなかったが、落下の衝撃を頭に運悪く受けて脳震盪のうしんとうを起こして気絶してしまっていた。

 そこでオリーヴが韋駄天のシートをはずして、シルフの枕代わりにして介抱したのだ。

「…シルフさん、駄目です!」

 オリーヴはシルフに後ろからしがみつく。

「もう少し休んでからの方がいいです。その力はすごく体力を削るって事、オリーヴは知ってますから」

「なんで止めるの。貴方…怪盗達からすれば私は商売敵のはず。なら心配する必要もない」

「商売敵だろうとなんだろうと、シルフさんの様な優しい人には死んで欲しくないです!」

「…?!優しい…?」

 シルフがオリーヴの顔を見ると、オリーヴは真剣な眼差しでシルフを見上げている。

 それが分かるとシルフは仕方なくまた座り込む。

 

「…貴方…変わってる」

「ふふっ」

「…なにが可笑しいの?」

「いえ、似てるなって」

「誰に?」

「オリーヴの大事な人に。その人は昔、貸し借りにこだわって他人を寄せ付けないようにしていたんですよ」

「…」

「でもある日突然、純粋に夢を追っている不思議な人に出会う。そして二人は…」

「…どうなったの」

「パートナー同士になったんですよ。とってもロマンチックで素敵だと思いませんか?」

「…」

 シルフは黙り、休み始める。

休むシルフを見ると、オリーヴは安堵できる気がした。

 座り込み、目をつぶっているシルフ。

 しばらくすると、オリーヴが落ち着かない様子で『そわそわ』しだした。

「…あの…シルフさん」

「何?」

「…もっと近くに寄ってもいいですか?」

 オリーブは戸惑いながらシルフに話す。

 その様子を見てシルフは感づく事があった。

「怖いの?暗いのとかが」

 オリーブはシルフの言葉にこくんと頷く。

 やはり怪盗の仲間とはいえオリーブは年相応の少女なんだとシルフは思った。

「…寄るんなら早くすれば?」

「あ…ありがとうございます!」

 オリーヴは顔をぱあっと輝かせる。その表情を見て思わず目を逸らしてしまうシルフ。

 それから再び静寂が訪れた。

 だがオリーヴはシルフの近くに寄ってもまだ震えている。

 少し蒸し暑いぐらいの温度の洞窟だから寒さではなくまだ恐怖心で震えているに違いない。

 シルフだって子供の頃、暗い所にいれば何も起きなくても不安になったものだ。

 

 

「 ――目の前の暗闇   先まで遠く

彩り足りない空   どこか寂しくなる

  冷たい明るさ    頬を濡らすの

  湧き上がる心の雲  明るさぼかすように

  

  長い長い夜が  思い出と共にあるのなら

  光出せずにいる私は  いつ朝を迎えるの

  

  

  railway たどり着く扉  両手で開けたなら

  moonlight kiss 進んでいける? 触れたいの 貴方に――」

 

 

 シルフは小声で歌う。

 その歌声は丁寧に、優しく歌われている。

 オリーヴはいつの間にか歌声に聞き入ってしまっていた。

 シルフが歌い終えると、オリーヴは音が目立たないように小さく拍手を送る。

「…やっぱりシルフさんは優しい人です」

 ――シルフはオリーヴを安心させる為に歌ってくれたのだ。

「別に。私も子供の頃、不安な時は義母によく歌を聞かされてきたから。それと同じ事をしたまで」

「してくれた事が素晴らしいんですよ。ありがとうございます」

 

「…素晴らしくなんてない。この歌において、私は言うなれば月。太陽の光が無ければ光れない、虚ろな存在」

 

 月は自分で光るのではなく、太陽の光を受けて光っている。

シルフは、“仕事抹殺屋”であったリグラッドの後を継いで“仕事抹殺屋”を名乗っている。その事を太陽をリグラッド、月をシルフ自身に例えて言っているのだ。

「そんなこと…」

「…伏せて!!」

 オリーヴが言いかけると、シルフはオリーヴを自分と共に伏せさせる。

 その一瞬の後、ドドーッと岩が崩れ、落ちてきた。

 

