第8話「初めての二人の夜」
ガオウの「王国」は、本人が死亡した事により、数日の天下で終わった。
人間狩りで捕らえた人々も、配下として従えていたならず者達も、溜め込んだ物資や武器と共に、散り散りになった。
ここにも、脱出のついでに徴収してきたガオウの物資を手に、街中を歩く二人がいた。
脱出に成功した竜也、そしてエマニュエルである。
まだ足が痛むのか、竜也は射抜かれた左足を引きずるようにして歩いていた。
エマニュエルが包帯を巻いてくれているが、あくまで応急処置に過ぎない。
ガオウの拠点で、それなりの数の水と食料。
格納庫に残っていた、拳銃やナイフといった最低限の自衛の為の武器。
そしてタイタンギア・ガンドラグーンを手に入れた彼等は、それらをバルキリーリングに収納した。
そして他の参加者から身を隠しながら、今は第一都市部を進んでいる。
「かなり遠くまで連れて来られたな………」
竜也は、バルキリーリングの地図機能を使い、今いる場所を確認する。
ガオウの王国があったのは、第一都市部の外れ。
それまでに竜也が拠点として使っていた場所とは、真逆の方角にある場所だ。
一日かけても、とても戻れる場所ではない。
既に太陽は沈みかけ、空を茜色に染めている。
この調子では、日の出ている間に元の拠点に戻ると言うのは、無理な話だ。
夜間の殺しは禁止されてる。
が、このケイオスアイランドはどうやら気温の低い場所にあるらしい。
そんな中歩いて、無駄に体力を消耗するのは危険だ。
下手をすれば凍死にも繋がりかねない。
何より、竜也は負傷している。
「………エマニュエルさん、さ」
「な、何か?」
「エマニュエルさん、野宿とか大丈夫?」
竜也からの問いに、エマニュエルはゆっくりと頷く。
だが実際の所、エマニュエルは野宿は愚か、キャンプすら行った事がない。
だがこんな状況だ、贅沢は言っていられない。
「もうすぐ日が暮れちゃうし、今日はここで一夜を過ごそうと思うんだけど………」
そう言って竜也は、都市部のビルの合間に立つ、周りより小さなビルを指差した。
見た所、何かの会社を模して建てたと思われる。
エマニュエルが考えていたような、ザ・野宿という状況には程遠い、雨風を凌ぐ壁と屋根はあった。
少しだけ安心して、エマニュエルは竜也と共にビルの中に入ろうとする。
すると。
「………あれ?」
エマニュエルが立ち止まり、背後を見回している。
「あの、どうかしました?」
何事かと竜也が問いかけた。
するとエマニュエルはハッとなり、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「あっ………すいません、いつもの癖で」
「癖?」
「えっと………パパラッチとかマスコミとか居ないかって」
恥ずかしがりながら答えたエマニュエルに、竜也は「ああ、そうか」と思い、少し笑った。
確かに、エマニュエルはモデルをしている。
つまりは芸能人の一人。
週刊誌やマスコミの影を気にするのは、職業柄当然である。
ましてや、男連れで建物に入るなら、なおのこと。
「あ、安心して、安心して、ここにマスコミは居ないから」
「そ、そうですよね!あはは………」
互いに笑いながら、二人はビルの中に入ってゆく。
確かに、ここにマスコミや週刊誌の記者は居ない。
………だが、彼等は気づいていなかった。
彼等を監視するように見つめる、視線の存在に。
………………
ケイオスアイランドは人工の島。
実際に人が住んでいる島ではなく、浜辺も、建物も、何もかもが作り物だ。
だが、変な所で作り込みが細かいと感じさせる所がある。
島の各地に生息している、おそらく捕まえてきたものを放流したのであろう野良犬やカラスをはじめとする動物達も、その一つ。
そして、竜也達が入ったこのビルも。
「………ほんとこのゲームの運営って、変な所で細かいよなぁ」
入った部屋に広がる風景を前に、竜也は呟いた。
そこは事務所か何かをイメージしていたらしく、業務用の机が並べられ、その上には書類やファイル、古いタイプのパソコン等が置いてある。
立て掛けられた壁の向こうには、応接用のソファーが置かれている。
まるで、ほんの少し前まで、ここで誰かが働いていたかのようだ。
