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交錯逸話  作者: 永旅 真
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episode4:fool of fool

韋駄天に乗って私とオリーヴが駆ける。

しばらく、二人は屋敷の奥――金庫室への順路を進んでいると、先に進むには階段を使わなければならない場所にたどり着く。

私――そよぎはハンドレスの通信機で韋駄天の中のオリーヴに通信する。

「ここで分かれる。進路は大丈夫か?」

 私は怪盗仕事をしている時は男の人になりきるため、男口調で話をするようにしている。

「わかりました。大丈夫です、クロイエンス。ご武運を」

 そのオリーヴの言葉を聞くと、私はすぐにワイヤーを天井のシャンデリラにひっかけ、韋駄天から飛び降り、その走りの勢いそのままに警備員や探偵達の頭上のはるか上を跳躍する。

 そしてワイヤーを離し、空中で帽子を片手で押さえながら体を回転する事で韋駄天の慣性力を分散させ着地の衝撃をやわらげ、階段の手すりの上にふわっと降り立つ。

 そこで一言。

「参上致しました。――勝負といきましょう」

 そう言い放つと、ワイヤーを窓のロックやらカーテンの付け根など、少しでもひっかけられるような所に次々とひっかけて、能力痕の力でひっかかっているのを解除する事を繰り返し、部屋の中を縦横無尽に跳躍する。

 帽子を片手で押さえる事も忘れない。

 私は怪盗仕事はこれくらいの余裕がないと駄目だと思っている。

 もちろん相手も本気で私を捕まえに、あるいは妨害しようとするだろう。

 だがこの心の余裕も含めて初めて私の本気は表現されるといえるのだ。

 だから決してふざけているわけではないのである。

――本気、か…

 そういえば今回、ライブの助手をしているアルムさんは大丈夫だろうか?

 愛情に似た感情まで向けている姉のアルマさんを相手にして、本気を出せないでいるかもしれない。

 その考えが脳裏をよぎったが、今は自分のやる事に集中する事にした。

 

 

 

「貴方は…人がどれだけ本気なのかを感じる事が出来ないの!?」

 

 言い放たれた一言。

 アルムは今まで経験しなかった事が起きて、呆然とする。

 能力痕の力を隠すために、箱入り娘状態だったアルム。

 しかもアルムは大事に育てられ過ぎたゆえ、平手打ちをされた事などまるでなかったのだ。

 アルマがおちた穴から上がってくる足音が響く。

 それとは裏腹に、穴の外では音も一切なく静まり返っていた。

「…クロイエンスの所へ行かなきゃ」

 そのライブの言葉に凝人はアルムの事を気にしながらも従う事にした。

 そしてライブと凝人は呆然としているアルムを置いて、そよぎを目指して走り出す。

 

 

 

「…そよぎさんは俺にまず本気を出す事を覚えろって言った」

 事情をライブから聞いた凝人は走りながらライブに話しかける。

「………」

 ライブは返事をしない。凝人はライブの表情を確認しないまま、言葉を続ける。

「だから今回の事は完全にアルムちゃんが悪かったんだ。それはわかってる、わかってる…」

 凝人は自分の心中をそのまま言葉にしたかのような話をする。

 そしてちらっとライブの表情を伺う。

 すると――ライブは泣いていた。

 目に涙を浮かべ、かろうじて走ってはいるが、凝人と同じくらいのスピードで走っているという事はライブは本調子ではない事を意味している。

 本来ライブは凝人より遥かに身体能力が高いのだから。

「ど、どうしたの、ライブちゃん!?」

「…だ、だって」

 ライブは片手で目をこすり、涙を拭いながら言う。

「だって私、ついカッとなって…。あんな事…。もうしないって決めたのに」

 (過去にした事あるのか、平手打ち)

 凝人はそう思ったが今はとりあえず詮索しない事にした。

「別に単に傷つけたんじゃない事はわかってるんです。でもやっぱり自分のした事を考えると、そうしなきゃ良かったって感情もあるんです、私の中に」

 ライブは突然止まって泣きじゃくる。凝人も立ち止まった。

 ――凝人はなんとなく感づいた。

 ライブはおそらく、凝人には及びもつかないような酷い目にあった事があって、それを自分が少しでも他人に味あわせてしまった事に深く後悔しているのだろう。

 格闘術で警備員を気絶させる事は出来るが、仲間と認めた人に対しては自分がした事が暴力だという事を意識してしまうらしい。

 過去にライブは友達がいじめを受けている所を助けた話をそよぎから聞いた凝人にはそう思えてならない。

だが凝人は正直、どんな言葉をライブにかけていいか迷う。


『――なら、信じればいい』

 

 突然、ライブの持つ緊急の通信機から声が聞こえる。

 男口調で、微妙に声色を使っているが間違いなくその声はそよぎのものだった。

 (そーちゃん…?)