少しして、二人が顔を上げ目を開けると、あたりは真っ暗で何も見えない。

 そこでオリーヴは緊急時用の照明をスーツのポケットから出すと明かりを点ける。

 とりあえず二人とも無事なようだった。

「…閉じ込められた」

 シルフは自分の持っている刀で周囲を叩いてみる。出られる場所はないが、人が立てるぐらいのスペースはあるようだ。

 つまりオリーヴとシルフの二人は、岩でできた出口のない“かまくら”に閉じ込められてしまった状態になったのだ。

 

「…このままだと…私達二人とも酸欠でお陀仏になるかも」

 

 閉鎖された空間の中に人が永遠に居れるわけはない。

 人間は呼吸で酸素を吸って二酸化炭素を排出する為、閉鎖すれば二酸化炭素ばかりになっていき、いずれは酸欠で死に至るのだ。

シルフの体力が回復したら能力痕の力で岩を退かせる。だがそれまでに二人とも閉鎖された空間のなかで酸欠になってしまうのが先か、微妙な所だ。

 

「…運がなかった…私に巻き込まれた貴方は。これももしかしたら私を狙う奴らの仕業かも」

 シルフは皮肉を言ってみせる。だがオリーヴはその言葉に動揺する様子はない。

「…いいえ、諦めるのはまだ早いです。

オリーヴの乗ってきた韋駄天のアームには緊急用のブースターが備え付けてあるんです。

それを簡易ミサイルにして岩にぶつければ、岩を退かせるかも」

 そう言ってオリーヴはそこらかしこに転がっている岩を明かりを頼りに退かして、韋駄天からとれたアームを捜し始める。

 シルフは黙ってその様子を見ていた。

 

 

 

(さて…と)

 そよぎは自分を捕まえようとする警官や探偵達をワイヤーで縛り終えると先へと進んでいく。

 いつもならワイヤーを使って飛び回りたい所だが、例えワイヤーをひっかけても洞窟という複雑で、入り組んだ場所が沢山ある地形である以上、思うようにそれが出来ないのだ。

(ふう…結構大変ね、洞窟ってのも)

 ある程度は背中に背負っている小型ブースターで空中移動は出来ても、ブースターの燃料が無尽蔵にあるわけではない。

 自分でなんとかできる所は燃料節約をしなければ緊急時に大変だ。

 そう思ったそよぎが先へと急ぎ、洞窟に出来た一室へと進む。

 すると、妙な感じを覚える。

 そよぎの入った場所にはそよぎを捕まえようとする者が一人もいないのだ。

(…何かありそうね)

 そよぎは慎重に、なるべく急いで先へと進もうとする。

 

――だが、この場の“仕掛け”に気付いて足を止めた。

 奥に入って行けば行く程漂う『臭い』。

 臭いの正体は、ガソリンの臭いだった。

 ご丁寧にガソリンが入っていたであろう缶が時々落ちている。

(…これは…恐らくライブと端鞘さんの仕業ね)

 警察や探偵達をこれだけの短時間で気絶させ、退かせるのは普通一人では出来ない。

 だがライブが格闘術などで気絶させた後、凝人が作業用ロボットを使い、この場から気絶している人を退かし、ガソリンをそこら中にばらまけばそれ程時間がかからずに今この状況を作り出せる。

韋駄天よりも小さいが、大人をひきずれるくらいパワーがある作業用ロボットならオリーヴと凝人が共同で開発に成功していたのを知っている。

まさかそれを気絶している人を運ぶ用に使うとは思ってもみなかったが。

――しかし、何故ガソリンをまいたのか。

そよぎにはそれが不思議でたまらない。

(滑って転倒させる為?いや、それならガソリン以外にも有効な物は沢山あるはず。仕込みをする場所が洞窟内だから事前に仕込みを仕掛けるのは不可能…)


怪盗としてのそよぎの意見としては、仕込みもなるべく簡素に、効果を多く発揮するようにするのはセオリーだと思う。

 

探偵としてのそよぎの意見としては、ガソリンが存在する事で何か不都合が起きないか考えるべきだと思った。

 

(…まさか)

 

