第2話「デスゲーム」
『はーい!皆さん注目ーっ!』
突然、場違いなキンキンしたアニメキャラのような声が響いた。
そして、天井の中央から、何かが降りてくる。
「おい、ありゃ何だ?」
「あれテレビで見た事ある!プロジェクターだよ!」
それは、最新式のプロジェクターであった。
立体映像を映すそれは、空に浮かぶライブステージのようになっている。
よくバーチャルアイドルのライブに使われているのを、ネットの動画やニュースで見ているので、竜也も知っていた。
あの上で立体映像のキャラクターが踊っている風景が、記憶にある。
突然現れたプロジェクターに、その場に居る多くの人々の視線が集中する。
そしてしばらくの間を起き、プロジェクターがウイインという起動音と共に、起動した。
「何か出てくるぞ!」
プロジェクターの上に、立体映像が映し出される。
そこに映っていたのは、セーラー服を着た少女の姿だった。
幼さの残る、くりくりした目に、ショートボブカットの髪。
短いチェックのスカートを揺らし、程よく実った小玉スイカのような胸。
それらを、3DCGで描いた美少女キャラクターが、プロジェクターの上に立っていた。
SNSで、月曜日になると巨乳女子高生の絵を投稿する絵描きが居たが、竜也はそのキャラクターを見てそれを思い出していた。
立体映像らしく水色がかっているのが、余計にそう思わせる。
『はじめまして!私はこのゲームのナビゲーションを勤めさせていただきます、ユミといいます!よろしくねっ!』
パチンとウインクを飛ばし、この場に居る人々に挨拶する、その「ユミ」と名乗る立体映像の少女。
もしこれが、バーチャルアイドルのライブか何かなら歓声を浴びたのだろうが、ここではそうないかない。
「ふざけてんじゃねー!」
「ゲームってどういう事だー!」
「つーか早く家に返せ!」
ギャーギャーと飛ぶ罵声と文句を他所に、ユミは笑顔を浮かべたまま話を続ける。
聞こえていないのだろうか。
それとも、単に録画された立体映像を流しているだけだからなのか。
『まずはぁ、皆さんが参加するゲームについて、簡単に解説させていただきます!それはぁ~………』
飛来する罵詈雑言が聞こえないかのように、ユミは話を進める。
この時点で、竜也は嫌な予感がしていた。
だってそうだろう。
近年のドラマや漫画において、見知らぬ場所に集められてやらされる「ゲーム」といえば、ただ一つ。
現実とドラマは違う。
だが、雰囲気からシチュエーションに至るまで、全てがその状況と一致していた。
そしてユミは、「ゲーム」の内容を宣言する。
それは。
『………簡単な話、「殺し合い」です♡』
ニッコリと笑い、ファンに話しかけるアイドルのように、ユミは宣言した。
「こ………殺し合い?!」
「そんな、マジか!」
「嘘だろ………!?」
その場にいた人々は、一斉に凍りつき、ざわめく。
これから、自分達が殺し合いをさせられると聞いて、冷静でいられる訳がない。
「なん………ッ!?」
竜也も、背筋が凍った。
こんな、ドラマや漫画でしかありえないと思っていた状況に、まさか自分がなるなんて。
悪い夢でも見ているのではないかとも思えた。
そして頬をつねってみたが、痛い。
この悪夢は、夢ではない。
『舞台となるのは、こちらの島です♪』
ふためく人々を無視して、ユミは話を続ける。
ユミの隣に、別の立体映像が現れた。
それは、どこかの島を記した一枚の地図だった。
『こちらは「ケイオスアイランド」、このゲームの為に特別に用意された島です♪いわゆる人工島ってやつ?』
時折ウインクを飛ばしながら、「ゲーム」について解説をしてゆくユミ。
人々は、不安げにざわめきながら、それを聞いている。
『それじゃあ、このゲームの基本的なルールについて、軽く説明するねっ♪』
きゃはっ♡と言うように笑いかけるユミ。
二次元の美少女が微笑みかけているのに、竜也にはその表情は、とても残虐な悪魔に見えた。
ユミの説明によると、彼等が参加する「ゲーム」のルールは、こうだ。
一つ。ゲームは、前述したケイオスアイランドで行われる。
プレイヤーはケイオスアイランドの外に出てはならない。
二つ。敵プレイヤーへの攻撃、つまり殺しが許されるのは昼間のみで、夜間は基本的に休憩時間で、原則戦闘は禁止。
