第6話「脱出!」
「………と、ここまでが俺が言える全てだ」
蓮の説明を受け、竜也はようやく自分の置かれている状況がどれだけ危険なのかを知った。
自分達がガオウに人間狩りとして狩られ、捕まっている。
これが示す事は。
「つまり………このままじゃ、俺も刑事さんも殺されちゃうし、エマニュエルさんも………!」
ここから先は、言えなかった。
「ガオウの女」が何を意味するかは解っていたし、恐怖に怯えているエマニュエルを前にして、言えるはずがなかった。
「どうにかしてここから脱出しないと………!」
とにかく、死や屈辱を回避するには、ここから逃げ出すしかない。
どうにか脱出する方法は無いかと、竜也は辺りを見回す。
当たり前だが、閉じ込められてる檻は人間が通り抜けられるほどの隙間はない。
見れば、檻の鍵はカードキー式で、ピッキングは無理。
そもそも、全員が四肢を縛られている状態だ。
どうしようもない。
八方塞がりである。
「うう、なにか、何か無いのかよ………!」
それでも、何か手はないかと辺りを見回す竜也。
彼だって死にたくないし、誰かが死ぬ事も嫌なのだ。
一方の蓮はというと、特に慌てる様子もなく、冷静な顔を浮かべている。
「………刑事さん、怖くないんですか?」
疑問に思った竜也が訪ねる。
すると。
「慣れているからな、こういう状況には」
躊躇う様子もなく、蓮は答えた。
確かに、警視庁の特犯課という、常時危険と隣り合わせの仕事をしていれば、こういう状況に対する耐性もつく。
けれども、竜也から見て蓮は冷静すぎるようにも見えた。
まるで、既に次の手を思い付いているかのように。
「女、出ろ」
そうこうしていると、檻の扉が開かれた。
そこから、パンチパーマのならず者が入ってきた。
女と言う事は、用があるのはエマニュエルだろう。
そして、その用という物も。
「ガオウ様がお前をご指名だ、夜まで待てないってさ、ひひひ………」
そう言って下衆な笑みを浮かべるならず者に、エマニュエルは恐怖を覚えた。
ガオウが「ご指名」しているという事が意味する内容から、嫌悪感まで感じた。
「おらっ!来いよ!」
「い、嫌………!」
「暴れんなよぉ!はははっ!」
嫌がるエマニュエルを無理やり立たせ、抱き寄せるならず者。
「うほっ!柔らけぇ~っ!」
「ひっ!嫌っ!やめ………っ」
そして強引に、エマニュエルの胸を揉んだり、尻に触ったりしている。
ガオウもそうだが、この手の人間は決まって好色のようだ。
「おい!や、止めろよ!嫌がってるだろ!?」
そんな状況に、竜也が待ったをかける。
だが、残念ながら竜也は雑誌の漫画に出てくるような、女の子のピンチを救うスーパーヒーローではなく、ただの一般人に等しい。
ので。
「あァン?誰に口聞いてんだゴラァッ!」
どごぉ!
