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交錯逸話  作者: 永旅 真
11/13

episode10:蕾譜

「ん…」

 カーテン越しに薄い光が差し込む部屋でライブは目を覚ました。

 視界には見慣れた天井が写っている。そよぎの私室の天井だ。

 何気なく上体を起こしたライブが真っ先に驚いたのは、自分の寝ているベッドの横でそよぎが椅子に座りながら寝ていた事。

(あ…そういえば)

 おぼろげながらライブの脳内に昨日の出来事が蘇る。

 第四段階の能力痕を使用したライブが裏医者の病院に運び込まれた次の日、そよぎの家に泊まった。

 しかしその夜、風呂から上がった時に突然頭痛にみまわれてしまう。

 そよぎが椅子の上で座りながら寝てしまっているのはライブを夜通し看病してしまった事が原因なのだ。

 ライブの横にはそよぎが用意してくれたミネラルウォーターのペットボトルとコップが置いてある。

(そーちゃん……ありがと)

 そよぎの頭を撫でるライブはふとある事に気付いた。葛西との一件で落ち込むライブにそよぎがとった態度についてだ。

 過保護なまでに接する態度ではなく、わざとライブ一人で考え事をさせるように仕向けたような態度は、ライブが自分自身で乗り越えなければいけない事だとそよぎはわかっていたからなのだろうと。

 あるいは下手にライブの気持ちに踏み込まない事で、ライブの気持ちが余計に荒れるのを防いだともとれる。

 いずれにせよそよぎはライブの事を思ってわざとライブを突き放した。普段はライブを守るように接する優しさを持ち、必要になればライブの自主性を無くさないように自ら身を引ける強さも兼ね備えている――

(そーちゃんはすごいな……そういえばあの、第四段階の能力痕を使った時)

 第四段階の力を使った時は無我夢中で考えてもみなかったが、信じる事が何かはっきりさせる事で自分の心にかかった雲のような『もや』を晴らす事と今まで使えなかったはずの力に目覚めた事は関係しているのかもしれない。

 ライブがそんな事を思っていると、そよぎが目を覚ます。

 そよぎはライブが頭を撫でてくれている為か、少し照れるように頬を赤らめた。

「……ライブ?」

「おはよう、そーちゃん。心配かけちゃったね。それに、看病ありがとう」

「あ、ええ。体はもう大丈夫?」

「うん、健康そのもの。今日は私が腕によりをかけてご飯作るからね♪」

 そう言うとライブはそよぎに向かってガッツポーズをしてみせる。

「ふふっ、楽しみね。あ、ライブ、これ」

 そよぎが差し出したのはライブ用の着替え。ライブのトレードマークともいえるネコミミカチューシャが服の上に乗っている。

「じゃあライブ、私も着替えてくるわね。着替え終わったら台所に来てね。下準備して待ってるわ」

「うん、ありがとう」

 そよぎが去った後、ライブは着ていた服を脱いで、洗濯したての衣服特有のかぐわしい香りを感じながら用意された服に着替えていく。そして、ネコミミカチューシャを頭につけた。

 そして台所に向かおうとライブが歩き出した瞬間――ライブの頭からポロ、と何かが落ちた。

「……え!?」

 落ちた物は、さっきつけたばかりのはずのカチューシャだった。しかも、綺麗に真ん中から真っ二つに分かれている。

「なんで!?壊すような衝撃を与えたわけじゃないのに……え?」

 二つに分かれたカチューシャの間には小さく薄い機械のチップがひとつ落ちている。

 分かれたカチューシャの中にそのチップが丁度収まるような空洞が空いている事から推測するに、どうやらカチューシャの中に機械のチップが仕込まれていたらしい。

 ライブはすぐさまチップの解析を凝人に頼もうと携帯電話を操作し始めた。

 

 

 普通の市販品とは違うカチューシャから出てきたチップだったが、解析は何とか終わった――と凝人から連絡が入ったのはその日の夕方。

 凝人はライブや怪盗仕事の仲間が集まっているそよぎ邸にチップを返しにやってきた。

「いやー、まさかこんなチップがあるなんて驚いたよ。昔に作られたようだけどこれ、かなり高性能だよ。裏社会の技術って昔からこんなに一般に出回ってる技術よりも進歩してるんだな……ってそんな事言ってる場合じゃなかった、とりあえずわかった事を伝えるよ。これは何かのデータが入っている記録媒体だ。ただロックがかかってて、この手の物にありがちなキーワードを何回か間違って入力するとチップ自体が壊れるようになってる」

 ライブ、そよぎ、オリーヴ、アルマ、アルムに地下室の防音部屋で説明する凝人。皆複雑な面持ちで説明を聞いている。

「凝人たーん、質問。つまりそのチップにはものすごーく大事なデータが入っているって事かにゃ?」

「アルマちゃん、大正解。……ところでライブちゃん、このチップが入ってたカチューシャは何処で手に入れたの?もしかしたらキーワードのヒントの参考になるかもしれないし」