そよぎは自分の背負っているものを考えて気付いた。

 もしブースターに引火した状態でガソリンに触れてしまおうものなら、間違いなく巨大な爆発に巻き込まれてしまう。

 爆弾なんて使おうものならもっと危険だ。

 

(火を使わせない状況を作りたかった…そういう事ね)

 

 ガソリンをばら撒くなどという簡易な仕込みになってしまったのは洞窟内という事前に立ち入る事が出来ない場所ゆえ、短時間で仕込みをしなければいけなかったため。

 時間があって仕込みをする余裕があるなら、もっと効果的に火を封じる方法があったはずだが、それはできなかったのだ。

 

(逆説的に考えれば火を使う事で、仕込みの弱点をつく事が出来るかもしれない)

 

 そう思ったそよぎはその事を念頭に置きながら、先へと進む事にした。

 

 

 

 オリーヴは岩を退かし続けている。

 暗闇に目が慣れてきたので、オリーヴの持つ明かりの周囲もだんだんはっきりと見えてきたせいか、シルフはある事に気付いた。

 それは爪先からは少し血が滴り、腕には切り傷をいくつもつくっている状態にオリーヴがなっている事。

 岩を退かしている内になってしまったのだろうが、シルフにはその作った傷が少し痛々しく思えた。

「…どうしてそうまでして…」

 シルフは既に助かる事を諦めてしまったのか、その痛々しさが無駄なものだと思ってきたのだ。

 

「オリーヴには、オリーヴを心配してくれる大事なお姉様がいます。いいえ、お姉様だけじゃない、今は大事な人達がいっぱいいるんです。その人達の為にも、こんな所で諦めるわけにはいきませんから」

 

 微笑みながらオリーヴはシルフに答える。しかし少し手が痛くなったのか、少しだけ顔をしかめる。だがすぐにまた笑って見せた。

「私は…もういない」

「え?」

 恐らく閉鎖空間に居続けたせいで空気が段々薄くなっている為、精神的に荒れてきた。だから理性もなくなってきているから自分の本音を出さないように振舞わなければとシルフは自分に言い聞かせている。

 シルフはその事を分かっているはずなのに、もう自分の本音を全てぶちまけてしまいたい衝動に精神を委ねてしまっていた。

「もういない。私の大切な時間も人も、全て。昔から超能力だとか、不気味な力を持っていて迫害されていた私をリグラッドはいつでも助けてくれた。リグラッドとの時間が私の全てだった。なのに…もう、いない。リグラッドはもう何処にも…いない」

 シルフの目尻には、涙が浮かんでいる。

「リグラッドが自分で選んだ道…仕事抹殺屋を続けていれば私もリグラッドみたいに強くなれると思ってた。でも違う。結局私にはリグラッドが死んだら世界に意味なんて持てなかった。だから…」

 

「本当は…リグラッドと普通に静かに暮らしたかった。私の唯一の家族である人と危険のない世界で…幸せに暮らしたかった…せめて『義母かあさん』とリグラッドを呼べる日々を送りたかった…ごめん…リグラッド…義母さん…私は義母さんに危険な場所で生きていて欲しくなかった…義母さんの意思を無視して…勝手な願いを抱いてごめんなさい…」

 

 シルフは目に涙を浮かべて言葉を搾り出す。

 

「――自分の道は自分で決めるもの。自分の道を大事な人が理由でせばめるのは必ずしも正しいことじゃない」

 

オリーヴが放った一言にシルフは反応する。

「以前、お姉様がオリーヴに言ってくれた言葉です。お姉様は裏社会で活動していらっしゃいますけど、だからといって妹のオリーヴまで裏社会に生きなくていいと。でもお姉様のこの言葉を聞いてもオリーヴはこの道に生きる事を自分の意志で決めた。

――理由はシルフさんと同じです。お姉様みたいに強くなりたかったから。

先天的な病気で外に出るどころか普通の人としての生活すらできなかった、親にすら見離されたオリーヴを拾って妹として迎えてくれた大好きな人みたいに強くなりたいって」

 オリーヴは岩を退かす手を止めてシルフに向き直って口を開く。

「死んだ人はもう戻りません。どんなに大切な人でも。でも、生きている限り大切な人を作る事はできるじゃないですか。だから世界に意味がないなんて言わないで下さい」

「あ…貴方に何がわかるの!?」

 シルフが叫ぶ。だがオリーヴは動じない。

 