 ライブは自分の周囲に凝人以外に通信を聞いている人がいない事を確認すると、通信機に向かって言葉を言う。

「…『嵐は止んで、歌声は響く』」

 その言葉はライブとそよぎの間で使う暗号文で、意味は『周囲に敵はいないので安心して会話ができる』という意味だ。

『…『なら、デュエットをしましょう』』

 そよぎも暗号文を言った。ライブの使った暗号文に対して、自分も安心して会話ができるという事を意味する返答の暗号文だ。

 この緊急の通信機は、ライブやそよぎになんらかのトラブルがあったときにと短時間ではあるが傍受される事が殆どありえない安全な会話ができるようになっている。

『アルマさんから聞いた話でなんとなく状況はわかったわ。それと、ごめん。さっきライブが泣いている時の台詞も聞いてしまったわ』

「ううん、いいの。…『信じる』って?」

 

『ライブ自身を。ライブの言ってる事は間違ってない。私が保証するわ。だからライブは自分を信じてあげてほしいんだ。…仮に、ライブが間違っているとしたら』

 

 そよぎは続けて言う。

 

『その時は私も一緒に間違えて、一緒に改善する。ライブを一人にはしない』

 

「――!!!」

 ライブは突然の言葉に驚いた。

 (なんだろう…この、熱く何かがこみ上げてくるような感じ…)

 段々とライブの涙は苦しみの色を薄れさせて喜びの色に染まっていく。

 そして、ライブは軽く涙を拭って口を開いた。

「…仕切りなおしだね」

『ふふっ、そうね。じゃ私はオリーヴをもしもの時のために近くに退避させる。なるべく手は出させないように指示しておくわ。アルムさんもその場から撤退させられる?』

「うん、それで頭数は揃えられるものね。わかったよ、そーちゃん。それと」

『?』

「…ありがとう。大好き」

『――!!!』

「通信、切るね」

『え…ええ…』

 ライブは通信を切る。そして涙を拭いながら凝人に向き直る。

「凝人さん、アルムちゃんに連絡して。この場を離れ、待ち合わせ場所に先に行くように。それと…アルムちゃんの仕込み、凝人さんは代わって出来る?」

 突然さっきと打って変わっていつものライブに戻った事に正直驚いた凝人だったが、すぐに顔をほころばせた。

 そして凝人は『任せて』の意味で右手の親指をぐっと立ててみせた。

 …このやりとりでクロイエンスの仮面の内側が、ライブに『大好き』と言われて出したそよぎの鼻血で赤く染まったのは余談かもしれない。

 

 

 

 屋敷の奥にある巨大な金庫。

 そよぎは金庫の見張りを全てワイヤーで縛り上げる。

 そして金庫の扉に調べておいたパスワードを入力して、網膜認識の鍵を偽造した家主の網膜がプリントされているコンタクトレンズを眼球の模型につけたもので開錠した。

 開いた扉の中は意外に広く、広さは学校の体育館の四分の一、高さはビル三階分くらいある。

 だが驚くべきは、この金庫内には簡単に入れないはずなのにライブが既に先回りして金庫内の中央でそよぎを待ち構えていた事だ。

「…待ってたよ。ようこそ、金庫へ」

 ライブはそよぎに向かって捕縛用のネットを射出するための大砲をかまえる。

 (…成程。どうやら金庫内に入るための別ルートがあったって事ね)

 そよぎが気付いた事は当たっていた。

 実はこの金庫に入る方法は二つある。

 一つはそよぎがしたようにパスワードと網膜認識で扉を開けて正面から入る方法。

 そしてもう一つは家主と工事の施工をした一部の人間しか知らない、書斎の特定の本棚の後ろにある隠し通路から金庫内に直接入る方法。

 ライブはその二つ目の方法を使い、金庫内に先回りしていたというわけだ。

 (…でもライブ…その大砲じゃ部屋をワイヤーで縦横無尽に跳べる私にはそう簡単には捕まえられない事を知りながら何故…?)