「うん、これは私のお父さんが遺した物なの。大事な物だからずっとつけてなさいって」

 そのライブの台詞にその場にいた全員の注目が集まる。ライブは両親については皆に特に話した事はないのだ。

「えっと、私のお父さんは元怪盗だったらしいの。私はお父さんに格闘術とか色んな事を教わったんだ。……十年前に死んじゃったんだけど」

 ライブの言葉に場の空気が重くなる。凝人もその話題に触れてしまった事にバツが悪そうに俯いた。

「あ、その、別に隠すつもりはなかったんだけど……私はそんなに寂しくないよ。今は皆が居るもの。だからそんなに暗くならないで。ね?」

「ライブさん……」

 アルマはうるうると目を潤ませると、ライブに抱きつく。そんなアルマを『よしよし』となだめるライブ。

 その横でそよぎはライブに抱きつくアルマを複雑な面持ちで見ながらも、ライブの両親の事についてある程度ライブから聴かされていた事に少し優越感を感じていた……。

「でも私、お父さんについて知ってる事って怪盗やってたってぐらいしか知らないから……ごめんね凝人さん、何かヒントになった?」

「……う~ん……そうだなぁ……そうだ、ライブちゃんがお父さんに他人には秘密にしろって言われてた言葉とかある?キーワードになりそうな」

「えっと……特に無いかな……?……あ、でも」

「何か思い当たった?」

「うん、お父さんは自身の名前……それも本名は他人には絶対明かすなって言ってたかな?」

「じゃあその本名を打ち込んでこのチップのロックをはずしてもらっていいかな、ライブちゃん?あと、チップの中身についてはライブちゃんが皆に公開していいか決めてね」

「……『桐道(きりどう) 士雨(しさめ)』」

「え?」

「お父さんの本名。今の私の苗字の歌羽は戸籍として必要な苗字だってお父さんは言ってたから。だから私の本来のフルネームは『桐道(きりどう) 蕾譜(らいぶ)』なんだ。……今となっては歌羽の苗字の方が愛着あるし、桐道って苗字はピンと来ないけど」

「いいの、ライブちゃん?お父さんに他人には教えるなって言われてた名前なんだろ?」


「?……あぁ、それなら大丈夫、私達の仲だもん。変に隠し事する方が私は落ち着かないし。だからチップの中身のデータもここで公開してもらって構わないよ、凝人さん」


 ライブのこの言葉に一同、唖然とするが、みんな顔をほころばせた。

 そして凝人はパソコンに挿入されているチップに、キリドウシサメとローマ字でキーワードを入力する。

「……ビンゴ。ロック解除成功だ。中は……映像ファイルか。じゃあプロジェクターでスクリーンに映すよ……」

 凝人がマウスを操作する音がカチカチッと数回地下室に響く。すると映像がスクリーンに映し出された。


『んーと……これで撮影かな……ってあれ?もう記録始まってる!?……コホン、えーと……』

 わざとらしく咳払いをする一人の男性がスクリーンに映った。男性は一目では女性と間違われそうな容姿をしている細身の男性。長い髪を後ろで束ね、ベレー帽を被った華奢な青年といった印象だ。

「……お父さん」

 ライブは呟く。それを聞いた他の仲間は映像に映った男性とライブを見比べる。

(……ライブちゃんと違って抜けてるって感じがするなぁ、ライブちゃんのお父さん。顔立ちがなんとなくライブちゃんにそっくりだけど。まぁ親子だし……)

 その場にいるライブ以外の五人は似たような感想をライブの父、士雨に抱いた。

『この映像を見ている者が私の愛娘のライブである事を願い、この記録を残すものとする。この記録チップは真の力が覚醒したライブの脳波を、カチューシャが感知する事で自動で割れて現れる仕組みになっている。……成長の階段をのぼり、人間的にも一歩成長したライブになら明かせる。ライブの持っている異能の力、そして今の世の中の裏についての真実を』

 映像の士雨は急に精悍な表情をすると語り始める。

 

 

 

 何故、私を含む怪盗の血筋には普通の人にはない特別な力が備わっているのか?

 この疑問はこの力の存在を知った者ならば誰でも浮かぶに違いない。

 だが、ここで仮説を立ててみよう。もし、この異能の力を持つ者が普通で、異能の力を持たない者こそが普通でないとしたら?

 

 ――実を言うとこの仮説こそが真実であり、この力の核心なんだよ。


 我々人類は元々、誰しもがこの異能の力を持っていたんだ。と言っても太古の人類だけどね。

 進化論という物は知っているね?環境に適応し、その身体構造を変化させる理論だ。

 しかし、進化する一方で退化もあり――新たな力を得る事もあれば、本来持っていた力を失う事もあった。そうして現代人になっていったわけだ。

 人間の身体に、退化してまともに機能していない器官……いわば元々存在した器官の痕跡が存在するのが何よりの証拠だ。

 ――この異能の力も同じだ。人が進化する過程で少しづつ消えていったのだ。

 いや、正確には消されたと言った方が正しいのかもしれない。

 誰に消されたって?その答えは――『自然界を見放した人間』だ。

 詳しい話を語る前に、この異能の力について研究していた者の憶測の歴史を話そう。

  

 ――太古の昔、人と自然は本当の意味で共存していた。

 人は自然から生まれて育まれ、人は自然をより良い方向へと導く。

 長い間人は自然を守り、自然は人に恩恵を与えてきた。

 しかし、人は食してしまった。『文明』という名の禁断の果実を。――まるで禁断の果実を食し楽園を追われたアダムとイヴのように。

 人の作り出した文明はやがて自然を脅かし、人間と自然の関係のバランスを傾かせた。

 そしてそれは、人間が生まれながらに自然から授かっていたある力を人から失わせる。自然との友好の証である十個の法則。人間が自然を守る為に使っていた太古の力を。

 