と、腹をならず者に蹴飛ばされてしまった。
「がふっ!?………げ、げほっ!」
蹴飛ばされ、鉄格子に激突する竜也。
腹を蹴られた為か、噎せてしまっている。
「テメェはそこで無様に這いつくばってな!ぎゃはははは!!」
苦しむ竜也を前に、ならず者は下品に笑う。
極上の女の身体を触り、自分から見て目下の男を足蹴にする。
「オス」として、これ以上ない愉悦。
だが、この男は忘れていた。
ここにいる「男」が、自分と竜也だけでないという事を。
「………ッ!」
瞬間、じっとしていた蓮が弾き飛ばされるかのように飛び上がった。
何だ?とならず者が思った時には、既に彼の高等部に向けて、一撃が叩き込まれた後だった。
「ぎ………ッ!?」
頭に衝撃が走り、ぐわんぐわんと揺れる。
エマニュエルを掴んでいた手が離され、解放される。
ならず者が、今叩き込まれたのが蓮の「蹴り」だと気付いたのは、それからだった。
見れば、蓮を拘束していた足の縄がほどけている。
足の後ろで手を動かしていたのは、縄をほどいていたからだったのだ。
「きさ………!」
「はっ!」
反撃に転じようとした直後、よろめくならず者に向けて、今度は肘の一撃。
まるで柔軟体操のように、後ろで縛られていた手が前に回る。
拳は封じられているが、これなら使える。
バキィ!と音をたて、ならず者の首に叩き込まれる一撃。
同時に、腹には蹴りが入れられた。
「が………ッ!」
程なくして、ならず者は白目を剥いてその場に倒れた。
その間、僅か5秒。
息もつかせぬ一方的な攻撃に、竜也もエマニュエルも目を見張った。
まるで、アクション映画のカンフーだ。
「………連中がバカで助かった、結び方がまるで素人だ、簡単に外れる」
足元に突っ伏しているならず者を皮肉りつつ、腕の拘束を歯で噛み切る蓮。
流石は特犯課、こういう事には慣れているのだろう。
自身の拘束を解いた蓮は、コートの裏から一本のナイフを取り出す。
「ほら、手出せ」
「あ、ありがとうございます………」
そして、竜也を拘束していた縄を、ナイフで切る。
エマニュエルを拘束していた縄も、同じように切る。
拘束が解かれ、ふらふらと立ち上がる竜也とエマニュエル。
竜也はまだ左足が痛むが、これで自由になった。
次に蓮は、三人の足元で倒れているならず者の上着のポケットから、一枚のカードを取り出す。
この檻を閉じていた、カードキーだ。
「カードキーだ、これで他の檻も開ける」
そう言って、蓮はカードキーを竜也に手渡す。
「他に捕まっている人達をこれで逃がしてやれ、そして一緒に脱出するといい」
「刑事さんはどうするんですか?」
竜也の問いに、蓮は少し黙った後、意を決したように口を開いた。
「俺は………まだここでやる事がある」
そう言った蓮の顔は、真面目だった。
サングラス越しに見える鋭い目から、強い決意を感じられた。
だが果たして、この男はこの場所で何をしようとしているのだろうか?
………………
相も変わらず、ならず者達は真っ昼間だというのに、踊り狂っていた。
最早歌とすら言えない奇声を発し、嫌がる女に無理やり覆い被さり、身体をまさぐる。
ガオウも、相変わらずその光景を玉座たるソファーに座り、美女を侍らせながら見下ろしていた。
「………まだかよ」
だが、ガオウはイラついていた。
トントンと膝を人差し指で叩き、露骨に不愉快な表情をしている。
それもその筈。
連れてくるよう頼んだ女も、それを引き受けた部下も、一向に姿を見せないのだから。
………人間狩りで捕まえたリストに、あの有名モデルのエマニュエル白鳥の姿を見つけたガオウは、喜び舞い上がった。
世界的に有名で、顔も身体も極上の女を手にいれたのだ、当然である。
相手をするのは夜と決めていたが、我慢のできなくなったガオウは、今ここで「抱いて」やろうと考え、部下に連れて来させる事にした。
だが、いくら待ってもその部下も、お目当てのエマニュエルも姿を現さない。
ここから「檻」まで、歩いて十分もかからない。
そして、エマニュエルを連れてくるよう命令したのは、もう30分も前の話だ。
エマニュエルが抵抗していると考えても、かかりすぎだ。
「まだかよ、俺のエマニュエルはまだかよっ!」
ぐしゃあっ!と、怒りを抑えられず、手元にあったビールの缶を握り潰す。
まだ中身があった為、溢れたビールでガオウの手が濡れる。
まさかあの部下が、我慢できずに勝手にエマニュエルを「ヤって」いるのではないか?
ならば許せない、今度はあいつを「公開処刑」してやろうか?