窓の外を見てみると、太陽は既に山の向こうに沈み、紫の光を放っていた空も徐々に夜の闇に染まりつつある。
あともう少しで、夜が来る。
この殺し合いの世界で、唯一心の安らぐ時間が。
「………なんというか」
応接用のソファーに、向かい合って座る竜也とエマニュエル。
上着を脱ぎ、竜也は黒いインナー姿に、エマニュエルはセーター姿になっている。
脱いで初めて解ったのだが、エマニュエルの着ているセーターは、ノースリーブの物だ。
「………今日は、疲れたね」
「………ええ、はい」
なんとか間を持たせようと、笑いかける竜也。
たしかに、今日は疲れた。
いや疲れ過ぎた。
ガオウの軍に捕まり、脱走し、おまけにタイタンギアで戦った。
これで疲れないわけがない。
………そして、再び訪れる沈黙と緊張。
これはまずい、何か話題を出さなければならない。
今まで彼女すら居た事もない竜也ではあるが、それぐらいは解った。
「えっと………汗かいたよね?シャワーか何か無いか探してくるよ」
エマニュエルも女の子なら、汗をかいて不愉快になっている筈だと考え、竜也はシャワー室を探そうと立ち上がった。
このビルをここまで作り込む運営なら、それ位作っているはずだ、と。
だが。
「………いづっ?!」
足を踏みしめた途端、竜也の左足に激痛が走った。
左足をかかえ、そのまま踞る。
そうだ、自分は左足に怪我をしていたんだ。
痛みを通じて、竜也は思い出した。
「だ、大丈夫ですか竜也さん?!」
「だ、大丈夫、これぐらい………痛ぁぁ………づっ」
心配するエマニュエルに、気丈に振る舞おうとする竜也。
だが、左足の傷口は完全に開いてしまい、竜也に耐え難い痛みを与えると同時に、応急処置として巻かれた包帯に、じわあ、と赤い染みを作る。
「シャワーなら私が探してきます、竜也さんは休んでてください!」
「う、でも………」
「拳銃なら持ってます、もしもの時はなんとかなりますよ」
痛みに震える竜也をソファーに座らせると、エマニュエルは部屋から出ていく。
シャワーを探すと同時に、竜也の治療に役立つ物が無いかと考えながら。
バタン。
部屋の扉が閉まり、そこにはソファーの上に座る竜也だけが残された。
「うう………俺かっこ悪い………」
そう思うのは二度目である。
男として、エマニュエルを助けなければならないと言うのに、助けられてばっかりである。
「はぁ………」
情けない自分を恥じつつ、それでもどうにもならないこの状況を前に、竜也はソファーの上で横になった。
視線の先には、白い天井と、部屋を照らす照明が見えている。
とくにやる事もない竜也は、ふとバルキリーリングを起動してみた。
ゲームのアイテム欄のように、このバルキリーリングの中に収納してある物が、リストのように表示される。
ツナ缶、食パン、レーションに飲料水。
そして。
「………ガンドラグーン、と」
タイタンギア・ガンドラグーン。
他の持ち物と同じようにデータ化しているものの、やはり容量は一番大きい。
「………えっ?改造できんの?」
見れば、ガンドラグーンの欄に「カスタマイズ」「メンテナンス」というアイコンがある。
調べてみると、武装を追加したり、戦いで負ったダメージを修復したり、動力の補充まで出来るようだ。
ただ、その為には資材や武装を持っている必要があるようだ。
竜也のバルキリーリングの中には、ガンドラグーンと食料と水しかない為何もできない。
だが、データ上でタイタンギアの整備や補給が行えるという機能に、ますますゲームらしいなと竜也は思った。
「………ほんと、ゲームみたいだよなぁ」
カスタマイズのウインドウを開いたまま、画面上のガンドラグーンを見つめている竜也。
今現在のガンドラグーンの武装は、胸に収納したブレストナパームと、両肩に格納したビームセイバー。
ブレストナパームはともかく、ビームセイバー………ビームの剣という、今の技術では不可能な武装が、ガンドラグーンに搭載されている。
ゲーム参加前に小耳に挟んだ話では、プラズマを纏った、タイタンギア用の実体剣の開発はされていると聞いた。
それを考えても、ビームセイバーはそこから何世代も進んだ技術の代物である。
ガンドラグーンだけではない。
蓮が手に入れたジャッジサイヴァーもそうだ。
忍者か幽霊のように、センサーは元より肉眼からも姿を消すステルス機能。