「シルフさんは月が虚ろな存在だと言ったけど…オリーヴは太陽より月の方が好きです。

――だって太陽は眩し過ぎて直視できない光しか出さないけど、月はその太陽の光を人の目でも見れる優しい光に変えてくれるんですよ――」

 

「……っ…!!」

 シルフはオリーヴにさらに怒鳴ってやろうと思っていたのに、その言葉でその気が一気に失せた。

 代わりにシルフの胸には熱い想いがこみ上げてくる。

皮肉で例えるくらい自分が嫌いだった。でもその嫌な自分ですら優しいと言ってくれる人が言ってくれた言葉なんだと――

「…退いて、オリーヴ。私がやる」

 オリーヴは名前で呼ばれた事に少し驚くが、顔をほころばせるとシルフの後ろに移動する。

(まだ…体力が十分に回復してないから威力は保証できない。けど…オリーヴの掘っていた所に向けて放つから、例え壁が破れなくとも少しは岩を退かせる。そしたら乗り物のアームを運よく発掘できるかもしれない。やってみる価値はあるはず…)

 ――シルフの能力痕の力。それは『怪盗フレーザー』の血筋の現象発生系の力、『金属製の対象物の変形する振れ幅を歪ませ、対象物が受けた衝撃を増幅させ衝撃波として放つ』能力。

要するに、対象物が外部からの衝撃を受けた時にシルフの能力痕の力を使えば、その外部からの衝撃を何倍にも増幅させて衝撃波として放つ事が出来るのだ。

シルフがこの能力を刀で使うときは必ず刀を勢いよく足元に刺し、刀に衝撃を与える。

そしてその衝撃が完全に刀から逃げてしまう前に、能力痕の力でその衝撃を増幅した形で刀から放出する。それも放出する方向は、シルフ自身の意思である程度コントロールできる為、刀の前面からのみ衝撃波を放出する事ができる。

こうする事であたかも刀から突然衝撃波が出てくるように見えるのだ。

 ただ、対象物に衝撃を与えなければいけない所、金属製のものにしか効果がない事、衝撃波のコントロールには相当な集中力が必要とされる所が欠点ではあるが。

 シルフは息を呑む。

 衝撃を増幅させるという事は対象物に与える衝撃が強い程、放出される衝撃波も大きくなる。

つまり中途半端な衝撃では、増幅させても役に立たないかもしれないのだ。

 体力損耗した今のシルフにどれだけ刀に衝撃を与えられるか、そして能力痕を使う時にどれだけ集中力が保てるか。

 そこが勝負の分かれ目だ、とシルフが思っていると。シルフの手にオリーヴが手を重ねてきた。

「…その力がどういうものなのか詳しくは判りませんが、シルフさんが衝撃を与える事で発動する物なんですよね?だったらオリーヴもシルフさんと一緒にこの武器に衝撃を与えます。オリーヴじゃ加勢してもあんまり役に立たないかもしれないですけど、シルフさん一人でやるよりは良いはずです」

 シルフはそのオリーヴの言葉に無言で頷く。

 そして二人は刀を下に向けて持ち、『せーの』の合図で刀に力を込め、持てる最大の力で刀を足元に突き刺した。

 

 

 

 ――もう三十分ぐらいが経過しただろうか。

 アルマは息を切らしながらも岩を拳で砕いては、オリーヴを見つけようと必死になっている時間は。

(…もう、駄目なの…アタシ、また大事な人を失うの…?)

