第28話「うわべだけの日常で」
「ゲーム」の開始から、二ヶ月近くが過ぎようとしていた。
第一都市部。
「ゲーム」の幕開けを飾った場所であり、最初の殺し合の起きた、惨劇の街。
二ヶ月の時を経た、この場所は………。
………活気の溢れる、商店街のようになっていた。
街には露店が並び、食料や日用品が売ってある。
人々の腕には、バルキリーリングが巻かれている。
本来それは、殺し合いをする者の証。
だが、人々は対峙しても殺し合いをする所か、談笑したりと和気あいあいとしている。
「じゃあこのカップラーメンください」
「あいよぉ」
訪れていた人の一人が、持ってきた魚と店のカップラーメンを交換している。
島には金銭は無いので、物々交換が基本となっているのだ。
まるで、諸外国の市場のよう。
とてもここが、殺し合いのゲームをしている場所とは思えない。
………「ゲーム」の開始から、二ヶ月。
この時間は、ゲームの参加者達を、このケイオス・アイランドという島に順応させるには、十分だった。
互いに殺されるのではないかと警戒していた一人は、お互いがお互いに怯えていると知ると、顔を合わせてもどうも思わなくなった。
そして、時間が流れると共に、ゲーム開始時の緊張感は次第に無くなっていった。
気がつけば、ケイオス・アイランドはそんな者達が増えてゆき、こんな事になっていった。
この場所のようにお店を立てる者や、参加者同士で結婚する者も現れ始めている。
………もっとも、それで完全にこの島が平和になったわけではなく、僅かではあるが参加者が減っているのも事実である。
「ええと、液体肥料はっと………」
そんな商店街を、袋一杯に詰めたジャガイモを手に歩く男が一人。
それは、なんと竜也である。
竜也は商店街を見回しながら、目的の物を探して歩いていた。
そして。
「………おっ!」
そして、見つけた。
農具を売っている店に、それは置いてあった。
ゲームの始まる前も、菓子を買いに入った業務用スーパーで見た事がある。
ポリタンクに入った緑色の液体。
業務用の液体肥料だ。
「すいません」
「あいよ」
「これ、ください!」
そう言って竜也は、店主に袋ごとジャガイモを差し出した。
これで足りるかどうか、不安ではあったが。
「まいどあり」
店主は快く、液体肥料を売ってくれた。
竜也は安堵し、ジャガイモを店主に手渡した。
「重っ………」
鍛えてない竜也にとって、液体肥料の入ったポリタンクは決して軽いものではなかったが、これを持って帰らなければ意味がない。
普段から鍛えてなかった事を悔いながら、軟弱な身体に鞭うち、竜也は帰路につくのであった。
………………
あれから、竜也は車も運転できるようになっていた。
一応免許は持ってはいたが、身分証明書として取っただけであり、車を買う財力が無い事も相まって、練習する機会が無かったからだ。
以前の、仕事場と自宅を往復するだけの生活なら問題は無かっただろう。
だが、ケイオス・アイランドにおいてはそうはいかない。
本格的に生活する上で、重い物も運ばなくてはならない。
その為にも、車は必要なのだ。
液体肥料を乗せて、山道を走らせる。
やがて、「二人」の生活拠点であるビルが見えてきた。
ビルの前に車を駐車し、竜也は車から出る。
すると、ビルの中から竜也に向かって走ってくる影が一人。
「おかえりなさい、竜也さん」
にっこりと笑い、竜也を出迎える。
エマ、すなわち、エマニュエル・白鳥。
「ただいま、エマさん」
そんなエマに、竜也も笑顔で返した。
竜也とエマの共同生活は、今も続いていた。
前述の通り、あれから殺し合いも減少し、守ってもらう必要はとくに無い。
けれども、エマは竜也の元から出ていこうとはしなかったし、竜也もエマを追い出そうとはしなかった。
「それじゃ、倉庫に運ぼっか」
「はい、よいしょっと………」
車から液体肥料の入ったポリタンクを取り出し、二人で持ち上げる。
重い物だが、二人で運べば重くない。
