第36話「最後の二人の夜」
湯野カオルは、自らの手で紫の元へと旅立った。
佐瀬アリアは、黒き復讐者の手により地獄へ落とされた。
木葉竜也も、エマニュエル白鳥も、加納蓮も、戦いに勝利して生き残った。
方や精神にショックを受け、方や達成感を感じていたという違いはあったが、それでも両陣営が一つの「ヤマ」を乗りきった事は共通していた。
しかし、これで終わりではない。
このゲームの「運営」は、どこまでも残忍で容赦がない。
彼等の戦いに、これで「終わり」を与えるほど、優しくはないのだ。
『ぱんぱかぱぁ~ん!最後のステージに進む参加者が決まりましたぁ~!』
だから、その使者であるユミは、空気も読まずにバルキリーリングから姿を現し、耳障りなキンキンした声で両陣営に「お知らせ」をしに来た。
ショックを受けた竜也は、エマ諸共驚きを見せただけだった。
だが蓮は、相も変わらず殺しを楽しんでいるようなユミに、単なる立体映像だと解っていても、キッと睨み付けた。
『これから貴殿方には、最後のステージに挑んでもらいまぁ~す!このゲームの、本当の本当に最後のステージ!』
そんな事も知らぬとばかりに、ユミはピョンピョン飛びはね、まるで地下の過激なアイドルのように、わざとスカートをつまみ上げたりする等の媚びた態度を取る。
「………まだ、続くのか?」
竜也は、まだ続く「ゲーム」に対して、辛い顔を露にしていた。
側にエマもいたが、もう隠す事も出来ないほど、疲弊しているようにも見えた。
「………チッ!」
蓮は、もう何も言わなかった。
立体映像のユミをどう罵倒しようが、単なる映像である以上彼女は何の反応もしない。
言いたい事はいくつもあったが、蓮がしたのはその舌打ちだけだった。
『それでは!その最後のステージに現れてもらいまーす!ファイナルステージ、起動っ♪』
ユミがアイドルのようなポーズを取った直後、ケイオスアイランドの地面が轟音を立てて揺れた。
「な、何だ………?!」
タイタンギアに乗っていても解る揺れに、竜也も蓮も各々のタイタンギアを必死に安定させ、地面に立たせる。
………そういえばこのケイオスアイランドは、自然の島ではなく、何から何まで人の手で作られた人工の島。
つまり、この島事態に何らかの仕掛けがあっても、何も可笑しい事はない。
そんな考えが、奇遇にも竜也と蓮の両方に過った、その時。
「あ、あれをっ!」
最初に気付いたのは、エマだった。
エマの指差す方を、竜也も見た。
別の場所で、気付いた蓮も見た。
三人が、同じ物を見た。
島の中央に、それは現れた。
地面を割り、まだ立っているビルや木々を破壊し、上に乗っかった瓦礫を押し退け、それはその巨大な………巨大すぎる姿を、三人の前に現した。
野球かサッカーかのスタジアムを思わせる形状をしていたが、問題なのはその大きさだ。
50mほどある、サヴァイブガンドラグーンやジャッジサイヴァーネメシスからしても、それは遥かに巨大だった。
ざっと見ても、二機が内部に入ってある程度は飛び回れるほどに。
最後に、その巨大なスタジアムは、まるで花が開くかのように、ドーム状になった上部を空に向けて開いてみせた。
誰の目に見ても明らかだった。
あのスタジアムが、このゲームの最終決戦の地だ、と。
『さあ!ここが君達の最後のステージだ!願いが叶うかどうかは、君達の腕にかかっている!さあ戦えっ!生き残りと願いをかけてーっ!』
最後にそう言い残し、ユミはその姿を消した。
その場に残されたのは、呆然としている竜也とエマ、そして蓮のみ。
「………竜也くん」
心配そうに見つめるエマの前で、竜也は意を決したように、そして無理をするように、サヴァイブガンドラグーンの操縦桿をスタジアムに向けて倒した。
ズシン、ズシン、ズシン。
墓標のように佇むプルトーネに背を向け、サヴァイブガンドラグーンは最後の戦地へと向けて歩いてゆく。
「………まだ、終わってはくれないようだな」
ジャッジサイヴァーネメシスも、無惨に地表に転がったブラッディマリーの残骸を見下すように、スタジアムへ向けて飛翔する。
赤き剣士と、黒い死神。
この、命を弄んだ、血と鉄の匂いのただようゲームの、最後のプレイヤー達が、今会合しようとしていた………。
………………
スタジアムの前まで来たサヴァイブガンドラグーンは、徐に置かれたタイタンギア用のゲートの前に来ていた。
ゲートは、そこに「入れ」と言うように、開いたままだった。
竜也は一瞬戸惑ったものの、ここまで来たら下がる訳にもいかぬと、ゲートの中へ向けて操縦桿を倒す。
