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交錯逸話  作者: 永旅 真
6/13

episode5:歌色月光旅事情:the former

「ん…」

 微妙な揺れと、カーテン越しに差し込むような加減された光がまぶたの裏を鈍く照らす。

 私は仮眠を止める。

 そして小窓のカーテンを引くと、窓の外に広がるのは一面、雲海。

 私は今、飛行機に揺られて日本へと向かっている。

 (それにしても…日本、か)

 私は膝に乗せている観光のパンフレットをちらっと見る。

 タイトルに『日本に来たら行っておきたい観光地ランキング』とある。

 私は日本人で、日本語を話せるが日本を故郷だと感じた事はない。

 仕事柄、世界中を飛び回っているせいである。

 特定の家に長く住んだ経験もなく、今までで一番長かったのは十ヶ月くらい滞在していた中古の屋敷だったか。

 …なんにせよ、今回の日本滞在も少しの間だろう…十日ぐらい滞在した後すぐにでも他の国に行ってしまおうか。

 (次は…なるべく人の少ない所がいいかな)

 正直言って私は自分の仕事に飽きに近い感情を抱いてしまっている。

 死と隣り合わせだからとか、いくつもの人の絶望する姿を見てきたからだとかそういう理由ではない。

 どこへ行こうと私に求められるのは、『あの人』の影を追うことだけ…それが辛いのだ。

 けど、今の仕事以外に私に出来る事なんて考えられないのもまた事実。

(…寝よ)

私は自分が疲れていると思い、仮眠をし直す事にした。


 

 

「お待たせ、ライブ。…って、端鞘さん?」

「そーちゃん」

「どうも、そよぎさん」

 学校の校門前で生徒会の仕事をしているそよぎを待っていたライブは、何気なく顔を合わせた凝人と話をしていた。

 ライブはそよぎに駆け寄る。そよぎはライブに正面から抱きつく。

 凝人はもうこういう光景にはもう慣れたらしく、苦笑するだけで別に驚く様子はない。

「じゃあライブ、そろそろ行きましょうか」

「そうだね。行こ」

「…行くって…これからそよぎさん家に帰るんじゃないの?」

「そう言えば…端鞘さんにはまだ話したことがなかったわね」

「じゃあ、凝人さんも一緒に行きますか?」

 ライブはそよぎに抱きつかれながら後ろに振り向き、話しかけた。

「え?俺が?行っていいの?」

「うん、平気だと思うよ。ね、そーちゃん?」

「ええ。遊び友達が増えると、あの子達も喜ぶだろうしね」

「…?」

 

 

 

 何かの施設と思われる建物に、スタッフ専用入り口である裏口から案内される凝人。

 建物の中の部屋に入ると…

 パアン!パパン!

 と、クラッカーが何個も音を響かせる。

「いらっしゃい、ライブお姉ちゃん!今日も後で遊んでね!」

「見て見てコイツ、お姉ちゃん達の絵、描いたんだぜ」

「今日のお菓子のパイ、私がトッピングしたの」

 その後、ライブとそよぎに向かって子供達が駆け寄って来る。

部屋の中ではパーティが開かれているようで、机の上には色とりどりのお菓子やおやつが所狭しと並んでいる。

そして、職員と思われる女性の一人が手を叩いて子供達に指示する。

「はいはい、みんな。パーティ始めるわよー。コップを持って」

 それを聞いた子供達は『はーい』と一斉にコップを持ち始めた。

 ライブとそよぎもコップを持ち、凝人も持たされる。

「「「かんぱーい」」」

 その場にいる全員の声が響く。

 そうしてこの施設…孤児院の『おやつパーティ』が始まった。

 この孤児院は定期的にライブとそよぎからの寄付金によって経営難を逃れている。

 そのため感謝の意として年に何度かおやつパーティを開き、ライブとそよぎをもてなすのがこの孤児院の恒例行事なのである。

 実はライブとそよぎは盗んだお宝のほとんどを裏ルートで換金して怪盗仕事活動資金とあらゆる施設への寄付金にしている。

 特にこの孤児院はライブが一時期世話になっていたということもあり、まっ先に寄付をすることにしたのだ。

 換金の事は以前から聞いていた凝人だが用途までは聞いてなかったのだ。

 (うーん…俺もなんか考えさせられるなあ)