そんな考えが、ストレスと怒りと共にガオウの頭によぎる。
その時。
「ガオウ様!大変です!!」
突如、ならず者の一人がガオウの元に駆け寄ってきた。
エマニュエルを連れて来るよう命令したならず者とは、別の男だ。
かなり慌てているようにも見えた。
「なンだよこんな時に!」
苛立ちを隠す事なく、ガオウは答える。
ガオウは、この男もついでに処刑してしまおうとも考えていた。
この男は何もしていないのだが、ガオウにとってそんな事はどうでもよかった。
だが。
「人間狩りで捕らえていた者達が、全員脱走致しましたぁっ!!」
「何ッ!?」
思わず、ガオウは飛び上がる。
「こちらの武器を奪って、武装しているとの事です!」
「な、な、な………!?」
更に、状況がより悪い事になっているという報告に、ガオウはわなわなと震える。
彼の「王国」が始まって以来の、最悪の状況。
ガラガラと音をたてて、「王国」の崩壊の序曲が、ガオウにははっきりと聞こえた………気がした。
………………
ここに巣食うならず者達が、それまで他の参加者と比べて優勢に立てていたのは、ここが「武器庫」だったからだ。
他よりも強力な武器があり、おまけにタイタンギアの格納庫まであったからだ。
そして彼等はその強さ故に、自分達と同じ武力を持った相手と戦うという状況を、まるで知らなかった。
「うがあっ!」
「ロッチがやられた!」
「くそっ!なんでこんな!」
銃を持ったならず者に迫るのは、同じように銃を持った脱走者達。
武器庫に仕舞ってあった物を、持ち出して来たのだ。
「よくもやってくれたな!」
「このォッ!!」
今まで銃で撃たれてきた「獲物」達が、逆に銃を持って向かってくる。
銃の扱い事態はならず者達の方が慣れていた。
が、それはあくまで狩りの道具としての話。
同じように銃を持ち、撃ってくる者との戦いは、想定もしていなければ訓練もしていない。
ならず者達は、慌てている間に次々と撃ち抜かれてゆく。
「こ、このぉぉーー!」
「ぐああっ!」
「な、なめんじゃねェッ!」
「ぎゃああ!」
弾丸と銃声と悲鳴が飛び交い、血と硝煙の香りが広がる。
また一人、また一人と、ならず者と脱走者達が死んでゆく。
そんな、戦場の後ろの方で。
「うう………ごめんなさい、エマニュエルさん」
「別に、いいですよ、こんな状況ですし………」
竜也は、エマニュエルに肩を貸してもらって、負傷した左足を引きずりながら歩いていた。
ボウガンで左足を貫かれた竜也は、立つ事は出来ても、とても早くは歩けず、エマニュエルに手を貸してもらってなんとか歩ける状態だった。
「うう………俺カッコ悪い」
外国のアクション映画なら、主人公は美女を助けて颯爽と銃撃戦の中を駆け抜けるのが普通。
なのに、現実の竜也は本来助けるべき美女に逆に助けられ、銃撃戦から離れた後ろの方をずりずりと進んでいる。
あまりにもの情けなさと恥ずかしさに、竜也は深く落ち込んでいた。
そうこうしていると、銃撃戦が次第に激しくなってきた。
脱走者達の中でも後ろの方を歩いている竜也とエマニュエルだが、このままでは自分達も巻き込まれかねない。
「………あ、あそこ!」
そんな時、エマニュエルが叫んだ。
彼女の目の先には、裏口の扉が開いた倉庫の一つがあった。
おそらく中に居た者達は、脱走者の知らせを受けて、鍵もかけずに飛び出したのだろう。
「とりあえず、この中に逃げましょう!」
「お、う………はい!」
幸い、脱走者やならず者達が持っている武器の中には、ロケットランチャーやバズーカのような、倉庫を吹き飛ばす程の威力の物はない。
弾避けに隠れるには、うってつけだ。
竜也とエマニュエルは急いで倉庫の中に入り、ドアを閉めた。
「ふう………ふう………」
「はあ………はあ………」
立っていられず、その場に座り込む竜也と、膝に手を当てて息をするエマニュエル。