また、気絶や眠っている間等に攻撃する、所謂闇討ちは禁止。
ただし、ルール違反者からの自己防衛に関しては、その限りではない。
三つ。ゲームをクリア、つまりは生き残り、ケイオスアイランドから脱出できるのは基本的に一人のみ。
ただし、ゲーム中に好成績を残した者であれば、一名のみ希望する相手を連れてゆく事ができる。
まるで、子供向けのイベントかレクリエーションかの説明においての「司会のお姉さん」のように、ユミは「ゲーム」について笑顔で説明してゆく。
『次に、「バルキリーリング」について説明するねっ!ほら、皆の手に巻かれている腕輪の事だよっ』
ユミに言われて、その場にいた人々が一斉に右手の腕輪を見る。
竜也も、つられて腕輪を見た。
『それは、簡単に言うとゲームのアカウントのような物です!他にも色々な便利な機能があるのですが………ヘルプボタンがついてるので、詳しい操作方法は後で目を通しておいてくださいね♪』
どうやら、ゲームを進める為に重要なアイテムらしい。
だが、そんな事は今の竜也の頭には入ってこない。
自分がやらされるゲームというのが、人殺しのゲーム………つまる所のデスゲーム。
そんな事を聞かされて、冷静でいられる訳がない。
「バカじゃねーのか!?」
その時、一人の男の声が、プロジェクターの上のユミに向けて放たれた。
竜也を含む人々の視線が、一斉にその声の主に集まる。
そこに立っていたのは、金髪にスカジャンの典型的なヤンキー気質の青年。
彼はずかずかとプロジェクターの元に歩みより、その上のユミを反抗的かつ攻撃的な目で睨んだ。
「どうせ、どっかのテレビのドッキリだろ!解ってんだからな!今もどっかでカメラつけて笑ってんだろ!!」
相変わらずプロジェクターの上で笑っているユミに対し、青年は事件の証拠を突きつける弁護士か検事のように言った。
「言われてみれば………」
「確かに………」
青年の一声を聞き、再びざわめく人々。
確かに青年の言う通りだ。
昔からテレビ番組の企画で、この手のドッキリ企画はよくあった。
これもきっと、そうした企画の一つなのだ。
安堵し、人々はすっと胸を撫で下ろす。
竜也もその中の一人だった。
考えてもみれば、常識的に考えてデスゲームなんてありえない。
ドッキリだと思うのが普通。
………だが、竜也はこうも考えていた。
一つは、ドッキリというには内容が幼稚に思える。
ドラマや漫画でデスゲームが流行っていたのは、最近といっても4、3年かほど前の話だ。
今時デスゲームと言っても、ギャグパロディの題材にされるのが山だ。
そんな今に「デスゲームをやる」と言った所で、誰も信じないだろう。
出版社に漫画として持っていっても「今更感がある」と言われるだろう。
ドッキリの題材にするには、少しばかり無理がある。
一つは、規模が大きすぎる。
この場に居る人々は、前述した通り千人前後はいる。
見た所、純粋に驚いたり不安がっていた事から、ほとんどが仕掛人ではないように見える。
ドッキリではないかと指摘したヤンキー気質の青年だってそうだ。
いくら、テレビ局に資金があるにしても、これだけの数のターゲットを用意し、なおかつ同時にドッキリを仕掛けるなど無理がある。
それこそ、物好きな石油王が投資でもしてくれない限りは。
「おい今も見てるんだろ?!右往左往する俺たちを見て、ゲラゲラ笑ってるんだろ!」
そんな考えをしている竜也を他所に、青年はプロジェクターや、その上に立つユミに向けて怒鳴り散らしている。
するとユミが、足元にいる青年の方を見て、笑顔のまま一言。
『………どうやら、まだ状況を理解していないお馬鹿さんがいるみたいだね』
そして、次の瞬間。
「………は?」
パァン。
と、乾いた音が鳴った。
竜也を含む、青年を見ていた人々の全てが、その光景を前に言葉を失った。
「なんだよ………ごふっ」
青年が、自分の身に何が起きたのかに気づいたのは、自分の口から吹き出たその赤黒い血を見てからだった。
腹に、熱い感触が走った。
見れば、自分の着ていた服に小さな穴が空き、そこから溢れる血が、服を赤く染めていた。
次に青年が見たのは、自分の目の前にあるプロジェクターから、冷たい笑顔で自分を見下ろすユミ。
そして、そのプロジェクターから伸びた一本の鉄の筒が、煙を出してこちらを向いている姿だった。
パァン!