 凝人や他の怪盗仕事のメンバーもライブとそよぎから給金をもらっている。

 発明品やパソコンなどを作る為に使っている給金ではあるが、それ以外の用途なんて給金が無くても定期的に買うような本とかCDくらいであまり深く考えた事はなかった凝人。

 凝人はこのライブとそよぎの寄付金の話で何か考えを変えようかと思い始めた。

 すると凝人は服の裾が引っ張られるのを感じた。

 ひっぱられた方を見ると、一人の孤児と思われる女の子が本を抱えながら凝人を見上げている。

「…お兄ちゃん。本、読んでくれる?」

 女の子は恥ずかしげに、けどはっきりと言った。

「あ、ああ。いいよ」

 凝人は正直気恥ずかしい感じがしたが断るのもなんだろうと思い、女の子の持っている本を朗読し始める。

 女の子は目をきらきらさせ、ジュース片手に凝人の朗読に聞き入った。

 次第に他の子供達も凝人の朗読を聞きに集まって来る。

 ライブとそよぎも子供達をあやしながら凝人の朗読を聞きに来た。

 朗読が終わると聞いていた者からの拍手を受け、凝人は照れながらお辞儀をしたのだった。

 

 

 

「今日はありがとうございました、凝人さん」

 孤児院からの帰り道、ライブは凝人をねぎらった。

「へ?何が?」

 凝人はキョトンとする。

「子供の面倒を看てくれた事ですよ。あの子達、凝人さんのこととっても気に入ったみたいですよ」

「私からも礼を言わせてもらうわ、端鞘さん。ありがとう」

「あ…いや…まあ、その場の流れというか…とにかく喜んでもらえたなら俺も嬉しいけど」

 凝人は改めて自分のした事を褒められてまた照れ臭さがきたのか、視線をライブ達から逸らし気味で言った。

 ライブとそよぎはそれを見てクスクスと笑う。

「そうだ、今日は夕飯とか二人はどうするの?」

 凝人は急に思いついたように話しかける。

「さっき食べたおやつでお腹が埋まってきたかな、私は。後は軽食で済まそうかな。そーちゃんは?」

「私もそうね。今日はパーティがあるからオリーヴにも私の夕飯は作らなくていいって言っておいたし」

「じゃあさ。二人とも今から軽く食べてかない?」

 珍しい凝人からの誘いにライブとそよぎは驚いた。

 

 

 

 精肉店の前で何かを注文している凝人。

 店主らしき中年女性と親しい親子のように話をしている姿は、ライブとそよぎにとっては凝人の意外な一面だった。

「ねえ…凝人さん、何を頼んでるのかな?」

「さあ…私もあのお店は知らないからなんとも」

 ライブとそよぎが話していると、凝人が紙袋をいくつか持ってきた。

 そしてオレンジ色の包みと茶色の包みをそれぞれ一個ずつライブとそよぎに手渡す凝人。

「その包みの茶色の方。それ、開けてみてよ」

 凝人の言われるがままにライブとそよぎは包み紙を開く。

 するとほわっと湯気が立つ。中にはコロッケが入っていた。

「わあ…美味しそう」

「ええ。…端鞘さん、ソースはないの?」

 そよぎに言われると、凝人は得意げに口を開く。

「そこがポイント。ここの精肉店のじゃがいもコロッケはソースをかけないで揚げたてを手づかみで食べる方が通なんだ」

 そう言うと、凝人はコロッケにかぶりつく。

 サクサクと音を立て、コロッケの三分の一くらいをはふはふと熱がりながら頬張る凝人。

「んー!美味い!まあ、ためしに食べてみてよ、二人共」

 ライブとそよぎも凝人に続いて、コロッケにサクリと音を立て小さくかぶりつく。

 

「……わあ……」

 

「……おぉ……」

 