息を合わせて、ビルの裏に向かう。
目的地は、裏にある畑の前に建てられた倉庫だ。
参加者の中には、農業を始める者も現れ出した。
島にある物資も有限でない事から、早い内から自給自足をするべきだという考えが出てきたからだ。
幸い、運営がそれを見越してか、作物の種は街中に用意してあった。
中には、島の魚や鳥を使い、畜産を始めた者もいるから驚きだ。
竜也も、このように畑を作っている。
テレビ番組で身につけたにわか知識を土台に、都市部で手に入れた農業の本をお供に、日々格闘する毎日だ。
育てているのは、主にジャガイモ等。
農業初心者である竜也でも育てやすく、近年の品種改良によりすぐ大きくなるので、色々と助かっている。
「よい、しょっと」
倉庫の中に、ポリタンクを半ば放り込むように置く。
そして扉を閉じ、盗まれないように鍵を閉める。
「ふぅ、疲れた………」
一仕事終えた竜也が、顔を手で拭いながら、ふうと息を吐く。
ゲーム参加前は鍛えてすらいなかった竜也であるが、この二ヶ月近くで、以前よりも体力がついてきている。
いや、つかざるを得なかった、というべきか。
殺し合いという状況で、生き延びる為に。
「じゃあ、そろそろご飯にしちゃいますか」
「うん、じゃあそうしよう!」
時間的にも、そろそろお昼の時間だ。
エマの提案に竜也は賛成し、共にビルの中へと帰ってゆく。
長い時間を共にしたからか、二人の間には出会った当初の遠慮のような物は、もうほぼ無かった。
ビルの中も、変化があった。
キッチンが出来たのだ。
都市部の家電ショップにあったものを、ここに移植したのだ。
キッチンを置く事を提案したのはエマ。
なんでも、毎日レーションと缶詰めばかりでは飽きるから、という事だ。
「じゃあパパッと作っちゃいますから、竜也さんは待っててくださいね」
「うん、いつもありがとう」
竜也も、手伝う事はもちろん、自分が料理を作ろうとする事もある。
が、エマはいつも率先して料理を引き受ける。
料理はおろか、家事の多くを、エマは率先してやった。
まるで、竜也に対して世話を焼くかのように。
「じゃあ、今日もやりますか!」
そう言うと、エマはキッチンでバルキリーリングを起動する。
すると、エマの目の前に、これまで手に入れた食料のいくつかが現れた。
バルキリーリングは、魚のような痛みやすい「なまもの」も、データ化して保管する事ができる。
冷蔵庫を手に入れられなかった二人にとって、貴重な物だ。
その為、バルキリーリングの容量の節約のために、タイタンギアやそのパーツといった、保管しにくい物を除いて、バルキリーリングに収納するのは「なまもの」だけという決まりを二人は定めている。
液体肥料の入ったポリタンクを外の倉庫に入れていたのも、その為である。
その日の昼食は、ビーフシチューだった。
液体肥料を手に入れた事で、明日からもっと本格的な農業が始まる。
その為、体力のつく肉料理をチョイスしたというわけだ。
………………
太陽が、海の向こうに沈む。
そして、ケイオス・アイランドに夜がきた。
何度も繰り返した、一日のサイクルだ。
竜也とエマは、入浴を終えて、窓の外を眺めていた。
ビルが建っているのは山の中。
そこから、都市部の明かりが見えた。
最近では珍しくないこの光景も、少し前では考えられなかったものだ。
「………もう、二ヶ月かぁ」
「………そうだね」
夜景を前に、二人は呟く。
竜也は、ふとこの二ヶ月の間の事………このゲームに参加させられてからの事を、思い出していた。
仕事の帰り、突然呼び止められたかと思うと、このケイオス・アイランドに連れて来られた。
そこで、殺し合いのゲームという、非日常に参加させられた。
身を隠しながら生き延びていたら、今度は島の一大勢力となったガオウの勢力に連れ去られた。
そこで加納蓮や、今隣にいるエマと出会い、愛機となるタイタンギア・ガンドラグーンを手に入れた。
そして、二人が一緒に生活する事を決める理由になった、デパートでの騒動。