 そう思ったそよぎは、何となくライブが何らかの策を持っている事に警戒しながらも、ライブの大砲の回避に専念する。

 ライブのバズーカからネットが射出される。

 一発目。ライブはそよぎが右に避けると行動予測して射出した。

 そよぎは体をわずかにひねり、それを間一髪避ける。

 二発目。今度はそよぎがワイヤーで上に回避すると踏んだライブはやや上向きに放った。

 だがそのライブの予想ははずれ、そよぎはライブに向かって急接近したかと思いきや、ライブの行動射程内ギリギリの距離を鮮やかに保ちながらネットを避ける。

 そしてそよぎは回避成功した直後にネット三発目を待たずにワイヤーを天井のひっかけられる鉄の突起に向かって投げる。

 その瞬間。

 バチンという音と共に金庫内の明かりが消える。

 そしてそよぎから見えない所に潜んでいた凝人が金庫内のサーモグラフィーを映したモニタを見ながらライブに向かって叫ぶ。

「左後ろ、三十度!」

 それを聞いたライブはすかさず凝人の言った通りの場所にネットを放った。

 凝人とアルムの仕込みと作戦は、こうだ。

 まずアルムの能力痕『約三十分前まで触れたことのある、動きの脳内シミュレートができるものの位置を動かす能力』で、そよぎがワイヤーをひっかけられそうな全ての突起の固定ねじをはずし、そよぎを突起物とワイヤーごとバランスを崩させる。

 これは凝人とオリーヴが共同で作った『パソコンで遠隔操作できる小型作業用虫型ロボット』を使い、アルムがやるはずだった突起の固定ねじはずしをアルムに代わってやってのけた。

 次にバランスを崩したそよぎから、今度は凝人が金庫内の明かりを消す事で視界を奪う。

 そして最後、凝人が常に見ている金庫内のサーモグラフィーでそよぎの位置を確認、即座にライブに伝える。

 そうする事でバランスと視界を失ったそよぎならライブの放つネットで捕らえられる、というわけだ。

 ――だが。

 凝人はサーモグラフィーを見て驚く。

 ネットに捕まって動けないでいるはずのそよぎが、部屋中を自由に飛び回っているのだ。

 ライブも手応えがない事に気付き、驚きを隠せない。

 凝人はあわてて金庫内の明かりを付ける。

 ――すると、ネットはそよぎを捕らえる事なく床に広がっていた。そしてそよぎは…ワイヤーで飛び回っている。

「…なんで!?」

 ライブは思わず叫んでしまったが、そよぎの今使っているワイヤーの先を見てすぐに気付いた。

 そよぎのワイヤーの先にはナイフが結び付けられており、そのナイフの刃は何もない壁に深々と刺さり、ナイフの柄からは固定用の爪が出てしっかりと壁に固定されていたのだ。

 つまりワイヤーの先につけたナイフを壁に固定することでそこを起点に飛びまわれるというわけだ。

 (…そーちゃんがワイヤー使いであると同時に、ナイフ投げも正確に出来るという事を忘れていた…?いや、違う。ナイフ投げとワイヤーが関係ないと勝手に思いこんでいたのが敗因だったんだ…)

 

「…では予告通り、『天国の地獄の砂時計』は貰い受ける」

 

そよぎはそう言い放つと煙幕弾を床に叩きつけライブと凝人の間をすり抜け、脱出する。

 ライブと凝人は自分達の負けを確認すると撤収を始める。

 『第三規則ルール・スリー。勝負が終わった後の待ち合わせ場所はあらかじめ把握しておく』

 その後、二人はそよぎ達との待ち合わせ場所に急いだ。

 

 

 

「…はー、ふう…」

 穴から脱出したアルマは、そよぎの進入ルートを確保すべくそよぎに近づく者を全て格闘術で気絶させていた。だが、それもそろそろ体力的に限界になっている。

 能力痕の使いどころは実践でするのと自分で好き勝手に使うのは全然違う事を改めて思い知ったアルマは、第一段階の能力痕で少し体力の温存を意識し始める。

 

『スラスト、ご苦労様。撤収だ!』

 

 そんな矢先にそよぎからの連絡。アルマは安堵すると共に、ありったけの煙幕弾を床に叩きつけその場から脱出する。

 

 

 