 すると二人ほぼ同時に感嘆の声を上げた。

「美味しい!美味しいよ、凝人さん!アツアツで、ホクホクで…」

 ライブもふー、ふー、と息を吹きかけながらどんどん食べ進める。

「ええ、こんなに美味しいコロッケを食べたのは初めてよ。ソースをかけない方がコロッケの素の味がよく分かるのね…とても美味しいわ」

「よかった、俺にお気に入り、気に入ってもらえて。あ、もう一つの包みの中はカニクリームコロッケで、今は揚げたてで熱過ぎて味が分かりにくいだろうから、家に帰ってからぐらいに食べるのが丁度いいと思うよ。あ、でこれは今居ない皆の分」

 凝人はそう言って、包みより大きい紙袋をライブに渡す。中身はオリーヴ、アルマ、アルムの分のじゃがいもコロッケとカニクリームコロッケだ。

「こんなに美味しいものを教えてくれてありがとうございます、凝人さん。お代はいくらですか?」

 ライブは鞄から財布を取り出し、お金を払おうとする。

「え、いいよいいよ。俺のおごり。二人や皆には世話になってるし」

 凝人はぶんぶんと手を振り、それを止める。

「ありがとう、端鞘さん」

「ありがとうございます」

 ライブとそよぎが笑顔でお礼を言ったのを聞き、凝人は思わず照れ臭そうに視線を逸らしてしまう。

「あ…いや、ここってさ、精肉店なのにトンカツよりもじゃがいもコロッケの方が美味いなんてあんまり知られてないからさ…食べる人が増えてくれた方がいいだろうし」

 あわてて言葉を言う凝人。

 ――凝人は今日で気付いた事がある。

 孤児院で孤児の女の子が話しかけてきた時に、凝人は家族以外であんなに親しく話す事などほとんどなかった事。

 友人として表面上で付き合っている者は何人かいるが、趣味などで話す事は少ない。

 凝人のメインの趣味はアウトサイダーな事のため、世間とずれていない普通の人とは深く話せないのだ。

 それゆえか、友人が半ば強制的に家に押しかけてきた時以外は積極的に友人と遊ぶ事などない。

 だから学校では無愛想な印象で認識されているのである。

つまり、凝人が本当の意味で人付き合いをするのはライブ達が初めてなのだ。

 もしかしたら凝人がライブ達と出会っていなかったら、人付き合いなど一生学べなかったかもしれない。

 よく考えれば皮肉だ。

 世間からずれてみて学んだ事が、世間では当たり前の事だというのは。

――以前に凝人はライブとそよぎとオリーヴでビリヤードのナインボールをした時に換金の話を聞いた事がある。凝人はその時の事を思い出してみた。

 

 

 木製のカラフルな球がビリヤード台の上でぶつかり合い、ポケット (ビリヤード台の穴)に次々と落ちていく。

 球体になるまで洗練された木同士がぶつかる綺麗で軽快な音は、そよぎの家の地下室に響き渡る。

「おー、これでライブちゃんの五連勝か…」

「ライブさん、いつのまにか腕を上げたんですね。オリーヴも全然敵わなくなっちゃいました」

「えへへ…そうかな?ありがと」

 ライブはキュー (玉突きに使う突き棒)を布で磨いた後、ポケットに落ちた球をいくつかビリヤード台の上に並べ始める。

「…そう言えば『いつのまにか』で思い出したんだけど」

 凝人は自分の使っていたキューを立てかけてあった場所に戻すと、何気なく質問してみた。

「毎回の怪盗仕事の後盗んだお宝ってこの地下室に置くけどいつのまにか無くなってるよね。一体何処にしまってるの?今まで盗んだお宝の全部を隠している大きい場所とかあったり?」

