第37話「ラストステージ」
きちんとセッティングされたベッドは、既にぐちゃぐちゃに乱れていた。
もう使う事もないだろうから、気にする事はない。
サヴァイブガンドラグーンの補給と修理は、既に完了していた。
ロマンチックなピロートークを楽しむ時間すら、二人には無い。
「これ、持ってて欲しいんだ」
コックピットに入る直前になって、竜也はエマに、ある物を手渡した。
それは。
「これって………」
エマの手の中にあったのは、一枚のブロマイド。
あの時見せてくれた、ネビュラマンアックスのブロマイドだ。
竜也の、宝物のハズの。
「………俺はもう、持つ資格はないからさ」
「えっ?」
「俺は、手を血で染めすぎた、ヒーローはもう目指せないよ」
自嘲するように、竜也は言った。
自分を守る為とはいえ、多くの人を殺してきた竜也からすれば、もうネビュラマンアックスは眩しすぎた。
そして、理由はもう一つ。
「それに………エマさんがそれを持っててくれたら、生きて帰って来れる、そう思うんだ………根拠はないけどね」
それを聞いて、エマはほんの少しだけ、喜びを感じていた。
竜也が、自分を「帰ってくる場所」として、思ってくれている事に。
幼少のトラウマもあり今まで感じる事は無かったのだが、夫を持つ妻の喜びにも似たような感情が、エマの中に生まれた。
ほんの少しではあるが、暖かい感情が。
「………じゃあ、行ってくるね」
最後に、竜也はそう、エマに微笑みかけた。
不思議と、恐怖は感じなかった。
もしかしたら、これから自分は死ぬかも知れないのに。
エマが待っていてくれる。
それだけで、竜也は自分が生きて帰って来れると、根拠のない自信を持てた。
「………行ってらっしゃい」
対するエマは、出来るなら竜也を行かせたく無かった。
だが、今の自分には竜也を呼び止める事も、代わりにタイタンギアで戦ってあげる事もできない。
だから、せめて笑顔で送り出してあげようと考えた。
彼が安心して戦えるように。
そして、とことんまで無事を祈ろうと。
………その様は、まるで仕事に出かける夫と、それを見送る妻のようにも見えた。
サヴァイブガンドラグーンのバイザーに、光が点る。
コックピットに座った竜也は、操縦桿を前に倒す。
ドックが開き、その巨体が前に出た。
エマの見守る前で、竜也を乗せたサヴァイブガンドラグーンはスタジアムの中へ、つまりは最後の戦いの場所へと向かって行った………。
………………
まるで、竜也はサッカー選手にでもなった気分だった。
50mのサッカー選手に。
もっとも、チームメイトもいなければ観客もいないのだが。
タイタンギア用に作られたその「戦場」は、屋内スポーツのスタジアムを思わせる、ドームの中にだだっ広い空間が広がっている物だった。
今、サヴァイブガンドラグーンが出てきたゲートの反対側にも、ゲートがあるのが見えた。
きっと、その先に「相手」がいるのだろうと、竜也は考えた。
自分のように、このゲームを生き抜いた「相手」が。
ごくり。
息を飲む竜也の耳に、集音スピーカー越しの重たい足音が聞こえてきた。
ズシン、ズシンという、大地を揺らすタイタンギアの足音だ。
反対側のゲートから姿を現した「相手」を前に、竜也はハッとなった。
それは、竜也の記憶の中にある、とあるタイタンギアに似ていたからだ。
各部が有機的な姿に変わってはいたが、どこかガンドラグーンにも似た黒い機体。
騎士を思わせる額のバイザーも、悪魔的なデザインになった翼も、まるでそのタイタンギアを発展させたように感じられた。
『………もしかして、刑事さん?』
外部スピーカーで、竜也は黒いタイタンギア………ジャッジサイヴァーネメシスに呼び掛ける。
『その声………ガオウの時の!』
そのコックピットに座っていた蓮もまた、眼前のサヴァイブガンドラグーンに感じていた既視感が、その声を聞いて確信に変わった。
『………お互い、なんとか生き残れましたね』
『………そうだな』
考えてもみれば、奇妙な因縁である。
互いに、ガオウの王国に捕らわれ、脱出の際に偶然にも、同型機であるガンドラグーンとジャッジサイヴァーを手にいれた。
そして、この狂った死のゲームの中で、今の今まで生き抜き、こうしてこの場所にいる。
『………ごめんなさい、俺、死にたくないんです』