 雑木林の中に隠されている廃棄されたキャンピングカー。

 そこが今回の集合場所だ。

 ライブと凝人がつく頃にはもう既にキャンピングカーの中に明かりが点いていた。

 中に入るとそよぎとアルマ、オリーヴ、そして一番先に来ていたアルムがいる。

 とりあえず今後は今回のような事が二度とないようにアルムに注意する事で大目にみてもらう結果になった。

 アルムは『はい…』と小さく返事したが、落ち込むと言うよりただ意識が上の空状態になっているといった感じだった。

「…はたかれたのが痛いのが怖くてもうやめたいとかじゃありませんの。わたくしにもよくわからないんですの。ただ…」

 アルムはそう言って、アルマをちらっと見る。

「ただ…お姉様の気持ちを踏みにじるような事をしたのはわかりましたの。今後は必ず直しますの」

「アルム…ありがと!」

 アルマはアルムに抱きつく。

 しかしライブには、普段ならアルマに抱きつかれたら抱き返すくらいのアルムがアルマに抱きつかれてもなんとなく意気消沈しているように見えたのが気になった。

 

 

 

 怪盗仕事も終え、ライブと凝人は自宅に、他の四人はそよぎの家に戻る事になった。

 そして一人、ライブは帰りのバスが来るのを待っていた。

 現在深夜十一時半。

 少し肌寒いくらいの気候だが、アルムの事でまだ悩んでいるライブにとっては心なしか実際の温度より寒く感じられる。

 (…私、どうすれば良かったのかな)

 そよぎの言葉にあの時は支えられたが、やはり一人になるとネガティブな意見がどうしても沸いてくるのだ。

 そんな事を考えていると、いきなり誰かに両目を後ろから両手でふさがれた。

 

「だーれだっ」

 

 (…ああ、そっか)

 視界が真っ黒になるが、自分の目をふさぐ手の温かさがとても心地良かった。

 (私には、こんなにも一緒にいると幸せになれる人がいたんだ――)

 

「そーちゃん」

「当たり♪」

 

 ライブが答えると、ライブの目から手を放すそよぎ。

「どうしたの?そーちゃん」

「ええ、ちょっとね。はい、これ」

 そよぎはライブに薄めのパーカーを差し出す。

「そーちゃん、これ…」

「あ、使わない?少しライブが寒そうに震えてたから。着れば暖かくなると思って」

「…そーちゃん…ありがとう。使わせてもらうね」

 そう言って、渡されたパーカーを羽織るライブ。

「…まだ、気にしてる?」

「…あはは、そーちゃんにはわかってたんだね」

「何となくだけどね。ライブってすごい優しいから…」

 

 (…そーちゃんの方が…)

 

 ライブは思った事を言いかけたが、急に言葉を失ってしまった。

 そして一瞬悩んだ後、俯きながらそよぎに話しかける。

 

「…ぎゅって…して欲しい…駄目?」

 

途切れ途切れに言うライブ。

そしてそよぎはその言葉の意味を読み取った直後にライブを自分の胸に抱き入れた。

「…」

「…少しだけ…もう少しだけ、このままで…」

「…ん。ライブの気の済むまでいいから…」

 それからライブはバスが着くまでずっとそよぎの温もりを感じていた。

 

 

 

「じゃあ、中腰気味になって…視線はこっちね」

 パシャリ。

「今度は正座の状態から上半身を乗り出すようにして…右手を猫っぽく出して…そう、そのまま」

 パシャリ。

「次は…そうね、横に寝てスカート部分を押さえるようにしてから膝を曲げて…うん、いいわ」

 パシャリ。

 そよぎの家の地下室にカメラのシャッター音が鳴り響く。

 カメラの先には黒のワンピースに普段つけているカチューシャとは少し違う、猫の耳を完全に模した正真正銘本物のコスプレ用猫耳を頭に、手には猫の手を模したグローブ、腰より少し下には先に赤いリボンと鈴のついた猫の尻尾飾りをつけたライブが、顔を紅潮させながら様々なポーズをとっていた。

「いいわ、ライブ。とっても素敵…」

「そ、そうかな?えーと…ま、まあそーちゃんがそう言うなら…」

 ライブは少し身をよじる。すると、そよぎの見ているアングルからはライブがお尻を向けて振っているように見える。

 (…これはこれで)

