第33話「忠義の果てに」
対峙する、二機のタイタンギア。
サヴァイブガンドラグーンと、プルトーネ。
かつては味方として共に戦った相手が、恐るべき敵としてそこにいる。
その事実に、竜也は身を強張らせ、額に緊張の汗を流す。
………だが、その一方で疑問に思う事があった。
今のプルトーネの戦い方は、竜也の知るプルトーネのそれとは、違って見えた。
上手く言葉にする事ができなかったが、本来のプルトーネは何をするにも動きを最低限に抑え、「静」のスタイルで行動していたように思う。
だが今のプルトーネは、どちらかというと「動」、それも力任せな所が目立つように感じる。
この島における戦いの中で、竜也はその違いが解るほど、目が肥えていた。
「………あれに乗っているのは、紫さんじゃないのか………?」
ふと、竜也が呟いた。
その時。
『その機体、ガンドラグーンではないな』
「なッ!?」
突如、プルトーネからスピーカー越しの声が響いた。
竜也とエマは、それを聞いて驚愕の表情を浮かべた。
『故に、まだ操縦にも慣れていないと見える』
言葉を続けるその声は、紫のものではない。
だが、二人はその声を知っていた。
紫と共に記憶していた、その声の主を。
「まさか………カオルさんか?!」
声の主。
プルトーネのコックピットに座っていたのは、紫ではない。
その秘書で、彼女の身の回りの世話をしていた男・湯野カオルだった。
本来は紫が座っている場所で、操縦桿を握り、眼前のサヴァイブガンドラグーンを睨んでいた。
『どういう事だ!何故あなたがその機体に乗っているんだッ!?』
竜也も機体のスピーカー回線を開き、プルトーネに向かって吠える。
そのタイタンギアは、本来は彼の主である高町紫の機体だ。
それに、何故お前が乗っているのかと。
少しの沈黙の後、カオルは視線を上げる。
そして、悲しみを押し殺すように、眼前のサヴァイブガンドラグーンに対して口を開いた。
『先生は………高町紫は死んだ』
『えっ!?』
竜也とエマもまた、カオルから告げられた事に驚愕し、言葉を失う。
彼等にとっても、紫はこの弱肉強食のデスゲームの中で、自分達を助けてくれた恩人だった。
それが、まさか死んだなどと。
『………時間は、もうなかったんだ』
それを話すカオルの声は、僅かではあるが震え、瞳は潤んでいた。
………………
………時は、遡る。
グラスエンダーによる、参加者の「選別」が終わり、生き残った4陣営がようやく一山乗りきったと安堵した時の事。
「………どうやら、乗り切ったようですね」
運営による参加者の「選定」が終わったとユミから告げられ、ようやくカオルは緊張から解放された。
話によれば、残っているのは非戦闘員を覗いて四人。
このまま、自分と紫の二人でゲームの最終段階へと進もうと、カオルは決意を新たにする。
「先生、もうすぐですね」
これでようやく、紫の病気も治る。
カオルは、通信機越しに紫に話しかけた。
「………先生?」
だが、紫からは何も帰ってこない。
いつもなら「そうだねカオルくん」と返す綺麗な声も、まったく聞こえてこない。
………カオルの頭に、最悪の考えが過った。
「先生ッ!」
咄嗟に、自分のマーズトロンをプルトーネに接近させ、プルトーネに乗り移る。
そして滑るように、プルトーネのコックピットに転がり込んだ。
「先生………ッ!」
眼前の、紫の姿を見て、カオルは言葉を失った。
口から吐き出された血で、白いスーツは真っ赤に染まっていた。