 まず、人が物体に自分の意識を残す力。点状、線状、面状に意識を残す三種類。

 次に、人が物体の運動を外部から操る力。停止、吸引、離散の三種類。

 そして、物体の性質を変化させる力。歪曲、軟化、硬化の三種類。

 最後の一つは、自然と同化する力。これは十の法則を束ねる究極の法則であり、この法則で物理現象を発生させる事はできないが、対象範囲全域の既に発生している物理的現象を読み取り操れる力。

 

 これら十の法則は消え、いつしか人間はその存在すら忘却していた。文明の力だけで生活を送る事ができたからだ。

 いや、性格には忘却させられたと言った方がいい。

 この異能の力には個人差があり、まったく異能の力を使えない者も出現した。

 格差、そしてそれによる嫉妬と憎しみ――異能の力はいつしか不平不満を呼び、人々はその力に頼らずとも生きる方法を探した。

 その答えが文明だったというわけだ。

 ――そして、異能の力を持たない人間が歴史を重ね、人類にはこの異能の力が元々存在していなかった事にされてしまったのだ。

 しかし、化学が発展した時代において人間について研究していたある科学者は疑問を持った。

 もしかすると、人間は昔持っていた力を失っているのではないか、と。

 そしてその疑問を裏付けるかのように研究は完成してしまった。異能の力の発現という結果をもって。

 しかしその異能の力の発現は普通の人間に科学的な改造を施す事で法則を使役する人間を作り出すという物なのだが、研究自体が未成熟な事もあり安定しなかった。一人に一つの法則しか使えるようにしかならなかったのだ。

 さらにその科学的改造を受け入れられる素養を持つ人間自体少なく、結局安定して生き残った人間は法則の数と同じ十人。それぞれ違う法則を使う人間、十人の『オリジナル』だ。

 そして『オリジナル』の十人は科学者によって生み出された後、世界を裏から操るべく怪盗を名乗り行動を開始した。

 世界に散らばる宝とそれのやり取りに使われる金銭を操り、世界の金銭的バランスを保とうとしたのだ。

 その頃、この異能の力を現代に蘇らせた科学者は全員死亡、研究も完全に途切れ裏社会からも永遠に抹消されてしまった……。

 ――以上が、憶測の中で一番有力な歴史の解釈だ。

 

 

 

「「「「「「……」」」」」」

 映像の中の士雨の台詞を聞いた六人は黙り込んでしまっていた。

(……能力痕の力が……本来人間が持っていたもの……)

 ライブは拳を握る。他の者も同じように驚きを隠せなかった。

 何せ誰もが知りえないようなこの世界の真実を教えられてしまったのだから。

(……成程……私達超能力者が知っているこの能力痕が怪盗達が生み出した呪術的な物だという情報は恐らく事実の隠蔽の為のフェイク。怪盗ディグはこの情報がフェイクだと気付いていたから能力の真相について執拗に知りたがっていたわけね……という事は、私達が知ってる情報にもまだフェイクはあるかもしれない)

 そんな中、そよぎは驚きながらもディグについて冷静に分析していた。

 そして六人は再び映像を注視する。

  

  

 

 『オリジナル』の十人は法則を使う事のできない現代では普通の人間と勾配する事で、その異能の力を受け継ぐ子を成せる。その力を自分達の子供に血筋によって受け継がせるわけだ。

 だが、異能者でない人間との勾配によって生み出された子は勾配を繰り返す度に、当然異能者の血が薄れていく。

 つまり子孫になればなるほど異能の力は退化していくのだ。

 時を経ている為、現代に存在する異能者は血が薄れた異能力者。『オリジナル』程の強大な力は使役できない。だから怪盗の異能の力は時間と共に闇に消えていくのが正しいあり方なんだろうな。

 しかし、ライブ。君は血の薄れがほとんどなく、『オリジナル』とほぼ同等の強大な力を使役する事ができる異能力者の中でも特別な存在なんだ。

 

 何故ならライブは――人間の血を全て抜き、冷凍保存する裏社会において遥か昔から確立していた技術、科学的時間跳躍技術とも呼べる冷凍睡眠コールドスリープ。その技術を施された科学的に生み出された最初の異能力者である私、桐道士雨の娘だからだよ。

 

 ――私の正体は物体の運動を外部から操る吸引の力を持つ 『オリジナル』の一人、怪盗ヘリング。

 

 つまりライブは『オリジナル』の異能力者の第二世代。血の薄れがほぼ皆無に近い現代に存在するはずのないオーパーツの様な存在なのだよ。

 



 五人の集中がライブに集まる。

 ライブは話の矛先が自分に向いてきた事を感じつつ、映像の中の父の台詞を聞く。

 

 

  

 私は病気にかかり、そのままでは死を待つだけだった。だから遥か未来で目覚めればこの病気が治る方法が見つかると信じてコールドスリープをした。

 現代医療で私の病気自体は治ったけど、現代医療の副作用で虚弱体質になってしまってね……。

 現代は私の知る限りでは怪盗の血筋の子孫が溢れかえる世界だ。

 当然裏社会に居る怪盗の血筋も居るだろうし、きっとライブは自分の持っている異能の力のせいで裏社会に目を付けられ、争いに巻き込まれるだろう。

 だが恐らく先の長くない私にライブの成長した姿を見る事はないし、守る事も出来ない。それがとても悔しいよ。

 私より先に他界してしまった僕の妻の更菜もきっと成長したライブを見たかったと思っているに違いない。

 だから、私の持てる怪盗として生きる術を全てライブに叩き込む事で護身を身につけさせることがせめてもの私の償いだ。強大な力を持つ人間としてライブをこの世に誕生させてしまった私の罪の。

