第29話「天使降臨」
その時だ。
『はいはい皆さ~ん!お元気ですか~?』
突然、二人のバルキリーリングから、気の抜けた女の声が響いた。
竜也とエマは驚き、咄嗟に離れる。
見れば、バルキリーリングから立体映像が浮かんでいた。
そこには、ユミの姿があった。
以前の「イベント」の時と、非常に似たシチュエーションだった。
『お久しぶりです、ユミです♪皆さん、ケイオス・アイランドでの生活は楽しんでいただけてますか~?』
ユミの口調から察するに、この立体映像は、この島にいる全ての参加者に対して送られているのだろうと、なんとなく解った。
竜也とエマは、動画配信者かラジオの司会のように話すユミを、警戒するような顔で見つめていた。
ユミがこんな風に話をしてくる時が、自分達にとって「よくないこと」の前触れである事は、それまでの経験で察しがつく。
『突然ですが、これより、最終シーズンに向けて新しいイベントを開始したいと思いま~す!』
ほら、やっぱり。
そもそも、運営はデスゲームをやらせたいのに、参加者が島の環境に慣れてしまって、殺し合いが起きなくなっているのが現状。
ぼんやりとではあるが、何か仕掛けてくるのは、予想できていた。
………………
同じ頃、都市部にて。
夜の街にいる人々のバルキリーリングにも、ユミからのメッセージは映っていた。
『でも~、みんな殺し合いしないから、イベントをやるにはちょーっと人が多すぎるんですよねぇ………』
目の前で、アイドルか何かのような身振り手振りをしながら話すユミに、人々は不安を感じ、ざわざわとざわめいている。
人が多すぎる。
この言葉が何を意味するか。
何をしようとしているのか。
運営がなにをしたいのか。
この後に続く言葉が何か、簡単に予想はできた。
だが、人々は願った。
その予想が外れる事を。
『だーかーら………参加者の数を、調整させていただきます♡』
だが、残酷にも彼等の予想は当たってしまった。
ユミはウインクをして、宣言した。
参加者の数の調整。
つまる所、これから参加者の数が規定数に達するまで、殺すという事を。
人々は恐怖した。
一体何が始まるのか。
運営は、どうやって自分達を「調整」するつもりなのか。
そして………自分は生き残る事ができるのか。
「あ、あれを見ろ!」
緊張感と恐怖を由来とする静寂を破り、一人が叫んだ。
声の主が指差したのは、海の方。
第一都市部から見える海の方向に、人々の視線が集中する。
多くの人々が見つめる先で、海面が光っている。
ビカビカと、海底で巨大なフラッシュを焚いているかのように。
そして海面を突き破り、「それ」はその巨大な姿を人々の前に現した。
まず姿を現したのは、台座に水晶玉を乗せたような、球体状の無機質な頭。
胸に空いた窪みに、腕そのものが銃口となった右腕。
背中には、半透明の黄色い翼のようなユニットが、折り畳まれてついている。
例に漏れず、50m近くの大きさをした人型のそれは、ケイオス・アイランドにおいては誰もが見慣れたタイタンギアのよう。
もし、それがただ一体のタイタンギアだったなら、誰も気に止めなかっただろう。
「ま、まだ出てくるぞ!」
誰かが指差し、叫んだ。
そのタイタンギアと同じ物が、今度はその隣から浮上してくる。
その隣から、またもう一体。
更に隣から、またもう一体。
あっという間に、数えきれない数のタイタンギアが、ケイオス・アイランドを取り囲むように、海上に姿を現した。
その不気味な白いボディは、まるで島の人々を逃がさないようにする為の、壁のようにも見えた。
『ご紹介しまぁ~す!こちら、タイタンギアを越えるロボット兵器、「デウスギア」の試作品………名付けて「グラスエンダー」ちゃんでーす♪』
ユミは、音楽番組の司会が話題のアイドルを紹介するかのように、島を取り囲む無数の「デウスギア」………「グラスエンダー」の名前を読み上げた。
多くの人々は、運営がこのグラスエンダーで何をするつもりなのか薄々感づいたらしく、ざわざわと不安そうに騒いでいる。
そんな様を知らぬように。
いや、知っていてわざと煽るように、ユミは笑顔を浮かべて話を続けた。
『これから皆さんにはぁ、規定の数になるまで、このグラスエンダーちゃん達の攻撃を受けてもらいまぁーす♪』
それを聞いた途端、人々にどよめきが走った。
『皆さんが悪いんですよぉー?殺し合いのゲームなのに、のんきに適応して生活なんか初めちゃうんだから!だからぁ、これは私からの、ちょーっとした、お、し、お、き、よ♡』
そう言って、ユミはバルキリーリング越しにウッフンとポーズをとってみせるが、いくら美少女の姿をしていても、それに魅力を感じる人間などここにはいない。
『それじゃ!みんな頑張ってねぇ~♪』
最後に、バルキリーリング越しに人々に向けてウインクをし、ユミの映像は途切れた。
人々からすれば、実質的な死刑宣告でもあった。
それと同時に、海面に鎮座していたグラスエンダー達の、その水晶玉のような頭が、一斉に電球のように光を灯らせた。
その身に走るのは、死の指令。
規定の人数になるまで、ゲームの参加者を殺すという目的のみ。
背中の翼………重力制御システムによるウイングを広げ、島を取り囲んでいた無数のグラスエンダーが、飢えた獣のようにケイオス・アイランドに向けて飛来した!