「…ああ、お宝ですか。たまに手元に置いておきたくなる程興味深いお宝もありますけど殆どは裏ルートで換金してますよ」

「か、換金!?相当な額になるだろうけど…お宝売っちゃっていいの?」

「…まあ本当のところ、始めから換金目的で盗むわけじゃないんですけどね」

「じゃあなんで?」

「――それはですね…」

 ライブはキューをかまえると、台の上の球に向かって狙いを定める。

 そして一呼吸置いて、球を突く。

 弾いた球はジャンプして放物線を描き少し離れた他の球に当たり、その当たった球は台の上の他の球を連鎖的に弾いては、ポケットに次々に落としていく。

 最終的にライブが弾いた球以外の球は全てポケットに落ちた。

「私もそーちゃんもね、一番重要なのは『困難と思われる怪盗仕事をどれだけやってのけられたか』だから。怪盗仕事で盗んだ物をどうするかは盗んだ後に考えるの」

「…おお…」

 凝人は驚きのあまり声を発した。

 ライブのキューさばきもそうだが、何よりもライブの発言に驚きを隠せなかったのだ。


――凝人が裏社会に足を踏み入れる前は裏社会の人は一般の人とかけ離れていると思えたが、普通の人、いや、普通の人よりもずっと大きい夢を抱えて人の為に裏社会で活躍している者も裏社会にはいる。例えそれが犯罪になる事だとしても。

 逆もまたそうだ。世間では犯罪扱いをされていなくとも悪銭を様々な手段で手に入れてはお宝を手に入れようとする者もいる。ライブ達が今まで盗んできたお宝も一部はそういった者から盗った物であるかもしれない。

 

――結局、どちらが正しいのかなんて答えはどこにもない――凝人はそう思ったのだ。


 だが、表社会でも裏社会でも共通して正しい事を一つ言うとすれば。

 それは、『信頼』だろう。相手を信じ、自分も信じられる存在になる事。

 凝人はライブ達との別れ際に、手を振ってみる。

 それに返すように、手を振るライブとそよぎ。

 すると凝人は二人のバックに見える夕暮れが、いつもよりも鮮やかに感じられたのだった。

 

 

 

「お待ちしておりました、怪盗オーニソガラム」

 スーツとサングラス姿の男性が仮面とウェディングドレス姿の怪盗オーニソガラム――ライブを迎える。

 薄暗い倉庫の中。コツ、コツ、と靴の音がエコーする。

 今ここにはライブとそのスーツの男しかいない。

 ライブは持ってきたアタッシュケースを床に置くと、ケースを開ける。

 スーツの男性がケースの中身を一つ一つ丁寧に確認していく。

 中身はオーニソガラムが盗んだお宝数点ほど。

そしてそのまま数分が過ぎた。

「…確かに。ではこれを」

 男性はケースを閉じて再び床に置く。

 そして今度は男性が持ってきたアタッシュケースが何個か床に置かれる。

 ライブは全てのケースの中身を確認する。中身は大量の札束だ。

「確認しました。では取引成立ということで」

 ライブが札束を数分かけて丁寧に確認し終わると、ライブと男性が互いの持ってきたケースを交換し、二人の握手と共に取引は終了した。

「…ああ、お待ち下さい。今回はサービスで情報をお付けしますよ」

「…何か?」

 帰ろうとするライブに男性が話しかけてくる。

「近々来日するそうですよ。裏社会でも珍しい事で知れ渡っている“仕事抹殺屋ジョブキャンセラ”が」

「――仕事抹殺屋ジョブキャンセラ――!?」

 ライブにも聞き覚えがあった。

 仕事抹殺屋とは、ターゲットに何らかの危害を加えた上でターゲットにとって代われる者を用意し、あくまで自然にターゲットに仕事をさせなくする。その一連の仕事を全てこなす凄腕の仕事人の事だ。

 加える危害の種類は様々で、不慮の事故にみせかけるのが通例だという。

 それだけ隠蔽や、隠密行動に長けている存在なのである。

「…どうしてそれを私に教えるの?」

「これも我々の利益の為ですよ。貴方のような貴重な取引先を失うとあってはこちらも相当な痛手になるので。これからもよろしくお願いしますよ」

「…杞憂である事を祈ります。お互いの為に」

 そのライブの台詞に、男性は深々と頭を下げた。

 

 

 