 アルマは昔、友達をとある事情で亡くしている。

 その時のトラウマが蘇ってくるようで、とてつもなく不安になってきた。

――そう思った矢先。

 アルマの約五メートル後ろの岩が突然吹き上がり、吹き上がった場所から二人、人が登ってきた。

 最初に出てきたのは、肩と鎖骨を露出したスタイルのブラウスに、ディタッチド・カフス (腕飾りに見える袖口)、足の動きを邪魔しない程度の長さのスカートを身に付けた、赤茶色の長髪を四本のポニーテールに分けた長身美人。顔立ちはクールな雰囲気をかもし出している。

 そして二人目は一人目の長髪美人にしがみついて出てきた、小学生くらいに見えるスーツ姿の金髪少女…。

「オリーヴたん!!!良かった、無事だったんだにゃー!!」

 二人目に出てきた人物がオリーヴである事を目視で確認すると、アルマはオリーヴに抱きつく。

「わ、アルマさ…スラスト!もしかしてオリーヴを探して…」

オリーヴが言いかけた時、オリーヴにしがみつかれている赤茶色髪の長髪美人――シルフは、体力の限界でバタリとその場に倒れた。その時シルフのポニーテールを結んでいた紐は切れ、はらりと結んでいない状態のシルフの長髪がさらされる。

「…シルフさん!!」

「にゃあ、誰だか知らないけど大丈夫!?しっかり!」

 オリーヴに上半身を抱き起こされるシルフ。アルマはその光景を見て、ポケットにあった一口サイズのチョコレートを取り出す。

「…ブランデー入りじゃないけど、これ食べさせた方がいい?」

「えっと…ブランデー入りのチョコを食べさせるのは、凍える人を助ける為にだからなんか違うと思います…あ、でもお砂糖は疲労回復の効果があるから…」

 オリーヴはアルマからチョコレートを受け取ると、意識がはっきりしないままのシルフに食べさせる。

「…ん…甘い…」

 シルフは口の中に広がる甘い味に反応し、はっきりと目を覚ます。

「よかった…チョコが効いたんですね」

「…そんなわけない…ただ、甘くて目が覚めただけ」

 シルフは刀を突き立て、立ち直した。

「あはは…そう、ですよね。でも良かった…シルフさんが目覚めて」

「…でもオリーヴが食べさせてくれた。だから元気になれた」

 シルフは少し小声で呟く。

「…え?すみません、今何て」

 オリーヴは何か嬉しい発言を聞いた気がするがシルフの小声をはっきりとは聞けず、聞き返す。

「…何でもない」

 シルフは気恥ずかしくなり、オリーヴからぷいっと目を逸らす。

 アルマは二人を見て『いつから仲良しになったのかにゃ』などと考え、首をかしげた。

 

 

 

 ガソリンの香りが多少慣れたからか、鼻に来るキツイ感じが最初の頃より無くなってきたように思える。

 そよぎがそう感じた矢先、自然に出来た登り階段の先の広い場所に出た。

「――この先は、立ち入り禁止区域になってますわ」

 そよぎが洞窟の更に上の方の岸壁から聞こえた声の主に視線を向ける。

 声の主は仮面をつけ、少し派手にも思えるティアード・ドレス (ひらひらが段状になっているドレス)を身に付け、頭には大きめのリボンをつけた少女。

 ――まあ、アルムである事はそよぎからすればバレバレなのだが。

「通したくないなら…私を止めれば良い」

 そよぎ――クロイエンスは先へと進もうと、走る構えをする。

「うふふ、慌てなくても結構ですわ。わたくしは歓迎の準備なら済んでいますのよ?」

 アルムがパチンと指を鳴らす。

 すると、ばらばらとそよぎの頭上から何かが落ちてくる。

 洞窟の薄暗闇で目視する限り、黒い球のようなものが大量に落ちてきたようだが、それがなんなのかは確認できない。

 そこでそよぎは、割とそよぎの近くに落ちた物を視認する事でその黒い球が何なのか判別する事にした。

 ――まん丸な球というより楕円形の球の形。上部にピンがついている、その物体は――

 

「歓迎のパイナップルですわ。どうぞお召し上がりになって下さいまし」

 

 アルムはにっこりと微笑む――いや、仮面をつけているから表情までは分からないが、そんな感じで言われた台詞のような気がした。

 落ちていた物体は本当のパイナップル――ではなく、手榴弾しゅりゅうだんだった。

 アルムの能力痕『約三十分前まで触れたことのある、動きの脳内シミュレートができるものの位置を動かす』能力ならば、アルムが離れた所からでもピンを移動させ抜き取り、爆発させる事が出来る。