 そして、これからライブの身に起こるであろう事態を話そう。

 このチップを見ているという事はライブが人間的に成長し、今までよりも強力な異能の力を使えるようになっているという事だ。

 そうなると、『調停者』と呼ばれる組織との接触が想定される。

 『調停者』は、『オリジナル』の怪盗達の出現と同時期に設立された組織で、『オリジナル』の異能の力を管理する為に作られた。

 そもそも自然との友好の証である十個の法則は、世の中に存在している大きな一つの自然の流れの一部を人間が捻じ曲げて発する力なんだ。

 いわば十個の法則は自然という大きなサーバーコンピューターによって管理されている力で、怪盗の血筋はサーバーコンピューターの処理能力を一時的に任されているに過ぎない。

 それゆえ個人の資質によって能力が通じる物質に微妙に差が出る。

 オリジナルの僕は物質によって効きやすさに差があるものの、能力を色んな物質に使う事が出来る。

 現代にいる血の薄れた怪盗の血筋は金属にしか能力が使えなかったり、又は硬度の低い物質にしか使えない者など、資質に極端に影響してしまっているようだ。

 まぁ第二世代のライブは真の能力に目覚めた今、効きやすさの差こそあれ特定の物質にしか能力が通じないなんて事はないだろうけど。 

 とにかく大元である自然の流れを乱し過ぎると、現代に存在する物理現象が変質し世の中に悪影響を及ぼす可能性がある。だからそれを使役する人間は自然の流れを乱し過ぎないようにしないとならない。

 現代にいる怪盗の血筋なら血が薄れているからともかく、強力な力に目覚めた血の薄れていないライブが異能の力を使い過ぎると自然の流れを乱す恐れがある。だからライブの強力な力を管理する為に『調停者』が接触を図るだろうという事だ。

 強大な異能の力を手にした我ら怪盗が力を悪用しないように管理する彼ら『調停者』は、怪盗の子孫と同じく現代でも存在する。『オリジナル』の怪盗と同じく世界を裏から操っている組織だからね。

 そして、私がコールドスリープした事は知らないから現代の『調停者』はライブの存在は当然知らない。しかし、ライブが強力な力を行使すればライブの存在が彼らに知れるのは時間の問題だろう。

 だから彼らとの接触に役立つ、現代の怪盗には伝わっていない真実を伝えておかなければならない。

 現代、人は増え文明も高度化した。しかし、現代に生きる人々は自分の目に見え、触れる事のできる事しか信じない。

 その考えが十個の法則を『超能力』などと架空の物として扱うようになった原因の一つだ。

 何もない所から火や水を出したり、空間から完全に消えて別の離れた場所に移動するなどと同じレベルの話として十個の存在が認知されてしまうのも人の空想が肥大化した結果だ。だからこそ忘れないで欲しい。

 

 ――怪盗が持っている異能の力は空想のように絶対的な存在ではない。

 

 力を使う時に身体に浮かぶ紋様は知っているね?あれは紋様の部分が人間の肌とは違う特殊な自然物質になっている。自然物質に身体を変質させる事によって体の一部を自然と一体にし、十個の法則を行使する事が許されるようになる、というわけだ。

 しかしその変質した紋様の部分の体は、純度の高い自然物質だ。

 それゆえ力を行使する時に出る紋様に対して十個の法則の力を使えば、いつも力を使う時よりも絶大な効果を得る事が出来る。

 紋様は必要な物であると同時に弱点でもあるのだ。怪盗の血筋の者同士、弱点をさらけ出し合っている事になるな。

 そしてこの事は『オリジナル』の怪盗しか知らない。この事は『調停者』に対して優位に立てる情報という事になるな。

 

 ――さて、最後に昔の話をしようか。ライブに直接面と向かって話すと照れ臭くて話しづらいから、ね……。

 

 コールドスリープから目を覚ました私はある女性に助けられた。

 私を受け入れ、共に歩む道を選んでくれた女性――私の後の妻でありライブの母、歌羽 更菜 (うたは さらな)に。

 更菜は異能の力を持ちながら現代の常識を知らない私を匿い、現代人としての生活を送れるようにしてくれたんだ。

 私が現代の事を学んでいく内に、私は更菜の抱えている悩みを理解するようになっていった。

 更菜は現役のアイドル歌手だった。しかし本心では歌を歌うより曲を作る方が好きなのに、アイドルとして売り出される日々に疲れを感じていたらしいんだ。

 当時の私は、現代常識が身に着き始めていたものの、裏社会での生き方しか知らなかった。

 だから裏社会から手を回して、更菜が曲作りに専念するように更菜の所属する事務所にはたらきかけようとした。

 そうしたら、私がどんな目に遭ったと思う?