「 目の前の暗闇 先まで遠く――」

 港で武器を運び屋から受け取った道すがら、夜の闇に向かって歌う私。

「 冷たい明るさ 頬を照らすの―― 」

 自分に言い聞かせるように歌う。

「 長い長い夜が 思い出と共にあるのなら――」

 正直好きな歌だ。だが自分にとっての戒めにも聞こえる。

「 いつ朝を迎えるの――」

 そんな歌だけど、やはり歌うと少し落ち着く。

 私の名前はシルフ・アスカゼ。

 名前が付けられていなかった日本人の赤子であった私に義母が付けてくれた名前だ。

 私の義母は三年前、仕事上のわずかなミスで命を落とした。

だから私は裏稼業で稼ぐ日々を送っている。

「…さて」

 歌い終わって、私は今回の依頼のターゲットである人物の写真を確認した。

 写真には白衣を着た中年男が写っている。

 今回のターゲットはある考古学者。

 依頼主はその考古学者が発掘作業をしている遺跡周辺の土地の所有者で、お宝が発掘されたら考古学者が全て手に入れてしまうという契約の元、発掘を許可してしまった。

 だが実際には考古学者が発掘をする度に依頼主が契約破棄を考えるくらい成果を上げてしまったのだ。

 だから私に依頼を頼んだのだ――この『仕事抹殺屋』に。

 夜の闇は、何処までも続いてるように感じた。

 

 

 

「じゃあそーちゃん、今回の罰ゲームはマッサージがいいな」

 

 ライブのこの一言で始まったそよぎへの罰ゲーム。

 今、そよぎはライブの家で横たわるライブにマッサージをしていた。

 

「…ライブはここがいいの?」

「ん…もうちょっと右…かな…」

「…どう?」

「んっ…う、ちょっと、強い…」

「あ、ごめん!…このくらい?」

「はぁ、あ…うん…気持ちいい…よ…んぅ…」

 ライブはうつ伏せの状態で身を少しくねらせる。

 そよぎはライブの上に体重を加減しながらまたがっている。

 不意に、そよぎがライブに覆いかぶさる感じで、ライブの耳元に口を近付け囁く。

「…もう少し、手加減するね」

「ひゃっ、そーちゃん…い、息が…くすぐったい…」

「…ライブ、可愛いわ」

「も、もう…そーちゃんったら…」

「続けるわ、ライブ…」

「ん…」

「――っ!い、痛…ん…あ、そこ、いい…」

 ライブが喜びの声を漏らす。

 次第にそよぎはマッサージのコツがつかめて余裕が出来たのか、心中で喜びの声を上げる。

 (…じゃあ、こんな感じで)

「…はひゃやっ!?」

 (今度は…こう)

「うゅ…――っ…んん…」

 (…なんで…う…こんな…そーちゃん…上手、すぎ…)

 あまりに気持ちいいマッサージにライブは声にならない声を漏らし、すっかりそよぎに身を委ねてしまっていた。

 口元から少し唾液(つまり“よだれ”である)を流したのを、こっそり拭ってそよぎに感づかれないようにするのに少し苦労したライブであった。

 

 

 

 罰ゲームの日の夜の八時。

 ライブとそよぎ、アルマとアルム、オリーヴの五人は夕食後のひとときを過ごしていた。

「なんか今日はいい番組ないかにゃ」

 リビングにあるテレビのチャンネルをリモコンで切り換えるアルマ。

「オリーヴ様、こっちの食器は洗い終えましたわ。前に洗った食器を拭いてしまっておきますね」

「あ、ありがとうございますアルムさん」

 アルムとオリーヴは台所で食器洗いをしている。

 ちなみにアルマとアルムがそよぎ邸で厄介になる前は家事は殆どオリーヴがしていた。

 オリーヴは『家事は自分の最大の仕事だから他の人にはやらせたくない』と思っている節があり、そよぎが家事を勝手にやるとひどく落ち込んだりもした。

 だが凝人が共犯になりオリーヴも怪盗仕事を始め、さらにはアルマとアルムがそよぎ邸で寝泊りするようになってから家事が一人では出来ないレベルになってしまいオリーヴは仕方なく他の人の手伝いを了承する事になったのである。

 手伝いは当番制で、今日はアルムとオリーヴが食事の用意と洗い物、ライブとそよぎが掃除と洗濯、アルマは家事休みである。

 そして掃除と洗濯を終えたライブとそよぎは今お風呂に入っている。

 ライブは厳密にはそよぎ邸の住人ではないが頻繁に寝泊りしている事もあってか、ライブが自分から当番に買って出たのだ。

「ん?」

 ふと、アルマはある番組が気になった。

 『情緒と癒しの遺跡観光』という番組だ。

 