 自分が妙なテンションになる事を自覚しつつもカメラのシャッターを夢中で押すそよぎ。

 それから数分間こんな感じの行為が続き、今回の怪盗仕事の罰ゲーム『コスプレ撮影会猫コスプレバージョン』は幕を閉じた。

「…はぁー」

 ライブはぺたんと座り込む。顔はまだ紅潮させたままだ。

「うん、流石ライブ。前のメイド服も良かったけど、今回のもすっごく可愛くキマッていたわ」

 デジタルカメラの液晶画面で撮った写真を一枚一枚確認しながら、そよぎはうっとりとしている。

「あはは、ありがと。…でもやっぱりちょっと恥ずかしかったかも」

 ライブは人指し指をもじもじさせながら俯き気味に言う。

「恥ずかしがる事なんてないのよ。それに、この写真は絶対私以外の人には見せないようにするから。二人の思い出の内よ」

 などと言いつつも写真の確認を続けているそよぎ。

「…もう、そーちゃんたら…あ。じゃあそーちゃんと二人で写真も撮られたいかな」

「本当!?」

「うん、せっかくそーちゃんが私のために用意してくれた衣装だもの。そーちゃんとの記念にいいかなって」

「ええ、喜んで」

 そう言うと、そよぎはライブの隣に座ってカメラを片手で持ち、自分とライブにカメラのレンズを向ける。

 

「はい、チーズっ」

「にゃんっ」

 

 パシャッ。

「………な、なんて。あはは、変だった?」

 ライブはあはは…と照れながら、猫の鳴き真似をした事を『少し調子に乗りすぎたかな』と思い苦笑する。

「ううん…GJグッジョブ

 そよぎはそれだけ言うと、右手でカメラを持ち左手で鼻のあたりを押さえながらそのまま後ろに卒倒した。

「え…!?そーちゃん!?そーちゃーん!!」

 地下室にライブの叫び声がこだまする。

 

 

 

「コーヒーとモンブラン、お待たせいたしました」

 ケーキショップの店員は、そよぎの前にコーヒーとモンブランケーキを置くと一礼して店の奥へと去っていった。

 午後四時、駅前のケーキショップ『甘流氷 (かんりゅうひょう)』の店内。

そこには学校の授業を終えてから友達に勉強を教えているライブを待っているそよぎがいた。

 そよぎは、モンブランのような『天然素材そのままのものと人の手製のものの組み合わせ』。そんな食べ物が好きなのだ。

 他にも天然イチゴが乗ったショートケーキや、天然ブルーベリーやクランベリーの乗ったチーズケーキなども好きだが最近はモンブランに凝っている。

 特にライブとそよぎの行き付けである『甘流氷』のモンブランは雑誌に掲載されるくらいの人気があり、そよぎのお気に入りである。

 (ん…この自然の飾り気のない甘味とケーキの甘味が溶け合う感じ…美味しいわ…)

 そよぎがモンブランを口いっぱいに堪能していると、店の入り口のドアについたベルが鳴り、ドアが開いた。

 店に入ってきたのは制服姿で肩から鞄を下げているライブだった。

 ライブはそよぎを見つけると、そよぎに向かって手を振った。

 そよぎもそれに気付き、手を小さく振り返すと店員がライブをそよぎの席へ案内してくれた。

「お待たせ、そーちゃん。ごめんね、ちょっと時間かかっちゃって」

「大丈夫よ、ライブ。さ、座って」

「うん。…あ、ちょっと待ってね」

 ライブは鞄の中から一通の手紙を取り出すと、それを両手で賞状を渡すようにしてそよぎに差し出す。

「これ。受け取って、そーちゃん」

「…ええ」

 そよぎは『相変わらず可愛い渡し方ね』と思いながら手紙を受け取る。

第一規則ルール・ワン。勝負をしかける時は事前に怪盗役が予告状を探偵役に渡す。』

 見た目は普通の手紙だが中身は怪盗オーニソガラム、つまりライブの犯行予告状が入っている。

 この渡し方ならば仲が良い友達が手紙のやり取りをしているようにしか見えないため、人目を気にせず渡せる。

 …そよぎの渡し方は、人前では到底できないものだが。

 次のターゲットは『不死聖杯』。天然で発見された巨大なラピスラズリ (青金石)が偶然器のような形をしていたために、台座として白金を取り付け聖杯としてあがめられてきた。その聖杯を光にかざすと鮮やかな青色の光が様々な角度から現れる。その幻想的な光景を目の当たりにしたものの多くは言葉を失う程である。

その聖杯に汲んだ水を飲むと不死の力を得るとまでいわれた宝石価値と歴史的価値が共に高い至宝である。

 現在は外国にあるが、三日後の夜に船で内密に日本に運び込まれる予定だ。

 ライブの犯行予告によると、どうやらライブは船上でお宝を盗むつもりらしい。

 

 

 

 (ライブが正式に表社会に犯行予告状を出したのは今日の朝。そろそろ犯行予定時間。これだと貿易上の関係で船の航海予定も変更できないけど…)