 

 ――私は更菜にひっぱたかれたよ。事務所にはたらきかけるような裏技的な手段じゃなく、実力で事務所を納得させたいから余計な事はするなってね。

 

 ……まぁ、その後『あなたみたいな人は何するかわからないから私が一生面倒見てあげる』って更菜に逆プロポーズされて結婚したんだけどね。

 あー、コホン。何が言いたいかっていうとね、更名はとても情熱的で心優しい女性なんだ。

 それにライブが生まれた時、名前はどうする?って私が聞いたら更菜はこう答えたんだ……

 

『私と士雨さんの娘――親にとっての子供の意味合いでの花の蕾。そしてこの子は私と士雨さんが紡いだ曲でもある。だから、蕾譜らいぶって名付けたいと思うわ。つぼみ楽譜がくふ、蕾譜。この子が私達夫婦の永遠の娘であり、大事な曲だって思いを込めて――』

 

 ってね。

 おや、もうこれぐらいにしないと録音の容量の限界が来て中途半端な話をチップに記録してしまいそうだな……

 話したい事は山ほどあるけど……そろそろお別れだね。

 一言だけ言っておこう……

 

 ――ライブ。私と更菜はいつまでも君の事を見守っているよ。

 

 

 

 映像の再生はそこで終了した。

「お父さん……お母さん」

 ライブは呟く。そして瞳を潤ませ、顔をほころばせた。

(お父さんには厳しく修行させられたけど、私の事を大事にしてくれてたのは知ってた。……でも今までね、私お母さんに接した思い出が殆どないから本当のお母さんってどんな人なんだろうって思ってたの。養子先の義母さんには良い思い出なんてないし、本当のお母さんも私の事嫌いなんじゃないかって疑ってもいた。……でも、今はっきりした。本当のお母さんももちろん本当のお父さんも私の事愛しいって思ってくれてたんだ――)

 ライブの瞳から涙がこぼれた。

 

 

 

屋上では蒸し暑い真夏の夜を洗い流すような、涼しげで心地良い風が流れている。

 そんなそよぎ邸の屋上の手すりに寄り掛かりながら、ライブは夜空を眺めていた。

「ライブ、夕涼み?」

 そんなライブに話しかけてきたのは……そよぎだ。

「うん。色々思う事があって」

「あ、じゃあお邪魔だったみたいね。あんな話聞けば誰だって一人で考えたい事があるもの、当然」

「……あ、待ってそーちゃん。お願い……今は一緒に居て」

 踵を返そうとしたそよぎを呼び止めたライブは、訴えかけるような声でそよぎに言う。

 そよぎは頷くと、ライブの隣に行ってライブと同じように手すりに寄り掛かる。

 

 ――それからそのまま二人が会話を交わさずに数分が経った。


「ねぇ、そーちゃん。私達って何なんだろうね」

「ライブ……?」

 ライブはそよぎを見ずに夜空を眺めながら呟く。そよぎはそんなライブを不思議そうに見る。

「普通の人……ううん、この時代の普通の人にとっては異能の存在。私達しかできない事があって、それが今の世の中に影響を与えてる。今の自分が異能な存在なのは直しようがないし、この力のせいで争いが起きても迷わず私は立ち向かう。もう覚悟は出来てる。でももし私達が居なかったら平和で……なんて考えが頭をよぎっちゃうんだ、どうしても」

 

「私は嫌」

 

 きっぱりと即答するそよぎ。その様子にライブは目を丸くした。

「そーちゃん……?」

「私は嫌よ、そんなの。ライブが居ない世の中なんて絶対嫌。ライブ、私ね」

 そよぎは空から視線をはずし、目を閉じてゆっくり口を開く。

「私は思うわ……ライブに似合ってるって」

「え?何が」

「ライブの吸引の力。ライブが私やオリーヴ、端鞘さん、アルマさん、アルムさん、シルフさん……これだけの人がライブに引き寄せられていったじゃない。まるでライブの持つ異能の力みたいに。もしかしたらライブの力って人間関係にも効くんじゃない?」

「そーちゃんったら……もう、そんなわけないじゃない」

「果たして本当にそうかしら?……ふふふっ、それはともかく」

 そよぎは目を開け、ライブの正面に向き合って立つ。


「この力があって、怪盗という夢があって初めて私達が出会った。それが現在の状況であり、揺ぎ無い真実よ。だからライブもこの今に立ち向かうんでしょう?」

 

 そよぎはライブに微笑む。ライブは呆けていたが、そよぎの言葉の意味をすぐ理解すると、そよぎに向き合って微笑む。

「……成長するって覚悟するだけじゃないんだね。……私、色んな考え過ぎちゃってたみたい。……たまには考えるのを止めて、自分の気の赴くまま行動するっていうのも成長なんだね……」

「ふふふっ……そうかもしれないわね」

「じゃあ私の気の赴くままに。そーちゃん、寝よ?明日も登校時間早いんでしょ?」

「……あ、そういえば明日朝一で会議だったわ」

「しっかり寝ないとだね♪」

 ライブとそよぎは笑い合う。今の状況を心の底から楽しみ合っているように。

 

 