青年がその鉄の筒が銃口だと気付いたのは、もう一発の弾丸が放たれた後だった。
「あがっ………!」
それは今度は、青年の額を撃ち抜いた。
青年の身体はふらふらと踊るようによろめき、やがて床に倒れた。
次に人々が見たのは、既に物言わぬ肉の塊となり、床に転がる青年の姿だった。
目は開いたままだった。
赤黒い血が、床を染めた。
「う、うわあっ!」
「ひ、人が射たれた………!」
青年の亡骸を前に、人々は恐れおののく。
おそらく、ここに居る人々の多くは生き死にのやりとりとは無縁の平和な生活をしていたのだろう。
竜也も、その中の一人だ。
人が殺される姿を見て驚くのも、無理はない。
『あはっ!びっくりしたー?これはマジだよ?ドッキリなんかじゃないんだよね~!』
そんな人々など知らぬとばかりに、相も変わらず、青年の死体のまえできゃはきゃはと笑うユミ。
その場にいた人々は全てを悟った。
これはドッキリなんかではない。
こうやって平然と人を殺せる所から見るに、それは明らかだ。
『じゃあこのおバカさんは放っておいて、ゲームについて最後の説明をするねっ♡』
そう言って、可愛くウインクをしてみせるユミ。
無論、その姿に萌える事などできない。
変な事をすれば、次に射たれるのは自分。
竜也をはじめとする人々は、それが解っていた。
だから、その姿に震え上がっている。
『私も鬼ではありませんからね!タダで殺し合いをさせるような事はしませぇ~ん♪』
人を殺した後で、ましてや殺す前提で事を進めているくせに、そんな事を言ってもな。
そんな、竜也だけでなく全ての人々が思ったであろうツッコミを他所に、ユミはその場でバレリーナのようにくるりと回ってみせた。
『このゲームで勝ち残った一人には、一つだけ何でも願いを叶えちゃうよ!一国の王様になっちゃうとか、そんなのも全然できちゃうの!』
と、アイドルのような眩しい笑顔で、ユミは言ってみせた。
再び、人々がざわざわと騒ぎだす。
「ね、願いが叶う?!」
「本当に!?」
「何でも………?!」
殺人ゲームに参加させられると萎縮している人々だったが、何でも願いが叶うという言葉を聞いた途端、興奮げに笑顔を浮かべる者も出てきている。
「………願い?」
一方、竜也はユミの言葉を聞いてハッとなった。
そうだ。
ここに連れて来られる前に、帰り道で出会った女に言われた一言。
“あなたに願いはありますか?”
それに対して、自分が答えた一言。
“とりあえず、5000兆円欲しい!”
もしかして、あの時女の質問に答えてしまったが為に、こんな事になっているのか?
自分はなんて馬鹿な事を言ってしまったのだ!
何故あの時、ウケを狙ってそんな事を言ってしまったのか!
頭をかかえ、竜也はあの時の馬鹿な自分を罵倒した。
だが、いくら過去を後悔したとて、今はどうもならない。
たしかに、5000兆円も貰えるなら、貰いたい。
だがそれは「貰えるとしたら」の話だ。
命のやり取りをしてまで求めるほど、竜也は肝の座った男ではない。
『それじゃあ皆さん、自分の願いを叶える為に………頑張ってねぇ~ん♪』
最後にユミが、何度目か解らないウインクをし、彼女はプロジェクターから姿を消した。
そして、プロジェクターからカシュンと音を立てて、ノズルのような物が現れる。
ブシュウ!
ノズルより噴射される、桃色の霧のような物。
それが睡眠ガスだと気付いたのは、プロジェクターの近くに居た者達が倒れてからだった。
「うわっ!?」
「睡眠ガスだ!」
それは一瞬で広がる。
見れば、部屋の各部からもノズルが展開し、睡眠ガスを撒き散らしている。
「うわ………ッ!」
竜也も、そのガスの中へと飲み込まれてゆく。
鼻を塞いで抵抗するよりも早く、ガスは竜也の体内に入り、その意識を途切れさせた………。