どうやら、ここも武器庫らしく、かなり広く作られている。
何か、脱出に使えそうな車かバイクでも無いかと辺りを見渡そうとした。
すると、とんでもない物が、彼等の目に飛び込んできた。
「た、竜也さん!あれ………!」
エマニュエルが指差す。
その先には。
「これは………!」
………それは、山積みにされた資材か何かに見えたが、違った。
広い倉庫は、その巨体を格納する為の物だったのだ。
マーズトロンよりもスラリとした印象の、人の形を模した50mほどの巨体。
バイザーに覆われたメインカメラに、こめかみから伸びた二本の長い角。
白を基調として、所々に赤を加えたカラーリング。
各部に設置された、古代日本の鎧武者を彷彿とさせる装甲。
「これは………タイタンギアじゃないか?!」
マーズトロンと比較すると、随分とヒロイックな印象を与える鉄の巨人。
見たこともない一機のタイタンギアが、眠っているかのように倉庫内に横たわっていたのだ。
それを見ていると、竜也の中にある考えが沸き上がってきた。
このタイタンギアを使って、ここから脱出できるのではないか?と。
「………エマニュエルさん、ちょっと、手伝ってもらっていい?」
「え?」
「あのタイタンギアで、ここから逃げるんだ」
考えを話した竜也は、左足が動かせない分をエマニュエルに手伝ってもらい、そのタイタンギアのコックピットへと向かう。
幸い、コックピットに繋がる機体の左肩のハッチには、地上から登れる梯子がかけてあった。
「よい、しょっと」
操縦席にどっこいしょと腰をかける竜也。
隣には、エマニュエルの姿もある。
タイタンギアが仰向けになっている為に、今の二人も同じような状態だ。
竜也は、目の前に広がるタイタンギアの操縦席を見渡す。
「………動かせるんですか?」
「うん、見たところ、基本的には作業用のロボットと同じだ………なんとか動かせるかも」
過去に、竜也は土木関係のアルバイトをしていた事があり、そこで作業用のロボットを動かしていた。
それと比べて、タイタンギアのコックピットは複雑だったが、よくも見れば基本的には似通った所がある。
どちらも、人が動かす為に作られた機体だからだろうか。
コックピットの各部スイッチを入れると、ブウウンという電力の伝わる音が響く。
「たしか、何処かに起動用のタッチパネルが………」
起動には、タッチパネルで搭乗者の指紋を読み取る必要がある。
見たところ、このタイタンギアは新品だ。
別の指紋が登録してあるという可能性は低い。
「あった!」
見れば、タッチパネルはコックピットの正面にあった。
起動しているらしく、ほんのりと深緑の光を放っている。
ならば。
「頼む………動けよッ!」
そこに、手を乗せた。
ピピピピという機械音と共に、竜也の指紋が読みとられる。
そして。
『搭乗者指紋、登録完了しました、以後の起動には指紋認証が必要になります』
無機質な機械音声が、竜也の指紋の登録を知らせる。
やった!動いた!と、竜也とエマニュエルの顔がぱあっと明るくなった。
前面のメインモニターが起動し、タイタンギアの見つめる先にある倉庫の天井が写し出される。
タッチパネルには、機体を動かすOSの起動画面が表示される。
一昔前のSFアニメのように、よく解らない英単語やグラフが表示され、最後にこう写し出された。
GUN-DRAGOON
「がん………ドラゴーン………ガンドラグーン?」
ガンドラグーン。
昔動かした作業用ロボットは、起動完了の画面でそのロボットの名前が表示される事を覚えていた。
その為竜也は、その「ガンドラグーン」という単語が、そのタイタンギアの名前であると解釈した。
「よし、じゃあ行こう!ガンドラグーン!」
決意を固め、両サイドのレバーを前に倒す。
タイタンギア………ガンドラグーンのバイザーの中に隠されたカメラアイが、青い光を放った。