そして、彼等を待ち受けていた物は。
「ここは………」
それを見て、竜也は少しだけ驚いた。
タイタンギア用の、武器と弾薬。
予備のバッテリーと、充電装置。
様々な合金のインゴットと、それを丁度いい形に削り出す為の大きな3Dプリンタ。
それら全てを行う為の、無数のクレーンやロボットアーム、そしてタイタンギアを固定するためのドック。
紫の所で見覚えがあった。
ここは、タイタンギアの整備と修復、そして補給を行う為の整備ドックだ。
見知った光景を前に、ほんの少しの安心感が生まれた。
だが同時に、薄らについていた予想が、確信に変わった。
最終決戦は、やはりタイタンギアを使った戦いを行うのだと。
「………やっぱ、まだ戦うんだな」
とはいえ、プルトーネとの戦いで、酷くはないにしてもサヴァイブガンドラグーンが消耗しているのは事実だ。
最終決戦がタイタンギア戦なら、少しでも完璧な状態にするに限る。
竜也は、このドックでサヴァイブガンドラグーンに補給と修理をさせる事に決めた。
………………
サヴァイブガンドラグーンの補給と修理は、コンピューター制御により自動で行われていた。
竜也もエマも、補給と修理はバルキリーリング任せだった為、自分で操作する必要がない事に助かった。
そして、サヴァイブガンドラグーンを修理させている最中、ある物を見つけた。
それは、人間用のベッドと、シャワー室、そして少量の食事だった。
整備ドックの、全体を見通せる場所に、部屋としてついていた。
内部は、整備ドックの喧騒を完全にシャットアウト出来る防音機能があった。
なるほど、タイタンギアもそうだが、完全な状態で戦うには人間も万全の状態でなければならないという事か。
幸い、サヴァイブガンドラグーンの補給と修理が終わるまでに、2時間ほど時間があった。
竜也とエマは、運営の好意にありがたく乗る事にした。
「………はぁ」
シャワーと食事を終えた竜也は、ベッドに腰かけていた。
今は、エマが入れ替わりでシャワーを使っている。
ふと、竜也は考えた。
カオルが自ら命を絶った時、言い知れぬ喪失感と、悲しみにも似た感情を感じた。
今も感じているそれは、見知った人物であるカオルが死んだ故に、当然感じる感情である。
だが、竜也の目の前で人が死ぬのは………そして「殺す」のは、何もこれが初めてではない。
生き残りたいという事に必死で、いや必死のフリをして、見ないようにしていたのかも知れない。
だが、竜也は今まで、自分が生き抜く為に人を殺してきたのは、紛れもない事実である。
思い返した事でようやく向き合い、気付いた。
竜也にはカオルの死の喪失感を人並みに味わう資格は既に無いのだ。
それ所か、自分がカオルや、自分が殺してきた者達と「同じになる」ような事になっても、文句は言えない。
そう思うと、竜也の手は震え、シャワーを浴びたにも関わらず、脂汗が垂れてきた。
呼吸が少し荒くなり、言い様のない恐怖のような感情が、心の底から溢れてくる。
「竜也くん」
沈みかけた心を、その声は寸前で引き留めた。
見れば、シャワーを終えたエマが、自分の隣に座って、こちらを見つめていた。
「エマ………さん」
それで、竜也はようやく、少しだけ落ち着く事が出来た。
「………俺、俺さ」
何かを言いたかった。
エマという優しい聞き取り手を前にして、その気持ちが溢れてきたからだ。
それは、今度こそ自分は死ぬという弱音だった。
それは、自分は人を殺し過ぎたという懺悔だった。
けれども、上手く口に出せなかった。
竜也は、感情が混乱し、何を言っていいか解らなくなっていた。
「………竜也くん」
そんな竜也を前にして、先に動いたのはエマだった。
名を呼び、呼ばれた竜也はエマの方を向く。
その時。
「………んむっ?!」
一瞬、竜也には何が起きたのか解らなかった。
突然、彼の口に、柔らかい感覚が覆い被さり、塞いだからだ。
唇でその感触を感じながら、竜也は、ほぼ零距離で迫っていたエマの顔と、鼻を刺激する甘い香りで、ようやく自分が今どんな状況にあるかに気付いた。
竜也は、エマと唇を重ねていた。
口付けをしていたのだ。
キスとも言った。
あまりにも突拍子もなく、非現実的な出来事に、竜也の脳は別の意味で混乱した。
自分は、甲斐性も無ければ男気もなく、その上自分がやってきた「殺し」に責任を持てず重圧で潰れそうになっている男だ。
そんな自分が、華やかな世界に住み、人々から羨望と称賛を浴び、若く美しいエマと、なんとキスをしていた。
本来、キスというのは恋人や夫婦の間で行うもの。
それを、何故自分と?