サヴァイブガンドラグーンが、ビームセイバーの柄に手をかける。
竜也は、今まで「死にたくない」という一心で、戦いを続けてきた。
それは、今も同じだ。
そして同時に、「死なせたくない」という理由も出来た。
エマだ。
この「ゲーム」のルールでは、勝ち残った一人は、別の一人を選んでこの島から出る事が出来る。
そうすれば、エマを生きてこの島から脱出させられる。
相手は強い。
それは蓮に初めて会った時から気付いていたし、ここまで生き残った事からも伺える。
けれども、竜也は恐怖すら感じなかった。
仮に死んでも、道連れにしてやろうとも思えた。
そうすれば、エマを助ける事が出来るのだから。
『………それは………こっちも、同じだよ』
対するジャッジサイヴァーネメシスが、ソードガンを構える。
蓮の「ゲーム」の参加理由である、アリアとの決着は、既についている。
けれども、蓮には新しい目的が生まれていた。
このゲームを考え、実行し、多くの命を散らした「運営」を、地獄に落とす事だ。
「ゲーム」について調べる内に、蓮はこの「ゲーム」に「サンドマン財団」と呼ばれる存在が関わっているという情報を掴んでいた。
………サンドマン財団。
それは、都市伝説でその名が語られる、世界の経済、戦争、果ては国家に至るまで、あらゆる物を影から支配してきた、秘密結社。
それが実在するのか、名を借りた別の存在なのかは解らない。
そもそも、その情報自体が嘘である可能性もある。
そうだったとしても、蓮がこの場で生還を諦める事は、彼の正義が許さなかった。
どれだけ時間がかかっても、こんなふざけた悪行を考え付いた外道達に、報いを受けさせなければならない。
その為に、目の前の竜也を踏み越えていかなければならないとしても、だ。
赤い竜騎士と、白い復讐鬼。
二人の男の覚悟と決意を乗せた、二体のタイタンギアが、今まさに激突しようとしていた………。
………その時。
『はいはいは~い!ちょっと待って!ちょーっと、待ってねぇ!』
両者の間に、小さな浮遊物体が、キンキンしたアニメ声と共に割って入った。
両者の激突を寸前の所で妨害したそれは、竜也にも蓮にも見覚えがあった。
あの日、「ゲーム」に参加させられた時、ルール説明の為に自分たちの前に現れた、浮遊型のプロジェクターだ。
そして、その上には。
「ユミ………!」
声を聞いた竜也が、顔をしかめた。
そう、ユミだ。
この悪夢の案内人である、バーチャル美少女。
これまで、この島で殺し合いをさせてきた、運営の代弁者。
『………その腹の立つ喋り方をやめな』
竜也でさえ顔をしかめる相手を、蓮が許すはずもない。
ソードガンの銃口を、ユミに向け突き付ける。
『やだァ~!いきなり喧嘩越しィ~?』
『黙れド外道が………俺の中では既に、テメェは殺されて同然の存在なんだぞ………ッ!』
ユミは、単なる立体映像の存在だ。
それでも、彼女がその口車によって奪ってきた命の事を考えると、たとえバーチャルの存在だろうと、蓮には許す事はできない。
『折角、貴方達三人とも生き残るチャンスを持ってきたのにな~♪』
『何っ!?』
ユミの一言に、竜也が食いついた。
蓮も、銃口を突き付けつつも、操縦桿にかけた指を下ろす。
『今から二人には、私の用意した「最強の敵」と、二対一で戦ってもらいまぁす♪もしそれを倒せたら、貴方達三人共を、ゲームの勝者として島から脱出させてあげま~す!』
互いを殺す事なく、三人とも生き残れる。
竜也達からすれば願ってもない事だ。
もっとも、都合がよすぎる上に、この運営の代弁者であるユミの言う事なので、そこまで信じられる訳でもないが。
『………それは、本当なのか?』
だが、竜也はその話に乗る事にした。
蓮を殺さず、自分もエマも助かるのなら、竜也からすれば選ぶべき最善の選択肢だ。
それに、二体一なら、こちらの方が有利だ。
最強の敵がどんな相手かは知らないが、分はこちらにある。
対する蓮は、何も言わなかった。
だが、竜也に反対もしなかった。
彼の内に残った刑事のとしての心が、このゲームが極力犠牲の少ない方法で終わるならと、彼に呼び掛けていたからだ。
『はい♪本当ですよ~♪ただし………』
瞬間、先ほどまでのユミの笑顔が、豹変する。
笑顔な事には変わりないのだが、張り付いたような、冷たく嘲笑うような、狂気じみた笑顔だ。