 

「そーちゃん、どう?」

「ん…うん。気持ちいいわ」

「よかった」

 ライブはにっこりと微笑む。

 そよぎは恥ずかしげにうつむく。…普段とはまるで立場が逆転している。

 普段、平然とライブへのスキンシップをするそよぎではあるが、お風呂に入るとライブの裸を直視できないくらい恥ずかしがり屋になる。

 逆にライブはそよぎの裸をまじまじと見ようとするぐらい恥ずかしがる様子はない。

 だがそよぎは自分の体を隠すようにしているから、はっきりとそよぎの全身を見れる事はごく稀ではあるが。

 (…そーちゃんに嫌われたら嫌だからお願いできないけど…やっぱり見たいかも、そーちゃんの全身)

 などとライブが思っている時。

 

『これだああああああっっ!!!』

 

リビングからお風呂の中にまで響いてくる声は、アルマのものだった。



 

「遺跡!遺跡だよ!まだ遺跡のお宝はターゲットにした事がないよね!?」

 アルマから提案があると言うので防音部屋でアルマの話を聞くライブとそよぎ。

「…まあお宝がある保証もないからね。発掘してる人がお宝を横流しする話も聞くけど、実際どれだけのお宝があるかなんてわからないし」

「ライブの言う通りよ。お宝がなきゃ、怪盗仕事はできないでしょう?」

「んー、確かににゃ」

 アルマはしゅん、とうなだれる。

 その様子を見たライブは少し考え込むと口を開く。

「でもアルマさんの言う事にも一理あるかも。今までしなかったような事をするっていう

事。色んな事態を想定するのも必要な気がするし」

「…成程」

 そよぎもあごに手をあてて考える。

「ねえ、そーちゃん。私とそーちゃんで有力な情報を集めて照らし合わせれば、良い情報を導き出せると思わない?」

 数秒経って、ライブが提案する。そよぎは了承の意を込めて頷く。

 数日後この提案が次の怪盗仕事を決める要因となった事はこの時にはまだ誰も予想出来なかった。

 

 

 

 ある日の午後一時前後。

 私立 綺寺あやでら高校生徒会のメンバーは黒いゴミ袋とトング (物を掴む道具)を片手に、昼食後に始めた校内清掃活動の撤収を始めていた。

 生徒会副会長であるそよぎも日差しが少し強かった外にいたためか汗をかきながら午後の授業を受けようと教室へと急ぐ。

 するとライブが教室の前でタオルを持ってそよぎを待っていた。

「そーちゃん、お疲れ様。はい、これ」

「ありがと、ライブ」

 そよぎはライブからタオルを受け取ると、タオルに何か紙が挟まっている事に気付く。

 見ると文具屋に売っているようなレターセットを使った、可愛らしい装飾の手紙封筒だった。

第一規則ルール・ワン。勝負をしかける時は事前に怪盗役が予告状を探偵役に渡す。』

中身はもちろん怪盗オーニソガラムの予告状である。

 前回怪盗役だったライブが何故また連続で怪盗役なのか。

 それは今回の勝負が特別ルールで行われるからである。

 今回の特別ルールとは、ライブとそよぎの二人が怪盗役で勝負する事になった事である。

 次のターゲットは日本のある洞窟遺跡に眠るとされている古文書。

 旧石器時代のものが多い洞窟遺跡だが、古文書などが見つかる程新しい時代の遺跡が見つかり現在発掘や調査が進められている。

 そして何故二人共怪盗役なのかという理由は探偵役が遺跡に先回りしてお宝を守る事が出来ないから、という理由なのだ。

 だから今回の予告状渡しはそよぎもする事になっている。

 (…私はまだ書き途中なのよね、予告状。まあ今夜あたりに渡そうかしらね)

 そよぎはタオルで汗を拭く。

「負けないわよ」

「うん!」

 そよぎはライブの凝った手紙を見て、自分も何か凝ろうという気になる。

 (紙の代わりに…予告状をライブの体に書いて…)

 不意に思いついたアイディア。それは一瞬も待たずにそよぎの脳内で没案となった。

 (なんてこと考えてるのかしら、私は)