「き、来たぁぁぁぁ!!」
「逃げろぉぉぉぉ!!」
迫り来る殺戮の群れを前に、人々は恐怖し、逃げ惑う。
その様はまるで、二ヶ月前のゲーム一日目の、第一都市部の惨劇が再現されたかのようだった。
逃げ惑う人々の背中を、グラスエンダーの銃口が狙う。
だが次の瞬間、グラスエンダーの視界を別の物が遮った。
そこに現れたのは、マーズトロンにロンブリス、そして少数のジーガロスの部隊。
そう、この島における最高の戦力・タイタンギアの部隊だ。
パイロットは、この島の死のゲームを生き抜いてきた精鋭達。
彼等は逃げずに、島を襲うグラスエンダーの大群の前に、立ち塞がったのだ。
『デウスギアだかデモン・エクス・マキナだか知らないが、ここでやられる俺達じゃねえっ!』
『返り討ちにしてやる!ビー玉頭共ッ!』
自分達はこの島で戦いに優れ、島における最強の力であるタイタンギアを操る。
その自身を胸に、彼等は操るタイタンギアの射撃武器を、空から迫るグラスエンダーの部隊に向けて構える。
『撃てぇぇーーっ!!』
どわぉぉぉっ!!
一人がスピーカー越しに叫ぶと同時に、タイタンギア部隊の火器が、一斉に火を吹いた。
タイタンギア用のマシンガンから、ミサイル、ビーム、そして戦艦の物を流用したキャノン砲まで。
国一つを更地に変える事ができるほどの火力が、冬のケイオス・アイランドの空向けて解き放たれた。
圧巻であった。
大国の軍事演習でも、こんな光景は見られまい。
ユミは、グラスエンダーの事を「タイタンギアを越えるロボット兵器」と言っていた。
だが、これだけの火力を前には無事では済まないだろう。
だれもが、そんな希望を抱いた。
………だが、その希望は、打ち砕かれる事になった。
『なんだ………どういうんだ………?!』
何発も、何発も弾を空に飛ばす。
ここまですれば、一体ぐらい撃墜されてもいいだろう。
だが。
『何で………当たらないんだ!?』
地表から放たれる弾幕は、その一撃すらも、グラスエンダーに当たる事はなかった。
まるで一体一体に凄腕のトップガンが乗っているかのように、全ての攻撃を紙一重で避けてみせた。
『あれ全部がエース機だってのかよ?!』
パイロットの一人が、そう狼狽えた。
だが、それは違う。
グラスエンダーに乗っているのはエースではない。
それどころか、人間ですらない。
そもそも、グラスエンダーにはコックピットが存在しない。
代わりにあるのが、機体の制御を行う自立システム………早い話がAIである。
そう、グラスエンダーは無人機なのだ。
機体の全てはAIによって制御され、人間を乗せていないからパイロットを考えない機動が可能で、また恐れる事なく弾幕の中に飛び込む事ができる。
そして、もう一つ。
使われているAIも、問題だった。
このAIには、かつて行われた一回目の「イベント」のデータ。
デスレイヴや、デモンギアの戦闘データがインプットされているのだ。
そもそも、一回目のイベントの目的は、データ集めだった。
デモンギアを使ってデスレイヴを大量に産み出し、参加者達と戦わせる。
そしてそのデータを、ハードウェアとしては既に完成して、島の海底深くに格納してあったグラスエンダーにインプットした。
つまり、グラスエンダーはこの島のタイタンギアの事も、その操縦者の事も、何もかも知り尽くしているのだ。
島のタイタンギア部隊からすれば、手の内を全て知られた上でババ抜きをするような物だ。
勝てる確率など、無に等しい。
『うぎゃあっ!』
まず、マーズトロンの一体が、グラスエンダーの右腕から放たれたビームガンの一撃に貫かれた。