『………勝てたら、の話ですけどね♪』
最後にそう言い残し、ユミの立体映像が消える。
ユミを映して浮いていたプロジェクターも、電池が切れたかのように浮力を失い、サヴァイブガンドラグーンとジャッジサイヴァーネメシスの間に落ち、ガシャンと音をたてて壊れた。
「………えっ?」
突如、ゴゴゴという地鳴りのような音が響き、地面が揺れる。
何の事かと狼狽える竜也達の前で、最初の変化が起こった。
頭上のドームが、開いたのだ。
まるで蕾が花開くように、二体のタイタンギアを、月明かりの元に晒し出した。
そして、次の変化が起きた。
「あれは………ッ!」
二体のタイタンギアを挟んだフィールドの中心が、ハッチのように開く。
その中に、壊れたプロジェクターが落下。
それと入れ替わるように、フィールドの下より、それは姿を現した。
大きさは、プルトーネと同じぐらいだろうか。
白を基調としたボディの各部に、アクセントとして加えられた金。
赤い一つ目の輝く頭部に、王冠のように付けられた、外国のカブトムシかクワガタを思わせる豪勢な角。
背中からは、翼かマントを思わせる六つのフィンのような物が、規則正しく両サイドに延びている。
「………タイタンギア?」
それを前にして、竜也が呟く。
このゲームは、殺し合いでありながらもタイタンギアを中心に回っていたし、人型の巨大ロボットを見れば、普通はタイタンギアが真っ先に浮かぶ。
「………いや、違うな」
だが、蓮はそれを否定した。
第一、タイタンギアなら人が乗っているはずだ。
グラスエンダーなんて物を出した手前、普通のタイタンギアを出してくるとは思えない。
『そう!これはタイタンギアではあーりませんっ!』
ユミの声が、フィールドの各部のスピーカーから響く。
そう、これはタイタンギアではない。
これは、グラスエンダーと同じ物。
『この子の名前は「メガゼウス」、グラスエンダーの上位試作機の、最強のデウスギア!まさに、このゲーム最強のラスボスなのでーす!』
そう、これはデウスギア・メガゼウス。
最高神の名を冠する、デウスギアの王。
巨人の時代を終わらせる、機械の神。
「来るぞ!」
蓮が叫んだ瞬間、メガゼウスが二機に向かい腕を構えた。
すると、砲身も何もない腕から、ビームが放たれた。
「うわっ!」
「ぐうっ!」
飛び上がり、それを回避する二機のタイタンギア。
すると今度は、メガゼウスが腕を少しだけ捻る。
すると、どうだろう。
次にメガゼウスの腕から放たれたのは、拡散ビーム。
と、いうよりは、放たれていたビームが拡散型に変化したと言えばいいか。
「こいつ、ビームが………!」
単発のビームの回避は出来た二機だったが、それが脳と身体が対処するより早く、拡散ビームに変わったのであれば、話は別だ。
「ぐあっ!」
まず、ジャッジサイヴァーネメシスが、ビームの直撃を受けて落下する。
「刑事さ………があっ!」
次に、サヴァイヴガンドラグーン。
二体のタイタンギアは、メガゼウスを前にして、手も足も出ない。
「このぉっ!」
吹き飛ばされた二体は、今度は格闘戦に打って出た。
サヴァイブガンドラグーンがビームセイバーを引き抜き、ジャッジサイヴァーネメシスはソードガンの刃を構えて。
二体の刃が、メガゼウスに向けて振り下ろされる。
だが、それまで幾多の敵を切り裂いて来た二体の刃は、メガゼウスには通じなかった。
「な、何ぃっ!?」
振り下ろされた二体の刃は、メガゼウスの装甲に届く事は無かった。
メガゼウスが腕を構え、そこにビームのバリアが発生していたのだ。
次の瞬間、メガゼウスのモノアイが「ハァッ!」と言うかのように輝いたと思うと、メガゼウスのバリアが、衝撃波のように二体を吹き飛ばした。
「があっ!」
「うわぁっ!」
二体は吹き飛ばされ、揃ってメガゼウスの前に倒れる。
倒れた二体を前にして、今度はメガゼウスは背中のフィンを、翼のように広げた。
すると、フィンから翠の光が漏れ、胸部が展開する。
そして。
「来るぞ!」
大技を出すつもりだ。
感づいた竜也と蓮が動くよりも早く、メガゼウスの胸から、破壊の光が広がった。
「うわああっ!!」
「ぐううっ!!」
放たれたビーム砲は、二体のタイタンギアを、意図も簡単に吹き飛ばし、ケイオスアイランドに朝が来たかのような光が広がった………。