 そよぎはぶんぶんと首を振り、邪念を振り払う。

「…行こ?」

「ええ…」 

ライブはそよぎの手をとる。二人は教室へと急いだ。

 

 

 

「えー、中継入りました。今日の午後三時に犯行予告を出した怪盗オーニソガラムと、それに対抗したかのように同時刻に同じ内容の犯行予告をした怪盗クロイエンスの、現在いまだ逮捕されていない二人の怪盗が共通のお宝を狙うという、前代未聞の状況となっております。現在午後二時五十八分。犯行予定時刻まであと三分を切りました」

 洞窟遺跡の前でリポーターがカメラに向かって話す。

 遺跡の中には見物人や記者達は入れないので遺跡の入り口付近で様子をうかがっている。

 だが洞窟には探偵や一部の警察は何人か先に遺跡に入って発掘作業をしている者達を警護し、怪盗を待ち構えている。

 考古学者も期限付きの発掘の為、怪盗が来ようと発掘を止めるわけにはいかなかったのである。

 そして――犯行予告の時間が訪れた直後。

 バシュッ!!バシュウウッ!!

 何かが放たれた音と共に四方八方から煙幕弾の雨が遺跡の入り口に向かって放たれ、周囲は煙に包まれた。

 多くの者が状況を見極めようと必死な中、とても早いスピードで地上を走る乗り物の上に乗って遺跡へと入っていく者と、空からのグライダーで飛来し遺跡へと入っていく者の影がその場を通り過ぎる。

 そのあまりの早さにリポートする間もなかったリポーター達は、その場で立ち尽くしていた。

 そして――その二人の怪盗が遺跡に入ったとわかるなり、その混乱に乗じて遺跡に入っていく影があった事に気付く者はいなかった。

 

 

 

 護衛の者や探偵達が次々と気絶させられたり、ネットで絡まって動けなくなる。

 シルフはそれを物陰から見物している。

 (…驚いた。思っていたよりもやるみたい、怪盗のお仲間さんは)

 怪盗はシルフが見ている所にはいないようだが、男の怪盗が乗っていた乗り物と、共にいる仮面とレディススーツ姿の格闘女が捕まえようとする者と対峙しているのが見えた。

 乗り物の方は中に人が乗っているらしくアームの先から麻酔銃らしき物を発して、格闘女をサポートしている。

 シルフは目の前の状況を抜ければターゲットのいる奥へといける事を地図で確認した後、チャンスを見計らって物陰から出る。

 怪盗達と探偵や警察達が争っている隙を付き、すり抜けようとしたシルフ。

 だが怪盗と対峙していた者の何人かはシルフの姿を見るなり突然シルフに向かって捕縛用のネットを向ける。

 (…なんで私を!?…こうなったら)

 シルフは自分が狙われる事をあまり予測していなかったので、正直驚く。が、瞬時に止まり持っている身の丈以上もある刀を地面に刺すと、刺した刀身に向かって意識を集中させる。

 すると――シルフの顔に光る痣のような物が現れた。

 その直後、刀身から衝撃波のような物が噴出し、シルフの目の前を全て襲う。

 捕縛用ネットは吹き飛び、人すらも何人か吹っ飛ぶ。

 多くの者が岩壁に叩きつけられ、地面に落ち気絶する。

「…ふう」

 シルフは刀を地面から抜くと、先を急ぐ事にした。

 

 

 

「…きろ!…しっか……ろ!」

「うっ…ん…」

 アルマが目を覚ますと、仮面とタキシード姿の者が目の前にいた。

「…クロイエンス」

「…スラスト。何処か怪我はないか?」

 そのタキシード姿の者は怪盗クロイエンス――つまりそよぎだ。

「何とか。受身はしっかり取ったから、少し腕と肩を打っただけ。少し気絶してたみたいだけど」

「そうか、よかった。『韋駄天』は?」

「え?」

 アルマは言われて気付いた。

オリーヴがいたはずの場所の地面が大きな穴になっている事に。

「そうだ…確か」

 アルマはふらっと立ち上がり、大穴を覗く。

 

「落ちたんだ…多分、この穴の下に…」

 

「なんだって!?」

 

 そよぎの驚きの声が洞窟中に響いた。


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