海辺のホテルでの、高町紫と湯野カオルとの出会い。
後に共闘する事となる、布浦晴斗との戦いと、そこに乱入してきた謎のタイタンギア………佐瀬アリアのブラッディマリー………との戦い。
そして、島全体を巻き込んだ、最大の戦いとなったあの「イベント」。
「………ほんと、色々あったなぁ」
何度も、修羅場と死線を経験した。
それでも、二人はなんとか生き延びてきた。
そして、今がある。
いい思い出と呼べる物ではない。
それでも懐かしさを感じ、竜也はノスタルジーにも似た感覚に浸っていた。
すると。
「………竜也くん」
ふと、エマが呼んだ。
「ん?何………」
何か用か?と、竜也がエマは方を向いた。
その時。
………ぱすっ。
気がついた時には、エマが竜也の胸の中に飛び込んできていた。
「………はい?」
状況を理解できない竜也は、フリーズしたかのようにその場に固まる。
そんな竜也の胸の中で、震えた声で、エマが口を開いた。
「………あれから、よく考えました」
「………そう」
「………やっぱり、私………」
前も、こんな事があった。
誤って酒を飲んでしまったエマが、竜也に迫った事が。
あの時は、酒気で少しおかしくなっていたし、自分にエマの「気持ち」に答える事はできないと、言ったはずだった。
「………あなたの事………あなたの事………!」
だが、それがエマの「本心」である事は、彼女の口から聞いていた。
酒に酔っていない状態ではあるが、それはエマの心の蓋をこじ開けて、溢れだそうとしていた。
「………ダメだよ、エマさん」
そして、それを止めるのは「大人」の役目だ。
竜也は、エマの「本心」が溢れ出る直前で止め、くっついていた身体を引き離す。
「漫画や小説じゃないんだ、未成年が大人に恋なんて………それにエマさんが俺みたいな人間を、好きになっちゃ………」
そう言いかけた、次の瞬間。
「年齢なんて関係ありません!」
エマが声を荒げた。
普段のエマからは考えられない気迫に、竜也は思わず、出かけた声が引っ込む。
「初めて………初めてなんです………あんなに怖かった男性と手を繋げたのも………心から、好きだって思えたのも………!」
エマの瞳には、涙が浮かんでいた。
彼女も分別のつかない子供ではない。
こんな状況で下すべき「正しい」判断は何かなんて事は、解っている。
それでも、彼女の「心」は、納得しなかった。
「だからせめて………せめて………っ!」
「わっ………!」
再び、エマは竜也の胸の中に飛び込んだ。
薄い胸板であったが、エマにとって、ここ程暖かい所は無かった。
心安らげる場所も。
「少しだけ………少しだけでいいから………こうさせてください………」
抱きつくエマを前に、竜也は戸惑った。
竜也は、決して立派な大人ではない。
けれども、自分がエマの好意に首を縦に振ってはいけない事は解っていたし、その事をエマも伝えている。
だが、これはどうだ。
エマは、自分の薄い胸板に顔をうずめ、嗚咽を繰り返している。
自分が「正しい」と思ってした行動の結果が、これだ。
………いや、竜也の判断は正しい。
だが、正しさが常に人を笑顔にしてくれるとは限らない。
正しさというのは、どこまでも残酷な物でもあるのだ。
自然と、竜也の腕が動く。
何をしているんだ俺は?!と思うも、腕は止まらない。
涙は女の武器だというのを、昔テレビで聞いた。
竜也はそれが真実だったと、身を持って知った。
エマの涙を前にした竜也は、罪悪感を感じた。
そして「それ」は、竜也の正義感を押し退け、身体をも動かした。
………気がつけば、竜也はエマを抱き返していた。
エマが言う通りの「今だけ」の事だ、何の問題もない。
そう竜也は自分を正当化した。
けれども、竜也が未成年で住む世界も違うエマを、その手で抱いている事には変わりはない。
やってしまったな。
竜也は、心の中で呟いた。
エマのブロンドの髪から香る心地よい香りが、竜也の鼻を刺激した。