 私はこの服を着るのは慣れている――などと思いつつもライブはウェディングドレスに着替える。

 慣れているのも当然だ、怪盗オーニソガラムの時の格好でもあるのだから。

「この格好で写真撮影が今回の罰ゲーム……」

 ライブは鏡を見ながら化粧を顔に施す。

「……よしっ、出来た」

 そう呟くとライブは地下室に設置してある簡易試着室のカーテンを開ける。

「どうかな?そーちゃん」

「……おぉ……」

 試着室からウェディングドレス姿で出てきたライブを見て思わず『良いお嫁になりそうね』などと思うそよぎ。

 今日はヴェネチアンマスクを着ける代わりに顔に化粧を施してまさに花嫁といった雰囲気のライブ。

 薄く、軽くアクセントになるようにひかれた口紅と主張し過ぎない白粉。

 純白のドレスと合わさり、神々しいと思える程美しいとさえそよぎは思った。

「……綺麗。思わずカメラのシャッター押すの一瞬忘れちゃったわ」

「も、もうそーちゃんったら……」

 ライブのウェデイングドレス姿を写真に収めるそよぎは、ライブの照れた表情も逃さず撮る。

「あ、あの、そーちゃん」

「何?ライブ?あ、そのポーズいいわ」

「私、今思いついたの。そーちゃんの罰ゲーム。いいかな?」

 ライブとそよぎはお互いに怪盗勝負に負けた回数が罰ゲーム未消化で一回ずつ溜まっている。

 前回の『破滅の花』はライブが気絶している時にそよぎが回収した為、実質そよぎの勝ちという事になっていたのだ。

 

 

 

「えーっと……これでいいの……かな?ライブ」

 少し照れながら試着室から出てきたのは、男口調でタキシード姿のそよぎ。

 これがライブがそよぎに要求した罰ゲームだ。

 怪盗クロイエンスの時とは違い仮面と帽子は着けていない。だが長い銀髪は後ろで束ねられ、少し背を高く見せる革靴はクロイエンスの格好そのままだ。

「うん……うん!やっぱりそーちゃん、男装とっても似合うよ!格好良い!」

 ライブは目をきらきらさせながらそよぎを見る。

 そんなライブにそよぎは照れを隠せず視線を泳がせた。

「はは……ありがとう。だが何故、わざわざ二人同時罰ゲームに?」

「え、だって……こうしてると」

 そう言ってライブはそよぎの横に回り、そよぎの腕に自分の腕をまわす。

「こうしてると何だか結婚式みたいじゃない?してみたかったんだー」

 ライブは屈託なくそよぎに話しかける。それを見たそよぎは顔を真っ赤にして横を向いてしまった。

「あ、ごめんそーちゃん。そう言われるの嫌だった?」

「なっ、そんな事ない!私が男だったらプロポーズしてるくらいライブは素敵――」

 そう言ったそよぎがすばやくライブに向かって振り返ろうとした時。

 そよぎがいきなり早い動作で動いた為、重心をそよぎに傾けていたライブは後ろ向きに転倒しそうになる。さらにそよぎが咄嗟にライブを支えようと足を踏み出した瞬間、ライブのウェディングドレスのスカートを踏んでしまい、そよぎまでバランスを崩してしまう。

 ――その結果、仰向けに倒れたライブにそよぎが上から覆いかぶさるようにして倒れる体勢になった。

 吐息と鼓動が直に感じられるくらいにまで密着するライブとそよぎ。

 お互いの顔もあと数ミリでつきそうくらい近くにある。

 

「ごっ……ごめんね!そーちゃん!」

「あっ……いや、こっちこそ……」

 

 慌てて離れる二人。

 恥ずかしいのか気まずいのか数秒間二人は俯いてしまうが、ライブがそよぎに向き直るとそよぎもライブに向き直った。


「私達、女同士だから結婚はできないけど……ずっと一緒だよね?」


 ライブは真っ直ぐそよぎを見て言う。そよぎもそれを見て微笑んだ。

「あぁ。ずっと。私はライブと共にいる」

「本当?」

「もちろん。私達はパートナーなのだから」

「うん、嬉しい……そーちゃん」

「ライブ……」

 ――その後、見つめあう事数秒間。突然恥ずかしくなったライブは慌てて口を開いた。

「じゃあ撮影の続き……する?」

「あ、あぁ、うん」

 二人は立ち上がる。するとライブが微妙に不自然な立ち方をしたのに気付くそよぎ。

「ライブ、もしかして」

「あはは、わかっちゃった?さっきちょっと足くじいちゃったみたいで……」

 ライブがそう言うや否や、そよぎはお姫様抱っこでライブを抱える。

「そーちゃん……」

「ん?」

「ううん、何でもない。……ありがと」

 ライブは抱えられながらそよぎの鎖骨あたりにそっと頭を預けた。

 

 

 

 ――場所は探偵局本部。

 日本で八人しかいないS級ライセンス取得探偵全員と局の重役が集められている席で、とある発表がなされた。

「皆様、お集まり頂きありがとうございます。本日から探偵局総局長となりました埋柄夕凪です。今回皆様にお集まり頂いたのは他でもありません」

 夕凪は列席者を見渡すと、強く言う。

「ご存知の通り、日本だけでなく世界中に怪盗被害が相次いでいます。今までの私達のやり方では通用しないのです。そこで今回、ある作戦を展開する事にしました」

 夕凪はプロジェクターのスイッチを入れるといつもの穏やかな印象とはまるで違う様子でまくし立てるように言う。

 スクリーンに映ったのは……怪盗オーニソガラム、ライブだ。

「出現してからいまだに逮捕歴のない怪盗の一人、怪盗オーニソガラム。その逮捕を目的とした大規模作戦を決行します」

 夕凪の瞳は、執念の炎が宿っているかのようにゆらめいていた。

 

 

 

