第34話「騎士は散り、魔女は嗤う」
どずがしゃあぁっ!!
鈍い音と共に、金属がぶつかり合い、潰れる音が響く。
プルトーネのバスターアックスは、確かにサヴァイブガンドラグーンに向けて振り下ろされた。
振り下ろされた、のだが。
「はあ………はあ………」
竜也は、荒い息をしていた。
エマも、目を見開いていた。
「………バカ、な」
そしてカオルは、驚愕していた。
振り下ろされたバスターアックスは、サヴァイブガンドラグーンの片腕の一部を破壊した。
そして、直撃の直前にプルトーネの機体の懐に飛び込んだサヴァイブガンドラグーンは、プルトーネの胸をその拳で貫いていた。
咄嗟の判断だった。
エネルギーをあまり消費せず、なおかつプルトーネの装甲に効果のある武装。
それで竜也が選んだのは、エネルギーフィールド。
そして、それを纏わせて繰り出す拳だった。
放たれた拳は、プルトーネの胸の内にあるエネルギー回路を殴り砕き、破壊していた。
そこは、機体全体にエネルギーを行き渡らせる、血管のようなものだ。
それを破壊されたプルトーネは、その赤い瞳から光を失う。
そして間接も限界を迎え、ぐらりと傾いたかと思うと、そのまま轟音を立てて崩れ落ちた。
サヴァイブガンドラグーンは勝った。
首の皮一枚の、ギリギリの勝利だった。
『………私の、負けか』
まだコックピット回りの電気系にエネルギーはあるのか、スピーカーからカオルの声が響いた。
そして次の瞬間、スピーカー越しにカチャカチャという音が響く。
その音を、竜也は知っていた。
島で生き抜く為に何度も聞き、また自分に殺しにかかってきた相手も使っていた物の音だ。
それが何なのか、直ぐに解った。
「や、やめ………っ!」
竜也の中に残っていた、平和の中の常識と、一度顔を合わせた者への思い入れが、カオルがやろうとしている事を制止させようとする。
だが、この殺し合いのゲームにおいて、そんな綺麗事は許されなかった。
『先生、また美味しい物作りますね』
ダァンッ
火薬が弾け、弾丸が撃ち出される音が響いた。
殺し合いの中で何度も聞いた音。
それが、スピーカー越しに聞こえたと同時に、プルトーネから何も聞こえる事は無くなった。
サヴァイブガンドラグーンは勝った。
竜也とエマは生き残った。
この島で生き抜く為に、何度も、何度も繰り返してきたハズの行為。
それなのに、竜也の心には、言い様のない虚しさと、悲しみのような物が沸き上がってきた。
決して、いい気分にはなれなかった。
プルトーネが立ち上がる事は、もう無い。
ただそこに、一人の麗人とそれに支えた男の墓標のように、佇むだけだ。
………………
出来るなら、ユミの眉間に弾丸をお見舞いしてやりたかった。
だが、ゲームの駒という蓮に与えられた役割は、彼をユミの命令に従わせる事を強制した。
ズシン、ズシン、ズシン。
飛行用の推進材の節約の為に、ジャッジサイヴァーは地面を歩いていた。
幾多ものタイタンギアの残骸を越えた後に、蓮は指定された場所にたどり着いた。
第一都市部、港。
竜也とエマが、カオルと戦いを繰り広げている間に、蓮はそこにいた。
辺りには、グラスエンダーに立ち向かおうとして散った、タイタンギアやその他の兵器の残骸が広がっている。
この中には「命」があった。
だが、それはゴミのように打ち捨てられている。
そう思うと、蓮の心には悲しみの感情と、怒りの炎が沸き上がった。
連中は、このゲームの運営は、命を何だと思っているのだと。
………ガリガリガリ
だが、そんな蓮の怒りとは関係なしに、彼に割り振られた「相手」は、すぐ近くまで迫っていた。
そして、センサーにその姿が映ったと同時に、蓮とジャッジサイヴァーは「そいつ」目掛けて振り向いた。
そして、そこにいた「そいつ」は。
「あははっ!」
「やっぱてめぇだよなァッ!」
背後に迫る、異形のタイタンギア・ブラッディマリー。
そして狂気の笑みを浮かべた怨敵・佐瀬アリアを前に、蓮は機体のカーボンソードを抜く。
純粋な怒りと殺意を込めて叩きつけた一撃は、アリアの遊びの殺意の籠ったチェーンソーに、軽々受け止められた。
ガリガリガリッ!