 そよぎは船の甲板から夜の闇と、それに染まった海を眺めながら考え事をしていた。

「…あ、ほらほら今、何か光ったよ。クラゲとかかにゃ?」

「アルマさん、あまり乗り出さない方が…危ないです」

そよぎと違い、観光気分で海を眺めるアルマとそれを見守るオリーヴはそれなりに楽しんでいるようだ。

そよぎ達三人がいるのはライブが狙っているお宝を積んだ船の上。

予定とは多少のコース変更をして、囮の船まで何隻か出したがおそらくライブ達には見抜かれてしまうだろう。

なにせライブの本来の情報収集能力と凝人のハッキング能力は恐るべきものだからだ。

「…さて」

 そよぎは時計を見る。犯行予告時間である午後九時まで残り三十秒。

 チラつくサーチライトの光を横目にライブの策がどんなものかと考えれば、あっという間に過ぎていく時間だった。

 ………。

「…?」

 何も起きない。そう思った次の瞬間――。

 複数のサーチライトが一斉に同じ場所を照らす。

 そこは船の貨物倉庫の上だった。照らされた光には人影が写る。

「来たか、クソっ!囮も無駄かよ!」

 船のクルーの一人が愚痴を吐く。その写った人影はウェディングドレス姿で仮面をつけ、金属製の盾を持った怪盗オーニソガラム――ライブだったのだ。

 クルーが何人かライブに向けて発砲する。足や手を狙った威嚇射撃だ。

 ライブは金属製の盾をかまえ、銃弾を全て盾で受けきる――ように見える。

 だが実際、どんな鍛錬を積もうが銃弾を全て受けきるのは難しい。

 要するにライブは全ての銃弾を自身の身のこなしだけで受けきっているわけではないのだ。自分に当たりそうで盾では防御が難しいコースの銃弾はライブの能力痕『形をはっきりとイメージ出来る金属製のものを引き寄せる』能力で盾に引き寄せる事で受け流す。

 スピードがあろうが対象物が銃弾という小さいものである以上、ライブにとっては第一段階の能力痕で十分対応できるので、大した体力消費もなく受け流す事が出来るわけだ。

 そしてクルーの一部が隊列を乱した一瞬の隙をついてライブは煙幕弾をばらまく。

 煙の中では味方を撃ちかねないと判断したクルー達は銃を撃つのを止めざるを得ない。

 (…まさかあんなに静かに進入するなんてね)

 そよぎはそう思いつつもライブを目指し、走り出す。

 アルマとオリーヴもそれに続く。

 ――今回のライブには変わった点が多々ある事に気付くそよぎ。

 日本に運ばれるのを待たずにわざわざ船という狭く、逃げにくいフィールドで勝負を挑む事。

 ライブの助手の二人の姿が、せまいフィールドに関わらず見あたらない事。

 静かに進入して、いつもの大胆さよりも仕事の素早さを優先した事。

 (端鞘さんとアルムさんがどこかに隠れている?でも、格闘術を持っていない二人が外部から進入するのはほぼ不可能。…なら)

 そよぎはそこである考えにたどり着く。

――変装。

凝人とアルムは変装で事前にこの船へまぎれこんでいたに違いない。 

 そう思っていた矢先、そよぎは後ろに人の気配を感じて後ろに振り向く。すると凝人とアルムらしきクルーの格好をした男女がボートで脱出しようとしている所を見つけた。

「待ちなさい、そこの二人!」

 そよぎが話しかけるとその男女はゆっくりとこっちに振り向く。

 そして二人の内の女の方――アルムと思わしき人物が突然、指をパチンと鳴らした。

 ――他の音を消し飛ばしてしまう程の、鼓膜が麻痺してしまいそうな爆発の轟音。

 突然そよぎと二人の男女の間あたりが爆発、爆風で二人を見失ってしまったのだ。

「…逃がした」

「…げほ、げほ…」

「…じゃあ今の…」

 アルムの能力痕。それは『約三十分前まで触れたことのある、動きの脳内シミュレートができるものの位置を動かす』能力。仕掛けた爆弾をあらかじめ触れておいたアルムが、離れた場所から能力痕の力で爆弾のスイッチを動かす事で爆発させたのだ。

 これで凝人とアルムは完全に船から見失ってしまうことになった。ボートで脱出してしまえばこの広い海ではそう簡単には捕まらないだろうから。

 そこでまだ船に残っているであろうライブに狙いをしぼったそよぎ達三人は、急いでライブを追う事にした。

 

 

 