「シルフさん、このチョコフレーバー美味しいですよ。一口食べますか?」

 オリーヴは食べかけのアイスクリームをシルフに差し出す。

「……ぇ……う、うん」

 戸惑いながらもシルフはアイスクリームに一口かぶりつくと、口に広がる甘味に舌鼓。

 ――人で賑わう商店街でウインドウショッピングを楽しみながら甘いスイーツを味わう。

 今、シルフとオリーヴは友達同士の微笑ましいひとときを過ごしている。

「……美味しい」

「普通のチョコじゃなくて少しビターにしてあってまろやかさも従来の物よりアップしているそうですよ」

「お、オリーヴも私の食べてるアイス、一口いる……?」

 シルフはおずおずとオリーヴに自分の食べかけのアイスを差し出す。

「はい!頂きます」

 オリーヴは差し出されたアイスにぱくっとかぶりつくと『うぅ~ん♪』とうなる。

 そんなオリーヴを見て、友達の存在の嬉しさをかみ締めているシルフ。

 その直後。人ごみの中にそよぎとライブが一人の男性と歩くのが見えた。

「シルフさん!オリーヴちゃんも」

 シルフ達に気付いたライブ、そよぎ、男性の三人はシルフ達の所へ歩いて来た。

「えっと、オリーヴちゃんこんにちは。それとこの子は……そよぎちゃんとライブちゃんのお友達かい?」

「はい。シルフ・アスカゼさんです。シルフさん、こちらは探偵局総局長の埋柄夕凪さん」

 シルフは本名を明かして仕事抹殺屋をやっているわけではない。ゆえに裏社会の住人を逮捕する立場にある夕凪に名前を明かしても問題ない。オリーヴに本名を初めて明かした時は、オリーヴの名誉の為に特別だったのだ。

「……どうも、アスカゼです」

「埋柄夕凪です。よろしく」

 シルフと夕凪は握手を交わす。

 ――だが、その時にどことなくシルフは違和感を覚える。友好的な態度のはずなのに、何故かそれとは別の感情が夕凪にある事を雰囲気で感じ取ったからだ。

 (この男、怒りを押し殺している?いや、違う。表現しにくいけどなにか焦っているような……)

「おっと、もうこんな時間か。じゃあ僕はここで失礼するよ、それじゃあね皆」

 商店街に設置してある大きな時計を見た夕凪が去って行く。

 しかし、シルフはどこか釈然としない様子で夕凪が去るのを見届けていた。

 

 

 

 暗く、広い探偵極局長室のデスクの上でパソコンの画面だけが光っている。そんな中でキーボードで文字を打ち込んでいるのは夕凪だ。

 外は激しく雨が降っており、時々落ちる落雷の音が聞こえる。

 ――そして今日何度目かわからない稲光の瞬間、夕凪の背後に長い棒状の物を持った人影が現れる。

「こんな日にそんな物使ってると、壊れる」

 人影が喋る。その声の主――人影は身の丈以上もある刀を持ったシルフだ。

「なに、心配ないよ。コンセントは使わずに発電機から電気を供給してるから」

「一般的な方法ではないやり方で行動する。……今の貴方と同じ」

 夕凪は眉一つ動かさずにキーボードを打つ手を止める。

「……どこまで知っている?」

「私は『仕事抹殺屋』。人事移動が作為的であるか否かぐらい勘でわかる。貴方が一探偵から突然局長になったのが不自然な事も」

「成程、君はそういう方面の専門家というわけか。……そよぎちゃん達に近付いて何を企んでいる?」

「それはこっちの台詞。私は貴方がオリーヴやそよぎ達に危害を加えないなら、私も貴方に危害は加えない」

「……そうか」

 夕凪は立ち上がり、皮の手袋をはめるとシルフと向き合う。

「君の勘の良さは厄介だ。悪いが今回の作戦が終わるまで口封じをさせてもらうよ」

 夕凪の言葉を聞くと、シルフは刀を閃かせ、壁と刀の峰を摩擦させる。能力痕の衝撃波を使う為の下準備だ。

 そして一瞬の睨み合いを経て、夕凪の足を狙って衝撃波が放たれる。

 

 

 

「は……っ……はあっ……」

 自販機と非常口のランプ程度しか光っていない薄暗い病院の廊下をオリーヴは息を切らしながら走る。

 そして教えられた病室の入り口の前に着くと、はやる気持ちを抑えゆっくりとドアを開く。

 病室に入った直後聞こえたのは心拍数を計る機械の『ピッ……ピッ』という電子音。見えたのはベッドの上に横たわる、呼吸器をつけているシルフだった。

 その様子にオリーヴは膝を落とす。

 

 

 

 裏医者とは金さえ払えば証拠隠滅して怪我を治してくれる裏社会に生きる者にとっては無くてはならない存在である。

 数分前、その裏医者から突然、そよぎ邸にある通信機に連絡が届いた。『患者から貴方宛に伝言がある。一度こちらに出向いてくれないか』との事だった。

 この通信を受けたオリーヴとライブ達は何か悪い予感がしたので駆けつけたのだ。

「打撲らしき跡も裂傷もなし。ただし軽い内出血をしている箇所が多く意識が戻らない。けど命に別状はないわ」

 カルテを机に置く裏医者。

 命に別状はないと聞いて少し安堵するオリーヴとライブ、そよぎの三人。

「あの、先生。気になる事があるんですが」

 そよぎがシルフの症状について不自然さに感づき質問をする。

「外傷が体の内部の怪我に比べて少ないのはどういう…」

「……私も不自然に思っていた所よ。外部的な力が人の身体を透過して怪我を負わせるような事なんて滅多にない」

「あ、あの先生!シルフさんの意識は戻りますか?!」

 オリーヴが突然立ち上がり、すがるように裏医者に問う。

 裏医者はその様子に少し驚くが、オリーヴの頭を撫でてオリーヴを落ち着かせる。

「意識が戻るかは本人の気力次第だけど……今は信じてあげて。大丈夫よ、貴女みたいな心配してくれる子がいるんだもの、意識を失ったままなんてして貴女を放っておこうとはしないわ、きっと」