カーボンソードがチェーンソーの刃を受け止めようとする音が響く。
「あはあっ!」
バランスを崩させようと、ブラッディマリーが足蹴りを仕掛ける。
だが命中する直前、ジャッジサイヴァーの機体は空へと舞い上がり、チェーンソーとつばぜり合っていたカーボンソードの刃も、空へと逃れる。
ジャッジサイヴァーの固有機能の一つである、飛行能力。
これがあるが故に、ジャッジサイヴァーは他のタイタンギアよりも一枚上手に立っている。
立っている、のだが。
「当たれよぉっ!」
空中から、地上のブラッディマリー向けてビームショットを放つ。
通常のタイタンギアの装甲では防ぎ切れない、ビームの弾丸を放つビームショット。
これなら、当たればブラッディマリーには大きなダメージにもなる。
「あはははは!!」
だが、それは当たればの話。
当たらなければ意味はない。
そう言って煽るように、ブラッディマリーは、ジャッジサイヴァーより繰り出されるビームの弾丸を、踊りながら避けてみせた。
放たれるビームは、ブラッディマリーに掠る事すらなく、虚しく地表やタイタンギアの残骸を撃ち抜くだけだ。
「このっ!このっ!このっ!!」
………一応言っておくが、蓮は射撃が下手な訳ではない。
特犯課に居た頃は、文字通りの百発百中であり、その腕で幾多もの修羅場を乗り越えてきた。
だが、問題は相手だ。
10キロ先のヤクザの脳天を撃ち抜くような事ができる蓮ではあるが、それでもアリアの腕は異常だった。
元々アリアは、自分では気付いていなかっただけで、タイタンギアの操縦については天性のスキルを持っていた。
そしてそれは、この殺し合いのゲームの中で、次第に研ぎ澄まされていった。
今、アリアはこのケイオスアイランドで最強のタイタンギア乗りだ。
彼女は、どうすればタイタンギアを効率的に扱えるか、どこをどうすれば破壊できるかを、本能で感じ取って行動している。
いくら蓮に経験や知識があったとしても、もう既に追い付けない所まで来てしまっている。
秀才は、天才には勝てないのだ。
「むー、もう飽きちゃったなー」
ブラッディマリーに、ビームの弾丸をくるりひらりと避けさせながら、つまらなそうにアリアは呟いた。
そして。
「じゃ、そろそろ終わらせちゃうか!」
そう言うとアリアは、ブラッディマリーを視線の先にある一際大きなビルへと走らせた。
そして。
「何ッ!?」
それを見て、蓮は驚愕した。
ブラッディマリーの足のホイールが、その大きなビルの表面を駆けていた。
ビルが少しだけ傾いていたというのもあるが、ブラッディマリーはほぼ垂直のビルを滑走路代わりにして、なんと空中に舞い上がった。
「空を………飛んだだとッ?!」
それまでジャッジサイヴァーだけの領域だった空へ、ブラッディマリーはあっという間に新入してみせた。
そして風向き、角度、時間の全てを利用して、ジャッジサイヴァーの真上に回ってみせたのだ。
そして月を背に受けたブラッディマリーは、ジャッジサイヴァーの背中に向かって、降り注ぐように真っ直ぐ落下してきた。
「あはっ♪」
「ぐおっ?!」
ブラッディマリーが、ジャッジサイヴァーの背中に降り立つ。
がくん!とした揺れが、コックピットの蓮に襲いかかった。
「じゃ、邪魔な羽根は取っちゃおっか♡」
ニィィと、アリアが笑う。
ブラッディマリーのチェーンソーが、ギュイイと鋭い音を立てて回る。
そして、ジャッジサイヴァーの翼に向けて、チェーンソーが勢いよく叩きつけられた。
「がっ?!」
ガリガリガリと音を立てて、翼が切断されてゆく。
「これは、サービスで~~すっ♡」
そして、ブラッディマリーが不良が座る課のように、股関を強調して開脚する。
そして股関が広がり、強酸、アシッドショットが放たれた。
小便をかけるかのように放たれたアシッドショットは、ジャッジサイヴァーの背中、つまり翼の基部を、湯気を立てて溶かす。
と、同時に、チェーンソーによる翼の切断も完了する。
ズワォッ!