何故、自分が?
何故。
「ん………ちゅむ………?!」
閉じていたエマの目が、ゆっくりと開かれる。
そこには、以前のように酒に酔っているような様子は見られない。
エマは、明確な自分の意思で、竜也と唇を重ねていた。
「んん………んんんっ!?」
そのまま、二人の身体はベッドに雪崩れ混んだ。
エマの細い身体が、フリーズした竜也の身体を押し倒したのだ。
「ん………ぷはっ、はあっ………」
そこでようやく、二人の唇は離れた。
それでも、視線は重なったままだった。
外人の血の混ざった美しい顔が。
青いサファイアのような瞳が、竜也を見下ろしていた。
「………竜也くん」
エマが、身体を近づけた。
彼女のブロンドの髪が顔にかかり、いい香りが鼻を刺激する。
両者の胸が重なり、エマの柔らかい乳房の感覚が、服越しに感じ取れた。
「………いいの?エマさん」
何故、自分の口からそんな言葉が出たのか、竜也には解らなかった。
自分が、エマと「そうなる」資格はない事は、一番知っているのに。
「俺………童貞だよ?上手く、できないよ?」
人間としての階級も違う。
女を悦ばせる技能もない。
何より、その手は血で汚れている。
そんな男に抱かれたって、彼女にいい事など何もないのに。
「………いいんです、そんな事」
けれどもエマは、竜也の鼻腔に吐息をかけながら、彼の最後の抵抗を優しく払いのけた。
「………もう、会えないかも知れないから」
ぽたり、と、エマの瞳から涙がこぼれ落ち、竜也の頬を濡らす。
「せめて最後に………大好きな人を、胸の奥に刻みたいんです」
男として、エマの想いに答えない事が、正しい事だと竜也は考えていた。
だが、今の竜也は彼女の手を払いのける事はしなかった。
死地に赴く前で、生物としての本能が子孫を残そうとしたのかも知れない。
心の底にあった孤独を、どうにかして癒そうとしたのかも知れない。
その理由はいくつか浮かんだが、竜也には何が正解なのかは解らなかった。
「………竜也くん」
また、エマが名を呼ぶ。
「………大好き、です」
そう言って、エマは再び、竜也と唇を重ねた。
荒い呼吸と共に、舌と唇が、啄むように絡み合う。
竜也は自然と、エマの背中に手を伸ばし、抱き寄せていた………。
………竜也は、彼女に対して今まで以上に、「いとおしい」という感情を抱いた事はなかった。
自分も、エマの事が好きだった。
その事に、今になってようやく気付く事ができた。
もう、愛する資格も、この先の生活も、何もかも関係なかった。
ただ、エマの全てが欲しかった。
愛情も、温もりも。
一つに繋がりあい、溶けるように混ざりあった中で、なんとなくではあるが竜也は「これが愛という感情なのだろう」と感じていた。
身体を突き動かしている、子孫を残そうとする欲求とはまた別の、優しく暖かい感覚。
きっと、自分が生まれる前から、こうして生命は紡がれてきたのだろうと、言葉ではなく心で、理解した。