この船の構造は至って単純だ。入り組んだ場所もなくただ広い倉庫があって、その上に司令室や人の住居スペースがあるだけ。そしてお宝も貨物として倉庫に積まれている。

つまり、怪盗を捕まえようとする者の全ての集まりが早く、怪盗を追い詰めやすいのだ。

程なくして、簡単にライブが見つかる。今、コンテナからお宝を取り出している真っ最中だった。

そしてお宝を持ったライブだが、あまりにも捕まえようとする者が多くライブを取り囲んでいるので、煙幕弾を打ち落とされないかと思い少したじろぐ。

クルー達も自分達が優勢な事に気付いたのか、ゆっくりと慎重にライブを追い詰める。

――だが次の瞬間。

追い詰められたライブはお宝をいきなり放り投げ、持っていた盾で叩き割る。

お宝の破片がばらばらと床に飛び散った。

その様子を見ていたそよぎを含むライブの行動を見ていた者がほぼ全員、唖然とする。

いくら捕まりそうになったからってお宝を狙う怪盗がお宝をこんなにも容易く破壊するなどありえないと思えるのは当然だからだ。

その隙をついてライブは煙幕弾を放つ。煙幕弾は打ち落とされる事なくあたり一面を煙で覆った。

煙は数秒後、段々と晴れてくる。海風が窓から差し込むせいだろうか。

そよぎはそう思い、倉庫の窓を見るとドレスを着ているような形の人影があった。

――その人影は、ライブ。左手で窓枠にぶら下がり、右手にバラバラになったはずの『不死聖杯』を無傷の状態で持っていた。

「予告通り、至宝『不死聖杯』はいただきました」

 ライブはそよぎや窓を偶然見ているクルー達にそう言い残すと窓から外に飛び出し、パラシュートで降りた後、海にシュノーケルで潜りその場から脱出した。

 全ての犯行が終わるまで五分とかからなかった、ライブとそよぎの今までの怪盗仕事の中で一番短いものとなったのである。

 

 

 

 今回の集合場所は港に近い廃屋。

 そよぎが到着する頃には潜水していたライブと、ライブをボートで迎えた凝人とアルムの三人が既に到着していた。

 全員の無事を確認後、今回についての反省会が始まる。

 そよぎ達が気になるのは今回のライブ達の策の内容だ。

「今回のMVPは間違いなくアルムさんだよ!なにせ今回の作戦の原案はアルムさんが立案してくれたんだから」

「そんな…ライブ様。わたくしの粗い作戦を実践的に磨いてくれたのはライブ様ではありませんか」

 アルムは照れる。どことなく、ライブに対して艶っぽい目で接しているように見えるが、それはともかくとして作戦の説明をライブが始める。

 まず凝人とアルムが船内にクルーとして潜入。これはそよぎの予測が当たっていた。

 そして用意していた『不死聖杯』のイミテーションが中に入っているコンテナを本物の『不死聖杯』が中に入っているコンテナの隣に置いておく。

 そして、本物が入っているコンテナと、イミテーションが入っているコンテナにアルムが触れておく。

 後はアルムの触れた爆弾を船の何箇所かに仕掛けたら凝人とアルムの仕込みは終了。

 二人はボートを使って脱出する。

 今度はライブが潜水状態から船に上がり、格闘術でクルー達を気絶させて進入した後は姿をクルー達に見せ、怪盗仕事を開始。

 ここからはアルムの能力痕が活躍する。

 犯行予告時間が過ぎた所でアルムが能力痕の力でお宝のイミテーション入りコンテナと本物のお宝入りコンテナの位置をずらし、イミテーション入りコンテナを本来本物入りのコンテナのあった場所に移動させる。

 これはライブが使った煙幕で位置をずらした事には誰も気付かないようにしていた。

 そしてライブはそよぎやクルー達にわざと見せるように本物の位置にあるイミテーションのお宝を盗む素振りをする。

 さらに、ライブは追い詰められたような様子でお宝を破壊する演技をする。

 もちろん破壊したのはイミテーションだが、バラバラになったお宝を本物かどうか確認する事は難しく、その場ではそよぎすら無理だった。

 その後、そよぎやクルー達が驚いている隙をついて煙幕弾を投げる。

 そしてライブがワイヤーで窓まで跳んで窓枠にぶら下がった後、本物のお宝をコンテナごとライブの能力痕『形をはっきりとイメージ出来る金属製のものを引き寄せる』能力で引き寄せる。

 そしてコンテナの中の本物のお宝をライブが回収して、『お宝が破壊されたと勘違いしている者』あるいは『お宝が破壊された誤報を撤回させるために手間取っている者』達を尻目に脱出する。