 ――そよぎは身が凍る思いがした。

 ガソリンが大量に存在するこの空間で、大量の爆弾。

 どう考えても絶望的な状況である。

「もちろん、貴方がそこから一歩も動かないと約束されるなら、そのパイナップルもおいたはしませんの」

 アルムの言葉が脅しである事が分かり、そよぎは足を止める。

 火を使う事で仕込みを突破できると思っていたのに、まさか火を使う事がこの状況では一番の危機になろうとは思ってもみなかったのだ。

(この状況…ここからでは、奥の方まではいけない。ルートを変更して奥の方まで行くのも、今からじゃ間に合わない…ライブの仕事が完了してしまう)

 そよぎは考える。この脅しから抜け出す方法とライブへの対抗策を。

 

「――クロイエンス、上に上がって!」

 

 突然の声。その声は間違いなくアルマのものだ。

 そよぎはその言葉に従い、瞬間的にその場の天井にワイヤーをひっかけて上に上がる。

 するとそよぎの足元をなにかロケットのようなブースターで推進する物体が通り過ぎていった。

 それはそよぎの正面の岩壁を破壊したと同時にアルムの立っていた岸壁を崩れさせ、アルムはバランスを保とうと慌てる。

 こうなってしまえばアルムを集中力を維持できなくなり、能力痕を使うどころじゃなくなる。

 能力痕全てに言える事だが、集中力は能力痕にとって一番大事な条件なのだ。

 そしてロケットのようなもので破壊した岩壁からものすごい勢いで水が噴出してきた。

 吹きだしてきた水はみるみるうちにアルムとそよぎがいる場所を覆う。

「どう、怪盗オーニソガラムの仲間!これで爆弾は不発で終わる!!」

 突然現れたアルマが投げたロケットのようなもの。

 それは、シルフが能力痕の力で脱出の為に吹っ飛ばした岩壁から運よく見つけ出した韋駄天のアームだ。

 何かの役に立てばと、オリーヴからアルマに託されたものである。

 そしてロケットが破壊した岩壁の向こうは水が通っている為、岩壁を破壊さえすれば手榴弾をしけらせ、不発に終わらせる事ができるというわけだ。

「…スラスト!!つかまれ!!」

 そよぎはワイヤーをアルマに向かって投げる。

 アルマはワイヤーをつかみ、そよぎに引き寄せられた後そよぎにしがみつく。

 これで二人とも宙吊りの状態になった。

「…にゃ?何で、クロイエンス?もう爆弾はしけて使い物にならないはずじゃ」

 アタシまで上に上げて爆発からなるべく遠ざける必要はないのに、とアルマが言おうとした矢先。そよぎは口を開く。

「あの手榴弾は、水の中に入れた程度じゃしける事はない!きちんと防水加工されているんだ!水を使っても無駄だ!」

――そよぎの言う通りだ。

 アルムの使った手榴弾は水の中ですら爆発するようになっている。

 爆発した後は手榴弾同士で誘爆を引き起こし、いずれはガソリンに引火し大爆発を起こす。

 そよぎはその最悪の結果が起こる事を覚悟し、今回の勝負の負けを確信し下を見る。

 ――が、足元には意外な状況になっていた。

 水は完全に引き、手榴弾が一つも落ちていない。アルムもいつのまにか居なくなっている。

「…ん?」

 そよぎとアルマはスタッと降りると、周りを見回す。

 すると、自然にできた階段をつたって水が流れる様子が見えた。

「…突拍子もない行動が道を開く事もある。そういう事か…」

 そよぎは呟く。どうやら吹き出してきた水により、アルムは手榴弾ごと階段の下まで流されてしまったようだ。

 こうなると、アルムの策という障害は無くなったわけだ。

 爆発しようにも、爆弾は水でアルムごと流されてしまったのだから。

「…クロイエンス。アタシ、あの子拾ってきます。アタシとあの子は今回、これで退場って事で」

 アルマのいうあの子とは水と共に流されてしまったアルムの事だ。

「ああ、わかってる。後は私に任せて退避してくれ。それと…韋駄天の方は」

「乗ってた子は無事。でも韋駄天が完全に駄目になったから、この洞窟からは先に退避させましたよ」

 そのアルマの言葉を聞いてそよぎは胸を撫で下ろした。

(なら、端鞘さんに退避するように指示して頭数を合わせたら…そこからは完全に私とライブの一騎打ちって事ね)