切り離された翼と、アシッドショットで溶かされた基部が爆発。
翼を失ったジャッジサイヴァーは、そのまま地面へ向かって真っ逆さまに堕ちてゆく。
「うわああっ!」
蓮は、機体にかかるGを味わいながら、ジャッジサイヴァーと共に地面に叩きつけられた。
粉塵が天高く舞い上がると同時に、ブラッディマリーの方は、くるくると舞うように着地してみせた。
立ち上がる様子を見せないジャッジサイヴァーに対して、アリアはブラッディマリーのスピーカーを起動した。
『あのさぁ、その空飛ぶのさぁ、つまんないからやめてもらっていーい?』
ブラッディマリーのスピーカーから放たれたその声は、まるで三流の芸能プロデューサーのようであった。
『ワンパターンでつまらないんだよねぇ、空なら相手も届かないって考えも見え見えでさー、同じ空飛ぶにしてもねぇ、もうちょい一捻り欲しいんだよねぇ~~?』
まるで、新人アイドルにネチネチとダメ出しをするように、倒れたジャッジサイヴァーに向けて言うアリア。
少なくとも、これは戦っている者の言葉ではない。
真剣に殺し合いをする場で発する物ではない。
アリアに悪意があったか、それとも自覚無しに言っているかなど関係ない。
これは間違いなく、蓮への侮辱に他ならない。
それは、蓮にも解っていた。
アリアが自分を馬鹿にして言っているのだと。
出来るなら、言い返してやりたかった。
外道、ズベ公、人間のクズ、吐き気を催す邪悪。
考えうる限りの罵声という罵声を、奴に浴びせてやりたかった。
だが、アリアと自分の圧倒的なまでの力の差が、それを許してはくれなかった。
今のままでは、罵声を言った途端、彼女の機嫌を損ねて八つ裂きにされるのがオチだ。
そうなってしまっては、使命が果たされなくなる。
目の前の奴を、佐瀬アリアを殺すという使命が。
だが、アリアは自分より強い。
性能では上回っているハズのジャッジサイヴァーですら、手玉に取られ、一方的に攻撃される。
挙げ句の果てに、機体の飛行能力すら奪われてこのザマだ。
蓮には許せなかった。
自分の恋人を殺したアリアが。
そいつのナメ腐った態度が。
死体を玩具にできる精神が。
そもそも、人をゲームの駒代わりにするこのゲームが。
そして何より、そんな全てに対して手も足も出ない自分自身が。
「ちくしょう………ちくしょうが………ッ!」
蓮の目から、涙が溢れた。
何もできない自分の情けなさに。
恋人の仇すら取れない、自分の弱さに。
刑事をやって、その経験があればあの女を倒せると思い込んでいた、自分の浅はかさに。
「まだ………まだ力が足りないのかよ………ッ!」
もっと、力さえあれば。
蓮はそう思った。
そうだ、自分にもっと力があれば、アリアを倒せた。
いや、そもそも恋人を殺されるような事すらなかったかもしれない。
そうだ、力が欲しい。
彼女の魂の尊厳を守るための力が。
目の前の外道を叩き潰すための力が。
『それじゃあ、ここいらでおしまいにしちゃおっかな!私もアンタと戦うの飽きちゃったしぃ』
ブラッディマリーが、見せつけるようにチェーンソーを構え、ギャリギャリと鳴らす。
そしてわざとらしく、チェーンソーを鳴らしながら一歩ずつジャッジサイヴァーに近付いてきた。
「こ………のぉ………っ!」
蓮は、ジャッジサイヴァーを立ち上がらせようとする。
各部が震え、上手くいかない。
そうしている間にも、ブラッディマリーはチェーンソーを回しながら近づいてくる。
「立てよジャッジサイヴァー………俺はあの女を殺す為にこのゲームに参加したんだよ!やられるわけには………いかないんだよッ!」
蓮が吠えると同時に、ブラッディマリーは、そのチェーンソーを振り上げた。
そして………。