苦しそうに、深い息を繰り返していた。
苦悶により、僅かに歪んだ顔は、カオルの知る紫のどんな表情よりも、弱々しい。
「どうやら………時間切れ………みたいだ」
「先生!」
紫の身体を侵していた、死の病サタンシンドローム。
ついに、そのタイムリミットが来たのだ。
今まで、発作を抑える薬で騙し騙し戦ってきたが、それももう意味を成さない。
「………悔しいなあ、あとちょっと、だったのに………」
「先………ッ」
かすれるような声で、紫は呟いた。
そして、カオルの頬をそっと撫でて、無理をして笑ってみせる。
「カオル君………この先は、貴方の道、だよ………」
「先生!」
「後は………君の、好きなように………やると、いいよ………」
「そんな!そんな事………ッ!」
頬に乗せられた手が、どんどん生命の熱を失ってゆく事が、カオルには解った。
どれだけ、カオルが紫の生を願っても、紫の身体は冷たくなっていった。
「丸投げ………する、みたいで………ごめん………ね………うぐっ!?げほっ!げええっ!」
「先生!?」
紫が、大量の血を吐き出した。
コックピットとカオルが、紫の血を浴びて赤く染まる。
「ぐ………あ………あ………っ」
最後の力を振り絞り、紫が顔をあげる。
視界が、どんどんぼやけてゆく。
そんな中、彼女が見たのは。
「………よかった………」
見つめる瞳の先には、ただ、彼のみが映っていた。
彼女にとって、世界一頼りになって、世界一有能な自慢の秘書。
「最後に………カオル君の………顔を………見れ………て………」
そして、彼女の頬に一筋の涙が流れる。
それと同時に、カオルの頬を撫でていた腕は、糸の切れた人形のように、ぱたりと落ちる。
「先生………?」
呼び掛けるも、返事はない。
目を閉じ、ぐったりとしている紫の姿は、まるで眠っているようにも見える。
だが、その瞳が開かれる事は、もう無い。
「先生………先生ぇぇぇーーーーーっ!!」
カオルの慟哭が、月の夜に響く。
二機のタイタンギアのみが、それを聞いていた。
………………
そして、今に至る。
『このゲームで勝ち残れば、なんでも願いが叶うのだろう?』
プルトーネが、バスターアックスをゆっくりと振り上げる。
カオルの目に、迷いなど最初から無い。
シートの隣に横たわる紫の亡骸に、誓う事は一つ。
『貴様を倒し、先生を生き返らせる!その為に死ね!!』
そう、戦って勝つ事。
そして、願いを叶える事のみ。
死者が生き返るなど、叶う保証があるかも怪しい願いではあるが、カオルはそれにすがるしかなかった。
バスターアックスが、ブオンッと空気を切り裂いてサヴァイブガンドラグーンに迫った。
「クソっ!」
サヴァイブガンドラグーンも、再びビームセイバーを引き抜いてそれに答える。
ぶつかり合う、刃と刃。
闇の中に散る、目映い火花。
確かに、サヴァイブガンドラグーンは強化された機体だ。
だがプルトーネは、それ以上だった。
機体のパワーと、カオルの経験値、そして気迫が、プルトーネに性能以上の力を発揮させているのだ。
対する竜也は、ガンドラグーンを上回るサヴァイブガンドラグーンの性能に、振り回されている所があった。
この勝負の優勢に立っていたのは、カオルの方だった。
「だあっ!」
刃のぶつけ合いの一瞬を突いて、プルトーネの重く巨大な片足が持ち上がった。
それは巨大な質量兵器となり、サヴァイブガンドラグーンの細い腹に叩きつけられる。
どぐしゃあっ!