 オリーヴはその言葉で顔を赤くして俯いてしまった。

「それで先生、シルフさんの残した伝言って」

 

「……『埋柄夕凪は危険だから近寄らない方がいい』だそうよ」

 

 裏医者の台詞にライブ、そよぎ、オリーヴの三人は顔を見合わせた。

   

 

 

 午後八時。探偵局本部ビル前。大量のライトが眩しいほど夜の暗闇を照らし、人ごみがごった返していた。

『えー、探偵局本部ビル前です。今夜は探偵局総局長に就任したばかりの埋柄夕凪氏があの怪盗オーニソガラムを逮捕するべく探偵局の総力を結集して挑む様子をお送りします。おっと、埋柄氏がマスコミの前に姿を現しました……』

『埋柄氏!今回の作戦でオーニソガラムに提示した条件はどういう……』

『怪盗からではなく探偵から挑戦を行う事態ですが、心境の方は……』




「うわー、すごいな……今回のマスコミの食いつきはいつもより過剰になってるよ」

 テレビの映像を特殊な眼鏡に内蔵されたモニタで見ながら凝人は呟く。

 ここはとあるビルの屋上。グライダーで探偵局本部ビルにまで行ける距離にあるビルの屋上だ。

 そこでライブ、凝人、アルムの三人は怪盗仕事を始める準備をしている。

「……それはそうですわ。なにせ怪盗が何を盗むのか決めるのが本来だというのに、今回は探偵側がオーニソガラムを指名するのですもの」


 今回のライブの怪盗仕事。それは探偵局総局長となった夕凪からのオーニソガラムへの挑戦とも言うべき内容だった。

『いずれ怪盗の犯行予告をするであろう怪盗オーニソガラムに告げる。

 この僕と勝負をしてもらおう。

 今回この勝負の為に至宝『極限の彫像』を用意した。今手元にあるこれだ。

 日時は明後日の午後9時ジャスト、お宝の場所は探偵局本部ビル最上階だ。

 もしこの勝負に君が勝てば『極限の彫像』は渡し、探偵局を解体する!

 ……この勝負、受けてくれるなら意志はいつも通り犯行予告状をもって示してくれ。……以上だ』


「そもそも夕凪様は何を考えていらっしゃいますの!?まさか日時まで指定してくるなんて……」

「……俺もにわかには信じがたいな。探偵局を解体する条件なんて無茶苦茶だよ」

「……」

 アルムと凝人の意見を聞くオーニソガラム――ライブは、ゆっくり口を開いた。

「夕凪さんが公然と嘘をつくような人とは思えないし、今は総局長の立場もあるし探偵局を解体と言っていたのは恐らくハッタリなんかじゃない。夕凪さんに余程の自信があるか……」

「……ゴクッ」

「……」

「……または夕凪さんは何かに焦っている。それも相当急を要する事情がある。だったら……その真意、確かめずにはいられない!そして何より」

「?」

「……何より?」


「怪盗は、犯行予告状を事前に出す事からわかるように、本来世の中からは愚かだといわれるような事を颯爽とやってのける存在だという事!だから今回のように相手の仕掛けた罠だろうと何だろうと盗みの勝負なら颯爽と勝ってみせる。それが怪盗という存在であり、醍醐味なんだよ!」

 

 はっきりとライブは言った。そんなライブを見て、微笑む凝人とアルム。

「そうだよな……今更社会常識に囚われた確実な事をやれって方が変だもんな」

「私ももちろん付いて行きますわ!さぁ、何なりと指示を出して下さいまし、オーニソガラム!」

「二人共……」

 ライブはそんな二人を見ていると、心底『あぁ、この人達が仲間で良かった……』と思った。

『……私達も同じ意見よ、ライブ!』

 そんな中、突然通信機からそよぎの声。そよぎのチームもライブと今だけ一時的に通信をとっているのだ。

『今回の怪盗役はライブだけど、一応私のチームも怪盗仕事をする準備は出来てるわ。もしもの時に備えて共同戦線を張れるようにね。だからライブは今まで私達との怪盗勝負で培った実力をフルに引き出して勝負に臨んでいいのよ!』

『ライブさん、お互い全力で行きましょう!もしもの時は増長天でサポートしますから!』

『ライブさん!そのもしもの時はよろしくにゃー!アタシの格闘技、頼りにしてくれると嬉しいにゃー!』

 それぞれ思い思いの言葉をライブにかける仲間達。

「みんな……ありがとう!」 

 そしてライブは仲間達に感動を覚えつつ息を大きく吸い、口を開いた。


「それじゃ……行くよ、みんな!特別追加規則ルール・エクストラ!」


『『『「「勝負内緊急時はみんな仲間!勝負外でももちろんみんな仲間!!!!!!!!」」』』』


 ライブの呼びかけに答えた仲間達。

 そして五人の少女達と一人の少年は、夜へ赴く。

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