 そよぎは状況を緊急通信で凝人に説明する為、通信機を取り出した。

 

 

 

「…古文書を返せ!このコソ泥が!」

 白衣を着た中年男性が古文書の盗みを成功させたライブを追いかける。

 そこへ刀を持った四本のポニーテールの少女が突然現れ、白衣の男へと向かって刀の斬撃を食らわそうとする。

 その中年男性こそがシルフのターゲットだからだ。

 しかし、非力にも見えるその中年男性はその斬撃を袖の下に隠していたトンファーで受けきった。

「――!?何!?」

 ライブは、突然出てきた少女にも驚いたが、自分を追いかけてきた普通の学者だと思っていた男が格闘術を使った事に驚いた。

「…やはり…貴方は今回のターゲットなんかじゃない。おそらく私を始末する為に雇われた殺し屋。私を生き埋めにしようとしたのも貴方の仲間。そして…今回私に依頼をしたのは貴方の雇い主。

最初から私を始末する為に用意された偽の依頼に私がはまった…そんな所?」

 白衣を脱ぎ捨て、戦闘態勢に入る中年男性に向かって言うシルフ。

 ――シルフは実を言うと気付いていたのだ。今回の自分に来た依頼は全て嘘だった事に。

 この事に気付いたのは、やたらシルフ自身がこの洞窟内において、命を狙われる事が多かった事に気づいた時だ。

「…まさか生きていたとはな…“仕事抹殺屋”」

 その中年男性の台詞に更に驚くライブ。

「その通りだ。“仕事抹殺屋”に恨みを抱いている者も世の中には居てね。俺を雇ったのは、そういう奴だったって事だ」

 中年男性は構える。シルフも構える。

 ――その時だった。

 突然、シルフと中年男性がいた足元が崩れ出したのだ。

 これは後から知った事なのだが、崩れた原因はシルフを生き埋めにしようと爆弾を使っている者が、中年男性の殺し屋を狙ってやった事なのである。

 殺し屋を殺して名を上げる事を考える者もいるというわけだ。

 だがこの崩れにライブも巻き込まれそうになる。

 ――しかし、突然現れたタキシード姿の者に“お姫様抱っこ”で間一髪助けられた。

 

 

 

 シルフは足元が崩れた瞬間、自分は落ちて死んだと思った。

だが目を覚ました場所は天国でも地獄でもない。

普通にさっきまで居た洞窟の中だった。

「…ここは」

 シルフは呟くと、起き上がる。

 すると自分の目の前には怪盗オーニソガラムと怪盗クロイエンスの二人がいた。二人とも仮面をはずし、素顔をさらしている。

 タキシード姿とウェディングドレス姿の二人なので、新郎新婦にも見えるが今はそんな事は考えない事にしたシルフ。

「…なんで怪盗同士で一緒にいるの?」

「お礼を言いたくて。オリーヴちゃんは私達の大事な仲間…ううん、家族だから」

「そういう事。で、私がオリーヴの姉。よろしくね」

「二人の怪盗が仲間だったって事?…そういえば、なんで私は助かったの?」

「…答えは貴方の付けている髪飾りよ」

 そよぎはシルフの髪をポニーテールに結んでいる髪飾りを指差す。

 

「その髪飾り、私が誕生日にオリーヴに送ったものなのよ。それにオリーヴ本人から話は聞いてたのよ、『オリーヴの大事な髪飾りを預けてある人は、オリーヴの大事な友達だ』って。貴方がオリーヴの友達なら、姉の私も貴方の仲間よ。助けるのは当たり前じゃない?」

 

――そよぎの言葉にシルフは正直嬉しく思った。

 こんなにいっぺんに信頼できる人ができた事、そしてなによりオリーヴに知り会えた事。

 

 

「…旅の事情なんて変わりやすいもの…。まさか私が日本に残る理由が出来るなんて…ね」

 

 

 シルフは呟いた。

 ――リグラッドにしか見せた事の無かったような無垢な笑顔で。



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