「ぐあっ!」
「ああっ!」
コックピットの二人の悲鳴と共に、サヴァイブガンドラグーンは吹き飛ばされ、先にあったビルに激突する。
「確実に!確実に貴様らを殺すッ!!」
確実に竜也とエマを始末する為に、カオルはプルトーネの最終兵器を起動する事にした。
二振りのバスターアックスを、宙に投げる。
すると同時に、プルトーネの両肩が開き、バスターアックスは磁力によって、機体の両肩に連結される。
持ち手が前を向き、まるで背中に二問の砲身を背負っているようになった。
………否、ようなではない。
このバスターアックスには、内部に装填してある弾丸を、持ち手部分を砲身として打ち出す、所謂「レールガン」としての機能があった。
そのレールガンを装備した今、プルトーネはその持てる全ての火力を手に入れた事になる。
ターゲットをビルに突っ込んだサヴァイブガンドラグーンに合わせ、ロック。
肩のミサイルと足のマイクロミサイルのハッチを、各々展開する。
「吹き飛べェッ!デッドリーバーストぉぉぉっ!!」
カオルが引き金を引くと同時に、その全ての火力が吐き出された。
レールガンが、ミサイルが、その全てがサヴァイブガンドラグーン目掛けて飛来し、爆発する。
まるで、夜明けと見間違う程の光だった。
プルトーネの最終兵器である全弾発射戦法「デッドリーバースト」は、サヴァイブガンドラグーンのみならず、その近くにあったビルも、その背後にあった建物も、周りにあった停止したグラスエンダーやタイタンギアの残骸も、何もかもを吹き飛ばした。
「はあ………はあ………は、はははっ!」
硝煙の広がる視界を見て、カオルは乾いた笑いを浮かべる。
これだけの火力で攻撃したのだ。
いかに、今まで生き抜いてきたサヴァイブガンドラグーンでさえ、無事では済まないだろう。
勝った。
きっと勝ったはずだ。
勝利を確信してカオルは笑う。
天は自分に味方した、と。
これで、紫を生き返らせる事ができる、と。
「あははは!あはは………は………?」
だが、硝煙の向こうから現れたその姿を前にして、カオルの絶頂は終わりを迎えた。
何故なら、そこには。
「………なんとか、やりきったか」
粉塵の向こうから現れたのは、両手のエネルギーフィールドを全開にしたサヴァイブガンドラグーン。
そのコックピットの中で、冷や汗を流す竜也とエマ。
………プルトーネの火力がサヴァイブガンドラグーンを襲う直前、竜也は咄嗟に、機体に備え付けられたエネルギーフィールドを全開にして起動した。
機体のエネルギーをごっそり使ってしまったが、この咄嗟の一か八かの賭けは、なんとかいい結果を残した。
サヴァイブガンドラグーンは、まだ機体を保てていたのだ。
「チッ!運のいい奴め………だが、これでエネルギーはほとんど無いハズ!」
だが、機体のエネルギーが失われている事は、カオルにも気付かれていた。
どっち道、勝機はこちらにある。
迫撃をかけようと操縦桿を前に倒した、その時。
「な、何だッ!?」
一歩踏み出した途端、プルトーネの足の間接から小さな爆発が起きる。
そして、その巨体がぐらりと崩れる。
一方のプルトーネの方は、ダメージを受けていた。
理由は、間接にかかった負荷。
プルトーネは、重い装備と装甲を背負った、重量級の機体。
当然ながら、機体………特に機体を支えるフレームや間接にかかる負荷はかなりの物になる。
紫はそれを理解した上で、火力による遠距離攻撃に重きを置いて、間接に負荷をかけない極力最低限の動きをする事で、運用してきた。
だが、カオルの戦闘スタイルは、格闘中心の激しい物。
プルトーネのするべき戦法とは、まったく真逆の物だ。
それがプルトーネの機体に、知らずの内にダメージを与えていたのだ。
「クソっ!機体が限界か………!」
これで、ようやく両者は対等になった。
エネルギーを大幅に消費したサヴァイブガンドラグーンに、間接にダメージを受けたプルトーネ。
「だったら………この一撃で終わりにしてやるッ!」
カオルは、最後の勝負に出た。
プルトーネが装着していたバスターアックスの片方を取り外し、ホバーを全開に吹かせてサヴァイブガンドラグーンに突撃する。
ボロボロの間接だが、一撃を叩き込む事はできる。
「来たッ!!」
対する竜也も、この勝負に出る事を強いられた。
相手は、自分を殺そうと向かってくる。
拒否権はない。
だが、さっきのエネルギーフィールドでエネルギーを大量に使ってしまった。
ビームセイバーのようなエネルギーを消費する武器は使えない。
かといって、両肩のミサイルでは、プルトーネの重装甲を貫くには火力が足りぬ。
僅かな時間で、考える竜也。
その間にも、プルトーネの一撃は、サヴァイブガンドラグーンに迫ってくる。
「私と先生の為に死ねェッ!!」
殺意と気迫と覚悟と共に、最後のバスターアックスが振り下ろされる。
その直前、竜也の選んだ答えは。