それを皮切りに、グラスエンダーは次々と、タイタンギアを撃破してゆく。
もはや、それは戦闘でもなんでもなく、虐殺であった。
マーズトロンも、ロンブリスも、ジーガロスさえも。
ユミの言っていた事は、事実だった。
多くのタイタンギアは、デウスギア・グラスエンダーの前では、無力に等しかった。
………………
その惨状を、第一都市部を見下ろす山中のビルから、竜也とエマは見つめているしかできなかった。
タイタンギア部隊を片付けたグラスエンダー達は、今度は人々に対する虐殺を始めた。
ビームガンで街を破壊し、泣き叫ぶ人々の声がここまで聞こえてくる。
「た、竜也さん………!」
怯えるエマが、助けを求めるように竜也に抱き寄る。
竜也も、そんなエマを守るように、彼女の肩を抱いた。
「ひとまず、ここから逃げよう………ここに留まっているのも、危険だ」
街の惨状を見るに、グラスエンダーにはタイタンギアとの戦闘だけでなく、「人間を人間と認識して殺す」という機能が搭載されているようだ。
それなら、同じ場所に留まっているのは危ない。
時間稼ぎにしかならないだろうが、今は逃げなくてはならない。
ビルを出て車で逃げようとした、その時。
ズウンッ!
轟音と揺れが、その場から駆けようとした竜也とエマを襲った。
咄嗟にさっきまで見ていた窓の方を見る。
そこには、グラスエンダーの姿があった。
どうやら、既に見つかっていたようだ。
その、球体状の頭部を怪しく光らせ、ビルの中にいる竜也とエマをじっと睨む。
「エマさんっ!」
咄嗟に、竜也がエマをグラスエンダーから守るように覆い被さった。
それと同時に、グラスエンダーが左腕を大きく振り上げる。
二人を殺すのに、わざわざ武器を使う間でもないと、AIが判断したのだろう。
そして振り上げた左腕を、二人のいるビルへ向けて、空手の瓦割りのように叩きつけた。
ぐしゃあああっ!!
一撃が、ビルを粉砕した。
二人が過ごした部屋も。
パーティーをした机も。
苦労して改装した風呂場も。
裏にある畑も。
ケイオス・アイランドにおける思い出のつまった場所が、無慈悲かつ無機質な一撃によって粉砕される。
コンクリートが砕け、粉塵と破片が飛び散る。
その時。
がしいいいっ!
粉塵の中から伸びた巨大な腕が、グラスエンダーの頭部に掴みかかる。
そして粉塵の中から、その50mの巨体が姿を現す。
「だありゃああっ!」
そこに立っていたのは、ガンドラグーン。
グラスエンダーがビルを破壊する寸前で、竜也が呼び出したのだ。
ガンドラグーンは、グラスエンダーを掴んだまま、大きくスイングする。
竜也と共にコックピットに座るエマは、かかるGに歯を食い縛って耐える。
「ブレストナパームっ!」
そしてガンドラグーンは、グラスエンダーを投げ飛ばした。
グラスエンダーはその先にあるビルに頭から突っ込み、動けなくなった。
そこにすかさず、ガンドラグーンはブレストナパームを放つ。
それは身動きの取れないグラスエンダーに全弾が命中し、爆発・炎上した。
「………倒せない、って訳じゃないんだな」
撃破されたグラスエンダーを前に、竜也は安堵していた。
他のタイタンギア相手での強さと、ユミの「タイタンギアを越える」という発言から心配していたが、完全な無敵というわけではないようだ。
だが、これで終わりではない。
ガンドラグーンを取り囲むように、数機のグラスエンダーが集まってきた。
「………少し、厳しいな」
今まで、なんとか生き抜いてきた竜也。
だが、今度ばかりはそうもいきそうにない。
そう思う彼の頬には、一筋の汗が伝っていた………。