 船という場所で勝負をしたのも、捕まえようとする者をまとめて集めやすく、混乱も一気にさせやすいという理由だ。

 静かに進入したのはそよぎの思った通りで、怪盗仕事の速さを優先したためである。

せっかく作ったスキを無駄にしないためには素早さが重要だからだ。

 ライブが策の説明を終えると、そよぎチームの三人は納得したように肩を落とす。

「…成程ね。船のクルーはみんな愚か者だって言ってたぐらい驚くような事したから、私も流石にあせったわ。まあ私はライブの事だから何かあるんだろうと思ってたけど、策の内容までは読みきれなかったわけだし…。アルムさんの策の方向性ってこんな感じだと思うと、末恐ろしいわね」

「…方向性?」

 アルムはそよぎの発言に何か気付いたのか、いきなり立ち上がる。

「…それですわ!!!」

アルム以外の五人はびくっとしてアルムに注目する。

「方向性!たった今、わたくしはわたくし自身の方向性に気付きましたわ!それは…今そよぎ様がおっしゃったように、相手に『愚か者』と思わせるぐらいの策を作る事!ならば…わたくし自身も愚か者の中の愚か者にだろうとなってみせますわ!策の完成度をより高くするために!手始めにまず…」

 アルムはそう言うと凝人を見る。

「…確か凝人様は以前、お姉様に恨みを持っていたとか」

「え?…ああ、パソコン蹴り壊された時に少し。でももういいって、それは」

「仲間である人に対して愚かなのはわかっていますけど…お姉様に恨みを持つことが今後あるようならば…メリケンサックの使い方の一例を教えてあげましょうか?…ですわよ」

 そう言って、アルムは懐からメリケンサックを取り出した。

「な、なんでそんなもん持ってるの!?」

「これは本来お姉様が拳を痛めないようにわたくしが作ったものなのですけど、金属で殴るのは殴る相手に失礼だとお思いになっている優しいお姉様は、わたくしの護身用に持っておけと言ってくれて…それでわたくしが持っているものですわ」

「事情はわかったけど…その一例ってなんなのさ!?」

「まず、メリケンサックのとげの部分を外側ではなく内側にするように指にはめますの。そして、その状態で男性の」

 そこまで言ったところでライブとそよぎがアルムの口をふさぎ、ホールドする。

 なんとなく凝人にはわかった。

 ようするにアルムの言うメリケンサックの使い方とはとげで殴るのではなく、とげを使って男性の…を握りつぶす事だろうというのが。

 そう思った凝人は襲い来る寒気から逃れられないでいた。

 数秒後、アルムはライブとそよぎのホールドから開放された。

「次は…」

 アルムは次はライブを見る。当然ライブはびくっとする。

 だがさっきの凝人への態度とは打って変わってライブへの態度は全然違う。

 ライブを見るアルムの目は艶っぽく、熱い視線とさえ感じる程だ。

 

「…ライブ様。わたくし、一般的な人から見れば愚かな事はわかっていますの。けど、どうしても自分の気持ちに嘘はつけないので言いますわ。わたくし、ライブ様に平手打ちされて、嬉しくなった自分に気がついてしまったのです」

 

「…は?」

 ライブは凍りつく。アルマ以外のみんなも同様だ。

 

「わたくしが敬愛しているのは間違いなくお姉様だけですの。けど、ライブ様にだったら…はたいて欲しいというか、罵って欲し…いえ、お叱りをされたいというか…」

 

アルムはもじもじとしながら、言葉を出す。

 …正直、アルマ以外の四人はそのアルムの言葉に寒気に近いものを覚えていた。

 アルマは状況がよくわかっていないのか、首をかしげるだけだったが。

「…ねえそーちゃん。どうしよう…?」

 ライブはアルムに聞こえないようにそよぎに話しかける。そよぎは口元をひくつかせながら答えた。

「ま、まあもともとのアルムさんの趣味を否定するのはよくないと思うわ。世の中には私達が驚くような事が趣味の人もいるのだし」

「…そ、そうだね…。でもなんていうか…」

 ライブとそよぎはアルムの内なる趣味の目覚めに関与してしまった事に少し後悔しつつも、それがアルム本来の趣味と思えば、それを否定するのはその人自体を否定する事に繋がりかねないと納得するしかないようだった。

 しかし…

 

「やっぱり、カルチャーショックっていうか…慣れられるか疑問だよね」

 

 ライブのこの言葉にそよぎは全力で同意した。


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