更に、輸送機等の補助システムを使わないタイタンギア単体での飛行能力。
そして、ガンドラグーンとジャッジサイヴァーの両方に使われているらしい、特殊な装甲。
戦車砲と同じ威力の、マーズトロンのマシンガンに耐える強度をもつ、超硬質のアーマー。
どれも、現行のタイタンギアには無い、あったとしても研究段階の機能。
「オーバーテクノロジー並みの技術を持ち、なおかつそれを持ったタイタンギアを何体も配備できる組織………」
そんな、大国でも難しい事を、平然とやってのける存在。
しかも、殺し合いという、まったく生産的ではないような事の為に。
竜也は考える。
このデスゲームを企画した者達は、一体何者なのか。
以前に読んだデスゲーム物の漫画では、決まって金持ちや国家が黒幕についていた。
今回のケースも、そうなのだろうか。
物思いに耽っていると、部屋のドアがガチャリと音を立てて開いた。
「ただいま」
エマニュエルが、毛布と棒らしき物を手に帰ってきた。
寝転がっていた竜也は、急いで姿勢を正す。
「お、おかえり、シャワー室あった?」
「探したのですが、どこにも………代わりに毛布を見つけました」
残念そうな所を見ると、やはりシャワーは浴びたかった様子。
代わりとして探してきた二枚の毛布の内、一つを竜也に渡す。
「それと、これもどうぞ」
「これは………?」
次にエマニュエルが渡してきたのは、銀色の鉄の棒。
見れば、それは金属製の松葉杖だった。
よく病院で、骨折した人がついている、あの杖だ。
「これで、少しは痛みも押さえられると思って………」
「ありがとう、エマニュエルさん」
エマニュエルの親切心に、笑って礼を言う竜也。
その時。
………グウウ。
「………あっ」
「あ………」
竜也の腹から、音が鳴った。
空腹の時に鳴る、あの音だ。
女の子の前で、これは恥ずかしい。
だが、今日は色々な騒動があり、朝から何も食べる余裕が無かったのも事実。
「あ………あはは!お腹空いたね、何か食べよう!うん、そうしよう!」
「あ、はは………」
必死に、そして笑って誤魔化す竜也。
エマニュエルも、笑顔でソファーに座る。
そして竜也はバルキリーリングを使い、いくつかの食料を呼び出した。
食パン二枚。
ツナ缶二つ。
いくつかのレーション。
そして水の入ったペットボトルが二つ。
生まれて初めての、女の子との食事。
だが、それは女の子との食事としても、夕飯としても、あまりにも質素だった。
両方がその手の食品しか持っていなかった為、仕方ないと言えば仕方ないが。
「あ………ごめんね、こんなのしか無くて………あはは」
自分はつくづく、女の子と付き合うに値しない人間なのだと、竜也は思い知らされた。
笑って誤魔化そうとするも、夕飯の悲惨さまでは誤魔化せない。
「………い、いただきます」
「いただきます………」
気まずそうに交わされる、会食の挨拶。
竜也は開いたツナ缶の中身をパンに乗せ、口に運ぶ。
次にレーションをかじり、乾いた口を水で潤す。
女の子との食事がこれはないと改めて思いながら、竜也は憂鬱な顔でエマニュエルの方を見た。
そこには。
「あむっ………んむんむ………」
特に抵抗する様子もなく、エマニュエルは食パンを口に運び、箸でツナ缶を食べ、レーションを口に運んでいる。
「………あの、何か?」
竜也の視線に気づいたエマニュエルは、怪訝そうに竜也に訪ねる。
すると竜也は、気まずそうに笑う。
「えっと………意外だなって」
「意外?」
「だって………モデルさんって高級な物しか食べないってイメージあったから、抵抗無いのかなって………」
苦し紛れに言ったようだが、竜也が思っていたのは事実である。
するとエマニュエルは、安心したかのように笑って、言葉を返した。
「モデルだって人間ですよ、そりゃ高級な物は嬉しいですけど、基本的に何でも食べられますよ」
「そ、そうだ、そうだよね!あはは………」
状況が状況というのもあるが、別に嫌がって食べている訳ではない事が解った。
だからか、竜也もまた、安心したかのように笑った。
竜也の人生初の女の子との会食は、彼の理想とする形にはならなかった。
けれども、この殺し合いのゲームの中で、それは一時の安らぎと暖かさを、確かに感じられる物だった。
月が、星が、二人の食卓を優しく照らしていた。